未来日記
そのアプリは以前から一部の人だけが使用していた。驚くほど的中率が高く、実際に使用したユーザーはその存在を隠した。他人にその存在を知られたくない、自分だけのとっておきの秘密にしたかったから。
自分の名前、性別、生年月日を入力することにより自分史が曲線グラフで表示される。調子の良いときは上昇曲線であり、不調の時は下降曲線が表示される。一見すると、どこにでもありふれたコンテンツに見えるのだが、自分自身の過去と照らし合わせたときの衝撃は雷に打たれたかのようである。
三上直哉は絶句した。
今までこの手のものは暇つぶし程度にやったことはあったが、今回は違った。
そこには正真正銘な自分史が表示されていた。あまりの正確さに何か裏があるのではないかと疑ったほどだ。こんなことが本当にあるのか。
その時、直哉は24歳であった。そして表示されている自分史は27歳から先が表示されていなかった。この時は、てっきりこのアプリは3年後先までしか表示しないものだと思っていた。が、1年たっても自分史は27歳より先が表示されないでいた。設定を戻して最初から入力しても全く同じであった。
下柳美和は、このアプリを作成した本人だ。姓名学を研究し、男女の違いを加味して生年月日を入力することにより一人の人生が曲線グラフで表示されるプログラムを完成させた。当時はAIなどの技術は存在しておらず、コンピュータに入力した様々なデータを基に複数パターンを融合させオリジナルの曲線グラフを表示する機能を持たせていた。
「まさか、ここまでだったとは。」正直な感想だった。実際に使用したユーザーから絶賛のメールが続々と届いたのだ。一部のユーザーは、この曲線グラフのことを「未来日記」と命名していた。それほどまでに当たるらしい。開発当事者としては評価されるのは嬉しかったが、同時に違和感も感じていた。同じように評価する人の確率が異常に高いのだ。統計学にも精通していたため、この現象が一過性のものでないことにも薄々気が付いていた。誰かが何らかの目的で情報操作を行っているのか。それとも、違う何らかの力が作用しているのか。
下柳美和に1通のメールが届いた。そこにはこう記されていた。
「この未来日記が、ある年齢を境に表示されていない。当事者は死ぬのか。」
三上直哉からだった。
元々、下柳美和が作成したプログラムには曲線グラフを中断させるコマンドは入力されていない。中断するはずがないのだ。しかし、現実には起こっているらしい。
誰かがハッキングしてプログラムを書き換えたのか。
下柳美和は、自分が作成したプログラムを確認した。が、どこにも修正された痕跡は見当たらなかった。
「このアプリのプログラムを開発した者です。ご質問の答えになるかわかりませんが、曲線グラフを中断するコマンドは組み込んでいません。よって、どうしてそのような現象が発生しているのか私にもわからない状況です。引き続き調べてみます。」
一旦、下柳美和は三上直哉に返信した。
25歳になった三上直哉は、学生時代の友人2人に相談することにした。1人は豪徳寺尊、もう1人は吉井順子。学生時代はこの3人でいつも行動を共にしていた。恋愛感情抜きに男女の垣根なく親友だった。社会人になりたての1年目は、業務に慣れるのに忙しく碌に連絡すら取っていなかった。そこで、久しぶりに3人で会って近況報告するついでに今回の件を相談してみようと思ったのだ。
三上直哉はプログラマー、豪徳寺尊は証券マン、吉井順子は製薬会社の営業レディだ。
3人とも職業に関しては全く異業種であり、話題が尽きなかった。様々な情報をお互いに交換しながら楽しい時間が過ぎていった。話が一段落したところで、三上直哉は例の件を相談することにした。
「俺が今使っているアプリのことで相談があるんだ。未来日記というアプリなんだが。」
「あっ。それ知っている。直哉も使っているんだ。よく当たるよね。」
「何の話だ。話が見えないんだが。」
三上直哉は、豪徳寺に簡単に未来日記のアプリについて説明した。
「それがどうかしたの。私は毎日チエックしているわよ。使う様になってから調子がいいのよ。すごくありがたい。開発者に感謝しているわ。」
「そんなにすごいのか。今、俺もやってみる。」豪徳寺は携帯を操作し始めた。
「よく当たるのは俺も知っている。順子、ちなみに曲線グラフは何歳まで表示されている?」
