第五話
段ボール箱の重さにウンザリしながら黒澤さんと通りを歩き、商店街の二つ目の交差点を右に曲がり、暫く行くと、壁に赤いライトの付いた白とベージュの建物が通りの端に見えてくる。
今まで此処に在るのは知っていたが、余り気にも留めなかった建物……消防団の屯所。外見は小さな集会所だが、棟続きに大きなシャッターが付いた建物が並んでいる事と、高さ十m程の見張り台付きの鉄製の櫓が建っているのが特長的な物件だ。黒澤さんは入り口の曇り硝子の扉に近づくと、扉の隣りの柱をコンコンと叩く。すると、柱の一部が反転して中からパセリが生えた植木鉢とキラッと光る銀色の鍵が姿を見せる。
「…黒澤さん……なんですか?ソレ?」
「ハーブと鍵だけど?」
「何でパセリが……」
「食べるか? 少し疲れが回復するぞ?」
パセリを摘まんで食べながら鍵を持った黒澤さんは扉に鍵を差し込み、扉を開けると屯所の中へ入って行く。私は少し呆れながら後に続くと、室内は十畳程の広さの和室で台所とトイレ、押し入れの様な襖がある。二人位なら、十分に住める空間だった。黒澤さんは奥へ歩いて行き、襖の前で止まると、襖に向かって声を掛ける。
「おーい。ユキ、入るぞ〜」
黒澤さんが襖を引くと薄暗い四畳程の広さの部屋があり、テレビの明かりで床に敷かれた布団と、その上に座る髪の長い人影が見える。
「ユキ、返事位しろよ?」
そう言って人影の頭を小突くと、頭からヘッドホンを引き剥がし、黒澤さんに顔を向ける。
「何だよオッサン。今良いトコなんだから邪魔すんなよ!」
「オッサン言うな! お兄ちゃんだ! もしくはお兄様! レトゲーばっかやりやがって…っと、それより新団連れて来たからツナギ服出せよ。ユキ」
「はぁ〜っ? 新団員? そんな野郎の為に僕の百人マリコの邪魔したのかよ!」
「あんなモン、クレジット増やす邪道だ! 普通に遊べよ!」
「何言ってんだよ! 僕はクレジットを死ぬギリギリ迄増やして、マリコに恐怖を刻み込んでいるんだ! 恐怖に怯えるマリコ……最高だよ!」
「そんな荒いドットの二頭身キャラに表情あるかっ!」
「僕には見える! 飛び跳ねながら徐々に焦り、恐怖に震える彼女のすが…」
(ゴン!)
「サッサとツナギ出せや!」
頭に拳骨をもらい、黒澤さんに怒鳴られると、渋々立ち上がり此方の部屋へ歩いて来る。薄暗い部屋から出て来たその人物は、背中までの長い黒髪と、色白の肌のほっそりとしたジャージ姿の小さな女の子だった。
部屋から出た女の子は私を見ると目を見開き驚いている。
「おおっ! お…女の子だ! 新団員って女の子なの!」
「あっ…は、はい。初めまして。水野淹……十五歳です」
「僕…鶴戸雪。十三歳です。雪ちゃんって、呼んで下さい! お姉さん! 待ってて直ぐツナギ持って来るよ!」
「……何だよ、猫被りやがって…クソッ!」
自分との扱いの違いに黒澤さんがムスッとしているが、雪ちゃんは気に留めず、箪笥の引き出しからオレンジ色のツナギ服を二、三着持ってくると、私は手頃なサイズを試着して、丁度良いサイズを選ぶと同じサイズのツナギ服を二着渡された。
「水野さん、今日はお疲れ様でした。これで消防団で支給する物は以上です。御手数お掛けして申し訳ありません。これからの活動や、何か連絡があれば、電話かメールでお知らせします」
ツナギを段ボールに詰め、帰り支度をする私に黒澤さんが頭を下げる。その隣では雪ちゃんがキラキラした目で私を見詰めている。
「これからヨロシクね。淹お姉さん!」
「此方こそ、よろしくね。雪ちゃん。黒澤さんもよろしくお願いします」
「此方こそ、ありがとうございました。大体、二週間後には最初の連絡があると思いますので、その時はよろしくお願いします」
「また遊びに来てね。淹お姉さん!」
二人に見送られ屯所を後にする。重い段ボール箱を抱え、通りをゆっくり歩きながら家に帰り、部屋に段ボール箱を置くと、カーペットに転がりため息を吐く。
「……疲れた……」
暫く引き籠もり生活をしていて、今日一日で色々な人に会ったので気疲れした私は、身体を伸ばしてだらけていた……
「……変な人ばっかりだった…」
それが私の、今日感じた消防団の人達に対する率直な感想だった……
正月の為、親戚に炬燵が占拠されました。マイナスオーラ6UPです。