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この世界は、昔から3つの世界に分かれている。
白い羽を持ち、聖なる存在の天使が暮らす天界。
羽を持たず、天界の加護を受け暮らしている地上界。
そして、人間界を支配しようと企む、黒い羽を持つ存在が暮らす魔界。
魔界人は天界の敵。
それが、私たち天界に住むものの常識。
***
天界の中でも、上位の方々がいらっしゃる、白を基調とした宮殿の一角。
私たち幼馴染3人組は、私の母であり……上司でもあるレミエル様に呼びだされていた。
母様の姿は跪いているために見えないが、醸しだされる空気から大切な話であることがうかがえて。
「テリエル、エリミエル、サマエル」
母様の凛とした声が辺りに響きわたる。
「お前たちには地上界に行き、人間の生活について調査をしてもらう」
天界が人間界を守っていくために必要な調査。
ずっとやりたいと思っていた仕事に、私は目を輝かせた。
「まだ17と若いお前たちの感性を期待してのことだ。できるな?」
母様の問いに私は力強く答えた。
「必ず、やり遂げて見せます」
***
天界の計らいで私達3人は、歳相応に見えるよう高校へ通うことになった。
今日は高校2年生へ転入の日。
私、テリエルこと地上名、安藤愛奈は与えられた自分の家の鏡の前で、自分の姿を確認中。
「髪の毛よし、スカートよし、忘れ物なし」
蒼色の目はぱっちり。
黒い腰近くまである少しカールした髪も絡みなし。
痩せ気味の身体にブレザーのサイズはぴったりだったし、
スカートも今頃の女子高生に合わせて、膝上10センチの長さ。
ネクタイも程よくゆるめて今風にした。
忘れ物も無いように30回は確認したし、大丈夫。
白い羽は人間には、見えないし天使だとバレることもない。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴る。
迎えに来たのかな?
私はカバンを持つと外に出た。
「おはよ、愛奈」
「おっはよーっ、愛奈、今日も可愛いね」
予想通り玄関の前に立っていた二人に私は笑いかけた。
「おはよ、2人共」
エリミエルこと井上結と、サマエルこと大迫美嶺。
両隣に住む、私の幼馴染。
結は真面目な高校生になっていた。
人間界に来るときにかけたというメガネがキラリと輝いている。
制服も現代風に合わせた私とは違い、きっちり校則通り。
ボブな黒髪も真面目さを演出している。
一方の美嶺は、ストレートの背中の真ん中まである黒髪に、でっかいリボンを後ろにつけている。
スカートも私より短いし、勝手に茶色のカーディガンを着て制服改造。
もちろんとっても似合ってるし、その美貌は3人の中でもピカいち……なんだけど。
「美嶺……なんで女子の制服なの?」
「もちろん似合うからっ♪」
「私も男子用の学ランを着ろと言ったんだけど」
「学ラン可愛くないんだもーんっ」
……男なのだ。
何故か声変わりもしてないし、きっと彼が男だと気づくものはいないのだろう。
真面目人間の結と個性派な美嶺。
地上界での高校生活がどうなるのか楽しみ。
***
私立雲雀高等学校。
都会にあるこの高校は進学校として有名で、偏差値もそこそこ上の人たちが通ってる。
駅から近いこともあり、中学生に人気の高校。
電車から降り、駅から歩いて私たちは学校へ向かう。
電車なんて初めて乗ったから色々と大変だったけど(主に美嶺のせいで)、なんとか時間内に学校にたどり着いた。
「ここが学校……」
天界にもあったし、地上界にくるまでは天界の学校に通っていた。
なんとなく似た雰囲気を感じてほっとする。
「あ、クラス分け貼ってあるよーっ」
美嶺が指さした先に貼ってあったクラス分けには人だかり。
楽しそう!と美嶺がクラス分けへと駆けて行く。
そんな彼女に男子生徒の視線が集まる。
「……さすが美嶺」
思わずつぶやいた私に結も同意するように言った。
「男というのは内緒にしておいたほうがいいわね」
私はこくこくとうなずいた。
「二人共早くーっ!みんな同じクラスだよっ!2−C!」
美嶺が掲示板の前で手を振っている。
美嶺に向いていた男子生徒の視線が私たちの方へ一斉に向いた。
