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二つの戦場

ジンが創造した四本の刃が、洞窟の焚き火の光を浴びて不気味に煌めく。対峙する小柄な幹部ゴブリン――ザギの纏う空気が、ピリッと張り詰めた。一方、その隣では、巨漢の幹部ゴブリン――バンガが、ゆっくりと動き出していた。


「グゴ……」

バンガは、低い唸り声を上げながら、その濁った視線をジンではなく、彼の後ろに控えるリナに向けた。まるで品定めでもするかのように、じろりと見回す。

「ケッ。ザギがそっちの小僧(こぞう)に夢中なら、オレぁこっちの(じょう)ちゃんが相手か。まあ、細っこいが、歯ごたえくらいはありそうだ」

バンガは、その巨体に似合わない、ねっとりとした声で言い放ち、明らかにリナを標的として歩を進めた。


指名されたリナの肩が、一瞬小さく震えた。相手は、見るからに自分とは体格もパワーも違いすぎる巨漢ゴブリン。恐怖がないわけではない。しかし、彼女はぎゅっと唇を噛み締めると、背中の弓を手に取り、矢をつがえた。

(逃げない……! ジンさんが、私を信じてくれた。私を拾ってくれた。今度は、私が……彼の負担を減らす!)

彼女の中で、恐怖を上回る強い決意が燃え上がっていた。ここで自分がバンガを引き受けなければ、ジンはボスを含めた三体を同時に相手することになりかねない。それだけは避けなければ。

「ジンさん!」

リナは、ザギと対峙するジンに向かって、凛とした声で叫んだ。

「こっちは私に任せてください!」


「フン……」

リナの言葉を聞き、ザギがジンに向かって鼻を鳴らした。その声には、侮蔑と苛立ちが混じっている。

「あのエルフ一人に、バンガが止められるとでも思ってんのか? 甘く見られたもんだな、オレたちも」

それは、リナの覚悟を嘲笑し、同時にジンの判断を愚かと断じるような響きを持っていた。


ジンは、ザギから視線を外さずに答える。

「ああ。仲間が『任せろ』と言ったんだ」

彼の声には、揺るぎない信頼が込められていた。

「なら、俺は信じて後ろは任せるさ。……それより、お前だ」

ジンは、両手の短剣と両足のレッグブレードを構え直し、ザギを鋭く睨みつける。

「今、俺がやるべきことは一つ。さっさとテメェをぶっ倒すことだ!」


ジンの言葉が合図となったかのように、二つの戦いが同時に始まった!


***


「グオオオオオ!!」

宣言通り、バンガが巨体を揺らしてリナへと突進する! まるで小型の戦車のような、凄まじい突進力。

(真正面からは無理!)

リナは迫りくる質量を冷静に見極める。回避は間に合わない。ならば――

「風よ!」

バンガの巨腕がリナを捉え、凄まじい衝撃が襲い掛かる――その刹那、リナは自身の真後ろに向かって、圧縮した風の塊を放っていた!

ドッ! という鈍い音と共に、リナの体はバンガのタックルの衝撃を受け流すように後方へ吹き飛ぶ。風魔法による瞬間的な加速と衝撃緩和。彼女が潜在的に得意としていた風の力が、決意と共に形を成したのだ。

(よし、威力は殺せた……けど、壁が!)

後方へ吹き飛ばされながらも、リナは思考を止めない。洞窟の壁に激突する寸前、今度は前方に風のクッションを発生させ、自身の体を柔らかく受け止め、落下速度を殺す。そして、壁を蹴って体勢を立て直すと同時に、空中で弓を引き絞り、バンガへと鋭い一矢を放った!


ヒュッ!と鋭い風切り音を立てて飛んだ矢は、バンガの分厚い肩の筋肉に深々と突き刺さる。しかし――

「グン……?」

バンガは、肩に刺さった矢を鬱陶しそうに引き抜くと、まるで邪魔な虫でも払うかのように、ポイと投げ捨てた。傷口からは僅かに血が滲んでいるが、怯んだ様子は全くない。

「ケッ、そんな爪楊枝(つまようじ)みてえな矢が、このオレ様に効くかよ」

バンガは、嘲るように鼻を鳴らす。

「それより、嬢ちゃん。今の風の魔法、なかなか面白えじゃねえか。だがな、それ、かなり集中力がいるだろ? そんな芸当で、オレ様の攻撃をいつまで凌ぎ続けられる? あの小僧が助けに来るまで、お前の集中力は持つのかねえ? オレ様には、お前の貧弱な攻撃なんざ、痛くも痒くもねえんだぜ!」

彼はリナの戦術の弱点――持続性と決定力不足――を的確に指摘する。


だが、リナはもう以前の彼女ではなかった。ジンの言葉が、彼から与えられた装備が、そして何より彼への信頼が、彼女に勇気を与えていた。

「避けもしないなんて、余裕みたいね。でも、その余裕……いつまで続くかしら?」

強気な言葉と共に、リナは再び矢を番え、バンガの巨体を見据えた。風を纏い、彼女はヒットアンドアウェイで強敵に挑む覚悟を決めた。彼女の戦いは、ここからが本番だ。


***


場面は再び、ジンとザギの死闘へ。

四刀流というジンの奇策に対し、ザギは当初の警戒を保ちつつも、その卓越した技量で対応していた。

キィン! カン! ガキン!

