第三話
私達は役所へ着くと、三階の町民防災課に行き、団員登録の受付の前に立つ。
黒澤さんがカウンターに片肘を付いて、女性職員に手を挙げる。
「あら、ニートの黒澤さん。受付に来るなんて珍しいですね? 課長ですか?」
「今日は課長に用は無い。新団員連れて来たから、登録と制服のサイズ調べてくれ。ほれ、申請書類だ」
「ええっ!? 新規ですか!」
驚いた表情で立ち上がり、黒澤さんの後ろの私を見る。
「…あっ…また、女の子ですか? 言って置きますけど、黒澤さん。日本でハーレム作って許されるのはアニメや小説の中二病の主人公だけですよ。中年のニートじゃ逮捕されるんですよ?」
「…別にハーレム作る気は無いよ、福ちゃん……」
「分ってますよ、冗談です。え〜っと、水野……俺さん?」
「淹です!」
「…すみません、エンさんですね? 私は防災課の福田です。それでは採寸しますから、此方へどうぞ。黒澤さん、ココアでも飲んでちょっと待ってて下さいね」
福田さんはカウンターを出て奥の通路に歩き出す。その後を歩いて行く私に黒澤さんが声を掛ける。
「水野さん、無理しないでピッタリより、多少大きめの選べよ! 太ると後で大変だからな!」
「余計なお世話です!」
手を振る黒澤さんを無視して福田さんに着いて行く。通路の中程にある備品室に入ると、室内にはヘルメットやブーツ、作業服等が所狭しと置かれている。
福田さんは手近なテーブルにヘルメットを置くと、私を見ながら、黒のスーツと作業着を並べ、メモ帳を置く。
「それじゃあ、服の採寸しますから、エプロンとジーンズ脱いで下さいね」
「此処でですか?」
「大丈夫だよ? ちゃんとドアに鍵付いてるし、Yシャツ着てるでしょ?」
「私が後から入ったから、鍵掛けて無いですよ!」
「あっ? そうだねぇ〜ゴメン、ゴメン」
笑いながら、福田さんはドアに鍵を掛けると、振り向いて『おっけ〜』と、声を掛ける。
私はエプロンを外しジーンズを脱ぎ始める。
「脱ぎながらでいいから、質問に答えてね?まず、足のサイズは?」
「24です」
「服のサイズは?S、M、L?」
「Mです」
「…Mっと、脱いだら、次はテーブルの黒い服着てみて。ウエストは?」
「55です」
「ごっ、55ッ!ヘぇ〜……バストは?」
「…65」
「…頑張って!」
「頑張ってます!!」
「頭は?」
「測った事無いです…」
「これ被ってみて?」
私はスカートのウエストを止めると、渡された黒い帽子を被ってみる。少し緩いが大丈夫なようだ。
「大丈夫だね? ウエストはキツくない?」
「3センチ位は余裕があります」
「……何か、涙が出そう…」
福田さんの肩が少し下がっていた……
それからジャケットを合わせたが、ちょっと肩幅が大きめだったので一つ下のサイズに変える。
「甲種制服はこれでいいわね。やっぱり実際に着て貰うと簡単でいいわ。数字だけだと合わない所があるから……次は作業着を合わせるから、制服はテーブルの端に纏めて置いてね?えーっと、Mサイズ、Mサイズ……あったあった!」
福田さんから渡されたのは藍色の厚手のズボンとシャツだった。背中に南町消防団と大きく刺繍が施され、裏地はオレンジ色の微妙に目立つデザインだ。しかもベルトもオレンジ色……結構目立つ組み合わせだ……もう少し考えてデザインをして欲しい。
最後に半纏と呼ばれる厚手の法被のような上着の試着する。
「これでいいわね。確認しますよ。黒い甲種制服と藍色の作業着、半纏、帽子が3種類と、ヘルメット、ベルトが黒とオレンジの2種類、安全長靴、革製のブーツ。これらが支給品になります」
「……すみません。袋下さい!」
予想外に荷物が多い。何かに入れないと、とても一人では運べない。
福田さんに空いているダンボール箱に入れて貰うと、両手で抱えて備品室を出る。
受付のカウンターに戻ると、黒澤さんが、丸テーブルに座ってココアを飲んでいた。
「おっ? 福ちゃん終わった? 水野さん、こっちに座って。支給品の説明するよ」
私はテーブルにダンボール箱を置くと、黒澤さんの正面に座る。
黒澤さんは福田さんにココアを頼むと、支給品の説明を始めた。その説明に因ると、黒い甲種制服は南町の消防団の礼服で、冠婚葬祭で着用する服。
紺色の作業着は消防団のイベントや行事で着用するユニフォーム的な服。
そして、半纏はそれ以外の消防団の活動、災害時や地域内の行事、集会等で着用する服らしい。
その他にもヘルメットや帽子、長靴やブーツも行事やイベントに因って使い分けるそうだ。
「……以外に細かいんですね?」
私の素直な感想に黒澤さんも
そう思っているらしく、笑っている。
「そうなんだよな〜半纏だけで良いのにね? でも、消防団は集団行動で一つの目的をやる事が多いので、大人数でやるときは一つのチームが纏まったほうが見映えが良いし、一般人と区別出来るからね…」
そこへ福田さんがココアを運んで来て椅子に座る。
「ちゃんと教えてますか? 黒澤さん。この前、ニートの人達だけ服装間違って怒られたばかりなんですからね?」
「…分かってるよ……あれはちょっとした手違いなんだって……」
黒澤さんはブスッとしながらカップに口を着ける。
丁度、福田さんも居るし、私は防災課に来た時から疑問に思った事を聞いてみる事にした。
「あの、黒澤さんてニートなんですか?」
「ブフォッ!…ゴホッゴホッ!」
「…プッ、アハハハ…」
私の質問に黒澤さんがココアを吹き出し、福田さんがお腹を抱えて笑い出した……
「アハハハ、面白い娘だね〜太郎さん!淹さん、大体あってるよ!」
「…ゴホッ、ゴホッ!……なんで?」
「……だって、福田さん…黒澤さんをニート、ニート言ってるから…」
「…えーっと、それはね? …フフフッ…太ろ…黒澤さんの担当地域が第二分団第十部、2ー10だからなの。略して二の十でニートって呼んでるのよ」
「そうなんですか! 知らなくてすみません! 黒澤さん!」
咽せている黒澤さんに必死に頭を下げていた私に、福田さんが更に笑い出す。
「クフフ…淹さん、謝らなくていいのよ。黒澤さんは家の呉服屋の手伝いしてるからニートみたいな感じだからね…」
「……福ちゃん…見習いだ…」
反論する黒澤さんに福田さんが「同じ、同じ」と、笑っていた………