表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

魔法の「条件」



冒険者ギルドの床には、数人の男たちが呻き声を上げて転がっていた。その中心で、ジンはフッと息をつき、満足げに口角を上げた。さっきまで手にしていた、あの禍々しくもイカした大剣は、もう光の粒子となって消えている。周囲の喧騒は一瞬止まり、多くの視線が驚愕と好奇の色を浮かべてジンに注がれていた。


(ふぅー、我ながら完璧な立ち回りだったぜ! これぞ主人公ムーブ!)


ジンは内心でガッツポーズを決める。




「よっと。お嬢さん、大丈夫だったか?」


ジンは、床に座り込んだままの、例のエルフの少女――リナに、ひょいと手を差し伸べる。その声色は、先程までの戦闘モードから一転、いつもの軽い調子に戻っていた。




リナは、おずおずと差し出された手を見つめたが、力なく首を振った。


「……あの人たちがいなくなったら、私……もう、行くところが……」


彼女を雇っていたパーティは、今やジンの手によって戦闘不能。こうなった以上、リナはこの場でパーティを解雇されたも同然だった。独りぼっち。それは、このか弱い少女にはあまりに酷な現実だった。




「行くところがない?」


ジンは一瞬きょとんとしたが、すぐにニカッと歯を見せて笑った。


「なんだ、そんなことか! 簡単じゃん、俺とパーティ組もうぜ!」


まるで、放課後に「ゲーセン行こうぜ!」と誘うような、そんな気軽さだった。




その突拍子もない提案に、リナは目を丸くした。大きな、深い青色の瞳が、驚きに見開かれてジンを映す。その色に、ジンは改めて「おっ」と感嘆の声を漏らした。


「うおっ、やっぱその瞳、すげー綺麗だな! なんか、こう……宇宙みたいで吸い込まれそうになるぜ!」


彼は思ったことをそのまま口にする。その無邪気な言葉に、リナの肩がピクリと震えた。同時に、周囲の冒険者たちの間にさざ波のようなざわめきが広がった。「青い瞳のエルフだぞ……」「おいおい、マジかよ……関わるとロクなことないって……」といった、明らかに否定的な囁き声が聞こえてくる。


受付嬢も、呆れたような、困ったような、非常に複雑な表情でこちらを見ていた。




「なんだなんだ? 俺たちの輝かしいパーティ結成に嫉妬してるのか? まあ、無理もないけどな!」


ジンは、周囲の微妙な空気を持ち前のポジティブシンキングで都合よく解釈し、さらにリナに畳みかける。


「な? いいだろ? 俺、結構強いぜ? さっき見てただろ、俺のかっこいい活躍!」


自信満々にグッと親指を立ててみせる。




リナは、戸惑いながらも、ジンの真っ直ぐすぎる言葉と態度に、少しだけ心が揺れていた。今まで、こんな風に自分の目を見て、綺麗だと言ってくれた人はいなかった。こんな風に、何の裏もなく、仲間になろうと言ってくれた人も。周囲の冷たい視線とは全く違う、彼の太陽のような明るさが、凍てついた心の一部を溶かすような感覚があった。


「……わ、私なんかで……本当に、いいんですか……?」


「いいに決まってるって! よーし、決定な! 反論は認めん!」


ジンはリナの返事を待たずに、受付嬢に向き直った。


「おねーさん! パーティ登録、大至急よろしく頼むぜ! 最速で!」




受付嬢は、額に手を当てて天を仰いだ。


「はぁ……あんた、本当に物事を知らないというか、怖いもの知らずというか……まあ、いいわ。登録はしてあげるけど、後で泣きついても知らないからね! 絶対よ!」


半ば投げやりに、しかし釘を刺すことは忘れずに言いながらも、手続きを進めてくれる。ジンは「サンキュー! 心配ないって!」と軽く手を振った。


こうして、ギルド中の注目(主に困惑と若干の憐憫の)を集めながら、ジンとリナの即席パーティが、やや強引に誕生したのだった。




「よーっしゃ! リナ、俺たちの記念すべき初クエストだ! パーティ結成祝いも兼ねて、景気づけに一発デカいの……いや、最初は定番のアレっきゃないっしょ!」


ジンは意気揚々と依頼掲示板に向かい、数ある依頼の中から迷うことなく「ゴブリン討伐」の依頼書をひっぺがした。RPGならチュートリアルで出てくるような、基本中の基本クエストだ。


