第二話:逃げた先の絶望
「洞窟……その中なら、人目につかない」
僕は洞窟の深くへと潜っていった。周りの紫色の鉱石が、キラキラと輝き、まるで僕の心を抉るかのように見えた。
「……僕は」
胸に手を当てて考えた。昔のこと、両親のこと……
「なんだよもうっ……」
僕には、血の繋がった両親はいない。
僕はもともと、小さな小屋で生まれた。でも、僕を産んだ後、お母さんは死んでしまったらしい。お父さんはその悲しさから自殺したんだと、施設のおばさんが言っていた。「ごめんな、ごめんな……」そう言って、息を引き取ったそうだ。
僕はそのまま施設に入れられた。そこには僕と同じように辛い経験をした子が多かったから、すぐに友達もできた。そんなある日、僕を引き取りに来てくれた親子がいた。
「体つきもよくて、物覚えもいい子。いるか?」
低くて強い声が特徴の平 雅功だった。
「この子です」
施設のおばさんが指差したのは、まだ一歳だった僕。
「この子になにができる?」
「足し算と引き算、そしてこの身長とこの年齢で歩くことも完璧です」
「……いいな、こいつ。名前は?」
「ユウマだとさ」
「……ユウマ、ユウマか! じゃあ今日から平ユウマだな!」
僕はそのまま雅功によって引き取られた。雅功の家は田舎で、施設から四十分ほどで着いたはずだ。
「友里!」
「アナタ! もう帰ったの? 早かったわね。で例の子は……その子?」
「ああ! 足し算や引き算、歩くことも完璧だ! それに長身ときた。これは将来有望だぞ!」
「でも……アナタ、そこまで秀才な子を求めなくても私はーー」
「ん?」
「……」
「なあ、ユウマ。お前はアキトのようにはならないよな? あんなゲームばかりやってるような息子にはならないよな? お前はいつか世界を救うヒーロになるんだ!」
「……」
僕はその時、決意した。いつか、魔物をたくさん倒して、世界を救うヒーローになるんだ! だから、もっと鍛えて、勉強しよう! と。
でも、現実は違った。
「悪魔、魔物? 悪いこと、神様? ……なんでよ。僕はまだ五歳で、世界をなにも知らない。なにも悪いことなんてしてないーー」
!?
(何今の揺れ! 洞窟がゆれた?)
洞窟の天井は音を立てながら、ゆっくりと近づいてくるような感覚がした。
「!!」
「ドンッ」という音と同時に洞窟の天井は崩れ落ちた。
「……」
(待って、出口が……)
僕は必死に岩や石をどかそうとした。だが、五歳の体に数トンの重りを動かすことなどできるはずがない。ましてや筋力ステータスゼロとなれば……
「どうする? どうする……もともとこんな場所に入ったのが間違いだったんだ」
…………終わった、何もかも。
足から崩れ落ちた時、後ろで「コツリ」と音がした。
「なんだ? 今の音……」
スライム?
「キューキュー」
あの時のスライムか……透明度が似ている。
「痛っ……」
僕の顔へスライムが飛びついてきた。
「離せっ、離せって!」
スライムを壁に打ち付けた。
「……潰れちゃった」
僕はすぐにスライムの元へと駆け寄った。
「ごめん、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだ。本当にごめん」
スライムは、床にうずくまっているようだった。
「……治療しないと。仲間は、この洞窟の奥にいるのか?」
「……」
「何か言ってくれないとわからないよ」
「……」
僕はスライムを両手で抱えた。すると、スライムの体は赤く染まっていった。
「……っん? ねえ、 どこ行くのスライム! もう大丈夫なの?」
「キューキュー!」
「こっちに来いってこと?」
「キュー!」
「わかった、行くよ。ちょっと待ってて」
僕はその場にしゃがみ込み、洞窟が崩れた時に痛めた足を見た。
「痛っ。薬、包帯は…………ない。家だ」
「キュゥー!」
「え? どうしたの?」
僕の傷口に、そのスライムが飛びついた!
「何するんだ! 離せ……ってえ?」
少しずつ、傷口が塞がっていく。
「すごい! 本にはこんなこと載ってなかったぞ! お前、特別なのか?」
「キュー!」
「もしかして、助けてくれたのか?」
「キュー!」
「なんでだ? さっきだって僕の顔に飛びついてきたのに……」
「キュー!」
「?」
「キューキュー!」
「いいから、ついて来い?」
「キュー!」
「……納得しないけど、わかったよ」
僕はスライムの導くままに進み続けた。
「わあ、なんだここ。吊り橋? 崖だよ、危ない!」
「キュー!」
「なんでそんな速いの……もう、速いって……もっと慎重に、慎重に……」
「キューキュー!」
「早く来いって? うん、わかった、わかったから待って……」
「はぁ、はぁ、疲れたー」
「キュー!」
「?」
僕の目の前に現れたのは、信じられない光景だった。
「な、なんだ、これ……!?」
そこにあったのは、巨大で、神秘的な輝きを放つ宮殿だった。
次回:移動速度【150】の本当の力と、特別なスライム