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支える者の価値

学院生活が軌道に乗り始めた頃、大きな事件が起こった。


研究棟の最上階で、上級生たちが行っていた高等魔法の実験が暴走したのだ。実験で使用していた古代の魔法陣が制御を失い、研究棟全体に危険な魔力が充満し始めた。


「全学生は直ちに避難せよ!」


緊急放送が学院全体に響き渡った。学生たちは慌てて建物から避難を始めたが、研究棟にいた一部の学生や教授たちが取り残されている状況だった。


暴走した魔力は見る見るうちに拡大し、建物の壁を這うように広がっていく。触れた植物は一瞬で枯れ、石材にひびを入れ、金属を腐食させていく。


「誰か、あの暴走魔力を中和できる者はいないか!」


駆けつけた教授たちが慌てふためいている。しかし、これほど大規模で複雑な魔力の暴走を止める方法を知る者は少ない。


避難している学生たちの中で、私は田中健太の記憶を総動員して解決策を考えていた。商社で働いていた田中健太は、複雑なプロジェクトの管理や、多数の関係者の調整を行う経験を積んでいた。その経験と、この世界で学んだ魔法理論を組み合わせれば——。


頭の中で解決策が形になった。しかし、それには複数のメイン系魔法使いと、それを統制するサポート魔法使いが必要だった。しかも、極めて高度な協調性と統制力が求められる危険な作業だ。


「私にやらせてください」


避難エリアの指揮所で、私は手を上げた。


集まった教授たちが私を見て困惑した。


「君は1年生だろう?これは上級魔法の領域だ」ヴィクトール教授が心配そうに言った。


「でも、理論的には可能です」私は必死に説明した。「4人のメイン系魔法使いが東西南北から特定の魔力を注入し、私がサポート魔法でその調和を取る。暴走している魔力の流れを逆転させて、安定した状態に戻すことができるはず」


「危険すぎる」グレイソン教授が首を振った。「一歩間違えれば、術者全員が魔力に飲み込まれる」

「でも、他に方法はないでしょう?」


私の言葉に、教授たちは黙り込んだ。確かに、他に具体的な解決策を提示できる者はいなかった。


「やらせてください」


新たな声が響いた。振り返ると、アリスが立っていた。彼女の表情は普段の穏やかさとは違い、強い決意に満ちている。


「そうだ!」


マーカスが茶髪をくしゃくしゃに掻きながら声を上げた。興奮すると声が一段高くなる彼の癖が出ている。「リーナの統制魔法、僕も参加させてくれよ。風魔法なら任せろ!」


「僕も手伝う」


静かに手を上げたのはエリック・フォレストモアだった。私と同じ苗字だが血縁関係はない。彼は普段口数が少ないが、土系魔法では学年一の実力を持つ。


「土の安定化は得意だから」


「私も参加します」


セシル・ローレンスが凛とした声で言った。彼女は学年でも数少ない水系魔法の使い手で、冷静な分析力で知られている。


「水の流動制御なら、理論は完璧です」


「君たち...」


教授たちの顔に困惑が浮かんだ。学生の身を案じる気持ちと、他に選択肢がないという現実の間で揺れている。


「リーナを信じます」アリスがきっぱりと言った。「彼女のサポート魔法なら、きっとできます」


他の3人も頷いた。普段は競争相手同士の彼らが、この瞬間だけは完全に一致団結している。


「分かった」ヴィクトール教授が重い決断を下した。「しかし、絶対に無理をするな。少しでも危険を感じたら即座に中断するんだ」


作戦の詳細を急いで詰める。アリスは東から炎系魔法、マーカスは西から風系魔法、セシルは南から水系魔法、エリックは北から土系魔法を注入する。私は中央で、4つの異なる属性魔法を調和させながら、暴走魔力を中和するサポート魔法を展開する。


「理論上は完璧な計画だが...」グレイソン教授が呟いた。「実際にやるとなると、5人の魔力を完璧に同調させる必要がある。少しでもタイミングがずれれば...」


「大丈夫です」


私は田中健太の記憶には存在しなかった確信に満ちていた。商社で培った調整能力と、リーナとして身につけたサポート魔法の技術、そして何より、仲間たちへの信頼がある。


胸の奥で声がする。「私は皆を支えるために生まれてきた。今こそ、その力を使う時よ」


研究棟に近づくと、暴走する魔力の圧迫感が肌に突き刺さってくる。建物の外壁には不気味な紫色の光が走り、空気が震えている。


「それぞれの位置について」


私の指示で、4人が東西南北の指定位置に散った。私は建物の正面、4人が作る正方形の中心に立つ。

「魔力の流れを感じて...」


私は目を閉じ、意識を研究棟内部の暴走魔力に向けた。田中健太の記憶には存在しなかった、この繊細な感覚操作。女性として転生した意味の一つが、この瞬間に明確になった気がする。


