第一話:出来損ないで親不孝
朝になった。
「ぅぅう、眠い……」
(ここから始まるんだ。僕が憧れてた英雄の伝説が!)
……
「え?」
「なんで……いや、なんで。僕は平均的に割り振ったはずだ。なのになんで……移動速度以外、全部ゼロ……」
(聞いたことがある。悪い子にはある特定の項目以外は、すべて0に神が書き換えてしまうって……)
「僕、なにもわるいことしてない! 神様! 僕はなにもしてない。ただ、この世界に貢献する英雄になりたかっただけ! 本当に何もしてない……ぁああ」
「どうした! ユウマ!」
「お父さん……?」
「どうしたんだ!」
(涙止まれ! 止まれ!)
「ううん、なんでもないよ」
「……虫か? どうしたんだ。そんなに泣いて。入るぞ?」
「だめ! 今は一人にしてよ!」
「……」
(もしかしたら、僕はなにか悪いことをしてしまったのかもしれない)
「ごめんなさぃ、神様……ごめんなさい……」
ドアの後ろには、不敵な笑みを浮かべるアキトの姿があった。
*
「朝食の時間よ。ユウマ!」
「う、うん。そろそろいく」
ユウマはお父さんの寝室から出て、ゆっくりと重くてだるい足を進めていった。
「お父さんにはなんて言おう……」
「ユウマ! 朝からそんなだらけてちゃいかんぞ! 結局、部屋には何がいたんだ? 虫か? お化けか?」
「う、うん、そんなところ……」
「昨日はあんなにウキウキしてたじゃない!」
すると父さんはなにか思い出したかのように、勢いよく立ち上がった。
「ぁあ! そうだユウマ。今日、試しに行こう! 魔物を狩りだ!」
「ぇ?」
「まだ天から与えられた能力と才能を今日発揮してみないか!」
「ぇぇ?」
「なんだよそんなに怯えて……」
「いや、僕はその……」
「アナタ、そんなに急かすこと、ないじゃない」
「そうか?」
コンコンとリビングのドアを叩く音がした。
「朝食できたんだろ? 入っていい?」
「アキト! ようやくか!」
「うん。ちょっとね、そろそろ顔を出さなきゃなってな」
「お兄ちゃん!」
「ああ、ユウマ、久しぶり」
僕はお兄ちゃんの顔を見て驚いた。そこには、引きこもっていた人とは思えない、活気がある表情をしていた。
「ユウマと父さん、さっきの話、聞いてたよ。今すぐ試しに行ったらいいじゃないか! ほら、ユウマだって早く試したいって感じでうずうずしてるんだろ? な?」
「え、あ、ああ。……うん」
「そうだったのかユウマ! じゃあすぐに出発しよう!」
「……」
*
「ここだユウマ!」
お父さんは暗くて、どこまで続くのかわからない洞窟を指さした。
「こ、この洞窟が?」
「ああそうだ! この洞窟深くに魔物が湧くんだ!」
「本で読んだことがあるよ父さん。たしか、洞窟は迷路みたいになってて、その奥深くにボスがいるって」
「やっぱり物知りだなユウマは。まあ今日は浅いところまでもぐってみるか」
「そう、だね」
するとお兄ちゃんは僕の頭を優しくなでた。
「俺は楽しみだ。優秀な弟、ユウマの力を示せるなんて」
「……うん」
(僕は期待を破ってしまうのかな……悔しい……)
「ここが洞窟の中? くらい……っヒぇ……」
「コウモリだ。これくらいで怖がってたら、世界を救うにも、救えないぞ!」
お父さんは腰を抜かした僕に手を差し伸べた。
「う、うん……」
洞窟の中はとても広く、足場はゴツゴツしていて、とても歩きにくかった。
「そろそろ魔物が……おっいたぞ! スライムだ」
「……この水色で、透き通ってるのが、スライム? 本で見たのと全然違う」
「ユウマ、こいつを倒せ」
「どうやって」
「斬るんだ。これを使え」
「いや、僕には無理ーー」
「大丈夫。お前には才能がある」
父さんは僕の背中を優しく押した。
「お兄ちゃん……」
お兄ちゃんはとても嬉しそうな表情をしていた。
「……」
剣を持ち直し、振りかざす。
「!!」
っ!?
スライムは素早く洞窟の奥深くに逃げてしまった。
(これ、僕のステータス? 自分の体が、全然動かない……剣もすっごい重いし)
「父さんごめーー」
「これくらいは普通できるはずだ。アキトだって……」
「お父さん?」
お父さんは、ブツブツと一人言を漏らしていた。
「いや、なんでもない。もう少し奥へ行こう」
進んでいくと、紫色の鉱石がキラキラと輝いていた。
「きれい……」
「……」
「お父さん?」
「アキト、あのスライムを見本で倒しなさい」
「はい」
僕はお兄ちゃんに剣を渡した。お兄ちゃんの構えは12才とは思えないほど、綺麗だった。
一瞬……一瞬でスライムを剣で薙ぎ払った。
「す、すごい!」
僕が必死に握っていた剣が、お兄ちゃんの手にかかれば、まるで紙をきるように軽々と扱われてる。
「さすがアキトだ。だが、これくらいはできてもらわなければ、平家の恥だ。できるよな。優秀なお前なら」
「う、うん」
僕はアキトからもらった剣を強く握った。そして真似するように剣を構える。
(もっとお兄ちゃんは腰を低くしてた……)
……!! 今だ!
