六十九回失敗しても「君のせいじゃない」と言い続けた王のために、辺境術師の私が王妃の七十回目を預かります(6sks)
【あらすじ】
辺境の《命の卵の術師》アメルに届いた依頼は、十年間で六十九回の受胎術に失敗した王妃ソリアの七十回目。王国は後継者を求め、王妃へ圧力をかけ続けている。それでもレオン王は一度も妻を責めず、ソリアも諦めなかった。アメルは過去六十九回の記録を読み、卵だけでなく食事、睡眠、温度、精神的ストレスまで整える。これは「奇跡を起こす天才」の話ではない。六十九回分の失敗と、諦めなかった夫婦が七十回目へ届くまでの物語。
六十九回。
アメルは依頼状の数字を、最初に「六」と読んだ。次の瞬間、「六十九」と読み直した。
十年間の、六十九回の受胎術の記録。それが全部失敗している、という事実が一行に書かれていた。
アメルは依頼状を机に置いた。窓の外を見た。辺境の村は、今日も静かだった。羊が草を食んでいた。風が木を揺らしていた。
断ろうと思った。
でも最後まで読んだ。依頼状の終わりに、追記があった。細い字で、でも確かな字で。「あなたに頼みたい。来てほしい」。署名は王妃の名前だった。
王妃が自ら書いた一行だった。
アメルは依頼状を折り畳んで、鞄に入れた。
*
王宮は静かだった。
案内された部屋に荷物を置くと、すぐにガルドが来た。宮廷術師長。六十代の男性で、白衣が厚く、眼鏡の奥の目が鋭かった。
「アメル・サードか」
「そうです」
「辺境から来た」
「はい」
「私はこの依頼に反対だった」とガルドは言った。「辺境の術師が、宮廷でできなかったことをできるとは思えない。だが、王の決断だ。邪魔はしない。ただし」
「ただし?」
「余計なことを言わず、施術だけやれ。宮廷の政治に口を出すな」
アメルは間を置いた。
「……施術のために必要なことは、言います。それが宮廷の政治に関わることでも」
ガルドが眼鏡の奥でアメルを見た。何か言いかけて、やめた。「続きは後で話す」と言って、出ていった。
*
王妃との面会は、翌朝だった。
ソリア王妃は、アメルが想像していた姿と少し違った。十年間に六十九回の失敗を経験した人は、疲れ果てているか、逆に感情を失っているかのどちらかだと思っていた。でも王妃は、疲れていたが、目が生きていた。
向かいに座って、お茶が出た。王妃が先に口を開いた。
「来てくださってありがとう。長い距離を来てもらって、申し訳なかった」
「依頼状を読みました。王妃ご自身が書かれた一行が、あったので」
「……気づいてくれましたか」
「あの一行がなければ、来なかったと思います」
王妃が笑った。疲れた顔に、でも確かな笑みだった。
「正直な方ですね」
「曖昧な言い方が苦手なので」
「……一つ、聞いていいですか」
「どうぞ」
「六十九回の記録を、見ましたか」
「来る前に、送っていただいた記録を読みました。全部は読み切れていませんが、概要は」
「六十九回目の施術の翌朝」と王妃が言った。「またここに来てくれた術師は、あなただけです」
アメルは止まった。
「……まだ来ていませんが」
「あなたは来ました。六十九回の失敗を知って、それでも来た。他の術師たちは、失敗した後には来なかった。「次の機会に」と言って、そのまま来なかった人もいました。来た人でも、最初から「諦める準備をしている」顔でした」
アメルは王妃の目を見た。疲れた、でも生きている目。
「……今度も、失敗するかもしれません」
「わかっています。でも、やってほしい。七十回目が最後だと言われても、あなたにやってほしい」
「……「最後かどうかは、やってみてから決めます」というのが、私の答えです」
王妃は、また笑った。今度はさっきより少し、深い笑みだった。
*
レオン王との初対面は、その日の夕方だった。
王は書類を読んでいた。アメルが入ると、顔を上げた。三十八歳と聞いていた。目の前にいたのは、四十代に見える王。疲れが、外見に出ていた。でも、背筋は真っ直ぐだった。
「来てくれた」と王は言った。「礼を言いたい」
「……まだ何もしていません」
「来てくれたことが、もう何かだ。六十九回の後に、七十回目を引き受けてくれる者が現れたというだけで、意味がある」
アメルは間を置いた。
「……王は、七十回目も失敗すると思っていますか」
沈黙。
「……正直に言えば、わからない。でも、諦めたくない」
アメルは「やります」と答えた。
王がアメルを見た。
「必要なことは何でも言ってくれ。できる限り、用意する」
「……一つだけ、今すぐお願いしていいですか」
「何だ」
「六十九回の施術記録を、全部見せてください。一枚も欠かさず」
王が頷いた。
*
六十九回の記録を読むのに、三日かかった。
最初の施術から最新のものまで、一枚一枚。どの術師が、どの手法で、どんな準備をして、どんな結果が出たか。失敗の原因として記録されていること、記録されていないこと。
三日目の夜、アメルは最後のページを閉じた。
ガルドが来た。「全部読んだか」と聞いた。「読みました」と答えた。ガルドが「これだけ読む術師は、初めてだ」と言った。驚きと、少しの評価が混じった声だった。
「……気づいたことを聞いてもいいか」とガルドが言った。「聞いてください」
「何が見えた」
アメルは記録を開いたまま、手元に置いた。
「六十九回、全ての施術に共通していることが一つあります。卵の状態を改善することに集中して、卵を取り巻く環境を整えていない」
「環境?」
「卵は単独では孵化しません。卵を包む全ての条件が揃ったとき、初めて孵化できる。温度、栄養の供給、精神的なストレスの有無、睡眠の質、宮廷からの圧力……これらが「環境」です。どの施術も、術そのものは優れていた。でも、環境が整っていなかった」
ガルドが眼鏡を外した。レンズを拭いて、かけ直す。
「……それは、施術の問題ではないということか」
「施術だけでは解決しない、ということです。細胞質置換は卵そのものへの介入です。七十回目では、そこに卵を取り巻く環境の整備まで加えます」
「だが、環境を整えることは術師の仕事ではない」
「だから、六十九回失敗したのかもしれません」
長い沈黙があった。
「……言いすぎだ」とガルドは言った。「言いすぎかもしれません。でも、事実です。環境を整えなければ、七十回目も同じです」
ガルドが立ち上がった。「続きは明日にしよう」と言って、出ていった。
*
翌朝、アメルは王妃の部屋を訪れた。
「施術前に確認したいことがあります」と言って、許可を得た。王妃の毎日を聞いた。起床時刻。何を食べるか。宮廷行事への参加はどのくらいか。後継者問題を誰と話すか。睡眠の質はどうか。二時間かけて聞いた。王妃は全部正直に答えた。聞き取り後、アメルは食事・睡眠・温度・宮廷行事への参加を見直す方針を立てた。王妃は毎日、宮廷の行事に参加していた。後継者問題の議題が出るたびに、同席させられていた。夜遅くまで行事があり、睡眠が不規則だった。食事は宮廷の都合に合わせていた。つまり、王妃の「環境」は、施術のために最悪の状態だった。「……改善するために、いくつかお願いがあります」
「何でもします」と王妃は言った。「今度こそ、と言いたいわけではない。ただ、できることは全部したい」
アメルは頷いた。
アメルはリストを作った。その夜、王に提出した。
「これが、施術前の環境整備のリストです」
王が読んだ。読み終えて、顔を上げた。
「……宮廷会議での後継者問題の議題停止、か」
「施術期間中は、宮廷会議への出席を免除し、後継者問題の議題が出る場から王妃を外してください。精神的なストレスが卵の環境を悪化させます」
「それは政治的に難しい」
「難しいのはわかっています。でも、なければ七十回目も同じです」
王は考えた。
「……わかった。三ヶ月、凍結する。それ以上は約束できない」
「三ヶ月で十分です。ありがとうございます」
王がアメルを見た。
「……あなたは、言うべきことを言うんだな」
「言わなければ、失敗します。六十九回がそれを証明しています」
王は口の端を動かした。
*
一ヶ月が始まった。
アメルは毎朝、王妃の状態を確認した。睡眠が取れているか。食事はどうか。気持ちの波は。
毎日変わる状態を記録して、次の日の対応を考えた。
王宮の行事への参加を最小限にした。宮廷会議への出席は免除になった。後継者問題の話が出る場には行かなくていいことになった。
最初の週は「申し訳ない」という顔をしていた。自分のために宮廷を動かすことへの遠慮。
でも二週目には、顔色がよくなった。三週目には、「久しぶりに、朝まで眠れた」と言った。
アメルはその変化を記録した。卵の状態も、週に一度確認した。少しずつ、改善していた。
老化は止まらないが、悪化が止まった。
*
三週目の夜、庭でレオン王と話した。
夜の庭に出ると、王がいた。一人で、木の下に立っていた。月が明るかった。
「眠れないのですか」とアメルが聞いた。「時々こうする」と王は言った。「考えすぎると、外に出る方が楽だ」
アメルも隣に立った。
「……一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「なぜ、六十九回続けたんですか。失敗するたびに、別の道もあったはずです」
王は間を置いた。月を見ていた。
「……ソリアが諦めなかったから、だ」
「王妃が」
「彼女は一度も『もういい』と言わなかった。六十九回、全部の失敗の翌朝、必ず『次を考えましょう』と言った。失敗するたび、ソリアが自分を責めそうになると、俺は『君のせいじゃない』と言った。六十九回ともだ。俺は何度か、やめようと思った。これ以上彼女を苦しめたくないと思った。でも、彼女が諦めないから、俺も諦められなかった」
アメルは月を見た。
「……王自身は、諦めたいと思いましたか」
「……正直に言えば、思った。でも諦めたくなかった。その両方が、ずっとあった」
「諦めたくない、という気持ちの方が大きかったんですね」
「……そうだな。諦めたくなかった。ただそれだけだ」
アメルは王の横顔を見た。
「……なぜ、辺境でこの術を学んだのか」と王が聞いた。「王宮にいれば、もっと早く有名になれただろう」
「辺境に、諦めない患者がいたから、です」
「諦めない患者?」
「二十三回の失敗を経験した女性でした。私の師匠が「もう難しい」と言ったとき、彼女が「それでもやってほしい」と言った。その言葉で師匠が二十四回目をやって、成功した。私はその場に立ち会いました。「諦めない患者が、術師を成長させる」と師匠が言いました。それが今も、私の中にあります」
王は庭を見た。
「……ソリアに、その話をしてくれるか。今度、機会があれば」
「はい。必ず」
二人は月を見た。庭が静かだった。
*
施術当日の朝は、雨だった。
四時。外はまだ暗い。窓を開ける。雨の音。冷たい空気が入ってきた。
深呼吸した。今日やることを、もう一度頭の中で確認した。準備は全部できている。一ヶ月かけて整えた環境。王妃の状態。卵の状態。全部の記録が、頭に入っている。
でも、保証はない。
六十九回の失敗があった。七十回目も失敗するかもしれない。それは事実だ。でも今日の施術は、過去六十九回とは違う条件で行う。環境が違う。準備が違う。その違いを積み重ねた結果が、今日の七十回目だった。
廊下でレオン王と会った。王は何も言わなかった。ただ、アメルの前を歩いて、重い扉を開けて待っていた。「ありがとうございます」と言うと「通り道だった」と答えた。でも扉の向こうに、王の行く用事は何もなかった。
施術室に向かう廊下で、ガルドと会った。
ガルドが止まった。
「……頑張れ」
アメルは驚いた。
「……それは、術師仲間に使う言葉ですか」
「俺は滅多に言わない。でも今日は言う」
アメルは「ありがとうございます」と言って、施術室に入った。
*
施術が始まった。
王妃が台に横になった。アメルが横に座った。術の準備をした。
命の卵に、初めて直接触れた。
老化した卵の状態を、精密に読んだ。一ヶ月前より、確実に改善していた。環境を整えた効果が、卵に出ていた。細胞には、確かな弾力が戻り始めている。内部の活力が、微かだが確かにあった。
施術を開始した。老化した細胞質に介入し、若い細胞質の成分を丁寧に送り込む。急がない。
焦らない。一層ずつ、確認しながら。
一時間後、最初の手応えがあった。卵が、術に反応していた。
二時間後、中層まで到達した。卵の核心部に近づいている。
二時間三十分後。
卵の反応が止まった。
反応が止まるということは、孵化に向けての動きが止まったということだ。ここで焦れば、卵が壊れる。でも、何もしなければ、このまま失敗する。
アメルは焦らなかった。
手を止めた。呼吸した。卵の状態を読んだ。反応は止まっている。だが、消えてはいない。
まだ終わっていない。アメルは手を出さず、三分待つことを選んだ。
三分待った。
卵が、また動き始めた。
アメルは施術を再開した。ゆっくりと、前より少し穏やかな術で。急かさない。卵のペースに合わせる。
*
前の夜、レオン王が書斎に戻ったが、書類を一行も読まなかった。窓の方を向いていた。施術室がある棟の方角を。侍従が去った後、誰もいない部屋で王が独り言のように言った。
「あの術師は今、眠れているだろうか」。答える者は、いなかった。施術室の外、廊下にレオン王がいた。椅子を持ってきて、扉の前に座って待っていた。ガルドが「中で何かあっても、入ってはいけません」と言っていたのに、それでも傍にいたかったのだろう。三時間後、施術室の扉が開いた。アメルが出てきた。少し疲れた顔をしていたが、崩れていなかった。「終わりました」
「結果は」
「あとは、卵が答えを出します。三日かかります」
「三日待つ」
「はい。今できることは全部しました。あとは卵が判断します」
王が立ち上がった。アメルを見た。
「……お前は、大丈夫か」
アメルは驚いた。術師の体調を聞いてくる依頼人は、珍しかった。
「……大丈夫です。少し疲れましたが」
「休め。三日、休んでいい。食事は届けさせる」
王は侍従を呼び、「術師の部屋には軽い食事を。起こすな。本人が起きてから温め直せ」と告げた。
アメルは「ありがとうございます」と言った。その言葉が、今日は素直に出た。
*
一日目は眠った。
三時間の施術の後、アメルは部屋に戻って眠った。起きたら夜だった。食事が届いていた。
食べて、また眠った。施術の後の消耗は、いつもこうだった。
二日目の朝、目が覚めると、庭に出て歩けるまで回復していた。窓を開けると、雨が上がっていた。空が青かった。
庭に出ると、王がいた。
「散歩か」と王が言った。「少し動きたくなって」
「昨日の食事は食べたか」
「……はい」
「ならいい」
「一緒に歩いていいか」
アメルは頷いた。二人で庭を歩いた。
しばらく黙って歩いた後、王が言った。
「……師匠の話を、もう少し聞いてもいいか。辺境での二十四回目の話を」
「師匠は、最初は断るつもりだったんです。二十三回の失敗は、術師の視点から見ると「これ以上は難しい」という判断でした。でも患者が「それでもやってほしい」と言ったとき、師匠は何かが変わった、と後で言いました」
「何が変わったんだ」
「患者の言葉で、「諦める理由を探すのをやめた」と言っていました。それまでは、失敗するたびに「なぜ失敗したか」を考えていた。でも「諦める理由を探していた」と気づいた。それをやめて、「成功する方法を探す」に切り替えた、と」
王が歩を緩めた。
「……俺も、同じことをしていたかもしれない」
「どういう意味ですか」
「六十九回の失敗の後で、「七十回目も失敗した場合の対応」を考え始めていた。諦める準備ではないが、諦めた後のことを考えていた。それは、諦める理由を探すことに近い気がする」
アメルは間を置いた。
「……でも、今日まで続けてきた。それが事実です」
「……ソリアが諦めなかったから、だ。彼女が俺を動かし続けた」
庭の木が風に揺れた。
「……お前は、七十回目の前に、「成功する方法」を考えたか。「失敗した場合」ではなく」
「考えました。環境を整えることが、その答えだった」
「……俺たちが六十九回、考えていなかったことだ」
「考える機会がなかったのだと思います。術師が施術だけを担当して、環境は別の誰かが管理するという分担だったから」
