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灼熱下のヒーロー《ファイア・ファイター》

「そんなかっこ悪いこと、できるかよっ!!!」

ジンの魂からの叫びが、悪臭漂う洞窟にこだまする。彼の瞳には、迷いを振り払った確かな決意の光が宿っていた。アギトの非情な策略に対し、ジンは自らの信じる「かっこよさ」を貫くことを選んだのだ。


「ククク……ハハハ! 面白いことを言う! だが、その綺麗事がいつまで続くかなァ!?」

アギトは、ジンの覚悟を嘲笑うかのように、再びその裂けた顎を歪める。そして、その泥のような体から、無数の泥の弾丸――「泥鉄砲(マッドショット)」を撃ち出してきた! 壁や地面、あらゆる方向から高圧の泥弾がジンへと襲い掛かる!

「うおっ!」

ジンは、まるで陸上選手が両手を大きく振って走るように、凄まじいダッシュで泥弾の雨を回避する。その動きは、これまでの戦闘で磨かれた俊敏さの賜物だ。泥弾が女性たちに当たりそうになる瞬間には、的確に双熱冷刃で弾き、あるいは熱線銃で蒸発させて守る。


「ちょこまかと……!」

アギトは苛立ちを隠さず、その不定形の体を利用し、腕に融合した巨大なチョップナイフを横薙ぎに振るってきた。広範囲を薙ぎ払うその一撃は、回避困難。

「くそっ!」

ジンは両手の双熱冷刃(そうねつれいじん)をクロスさせて受け止める! ガギン!という鈍い衝撃。しかし、完全に威力を殺しきれない。ジンは、受け流しながらチョップナイフの刀身の上を転がるようにして、辛うじて直撃を回避した。


「飛んだな、小僧!」

アギトが嗤う。その瞬間、ジンの着地した足元の地面がぐにゃりと歪み、急速に液状化していく!

「『沼地の支配(スワンプ・ドミニオン)』!」

アギトの宣言と共に、宴会場の固かったはずの地面が、一瞬にして底なし沼のような泥濘へと変わる!

「しまっ――!」

足を取られ、身動きが鈍るジン。その隙を突き、アギトはスライムのように泥濘に溶け込み、瞬時にジンの背後へと回り込んでいた!

「終わりだ!」

泥の中から踊り出たアギトのチョップナイフが、ジンの背中目掛けて振り下ろされる!

(間に合え!)

ジンは、迫る一撃に対し、瞬時に大剣を『創造』し、背後でガードする!

ゴォン!! という轟音と共に、ジンは巨大な鉄塊に殴られたかのように前方へ吹っ飛び、洞窟の壁に強かに叩きつけられた!

「ぐはぁっ……!」

肺から空気が絞り出され、視界が明滅する。全身を襲う激痛。さすがのジンも、今のダメージは浅くない。


「トドメだ、小僧!」

アギトが、倒れたジンに追撃のチョップナイフを振り上げた、その時だった。


「――させませんっ!」

凛とした声と共に、檻から脱出していたヒーラーの女性が、アギトの死角から飛び込んできた。彼女は、これがアギトを倒す最後の好機かもしれないと、自らを鼓舞し、身を挺して駆け出したのだ。

そして、渾身の力を込めた拳を、アギトの右膝の裏側――関節部分へと叩き込んだ!

ゴッ! という鈍い音と共に、アギトの右膝から四散し砕け散った!

「なっ……!?」

予想外の方向からの攻撃と、その威力に、アギトの巨体が大きく揺らぐ。


「……チッ。まだ生きていたか。確か……捉えていた武闘派ヒーラー(バトルヒーラー)じゃねえか」

アギトは、砕けた膝を忌々しげに見下ろす。だが、次の瞬間には傷口から茶色い泥が溢れ出し、瞬く間に元の頑強な脚へと再生していく。ダメージは、ない。

「心の傷は癒えたか? それとも、また仲間を目の前で喰われたいか?」

下劣な挑発。しかし、ヒーラーは怯まなかった。

「ええ、おかげさまで! それより、あなたこそ、いつまでその醜い姿でいられるのかしら!」

彼女はジンへと駆け寄り、その手に淡い光を灯すと、ジンの傷口に手をかざし、回復魔法を唱え始めた。虚勢を張ってはいるが、その声も手も、小刻みに震えている。


「……あんた……誰だか知らねえが、ありがとう。助かったぜ」

ジンは、ヒーラーの治療を受けながら、朦朧とする意識の中で礼を言う。彼女の震える手、しかし懸命な治療。そして、アギトがヒーラーに一瞬見せた、人間を弄ぶような愉悦の表情。それらが、ジンの脳裏に一つの光明を灯した。

(こいつの狙いは、俺を嬲り殺すこと……それも、俺が何かを守ろうとすればするほど、愉しんでやがる……!)