「まあ、ゴブリンごとき、俺の敵じゃないけどな! 肩慣らしってやつだ! サクッと終わらせて、美味い飯でも食いに行こうぜ!」


先程の勝利で完全に調子に乗っているジン。根拠のない自信が、今の彼の力の源だった。




リナは少し不安げな表情を見せたが、ジンの圧倒的な勢いに押される形で小さく頷く。


「……はい。ゴブリンがいそうな場所なら、いくつか……心当たりがあります」


「おっしゃ、決まり! さすがリナ、頼りになるぜ! 早速行こう!」




受付で依頼を受け、必要なさそうな準備もそこそこに、二人はギルドを飛び出し、再び森へと向かった。今度は一人ではない。隣には、ミステリアスで綺麗な青い瞳を持つエルフの少女がいる。それだけで、ジンの足取りはスキップしそうなほど軽かった。道すがら、ジンは異世界の植物や生き物にいちいち感動の声を上げたり、リナに「エルフって耳が長いけど、シャンプーとかどうしてんの?」などと素朴すぎる疑問をぶつけたりと、とにかく賑やかだった。リナは、そんなジンに少し戸惑い、呆れながらも、時折小さく吹き出したり、真面目に答えたりしながら、彼のペースに巻き込まれていく。




リナの的確な案内に従って、森の少し開けた場所にたどり着く。そこには、粗末な小屋がいくつかあり、見慣れた緑色の醜い小鬼――ゴブリンが数匹うろついていた。棍棒を持った大人が三匹、そして、その足元でじゃれている小さなゴブリンが二匹。まさに依頼通りの光景だ。


「よし、来たな! リナ、ちょっと下がって見てろよ! ここで俺の華麗なる剣技、再び披露してやるぜ!」


ジンはリナを背後に下がらせ、自信満々に例の漆黒の大剣をイメージする。ギルドでの一撃必殺の感覚を思い出す。あの全能感よ、再び!


(いでよ、我が右腕! 断末魔の鉄塊を喰らえ! 創造魔法、発動ォォォ!)


心の中で、最高に「キマる」台詞と共に力を込める。イメージは完璧だ。閃光と共に現れる漆黒の剣、驚愕するゴブリン、そして惚れ直すリナ! ……のはずだった。




……シーン。


時が止まったかのような静寂。手の中は空っぽのままだ。風が葉を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえる。


「……あれ? え? なんで?」


ジンは何度か手を握ったり開いたりしてみるが、魔法が発動する気配は微塵もない。さっきギルドで感じた、あの万能感は完全に消え失せていた。まるで、一番の見せ場でスマホの電源が落ちたような、そんながっかり感。




(うそだろ!? カッコよく登場するはずが……! なんでだよ、俺の『創造魔法』! ここ一番って時に!)


焦りがじわじわと胸に広がる。目の前では、ゴブリンたちがこちらの存在に気づき、怪訝そうな顔から、次第に敵意むき出しの表情へと変わっていく。


「グギャァァ!」「ギギギ!」


棍棒を振り上げ、唸り声をあげながら、じりじりと距離を詰めてくる。ヤバいオーラが出ている。




その瞬間、ジンの視界の端に、ある光景が飛び込んできた。大人のゴブリンの後ろで、小さな子供のゴブリンが怯えたように親にしがみつき、ブルブルと震えているのだ。その必死な様子は、先程ギルドで見た、理不尽な暴力を受けていたリナの姿と、どこか重なって見えた。




(……あ! こいつら……子供がいるのか!)


ハッと息を呑む。そして、パズルのピースが嵌まるように、全てを理解した。


(そうか……! そういうことか、俺の力!)