複雑に絡み合い、互いを破壊し合う魔力の流れが、手に取るように理解できる。それは田中健太の男性的な論理思考と、現世の女性的な直感的理解が融合した、私だけが持つ特殊な能力だった。


「開始!」


アリスの炎魔法が東から注入される。続いてマーカスの風、セシルの水、エリックの土。4つの属性魔法が研究棟を取り囲んだ。


「『ハーモニー・コントロール』!」


私が展開したのは、通常のサポート魔法を遥かに超越した統制魔法だった。4人の魔力を一つに調和させ、さらにそれを暴走魔力の流れに同調させていく。


魔力の奔流が私の身体を通過していく。あまりの負荷に、意識が飛びそうになる。しかし、私は耐えた。4人の仲間が信じて力を託してくれている。その信頼に応えなければ。


「リーナ、大丈夫?」


アリスの心配する声が聞こえる。彼女の魔力を通じて、その優しさが直接伝わってくる。


「平気よ...続けて」


時間の感覚が失われる中、私は魔力の調整を続けた。田中健太が持っていた空間認識能力と、転生後に身につけた繊細な魔力操作技術。この2つが完璧に融合した瞬間、解決の糸口が見えた。


「今よ!全員、魔力を最大出力で!」


私の指示と共に、4人の魔力が一気に増大した。私はその全てを統制し、暴走魔力の核心部分へと導いていく。


魔力同士がぶつかり合い、激しい光が研究棟を包んだ。地面が振動し、空気が歪む。しかし、私たちの魔力は確実に暴走を鎮静化していく。


暴走していた紫の光が徐々に薄れ、最後に小さな光の粒子となって消散した。研究棟に平和が戻った。

私はその場にへたり込んだ。全身の魔力を使い果たし、立っていることもできない。


「リーナ!」


アリスが駆け寄ってきて、私を支えてくれた。続いて他の3人も集まってくる。


「やったね、リーナ」マーカスが嬉しそうに言った。


「君のサポート魔法、本当にすごいよ」エリックが感心している。


「あんな高等なサポート魔法、上級生でもできないよ」セシルが興奮していた。


駆けつけた教授たちからも、賞賛の声が上がった。しかし、私の心を最も温めたのは、アリスの言葉だった。


「リーナがいてくれたから、私たちは力を発揮できました。ありがとう」


その言葉を聞いた瞬間、私は理解した。


田中健太は、常に「自分が1番になること」しか考えていなかった。他人は競争相手であり、克服すべき障害でしかなかった。


しかし、今の私は違う。アリス、マーカス、セシル、エリック——彼ら一人一人が大切な仲間で、それぞれの成功を心から願っている。


1番になることだけが価値じゃない。誰かを輝かせること、誰かの力になること。それもまた、かけがえのない価値なのだと。


その夜、寮の自室で一人になった時、私は転生の謎について深く考えていた。


何故、田中健太は男性から女性へと転生したのか。この疑問は転生以来ずっと私を悩ませていたが、今日の出来事を経て、ついに一つの答えに辿り着いた。


田中健太は、典型的な「男性的競争社会」の価値観に縛られていた。他者を蹴落としてでも上に立つこと、支配することこそが成功だと信じて疑わなかった。だからこそ、2番という結果に絶望し、最期は階段から転落するという悲劇的な死を迎えた。


しかし、この世界で女性として生まれ変わったことで、全く異なる価値観に触れることができた。協調性、共感性、そして何より「支える喜び」。これらは田中健太の記憶には理解できなかった感情だった。

窓の外で、二番星が一番星と並んで輝いている。田中健太の記憶なら「何故二番星なのか」と嘆いたであろうその光景が、今は美しく見える。


一番星だけでは夜空は寂しい。二番星があることで、より深い美しさが生まれる。支える存在があることで、支えられる存在もより輝くことができる。


私の転生には、深い意味があったのだ。


翌日、図書館でさらに調べを進めると、興味深い記述を発見した。


『永遠の二番星の宿命を受けし者、真の支援者として歩む時、新たな輝きを得ん。その輝きは一番星とは異なれども、夜空にとって欠くべからざる光となりて、多くの旅人を導かん』