「えっ、なんでそんなこと聞くの。90歳まで表示されているわよ。」
「俺のも90歳まで表示されているぞ。」
豪徳寺はその後1人で「スゲー、すげー、当たっている。」と何度もつぶやいていた。
三上直哉はしばらく黙って下を向いていた。
吉井順子は、いぶかしげに三上直哉に聞いた。「どうしたの、三上君。」
2人は三上が話し出すのを待った。
「2人とも聞いてくれ。俺の未来日記は27歳までしか曲線グラフがないんだ。去年、初めて使いだしたとき3年後までしか表示されないものと思い込んでいたんだ。それが、今年になっても27歳までしか曲線グラフがないので変だなと思っていたんだ。」
そこで一呼吸ついた。
「やはり、俺の曲線グラフだけが27歳で止まっているんだな。もしかしたらそうなんじゃないかと思っていたんだ。実際、いろんなことが不思議なほど良く当たっている。それなのに曲線グラフが途中でなくなっている。それが何を意味するのか。考えるのも恐ろしい。」
2人とも状況を理解した。この未来日記のアプリは良く当たる。そして、なぜか三上の自分史の曲線グラフが27歳までしか表示されていない。それはつまり、そういうことなのか。
「プログラムのバグかもしれないから、開発者に相談のメールを送ったらどうかな。」
「俺もそう思う。」
「いや、既に試してみたんだ。開発者からも返信メールが来た。これだよ。」
三上は持ってきていたパソコンを立ち上げ2人にメールのやり取りを見せた。
そこには開発者からしっかりした返信が記されていた。
「開発者にも覚えがないとしたらどういうことなのだろう。」
「コンピュータが自力で計算して答えを導き出しているとでもいうの。」
「俺は27歳までしか生きられないのか。」
3人とも、しばらく無言だった。
その後、この未来日記は爆発的な人気を得た。日本中の若者が操作し日常会話の中に自然と登場するようになり、マスコミにも取り上げられ、TV番組で特集を組まれる事態にまでなっていった。注目を集めていたのはその的中率の高さだった。有名人のみならず一般人が操作しても導かれた未来の予測が高確率で実現するのだ。
もはや、不思議とかの言葉ではかたずけられないほどの社会現象にまでなっていった。
そうすると三上と同じように曲線グラフが途中で消えている人間も当然現れる。
そして、三上より早くにその時が来た人たちの情報が入ってきた。ある人は交通事故、
ある人は脳溢血、ある人は殺人事件の被害者、そして別のある人は自殺と曲線グラフが消えている時期に合わせて命を失っていることが判ってきた。
三上は26歳の誕生日を迎えるにあたり、名前を改名することにした。未来日記に入力する条件面で性別や生年月日は変えられないが、名前は変更できる。名前を変更すれば未来が変わるのでないかと考えたからだ。
しかし、手続きは難航した。裁判所では名前を変えるには正当な理由が必要であり、
“ゲームコンテンツ”の結果を回避するための申請など、まともに取り合ってもらえなかった。それでも、あきらめる訳にはいかない。こちらは命が懸かっているのだから。
しかし、何度申請しても認められることはなかった。
憔悴しきった三上直哉を見て、吉井順子は動いた。3人は25歳の時に未来日記の情報を共有してから頻繁に連絡を取り合い、2カ月に1度ほど定期的に会っていたのだ。
若者が社会に影響を与えることが出来る方法があるとすれば、親の力を使うことだ。吉井順子の父親は大病院の院長であり人脈も豊富である。現在の社会現象になりつつある未来日記についても情報を把握していた。なぜなら最近、精神科の患者数が急激に増えていて、原因が未来日記を見たことが精神障害を引き起こしている事実が判明していたからだ。
順子の父親は学生時代の三上直哉も知っており、まじめな青年が苦しんでいることを聞き、裁判所に提出する診断書を用意することにした。未来日記が原因で不安精神障害を引き起こしており、病気の症状を緩和するためにも名前の改名が必要であると。
この診断書のおかげで正当な理由として裁判所が判断し、改名が実行された。
新しい名前は三上拓哉。直哉から拓哉へ変更が完了した。
しかし、三上拓哉の名前で登録した未来日記の曲線グラフは三上直哉のものと同じだった。
「アカシックレコードに触れているのだろうか。」豪徳寺尊が言った。