女神の言葉が脳裏でリフレインする。『自身が『かっこいい』と心惹かれる事象を、具現化し、操る力』。


目の前の状況はどうだ? 怯える子供を守ろうとしている親ゴブリン。こいつらに、いきなり不意打ちで斬りかかる? そんなの、どう考えても……。


(……ダサい! 全然かっこよくない! それじゃ、ただの弱い者いじめ、悪役のやることじゃねえか!)




理解した途端、焦りは驚きと、そして奇妙な納得感、さらには興奮へと変わっていった。


(なるほどな! 俺の力は、ただ強いだけじゃない! 『かっこいい』ことしかできないってことは、つまり……『かっこ悪い』こと、例えば、弱い者いじめとか、卑怯な真似はできないってことか! うおっ、なんだそれ! まるでヒーローの力みたいじゃねえか! ちゃんとポリシーがあるんだな!)


自分の能力が、単なる破壊力ではなく、ある種の「正義」や「美学」に基づいて発動するという事実に、ジンは痺れるような感動を覚えていた。弱きを助け、強きを挫く。まさに、彼が憧れたヒーローの在り方そのものだ。この制限、むしろ気に入った!


(最高だぜ、この力! ますます俺にピッタリじゃねえか!)




「って、感動してる場合じゃねえ!」


自分の能力の特性に興奮している間にも、ゴブリンたちは目前まで迫っていた! 創造魔法が使えない今、自分は非力な高校生レベル。真正面からゴブリン三匹に勝てるわけがない!


「ははっ、なるほどな! そういうことかよ、俺の力! 分かった分かった、今回は見逃してやるって!」


ジンは、なぜか楽しそうに叫びながら、リナの手を掴んだ。


「リナ、プランBだ! 全力で逃げるぞぉぉぉ!」




文字通り脱兎のごとく、二人は森の中を駆け出した。背後からは、ゴブリンたちの怒りの雄叫びと、地面を蹴る荒々しい足音が迫ってくる。


「うおっと!」


木の根に躓きそうになりながらも、ジンは笑いが止まらなかった。


「いやー、マジか! 俺の力、意外と硬派だな! しかも自分で『かっこ悪い』と思ったら発動しないとか、正直か! ますます気に入ったぜ!」


状況は完全に「敗走」なのだが、ジンの気分は妙に高揚していた。まるで、自分の能力の新しい一面を発見した冒険者のように、このスリリングな逃走劇すら楽しんでいる節がある。




一方、リナは必死に走りながらも、混乱していた。ゴブリンに気づかれた時、ジンが攻撃する前に一瞬ためらったように見えた。そして今、絶体絶命のピンチのはずなのに、彼はどこか楽しそうだ。


(……さっき、あの人……ジンさんは、ゴブリンの子供を見て、攻撃しなかった……? だから、あのすごい力が出なかったの……? まさか、それで……?)


リナは、ゴブリンの子供に気づいていた。そして、ジンが魔法を使おうとして、それが不発に終わった瞬間も見ていた。理由は分からない。でも、結果として、ジンは子供連れのゴブリンへの攻撃を躊躇い、そして今、わけのわからないことを叫びながらも、楽しそうに逃げている。


今まで見てきた冒険者たちは、ゴブリンを見れば容赦なく殺した。子供がいようがいまいが、関係なく。でも、ジンは違う。彼の行動原理は理解できないことだらけだが、少なくとも、無抵抗の者や弱い者をいたぶるような人間ではないのかもしれない。


(……変な人。すごく、変な人……でも……悪人じゃない。たぶん)


必死に走りながら、リナはジンの背中を見つめる。その不可解な行動の奥に、彼女が今まで触れたことのない、何か温かいものがあるような気がした。それは、恐怖や混乱とは違う、ほんのわずかな、しかし確かな「信頼」に近い感情の芽生えだった。




