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決着とこれから

ジンの宣言と共に、洞窟内の空気が一変した。『炉心解放(ろしんかいほう)焦熱地獄(しょうねつじごく)』――彼の創造した灼熱空間は、文字通り周囲を溶鉱炉の内部のような超高温状態へと変貌させていた。岩壁が赤熱し、空気そのものが燃え上がるように揺らめいている。


「ぐ……おお……!? この熱は……尋常ではないぞ……!」

その中心にいる沼嗤う顎(ぬまわらうアギト)の泥の巨体が、ジリジリと音を立てて蒸発し始める。初めてアギトの顔に焦りの色が浮かんだ。

しかし、次の瞬間、アギトはその裂けた顎をさらに大きく歪め、不敵に嗤った。その表情に、ジンはなぜか、これまでのどの瞬間よりも強い恐怖を感じた。奴は、まだ何かを企んでいるのか、それとも単なる虚勢か。アギトは言葉を発することなく、灼熱で自身の体が崩れていくのも構わず、ジンへと突進する。


灼熱の空間の中、アギトの泥の体はみるみる水分を失い、表面には亀裂が走り、動きが明らかに鈍重になっていく。それでも、その両腕に融合したチョップナイフ(のような泥塊)を振り回し、執拗にジンへと向かってくるその執念は、まさに悪鬼そのものだった。

ジンは、消防士(灼熱下のヒーロー)の耐火ジェルと特殊な戦闘服の力で、この超高温下でも冷静にアギトの動きを見極める。アギトが泥の体を変形させ攻撃を繰り出そうとしても、その端から水分が蒸発し、熱せられた土くれのようにボロボロと崩れていく。ジンが時折放つ、炎を纏ったかのような拳や蹴りが当たれば、乾燥し脆くなったアギトの泥の体は、より大きく砕け散った。

「オオオオオ!」

アギトは咆哮を上げ、熱で変質した腕を叩きつけてくる。ジンはそれを最小限の動きで躱し、的確にカウンターを叩き込む。熱せられたジンの拳がアギトの胴体にめり込むと、そこから水蒸気が上がり、泥の破片が飛び散った。明らかに、アギトの巨体は限界に近づいていた。


執念にもにたアギトの抵抗はつづくが、それもむなしく、勝負はもうついている。


やがて、あれほど巨大だったアギトの体は、見る影もなく縮んでいき、残ったのは膝ほどの背丈しかない、ひび割れた泥人形のような小さなゴブリンの姿だった。しかし、その醜悪な顔には、未だに歪んだ嗤いが浮かんでいる。

「……グ……ルル……まだだ……まだ、ワシは……!」

その小さな体で、なおもジンへと最後の力を振り絞って突進してくる! その足取りはおぼつかないが、瞳の奥の凶光だけは衰えていない。


ジンは、その姿を静かに見据え、手にした大剣――灼熱の中でもその黒曜石のような輝きを失わないそれを、ゆっくりと構えた。そして、よろめきながら突進してくるアギトの首筋へ、正確に、そして容赦なく振り下ろした。


ザシュッ――。

小さな泥の頭部が、力なく地面に転がる。アギトの体は、完全に動きを止めた。


「……なあ、教えてくれよ」

ジンは、熱気で陽炎が立つ空間の中、力なく転がるアギトの首を見下ろし、静かに問いかけた。

「お前……なんで最後に、笑ってたんだ?」

だが、その問いに答える者は、もういなかった。ジンは、創造魔法を解き、灼熱の空間を元に戻した。途端に、反動のような激しい疲労感と、全身の火傷の痛みが彼を襲う。


***


洞窟の外は、いつの間にか夜明けが近づき、東の空が白み始めていた。

「……はぁ……はぁ……」

ジンは、全身に火傷を負い、ボロボロになった耐熱服を引きずるようにして、洞窟から這い出てきた。


「ジンさん!」

洞窟の入り口付近で、避難させた女性たちの介抱をしていたヒーラーの女性、セレスが、ジンの姿に気づき、駆け寄ってきた。彼女は、ジンの酷い火傷を見て息を呑むが、すぐに気を取り直し、その手に治癒の光を灯す。

