6 女の子の魔法
6 女の子の魔法
「ジュディスさん、お茶の時間よ。休憩になさったら?」
「ブレンダ様、ありがとうございます。」
「お義母様、今日は流行のお店で焼き菓子を買ってまいりましたの。皆さんと味見がしたくて。」
「まぁ、ミランダさんったら、甘いものは控えると言ってませんでしたかしら?ふふふ。」
3人でテーブルを囲むと世代や身分など気にしない和気あいあいとしたお茶会が始まる。いつの間にか、ブレンダ夫人はジュディスやミランダを名前で呼ぶようになるほど親しくなっていた。明るいミランダは、ジュディスの世間知らずを微塵も感じさせない。一方ブレンダは、ジュディスの仕事に向かう姿勢に感銘を受け、染色の苦労話などをもっと聞かせてほしいと頼んだりした。
「あの、私。こんな風に受け入れてもらえることがなくて、嬉しすぎて…。」
「あら、ジュディスさん。そんな風に思っていたの。もっと堂々としていてもいいと思うわ。この刺繍糸の発色のすばらしさ、十分に評価されるべきよ。」
鼻息荒くジュディスを評価するブレンダに、ジュディスは恐縮するばかりだ。ミランダは、そうそうっと力強く頷きながらも、違うことに目を向けていた。おしゃれに興味のないジュディスの肌や髪は、生まれたままの自然な美しさを保っている。いつもは後ろでぎゅっと縛っている銀髪を結い上げたら、あの無垢な肌にお化粧をしたら、そんなことを考えるとやってみたい意欲が沸き上がってくるのだ。
やがて、ジュディスがその日の仕事を終えて帰宅すると、入れ違いに帰ってきたバートランドやウィリアムに、夫人たちは今日の話題を楽し気に披露するのだった。
「お義母様、私、どうしても彼女に魔法を掛けてみたいですわ。」
「魔法?」
「ええ、私たちにできる女の子の魔法ですわ。」
その言葉にピンときたブレンダは、にっこりと微笑んで計画を練り始めた。そして、下絵描きが終わった日、ささやかなお茶会と称して実行されたのだ。
「ジュディスさん、お疲れ様。今日は前に話していた通り、お茶会に参加していただくわね。我が家だけの内々のお茶会だから、気楽に付き合ってね。」
「あ、ありがとうございます。あの、お恥ずかしいのですが、今日は焼き菓子をお持ちしました。良かったら、皆さんでどうