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山県昌景  作者: 万里乃
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馬と水音

武田信玄の馬廻り衆(側近)として働き始めた飯富昌景は馬の扱いが上手く、信玄に好かれた。百五十騎(一騎の侍に四、五人程つくので七百五十人程)の部隊を任されることになった。武田家が破竹の勢いで信濃を統一していく中、昌景も順調に勲功を積んでいた。しかし信濃の豪族、村上義清が助けを求めた上杉景虎(後の謙信)に第一次川中島の戦いで城を取り返される。第二次川中島の戦いでは二百日に及ぶ犀川を挟んだ対陣が行われた。

長すぎる対陣にくすぶった昌景は愛馬と共に陣を抜け、湖畔にて水を飲んでいた。突っ込んだ顔をずばっと上げ、顔を振り水を飛ばす。横を見ると同じように愛馬が顔を振った。愛らしく思い、撫でると嬉しそうに顔を寄せてきた。愛らしすぎて撫でまくる。ヒートアップし過ぎて、乗りかかってきた。重い!!!馬と一緒に声にならない叫びをあげ体制を崩しずっこけた。二頭が立てたド派手な水音は静かな月景色の湖畔に鳴り響いた。

「もうお主は仔馬じゃなかろうが。」

びちょぬれのまま彼は愛馬にまたがった。手綱をバチンとあてると、待ってましたと走り出す。少しずつ、風が当たってくる。水に濡れると、風が良く感じられる。湖畔を駆ける黒い影と赤い鎧。気持ちよさに位置も心も忘れ、腰を浮かした前傾姿勢で駆ける。右を見れば木々は流れていくのに左を見れば湖と月は定位置を示している。戦を控えた自分の心模様と同じ眺めだ。鎧と愛馬が乾くまで湖沿いを駆けていた。愛馬をなだめ、速度を落とし、歩かせる。木々の躍動も収まり、また、静かな湖畔が帰ってきた。馬を撫で、降りる。どてっと言わせながら愛馬は寝ころび足を延ばし、湖を眺めた。綺麗な黒い瞳。自分も座り、鎧をぬぐ。腹に頭を乗せさせて貰い、湖と月を眺めた。ボケーっと時を過ごす。わき目に彼岸花が群生していた。

 昌景の燻りを湖の水と木々のざわめき、そして愛馬の鼓動が鎮めた。その時対岸に白い馬に乗った男が現れた。男は馬上から一礼すると馬を降り、服を脱ぎ、馬と一緒に水浴びを始めた。自然の音の様に静かだった。水浴びを終え、馬を走らせる。飛ぶように駆ける馬だった。対岸からぐるりと回ってくるまでに“上杉景虎は白い馬を駆っている。”という噂が頭を過る。馬の足音が近づくたびに自然の音は生を帯び、その現象にすべてを集中した感官はその男が上杉景虎その人であることを確信に変えた。二百日の対陣は昌景の中での上杉景虎像を大きく育てた。強き武田として生きてきた昌景は初めて勝てるかどうか分からない相手に出会ったのだ。昌景の生きてきた過程はここで襲い掛かるのではなく戦場で打ち取りたいと思わせてしまった。それでも風は脇に咲いた彼岸花を強く揺らした。見事な白い馬体をみていると愛馬が少し怒ったように服を噛んで引っ張る。それをなだめていると、後ろを通ろうとしていた放生月毛が激しく暴れ散らかす。それに呼応するように愛馬もいななき、踏んだり噛んだり蹴ったり大喧嘩を始めた。景虎はやむをえず馬を降り、昌景も慌てて立ち上がり、二人で自分の馬に必死に抱き着いて何とか諫めて自然と笑った。

「「いい馬ですな。」」

 そろった事にまた笑う。二人の大笑いに二匹もほだされてお互い謝るように少し鼻っ面で挨拶を交わす。

「見事な毛並み。歩く時でも少し跳ねるようだ。」

「放生月毛。正直言うと不動明王やら戦やら義なんかより好いておる。」

「普段はなんと呼んでいるので?」

景虎は少し顔を赤らめた。

「つんつん。」

少しの沈黙の後、景虎は懐から酒を取り出してドカリと座り込んだ。放生月毛改めつんつんもそれに倣って座る。そしてなみなみと注いだ盃を突き出した。

「そちらも名乗るのが筋。黒い馬体に筋肉が良く映えるな。」

薊鳥あざみどり。」

「普段はなんと呼んでいる。」

「、、、あーちゃん。」

なに?というように薊鳥改めあーちゃんが顔をなめる。撫で帰してやると嬉しそうに顔をこすりつけてきたのでたまらず抱きしめる。ハッとして景虎のほうを見ると二ヤついていた。こころなしかつんつんも、お熱いことでというような顔ぶりだ。昌景は観念したように盃を取って飲み干した。景虎同様にあーちゃんとすわり、お互いの盃に酒を注いだ。二人同時に飲み干す。すかさず景虎は少し黄ばんだ白い粉を取り出し、二人の間に置いた。

「塩だ。」

ぐっと飲んでぺろりと舐める。ああ。と景虎が声を漏らす。昌景もたまらず真似をする。衝撃だった。酒の後味を“締める“。そして塩味の奥に甘さを感じた。これは、、、

「海を干したのだ。世の中にはこんなものを作ってしまうやつがいる。」

あーちゃんに舐めさせてみる。狂ったように舐め始め、置かれた塩にも顔を突っ込んだ。慌てて止めたが手遅れだった。申し訳なさそうに景虎を見ると、懐から塩を出してつんつんにも舐めさせた。つんつんは口周りをペロッとひとなめしたあと歩き出して湖の水をがぶ飲みした。あーちゃんもなるほどといった感じでそれに倣う。二人仲良くがぶ飲みしていた。

「「かわいい。」」

またしてもそろった。景虎はあーちゃんに舐めつくされた笹の上に新しく塩を置き、二匹を眺めながら酒を飲んだ。今度は昌景が懐から味噌と酒を取り出した。味噌を指先にまとわせてねぶる。くちで広がった後に今度は酒で“締める”。そのまま一刻程お互いの愛馬の事をつらつらと語っていた。話すこともなくなり、大の字になって昌景は寝っ転がった。星空と満月を見つめていると気づけば眠りについていた。

 日光で目が覚めた。景虎がいた場所に姿は無い。一度あくびをして立ち上がる。大きく天に向かって伸びをする。寝ていたあーちゃんも立ち上がる。あーちゃんは頭を昌景にこすりつけた後、湖に向かって走り出す。昌景はニヤリと笑う。二匹が同時に立てた水音がド派手だったことは言うまでもない。

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