サポート科での発見
転科の手続きが完了し、私はサポート科の教室に足を踏み入れた。メイン科の教室とは雰囲気が全く違っていた。
メイン科では常に競争の空気が漂っていたが、サポート科は協調性を重視した穏やかな空間だった。机の配置も個人席ではなく、4人がけのグループテーブルが並んでいる。
「ようこそ、サポート科へ」
教壇に立っていたのは、ヴィクトール・アーレント教授だった。40代半ばと思われる温和な表情の男性で、宮廷魔法師団でサポート魔法師として活躍していた経歴を持つ。
「君がリーナ・フォレストだね。メイン科からの転科は珍しいが、心配することはない。ここでは君の本当の才能が開花するはずだ」
教授の言葉は優しかったが、私の胸には刺さるものがあった。「本当の才能」というのが、結局は「1番になれない才能」を意味するのだとしたら、それは慰めにならない。
「サポート魔法とは何か」ヴィクトール教授が授業を始めた。「それは相手を輝かせるための魔法です。自分が目立つのではなく、パートナーの力を最大限に引き出すことが使命です」
その言葉に、胃が重くなった。田中健太だった頃から「1番になりたい」という思いに憑りつかれていた私にとって、これは屈辱以外の何物でもなかった。
教室を見回すと、サポート科の学生たちは皆、その言葉を素直に受け入れているようだった。中には目を輝かせながら聞いている者もいる。
田中健太だった頃の声が心の奥で呟く。
「何故皆、2番手で満足できるんだ...」
私には理解できなかった。前世でも、この世でも、私はずっと1番を目指してきた。それなのに、最初からサポート役に甘んじることを選択する人たちの心境が分からない。
授業が進む中で、私はこの世界の歴史について思いを巡らせていた。転生してから16年、様々な本を読み、多くの知識を蓄積する中で、ある奇妙な法則に気づいていた。
この世界の伝説や神話において、「永遠の2番手」に関する記述がいくつか存在するのだ。図書館で見つけた古代の魔法書には、「天の裁きにより、永遠に頂点に立てぬ定めを負った者たち」について言及されている。
最初は単なる物語だと思っていたが、自分の状況を考えると、もしかすると——。
「それでは、最初のパートナー実習を行います」
教授の声で現実に引き戻された。サポート科の学生は、メイン科の学生とペアを組んで実習を行う。これは両学科の連携を深めるための伝統的な制度だった。
「リーナ・フォレスト、君のパートナーは...」
教授がリストを確認する。心臓が早鐘を打った。
「アリス・ハートウィンだ」
教室がざわめいた。アリスは入学首席で、メイン科でも群を抜いた才能を持つことで知られている。そんな彼女とペアを組むことは、光栄でもあり、プレッシャーでもあった。
しばらくして、アリスが教室に入ってきた。相変わらず美しく、そして気品に満ちている。彼女が私の席に近づいてくると、教室の空気が少し張り詰めた。
「よろしくお願いします、リーナさん」
彼女の笑顔は相変わらず美しかったが、よく見ると目の奥に微かな緊張が宿っている。完璧に見える彼女にも、プレッシャーがあるのだろうか。
「こちらこそ」私は丁寧に挨拶を返した。
「実は少し心配なんです」アリスが小声で打ち明けた。「私、一人だと完璧にできても、誰かと組むのは苦手で...。もし私のせいで失敗したら」
意外な告白だった。いつも自信に満ち溢れているように見える彼女が、こんな悩みを抱えているとは。
「大丈夫よ」私は彼女の手に軽く触れた。「私たち、きっと良いペアになれる」
「実は楽しみにしていたんです」アリスが小声で言った。「入学試験の時、リーナさんの魔法はとても美しかったから」
「え?」
「詠唱の時の魔力の流れが、他の人とは違っていました。何というか...とても繊細で、でも芯の強い魔力でした」
アリスの観察眼に驚いた。確かに、田中健太の記憶と現世の身体の感覚が混在している私の魔力は、通常とは異なるパターンを示すのかもしれない。
「今日の実習内容は『炎の大玉』の創造です」
ヴィクトール教授が説明を始めた。「メイン科の学生が基本の炎を作り出し、サポート科の学生がエンハンス魔法でその威力と安定性を高めます。目標は直径50センチメートルの安定した火球の維持です」