「ひどい火傷です……! すぐに治療を!」

「ああ……頼む……。それより、リナは……エルフの子は無事か?」

朦朧とする意識の中、ジンはリナの安否を気遣う。


「はい。彼女なら、私が応急処置をしました。命に別状はありません。今は眠っています」

セレスは、ジンの火傷に治癒魔法を施しながら、落ち着いた声で答えた。

「……そうですか。よかった……」

ジンは、心の底から安堵の息を漏らした。

「改めて、自己紹介がまだでしたね。私はセレスと申します。この度は……本当に、ありがとうございました」

セレスは、深々と頭を下げた。彼女の瞳には、感謝と共に、ジンへの畏敬の念が浮かんでいる。


ジンの治療が一段落すると、彼は横たわっている他の女性たちに目を向けた。彼女たちは、ゴブリンに囚われていた際に着ていたであろうボロ切れを僅かに身に纏っているだけで、その多くは半裸に近い状態だった。

「……これじゃあ、あんまりだな」

ジンは呟くと、創造魔法を発動させる。彼のイメージに応じ、質素だが清潔な麻のワンピースやチュニックが、女性たちの傍らに次々と出現した。

「おい、意識のある奴は、そいつらに服を着せてやってくれ。……風邪ひくといけねえしな」

ジンは、少しぶっきらぼうに言う。

裸の女性をそのまま放置するのは、彼の美学に反する、紳士にあるまじき行為だと感じたのだ。

「あ……ありがとうございます……!」

意識を取り戻していた数人の女性たちが、驚きと感謝の表情を浮かべ、震える手で服を受け取り、互いに着せ始めた。

その光景を目の当たりにして、ジンは改めて、自分が異世界の、それもかなり過酷な状況にいる女性たちを助けたのだと実感し、そして、生々しい女性の裸に近い姿を間近で複数見たことで、顔がカッと熱くなるのを感じた。

(……いや、うん。これは、必要なことだからな! 別に、やましい気持ちは……ない、はずだ!)

彼は慌てて顔を逸らし、咳払いをする。


「……ん……ジン、さん……?」

そんなやり取りをしているうちに、セレスの隣で治療を受けていたリナが、ゆっくりと目を覚ました。

「リナ! 大丈夫か!?」

ジンは、自分の火傷の痛みも忘れ、リナの傍に駆け寄る。

「はい……なんとか……。それより、ジンさん! やりましたよ! あの、大きなゴブリン……バンガを、倒せました……!」

リナは、まだ少し掠れた声だったが、確かな誇りを込めて、ジンに勝利を報告した。

「ああ。さすがリナだ。俺は信じてたぜ。あのデカブツ相手によくやったな。本当にすごいぞ」

ジンは、穏やかな表情で、しかし心の底から、彼女の勇気と勝利を称えた。手放しで褒められ、リナは嬉しそうに、そして少し照れくさそうにはにかむ。

「ジンさんこそ……あの、沼嗤う顎(ぬまわらうアギト)を……一人で……。さすが、です……!」

リナもまた、ジンの強さと、そして何よりも、自分たちを救い出してくれた勇気に、深い尊敬の念を抱いていた。


こうして、ギルドからの依頼「沼嗤う顎(ぬまわらうアギト)討伐」は、ジンとリナ、そして図らずも助太刀することになったセレスの活躍により、達成された。

ジンは、セレスと他の女性たちに肩を貸してもらいながら立ち上がる。リナも、まだ本調子ではないものの、自力で歩けるまでには回復していた。

「よし、みんな。ギルドに戻ろう。ちゃんと報告して、報酬もらって、美味い飯でも食おうぜ!」

ジンの言葉に、一同は頷く。朝日が昇り始め、洞窟の闇を照らし出す。それは、彼らにとって、新たな世界の、新たな夜明けを告げているようだった。

ジン、リナ、そしてセレスと救出された女性たちは、疲労困憊ながらも、確かな希望を胸に、ギルドへの帰路についた。

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