この記述を読んだ時、私の心は深い安らぎに満たされた。


私の「永遠の2番手」という特性は、呪いではなく、特別な使命を秘めた祝福だったのだ。


この発見を胸に、私はアリスとの実習に臨むようになった。以前のような屈辱感や劣等感は完全に消え、代わりに純粋な喜びと使命感が心を満たしている。


「リーナさん、最近とても楽しそうですね」


ある日の実習後、アリスが嬉しそうに言った。


「そうかな」


「はい。以前は時々、とても寂しそうな表情をしていましたから」


アリスの観察力には本当に驚かされる。確かに、心境の変化は表情にも現れているのだろう。


「リーナさんのお陰で、私もとても成長できています」アリスが続けた。「一人では絶対にできなかった魔法が、リーナさんと一緒だとできるようになるんです」


彼女の言葉を聞いて、私は深い満足感を覚えた。田中健太の記憶には存在しなかった、純粋な達成感だった。


「私こそ、アリスと一緒だから頑張れるよ」


私は素直に気持ちを伝えた。これも田中健太の記憶にはできなかったことだ。男性的なプライドが邪魔をして、他者への感謝や依存を認めることができなかった。


しかし今は違う。仲間との協力を心から喜び、互いの成長を支え合うことの素晴らしさを実感している。

研究棟の事件から1ヶ月後、私たちの行動は学院全体で話題になっていた。特に、私のサポート魔法の技術は教授陣からも高く評価され、上級生向けの特別講義にも参加するよう要請された。


「フォレスト、君の統制魔法は非常に興味深い」


魔法理論を担当するアルテミス教授が、講義後に私を呼び止めた。彼女は学院でも屈指の理論家として知られている。


「4つの異なる属性魔法を同時に制御する技術は、通常なら10年以上の修練が必要だ。君はどのようにしてその技術を身につけたのかね?」


教授の質問に、私は慎重に答えた。田中健太の記憶について話すわけにはいかないが、できる限り正直に説明したかった。


「直感的に理解できるのです。魔力の流れが、まるで見えるような感覚で」


「興味深い。君にはサポート魔法師として稀有な才能がある」


教授の言葉は、田中健太の記憶なら屈辱と感じたであろうものだった。しかし今の私にとって、それは最高の賛辞に聞こえた。


「将来は宮廷魔法師団への入団を考えてみてはどうかね。君のような人材を、国は必要としている」


宮廷魔法師団——それは魔法使いにとって最高の栄誉の一つだった。しかし、私が目指すのはメイン魔法師ではなく、サポート魔法師としての道だ。


「検討させていただきます」


私は丁寧に答えた。田中健太の記憶なら、「何故メイン魔法師ではないのか」と問い詰めたかもしれない。しかし今は、サポート魔法師としての未来に希望を見出している。


その日の夜、私はアリスと屋上で星空を眺めていた。学院の屋上からは、街の明かりに邪魔されることなく美しい星々を見ることができる。


「リーナさん、将来の夢はありますか?」


アリスが突然尋ねてきた。


「夢?」


田中健太の夢は「1番になること」だった。しかし、それは既に過去のものとなっている。今の私の夢は——


「皆を支えることかな」私は素直に答えた。「アリスや、マーカスや、セシルや、エリック。大切な仲間たちが、それぞれの分野で最高の力を発揮できるように支えること」


「素敵な夢ですね」アリスが微笑んだ。「私の夢は、いつか王立騎士団の魔法戦士になることです。でも、一人ではきっと無理でしょう。リーナさんのような仲間がいてくれるから、夢を追いかけることができるんです」


彼女の言葉を聞いて、私の心は温かな感動で満たされた。田中健太の記憶には存在しなかった、深い充実感だった。


夜空を見上げると、一番星の隣で二番星が静かに輝いている。もう以前のような複雑な感情はない。二番星として、一番星を支えながら、自分なりの光を放つ。それが私の新しい生き方だった。


「アリス」私は彼女を振り返った。「私、あなたの夢を全力で支えるよ」


「私も、リーナさんの夢を応援します」


二人で交わした約束は、田中健太の記憶には理解できなかった、真の友情の始まりだった。


転生の意味を理解し、新たな価値観を受け入れた私は、この世界で初めて心から満足できる日々を送るようになった。そして、この満足感こそが、私が真に求めていたものだったのだと気づいたのだった。

続きます。

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