漆黒の短剣と、石のナイフが火花を散らしながら激しく打ち合わされる。ジンの両手の短剣と、ザギの二刀流ナイフ。互いの刃が、時には互いの肌を薄く切り裂きながら交錯し、息もつかせぬ攻防が繰り広げられていた。

(こいつ、やっぱ強い……! 速いだけじゃなく、動きに無駄がねえ!)

ジンは内心で舌を巻く。戦闘経験では、明らかにザギが何枚も上手だ。だが、ジンも負けてはいない。創造魔法により強化された反射神経、四本の刃を駆使する変則的な戦闘スタイル、そして死線を潜り抜けてきたギリギリの勘。それら全てを総動員し、なんとかザギの猛攻に食らいついていた。


ザギの基本的な戦術は、その小柄な体躯をさらに低くかがめ、まるで地面を舐めるような低い姿勢から、相手の足元や下腹部を執拗に狙い、少しずつダメージを蓄積させていく、というものだ。急所への一撃も狙いつつ、まずは相手の機動力を奪う、嫌らしい戦い方。

しかし、今のジンには、脛部分を守るレッグブレードがある。ザギが繰り出す足元への斬撃や突きは、その多くがレッグブレードによって弾かれ、決定打を与えさせない。

(だが、こっちも攻めあぐねてる……!)

逆にジンも、低すぎる位置で繰り広げられる高速の斬り合いに手を焼いていた。大剣ならばリーチで圧倒できたかもしれないが、短剣では懐に潜り込まれると対処が難しい。レッグブレードでの防御も、完璧ではない。時折、ナイフがブーツを掠め、嫌な感触を残していく。


(ちょこまかと動き回りやがって……本当に鬱陶しいんだよ!)


痺れを切らしたジンは、勝負を仕掛けた。ザギが再び低い姿勢で足元を狙ってきた瞬間、それを左足のレッグブレードで受け止めつつ、右足のレッグブレードを、下から掬い上げるように鋭く蹴り上げた!

「なっ!?」

不意を突かれたザギの体が、僅かに宙に浮く。

(もらった!)

ジンは、その一瞬の無防備な状態を見逃さず、左手の短剣を、宙に浮いたザギの胸元目掛けて突き出した!


しかし、ザギは空中で驚くべき体捌きを見せた。体を捻り、ジンの突きを紙一重で回避すると、そのまま落下する勢いを利用し、ナイフの一本をジンのがら空きの首筋へと突き立てようとする! 空中でのカウンター!


(……読んでたぜ!)

だが、ジンも先程の戦いから学んでいた。相手のカウンターを予測し、右手の短剣を、ザギのナイフの軌道上に滑り込ませる!

キィィン!!

再び甲高い金属音。ジンの短剣は、ザギのカウンターを完璧に受け止めていた。


互いの攻撃を防がれ、ジンとザギは、同時に後ろへ跳んで距離を取る。

「……はぁっ……はぁっ……」

「……フン」

互いに息を整え、相手を睨みつける。


一息ついたザギが、新たな手に出た。距離を取ったまま、その手に小さな魔法陣を瞬時に顕現させる。

「!?」

次の瞬間、魔法陣から石の礫が数個、散弾のようにジンに向かって射出された! 単純な礫魔法(つぶてまほう)だが、連続して放たれると厄介だ。

「チッ、ゴブリンのくせに魔法まで使うのかよ!」

ジンは悪態をつきながら、両手の短剣で飛来する礫を的確に弾き落とす。しかし、ザギはその隙を見逃さない。ジンが礫の対処に意識を向けた一瞬に、再び距離を詰め、低い姿勢からナイフを突き込んできたのだ!

(うおっ! 陽動か!)

ジンはレッグブレードで辛うじて受け流すが、体勢を崩される。

(単純だけど、うぜえな、それ!)

遠距離から魔法で牽制し、隙を見て接近戦を仕掛ける。厄介なコンビネーションだ。


(……だけど、もう終わりにしようぜ)

ジンは決意を固める。次にザギが執拗に足を狙ってきた瞬間、彼は再びカウンターを狙った。今度は、単なる蹴り上げではない。

「そこだ!」

ジンは、ザギのナイフでの攻撃を左足で受け流すフリをしつつ、右足のレッグブレードで、今度こそ相手の体勢を崩すべく、渾身の蹴りを叩き込んだ!


しかし、ザギも同じ轍は踏まなかった。彼はジンのカウンターを読んでいた。そして、ジンの蹴りに合わせてナイフを振るうのではなく、その狙いをジンの右足の『武器』――レッグブレードそのものに定めたのだ!

(その足の刃が厄介なんだろ! なら、先に砕くまでだ!)