僕の剣先はスライムを捉えた。
「!?」
しかし、スライムは俊敏な動きでまた奥へと潜ってしまった。
「ごめんなさいお父さん。次はもっと……」
「……帰るぞ。スライム一匹も無理か。お前に才能を感じていた俺がバカみたいだ」
今にも泣き出しそうなユウマに、アキトが励ますように言った。
「父さん。まだこいつは五才だ。まだまだ成長はする。だから、大丈夫だよ。ただ、今はできなかった
ってだけでさ」
「……ああ、そうかもな」
「お兄ちゃん」
僕は助け舟を差し伸べてくれたお兄ちゃんを見た。でもその目は笑っていた。不敵に。
*
「ただいまー」
「アナタおかえり! どうだった。怪我はない? 大丈夫?」
「まあまあ、そこら辺は後で離すとして……ご飯! ご飯は!?」
「ええあるわよ。先に座っておいて……」
僕はお母さんのご飯へ逃げるように駆け足になった。
「待ってユウマ」
「なに? お母さん」
「……あなたの枕とシーツ、とっても濡れてたわよ?」
「……お父さんじゃない?」(泣いた時にできたからかな)
「……お父さんは普段、あそこで寝ないの」
「あーえっと、思い出した。昨日、とってもいやな夢を見たんだ。だからそれで……」
「へー。じゃあ、これも?」
「!?」
お母さんが後ろで隠し持っていたのは、僕のステータス項目だった。
「なんでそれを……」
「あんたのシーツを洗おうとしたら、枕の後ろに隠してあったのよね……」
「……」
「忌み子ね。アナタ……今すぐ来て。確認したいことがあるの」
お父さんはリビングから駆け込んできた。「どうした? なんかいやなことでも……!?」
「ユウマ。お前、これ書き直したのか?」
「いや、僕は書き直してなーー」
「ユウマ!!」
「……僕は、なにもしてないんだ……」
「ああ、そうか。悪魔か。なら教会につれていくぞ」
「なんで、なんで」
「大人しくしなさい!」
父さんは勢いよく僕の頬を叩いた。
「なんで、え?」
いつもしゃがんで、同じ目線で話してくれる父さんと母さんは、もういないことに気がついた。
「あんたには魔物の意思が取り付いてるのよ。その証拠にこの一点張りのようなステータス。だからそれを教会で取り除いてもらわなきゃ」
「ああそうだな。」
(お父さん、お母さん……そんな顔しないでよ。ゴミを見るような目で僕を……)
「教会で、何をするの?」
僕は涙絡みながら聞いた。
「死ぬんだ。時に死は、悪魔が取り付いた人間にとって神聖なものとなる。浄化されるのだ。そして、教会に行けば、来世で幸せな生活を送ることができる」
「……なんで僕は悪魔なんかに」
「悪いことしてたやつに、悪魔は取り付くんだ。そして、その印としてステータスを神はいじると言われている」
「……いやだ、いやだ! 僕は死にたくない。まだ五才。たくさんおもしろいこととか、これから体験するんだ。だから」
「いくぞ」
「嫌だ!」
僕はお父さんに掴まれていた手を叩き飛ばした。そして玄関を出て、全速力で走った。
「森だ。森なら暗くてわからないはず!」
後ろを見るとお父さんが追いかけてきていた。父の顔は、かつてユウマを誇らしげに見ていた面影はなく、ただただ怒りに歪んでいた。
そして到底、五才の僕との距離の差は少しずつ縮まっているはずだ。
いまだ!!
僕は森へと僕は飛び込んだ。そしてコケても森の奥深くへと走り続けた。
「僕は何もやってない。なにも、なにも……」
ひたすら走り続けた。つまづきながらも、体力が切れるまで走り続けた。
僕はいま来た道を振り返った。
(もう来てない。ここまで来たら、大丈夫だと思う……)
そして大きな木の根っこ付近に座った。
「はぁ、はぁ、はぁ。疲れた」
でも……冷静になってからわかった。
僕は神に、見放されたんだと。
目から大粒の涙が溢れ出る。それは頬をつたり、服へとこびりついた。
「……っ」
くやしい。くやしい。くやしい!
僕はなにも悪いことなんてしてない。本当に、信じてよぉ……
僕の前には、さっき来た暗い洞窟が広がっていた。