豪徳寺は、その手の知識が豊富だ。何かを感じたのだろう。真剣な表情で考えている。
何とか親友の死を回避しようと必死なのだ。
「なんで同じ曲線グラフなんだ。訳が分からない。」
「こうなったら、もう一度、今度は直接開発者に会って話を聞くべきよ。何か解決する方法が見つかるかもしれない。」
「未来日記の運営元はスター商事という新鋭のゲーム会社だ。株価も爆上がりだ。最近の人気に乗って天井知らず。破竹の勢いで会社の業績が良くなっている。」
「何とか開発者に会い、話を聞くことはできるのかしら?」
「2年前に返信メールを開発担当者からもらっている。もう一度、直接説明を聞きたい旨、メールしてみる。」
下柳美和に2年ぶりに三上拓哉から三上直哉としてメールが来た。着信履歴から前回のやり取りはすぐに思い出せた。
そこには、もう残り時間があまりない事。改名までして曲線グラフの呪縛から逃れようとしたこと。自分と同じように曲線グラフが消えている人たちがどのような結果を迎えたのか、調べたすべての事柄を明確に分かりやすくまとめて表記してあった。
下柳美和もまったく気にしていなかった訳ではない。しかし、いざ人気に火が付き世間の注目が一気に降り注がれ、会社の業績が飛躍的に伸びたとなれば欲に目が眩んだとしても少しもおかしくはなかった。
しかし、このメールの内容は見過ごすことも出来なかった。少なくともこの青年は死の恐怖を訴えてきている。自分の開発したアプリのせいで苦しむ人が出るのは本意ではないのだ。
そこで、下柳美和は三上拓哉に会うことにした。
下柳美和は悩んでいた。元々、未来日記のプログラムはそれほど複雑に作り込んだものではないのだ。それが、自分の予想に反していろいろな答えを返せる結果を出している。
おかしいと思えばおかしいのだ。どうしてこんなに精緻な答えを導き出せているのか。
もしかしたらプログラムが勝手に拡張機能を発揮しているような感じだ。
しかし、実際問題としてそのようなことが現実的に可能なのだろうか。
自分も長くこの業界にいるが、そのような現象は報告されていない。よくSF映画などに使われている技術が自分のプログラムに備わるなどが起こるものなのだろうか。
下柳美和は、自分の思考が途中から確率論になっていることに気が付き苦笑いした。
三上拓哉は言っていた。実際に曲線グラフが途中から消えている人たちが例外なく命を失っていると。そして、自分の命のタイムリミットも1年を切っていることも。
「どうにかしなければならない。どうすれば良いのか?」
その頃、豪徳寺尊は考えていた。いろいろな科学的な考察を入れても、この手のプログラムは消去しようとして消去できるものではない。プログラムを書き換えることもおそらく効果がないだろうと、オタクの知識全開で対策を考えていた。
可能性があるとすれば、同レベルのプログラムをぶつけることにより勝利する方法だ。
プログラム対プログラムの優劣を決めることにより、プログラム自らが負けを認めシャットダウンするように仕向ける方法だ。
豪徳寺尊は三上拓哉に自分の考えを説明した。
「それが可能ならば、この事態を収束できるかもしれない。」
三上拓哉は下柳美和にメールで提案した。既に直接会ってから1ケ月が過ぎていた。
「未来日記と同じようなプログラムを開発して競わせることはできませんか?
プログラムが自分に似たプログラムに敗北した時、機能停止する可能性はありませんか?」
非常に興味深い提案内容だった。
そんな考え方があるのか。もっともプログラムが意思を持っているかのような内容だが。
しかし、現在の未来日記の拡張機能を考えると、あながち見当外れではないかもしれない。
下柳美和は、未来日記と同じ機能を持つプログラムを開発することにした。
なぜなら、他に方法を思いつかなかったから。
未来日記2には、前回のプログラムに1つの追加機能を持たせた。それは、曲線グラフが途中で消滅する場合はダミーの曲線を追加で表示させる機能だ。この機能により利用者が絶望を感じることなく生きていけるようにするためだ。
未来日記のプログラムを未来日記2に変更した翌日から、人生に絶望する書き込みが無くなった。社会も落ち着きを取り戻し平穏な日常が戻ってきた。
三上拓哉は27歳の誕生日に他界した。
完
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