ザギのナイフが、ジンの蹴りの勢いと自身の踏み込みの力を乗せて、レッグブレードの根元付近に正確に叩きつけられる!

バキンッ!!

甲高い破壊音と共に、ジンの右足のレッグブレードが根元から砕け散った!

「ぐっ……!」

ジンは衝撃と、武器を破壊された事実に顔を顰める。同時に、ザギの体はカウンター気味に放たれたジンの蹴りの衝撃で、後方へ大きく吹き飛ばされた。

(チィ……! 刃は砕いたが、体勢が……!)

ザギは空中で体勢を立て直そうとしながら、武器の一つを失ったジンへの次の一手を一瞬で思考する。数的有利はなくなったが、相手も無傷ではないはずだ、と。


だが、ジンはザギに思考の時間を与えなかった。右足のレッグブレードが砕かれた瞬間、彼は既に次なる、そして最後の一手を『創造』していたのだ。

「悪いが、もうお前のターンは終わりだ」

ジンの右手が、吹き飛ばされ、空中でまだ僅かに体勢を崩しているザギの真上を指差す。

「『創造召喚(そうぞうしょうかん)岩亀(がんき)!』」


ジンの宣言と共に、ザギの頭上、洞窟の天井付近に巨大な影が出現した。それは、岩石でできた、リアルなリクガメを模した、しかし家ほどもある巨大な置物だった。しかもご丁寧に、その亀の顔は、どこか気の抜けるような、にっこりとした笑顔を浮かべている。

「な……!?」

空中で身動きの取れないザギは、突如頭上に出現した巨大な笑顔の亀岩を見上げ、絶望に目を見開いた。回避不能。重力に従い、それは凄まじい勢いでザギ目掛けて落下してくる!


ゴシャァァァァッ!!!


凄まじい破壊音と地響き。笑顔の岩亀は、ザギを地面との間に強かに叩きつけ、その巨体で完全に押さえ込んだ。亀裂が走った地面にめり込むようにして、ザギは身動き一つ取れなくなっている。全身の骨が砕けるような鈍い音が響き、苦悶の呻き声が、岩の下からか細く漏れ聞こえていた。


「……はぁ。身動きできない相手を一方的に嬲るのは、あんまり趣味じゃないんだがな」

ジンは、創造した岩亀を光の粒子に変えて消しながら、静かに呟いた。眼前には、地面に半ば埋まり、ピクリとも動けないザギの姿がある。ジンはゆっくりと近づき、その憎悪に満ちた目を見下ろしながら、冷たく問いかける。

「……なあ、お前。さっきの宴、楽しかったか? あの人間の足を食いながら、奴隷の女たちを笑いながら……楽しんでたんだろ?」


息も絶え絶えながら、ザギは歪んだ口元で、嘲るように息を漏らした。

「……ケ……へへ……あ、あぁ……最高……だったぜ……。もっと、喰い……たかった……」

それが、彼の最後の強がりだった。


「……そっか」

ジンの目に、一切の躊躇いはなかった。

「まあ、気持ちの問題でしかなかったけどな。……これで、心置きなく……殺せる」

確かな殺意と共に、ジンはそう断じた。そして――


彼は改めて右手を前に突き出した。

「『創造魔法』――大剣再顕現!」

彼の手に、再びあの禍々しくも美しい、漆黒の大剣が現れる。


ジンは、大剣を無造作に振り上げると、地面に這いつくばるザギに向けて、躊躇なく振り下ろした。

ザクッ――鈍い音と共に、ザギの命の灯火は、完全に掻き消された。


小柄な幹部ゴブリン、ザギの死亡。

しかし、その凄惨な決着を目の当たりにしても、玉座の前に立つボス、沼嗤う顎(ぬまわらうアギト)の表情には、一片の動揺も見られなかった。彼は、潰れたザギの亡骸を一瞥すると、興味なさそうに視線をジンへと戻した。

「……ほう。ザギにしては、呆気なかったな。まあいい」

アギトは、その巨大な顎を歪めて、不気味に笑う。


ジンは、大剣を肩に担ぎ、ボスを真っ直ぐに見据える。少し離れた場所では、リナとバンガの激しい攻防が続いている。リナは苦戦しているようだが、必死に食らいつき、バンガをその場に引き付けていた。彼女はこちらを気にする余裕はないだろう。

(リナを信じる。俺は、目の前のこいつを!)

ジンはボスに向かって、挑戦的に言い放った。

「おい、人喰い野郎。幹部は一人片付けたぜ。次は、テメェの番だろ?」


その挑発に、沼嗤う顎(ぬまわらうアギト)は、ようやく少しだけ口角を吊り上げた。

「……ククク。面白い。いいだろう、小僧。少しは楽しませろよ」


リナとバンガの激しい戦闘音を背に、ジンは漆黒の大剣を構え直し、洞窟の主である沼嗤う顎(ぬまわらうアギト)と、静かに、しかし燃えるような敵意を込めて対峙した。最強の敵との戦いが、今、幕を開ける。

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