「はぁ、はぁ……っ! ぜぇ……ぜぇ……」


「ここまで来れば、もう大丈夫……だろ! はは……」


かなりの距離を走り、ようやくゴブリンの追跡を振り切った二人は、大きな木の幹に手をついて荒い息を整えた。肺が痛い。足がガクガクする。


「いやー、焦ったけど、面白いことが分かったぜ!」


ジンは、ぜえぜえと息を切らしながらも、キラキラした目で満足そうな笑顔を浮かべていた。


「俺の力、どうやら正義の味方専用らしい! カッコ悪いことはできないんだとさ! な、すごいだろ!? この方がヒーローっぽくて燃えるよな!」


彼は、まるで世紀の大発見でもしたかのように、興奮気味にリナに話しかける。




リナは、まだ息が整わないまま、そんなジンを不思議そうな、それでいて少しだけ柔らかい表情で見つめていた。彼の言うことはよく分からないけれど、彼が悪いことを良しとしない力を持っている(と思い込んでいる)ことは伝わってきた。


「……ジンさんは……優しいんですね」


ぽつりと、彼女はそう呟いた。それが、今の彼女にできる、一番素直な感想だった。


「へ? 優しい?」


ジンはきょとんとする。


「いや、優しさとかじゃなくて、俺の力がそういう仕様なんだって! クールだろ? 自分の美学に反することはできない、みたいな!」


「……はい。……すごく、クール、です」


リナは、小さく頷いた。ジンの言う「クール」の意味と、彼女が感じているものは少し違うのかもしれない。それでも、彼の行動の結果が、リナの心を少しだけ軽くしてくれたのは事実だった。この人となら、もしかしたら……そんな淡い期待が、胸の中に生まれていた。




「よし! それじゃ、気を取り直してギルドに戻るか! 受付のお姉さんに、俺の力の新発見と、ゴブリン討伐は戦略的撤退に終わったことを報告しないとな!」


ジンは、早くも立ち直り、疲労の色も見せずに元気に歩き出した。


その軽い足取りに、リナも少しだけ微笑んで、後を追うのだった。




「……おかえりなさい。で? ゴブリン討伐は、どうなったのよ?」


その声には、諦めと呆れがたっぷり含まれていた。


ジンは、ばつが悪そうにポリポリと頭を掻く。


「いやー、そのー……なんていうか、こう……作戦的撤退? 的な?」


しどろもどろな言い訳は、全く説得力がない。


「はいはい、分かった分かった。どうせ、あんたの力がうまく使えなかったとか、そんなところでしょ」


受付嬢にはお見通しだったようだ。


「だから言ったでしょ。もっと身の丈に合ったことから始めなさいって。ほら、これなら流石に大丈夫でしょ?」


彼女が差し出したのは、「薬草採取」の依頼書。最も地味で、最も安全な依頼の一つだ。


ジンは、依頼書を見て一瞬「うへぇ」という顔をしたが、すぐに気を取り直した。


(まあ、仕方ない! どんな偉大なヒーローだって、最初は地道なレベル上げからスタートするもんだ! これは、来るべき俺の伝説のための、重要なステップなんだ!)


都合のいい解釈で、自分を奮い立たせる。


「よーし、分かった! やってやろうじゃねえか、薬草採取! リナ、見てろよ、俺の華麗なる採取テクニックを!」


……あるのか、そんなもの。


「はいはい、せいぜい頑張んなさいよ……」


受付嬢は、もはや何も言うまいという表情で二人を見送った。


「よし、リナ! 気を取り直して、第二ラウンドだ! 今度こそ、パーフェクトにクリアしてやるぜ!」


ジンは、拳を突き上げ、リナに笑顔を向けた。その根拠のない明るさに、リナもつられて、ふっと小さく笑った。


失敗しても、すぐに前を向ける彼の隣は、不思議と悪くない。そう思い始めていた。


こうして、ジンとリナのパーティは、最初の討伐依頼で見事に(?)失敗し、次なるステップ、薬草採取へと向かうのだった。ジンの異世界での冒険は、まだまだ波乱万丈の予感しかない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