「……それを、「術師の仕事ではない」と言っていたのは、俺たちの方だ」
王が止まった。池の前だった。水面が光を受けていた。
「……正直に言う。七十回目が終わって、三日待っている間、怖い」
「……私も怖いです」
「お前が怖いのか」
「術師は、「やった」と「終わった」の間に何もできない。卵が動くかどうかは、卵が決める。その時間が、いつも怖い」
王がアメルを見た。
「……術師も、待つのか」
「待ちます。全員」
「……知らなかった。術師は結果に向けて仕事をして、結果に動じない存在かと思っていた」
「怖いです。でも、怖さより「やれるだけやった」という感覚の方が大きい。それだけです」
また二人で歩き始めた。
三日目の朝、王妃から使いが来た。「来てほしい」という言葉だった。
*
王妃の部屋に入ったとき、ソリアが立っていた。
立っている、というだけで、何かがわかった。三日前の施術の後、王妃は横になっていたはずだ。今は立っている。顔が、三日前より明るかった。
アメルは診断器を取り出した。
王妃の卵に向けて、術を当てた。
数値が出た。
アメルは数値を確認した。もう一度確認した。もう一度。
「……孵化しています」
王妃は何も言わなかった。
目から涙が出た。声を出さずに、涙が落ちた。
アメルも黙っていた。
しばらくして、王妃が言った。
「……あなたが七十回目に来てくれて、よかった」
「……来てよかったです」とアメルは言った。
*
知らせはすぐに広まった。
ガルドが来た。施術室で一人で記録をまとめていたアメルのところに来た。
ガルドが、頭を下げた。
深く、ゆっくり、頭を下げた。
アメルは驚いた。
「……何故」
「俺が間違っていた。辺境の素人と言ったことも、環境の整備を術師の仕事ではないと言ったことも、全部間違いだった。謝る」
アメルは間を置いた。
「……謝罪は受け取ります。でも、ガルド術師長が六十九回支えてきたことは、間違いではない。あなたが諦めなかったから、七十回目があった」
ガルドが顔を上げた。目が赤かった。
「……若い術師に、教わった」
「私も、あなたたちの記録から教わりました。六十九回の失敗は、全部教材でした」
ガルドがもう一度、頷いた。今度は深くではなく、ただ頷いた。
*
夜、王との時間があった。
王が「礼を言いたい」と言った。
「待ってください」とアメルが言った。「礼は、王妃に言ってあげてください」
「ソリアに?」
「十年間、六十九回諦めなかった人に、礼を言ってほしい。七十回目を成功させたのは私ですが、七十回目があったのは、王妃が六十九回諦めなかったからです」
王は間を置いた。
「……そうだな」
王がアメルを見た。
「……あなたは、諦めないんだな」
「……諦める理由が、見つからなかっただけです」
「それを「諦めない」と言うんだと思う」
アメルは黙った。
「……師匠が言っていたことを思い出しました。「諦める理由を探すのをやめたとき、成功する方法が見えた」という言葉を」
「俺も、今日から違う探し方をしようと思う」
「何を探しますか」
「諦めない理由を。諦める理由ではなく」
アメルは王を見た。
*
六か月後。
王妃の妊娠は安定した。
アメルは辺境の工房で、王宮から届いた報告を読んだ。
王からは、術師の育成拠点を作りたいという依頼。
アメルは王都へ向かい、引き受けると答えた。
ただし、すぐには残らない。
「辺境で待っている患者がいます」
「何回目だ」
「二十回失敗した方です。次が二十一回目」
レオン王が笑った。
「七十回目に比べれば少ないな」
「回数で軽くなりません」
「そうだった」
アメルが扉へ向かう。
「アメル」
初めて名前で呼ばれた。
「育成拠点の席は空けておく。また、力を貸してほしい」
アメルは振り返った。
「辺境の二十一回目を見届けたら、戻ります」
王宮の外へ出る。
秋の風。
二十一回目を待つ患者のところへ歩き始める。
七十回目が成功した日、術師の仕事が終わったわけではない。
六十九回分の失敗が、次の一回を支えていた。
了