「おい、ヒーラーのあんた!」

ジンは、震える彼女に、しかし力強い口調で言った。

「アギトは俺が引き受ける! その間に、そこで眠ってる女たちを洞窟の外へ! それと、入り口の近くに、エルフの女の子も倒れてるはずだ! そいつも頼む!」

「え……!? で、でも、あなた一人では!」

「いいから行け! これは、俺の戦いでもあるんだ!」

ジンの気迫に押され、ヒーラーは一瞬ためらったが、すぐに力強く頷いた。

「……わかりました。必ず! あなたも、ご武運を!」

彼女は、他の女性たちを叩き起こし、リナの元へと急ぐ。


「ククク……小僧、お前、女を逃がしてどうするつもりだ? ワシから逃げられるとでも?」

アギトが嘲笑する。

ジンは、ゆっくりと立ち上がり、アギトに向き直った。

「ああ、時間稼ぎだよ。お前を、ここに釘付けにするためのな!」

ジンは、両足に新たな創造物を装着する。それは、古代の戦車を思わせるような、炎を纏った二つの車輪――哪吒の風火二輪を彷彿とさせる形状だ。

「『炎輪走破(フレイムチャリオット)』!」

足元の炎の車輪が回転し、泥濘の地面を焼き固めながら、ジンはアギトへと突進する! アギトのチョップナイフを、炎の軌跡を残しながら回避し、すれ違いざまに双熱冷刃(そうねつれいじん)で斬りつける!

ジュウウウ! という音と共に、アギトの泥の体に焦げ跡が残る。再生が、明らかに遅れている!

(やはり、熱は有効か!)

しかし、アギトも黙ってはいない。泥の腕を無数に伸ばし、ジンを捕らえようとする。ジンは炎輪の機動力を活かしてそれを捌くが、攻撃の全てを回避することはできない。掠り傷が増え、体力も魔力も限界に近い。


「ジンさん! 避難、完了しました!」

洞窟の入り口付近から、ヒーラーの女性の切羽詰まった声が響いた。


「……フン。女どもを全て外に出したか。それで、どうするつもりだ? 貴様一人で、このワシを倒せるとでも?」

アギトは、どこか楽しむように、余裕の表情でジンを見る。


「……お前、あれだけデカい口叩いといて、結局女一人も止められなかったじゃねえか。それとも、俺に集中しすぎて、周りが見えてなかっただけか?」

ジンの挑発に、アギトの眉がピクリと動く。

「その驕りが、命取りになるぜ」

ジンは、ゆっくりと双熱冷刃(そうねつれいじん)を消し、天を仰ぐ。

「なあ、アギト。お前さ――」

一拍置いて、ジンは続けた。

「異世界で一番かっこいい職業って、何か知ってるか?」

「……異世界だと? 何を言ってやがる」

アギトは怪訝な顔をした。

「ああ。俺が元いた世界もお前らにとっては異世界だよな。まあ、そんなことはどうでもいい」

ジンはアギトの反応を無視し、ニヤリと笑った。

「それはな――『消防士』だ。たった身一つで、燃え盛る炎の中に突っ込んで、泣いてる人を助けちまう。最高にかっこいいだろ?」


「……やはり、何を言っているか分からんな、小僧」

アギトが吐き捨てた、その瞬間。

ジンの体が、眩い光に包まれた!

「『換装』――消防士(灼熱下のヒーロー)!!」


光が収まった時、そこにいたのは、先程までのジンではなかった。黒を基調とし、燃えるような赤いラインが入った特殊な耐熱服。顔を覆う、高性能なガスマスクとゴーグル。そして、その全身は、透明な耐火ジェルでコーティングされていた。それは、ジンが思い描く、最も『かっこいい』消防士の姿。


「……最後の悪足掻きか」

アギトは、ジンの変化にも動じず、泥の腕を構える。


「ああ、これが最後だ」

ジンは、静かに告げた。そして、その両手を広げ、洞窟全体を支配するかのように、宣言する。

「『炉心解放(ろしんかいほう)焦熱地獄(しょうねつじごく)』!!!」


次の瞬間、洞窟内の空気が一変した。ジンの体から放たれた圧倒的な熱量が、空間そのものを歪ませ、まるで巨大な溶鉱炉の内部にいるかのような、灼熱の世界へと変貌させていく――!

アギトの泥の体が、ジリジリと音を立てて蒸発し始めるのが見えた。

「ぐ……おお……!? この熱は……!?」

初めてアギトの顔に焦りの色が浮かぶ。


灼熱地獄の中心で、二つの意志が激突する。永かった戦いの決着は、もう目前に迫っていた。

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