アリスが杖を構えた。「炎よ、我が意思に従い給え」
美しい詠唱と共に、空中に火球が現れる。しかし、目標の半分程度の大きさで、形も不安定だった。
「リーナさん、お願いします」
私は自分の杖をアリスの杖に近づけ、サポート魔法を詠唱した。
「力よ、調和よ、我が友の意志を高め給え」
その瞬間、何かが変わった。
アリスの火球が急速に大きくなり、完璧な球形を保ちながら安定していく。そして驚くべきことに、目標のサイズを遥かに超えて、直径80センチメートルほどの巨大な火球となった。
「これは...」教授が目を見開いた。
「完璧だ。いや、完璧を超えている」
私も驚いていた。サポート魔法でこれほどの効果が出るとは思っていなかった。しかし、それ以上に驚いたのは、自分の心の変化だった。
アリスの魔法が美しく輝く瞬間を、心から嬉しく感じている自分がいる。田中健太の記憶なら、「なぜ自分が脇役なのか」と苦々しく思ったであろう場面で、純粋な喜びを感じている。
「すごいですね、リーナさん」アリスが興奮していた。
「一人では絶対にできなかった魔法です」
「アリスの才能があったから」私は素直に答えた。
「私一人では何もできない」
この言葉も、田中健太の記憶には存在しなかったものだった。他者への依存を認めることは、男性的なプライドが許さなかった。しかし今は違う。互いに支え合うことの素晴らしさを、身体で理解している。
実習後、私たちは学院の中庭を歩いていた。夕日が石畳を赤く染めている。
「リーナさん、どうしてサポート科に転科されたんですか?」
アリスの質問に、私は少し躊躇した。転科の理由を話すのは、自分の弱さを認めることになる。
「攻撃魔法で、どうしても全力を出せなくて」私は正直に答えた。「身体が無意識にブレーキをかけてしまうみたい」
「そうなんですね」アリスが考え深そうに頷いた。「でも、今日のサポート魔法は本当にすごかったです。私、あんなに自分の魔法が美しく感じたのは初めて」
彼女の言葉に、胸の奥で何かが温かくなった。田中健太の記憶には存在しなかった、静かな満足感だった。
その夜、私は図書館で一人、古い文献を調べていた。転生や魂の成長に関する記述を探している中で、興味深い一節を見つけた。
『魂の成長において、前の世での課題を乗り越えられなかった者は、異なる境遇での生を体験する。性別、立場、身体の条件を変えることで、新しい視点を得て、魂の完成を目指すものなり』
この記述が、私の状況とあまりにも重なっている。田中健太は「1番になれない」という課題を克服できなかった。だから今世では、違う条件で同じテーマに向き合っているのかもしれない。
さらに別の古書には、詩的な記述もあった。
『永遠の二番星の宿命を受けし者、真の支援者として歩む時、新たな輝きを得ん。その光は一番星とは異なれども、夜空にとって欠くべからざる導きとなる』
呪いではなく、祝福。私の「永遠の2番手」という特性は、もしかすると特別な使命を秘めているのかもしれない。
翌日からの実習で、私とアリスのペアは次々と課題をクリアしていった。氷の結界術では透明度の高い防護壁を構築し、風の刃術では髪の毛一本を縦に割く精密さを実現した。
どの課題でも、私たちは群を抜いた成績を収めていた。しかし以前のように、結果に対する苦い感情はなかった。代わりに、アリスと一緒に作り上げる魔法の美しさに、純粋な喜びを感じている。
「リーナさんと組むと、魔法がまったく違って見えます」
ある日の実習後、アリスがそう言った。
「私こそ、アリスの才能に触れられて嬉しい」
私は素直に答えた。これも田中健太の記憶にはない言葉だ。他者の才能を素直に賞賛し、自分の役割を受け入れる。この心境の変化が、自分でも不思議だった。
2ヶ月が過ぎた頃、私たちのペアは学院でも評判になっていた。教授陣からも高い評価を受け、上級生向けの特別課題にも参加するよう要請された。
田中健太の記憶なら、このような「二番手としての成功」に複雑な思いを抱いたであろう。しかし今の私は、心から満足していた。
アリスが輝く瞬間を支えること。それが私の新しい喜びになっていた。
続きます。