「……恥ずかしいわね」
「……うん」
ただでさえ転校生ということで目立つのに、美嶺のせいで注目度アップ。
私と結は目立たないようにしながらも、急いで美嶺の元へと走った。
――けど。
クラスに入った瞬間、ざわめきとともにクラスメイト(主に美嶺目当ての男子)に囲まれて。
「へぇ、美嶺ちゃんっていうんだ、可愛いね」
「ありがとーっ、美嶺嬉しいっ」
「美嶺ちゃん、俺とメルアド交換しよー」
「もちろんいいよーっ」
来る者拒まずな美嶺は明るく笑顔で対応中。
一方、結はそんな美嶺と男子を無視して自分の席へつき、本を読み始めた。
どうしよう……
どうしていいのかわからず、入り口のところで固まる私に、美嶺とアドレスを交換し終わった男子が話しかけてくる。
「君も転校生やろ? よろしゅうな!」
「あ、えーと……」
「わいは石田仁。お前さんは?」
着崩した学ランにシルバーのネックレスをつけ、お洒落にしている彼が握手を求めてくる。
私は少し困りながらも、手を握り返して答えた。
「安藤……愛奈です」
「へぇ、あんたも可愛いな!」
「あ、ありがとうございます」
美嶺と違い、言われ慣れていない言葉に戸惑う。
このあとどうすればいいんだろう。
自分も相手を褒めるべき?
握手しながら、必死に頭を働かす。
と、そのとき。
背後から声をかけられた。
「君たち、ホームルーム始めるよ。席について」
「あ、はい」
反射的に返事をして、入り口を塞いでいた私は慌てて自分の席へ移動する。
移動途中、女子生徒が先生を見て騒ぎ出した。
「やった、翔先生だ」
「今年ついてる!」
「笑顔ステキーっ」
どんな先生なんだろう?
気になった私は席につこうとしながら先生を見て……思わず固まった。
一筋の風が胸の中を吹いていったような、時間が止まったような、そんな感じがした。
茶髪にウルフカットの髪は爽やかで、黒縁メガネの奥の目はとても優しい。
背も高く、程よく筋肉質なのが黒いスーツの上でもわかる。
でもなにより、醸し出している空気が私を呼んでいる気がした。
……ドキドキする。
なんだろう、この気持ち。
「えっと……安藤さんだったよね、席について?」
その声で先生に見惚れていた私は我に返った。
慌てて廊下側の一番前の席につく。
みんな既に座っていたようで、不思議そうにこちらをみている。
恥ずかしさから顔を机に埋めながらも、先生を盗み見た。
素敵な人。
ドキドキが止まらない。
「知っている人のほうが多いですが、改めて。みなさんの担任で数学教師の岡本翔です」
やわらかな声で自己紹介する先生。
にこやかな笑顔。
ひとめぼれ。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
***
次の日は一日LHRで午前中だけの授業。
そこでクラスの役割とかを決めるらしい。
「まずは自己紹介をお願いしようかな」
岡本先生が笑顔でみんなに促した。
「出席番号順でいいかな?」
出席番号順はあいうえお順。
つまり一番は……
「とくに異論はないね。じゃぁ安藤さんお願いします」
突然のことに頭がパニックになる。
とりあえず席を立って名前を名乗ってみた。
「安藤愛奈です」
誰もなにも反応しない。
続きを待っているのだろう。
どうしよう……
なにを言っていいのかがわからなくて無言になってしまう。
そんな私に先生が声をかけてくれた。
「安藤さん、何か趣味とかはないの?」
「趣味……」
空を飛ぶこと。
とはもちろんいえないよね……
あとは……
「料理すること……です」
天界では料理が好きでよくお菓子なども作っていた。
まだ地上界にきて数日だけど、天界とそんなに差はなく、何とかおいしいものが作れている。
私の言葉に満足したのか先生が微笑んでくれた。
昨日も感じたドキドキが再び私を襲った。
「女の子らしくていいね。よろしくお願いします」
「お、お願いします」
「じゃぁ次、石田君。お願いね」
次々と自己紹介が進んでいく。
先生のおかげでなんとかなった。
女の子らしいって誉め言葉だよね……
優しいなと思った。
先生を盗み見る。
先生はみんなの自己紹介を聞きながら始終にこにこしていた。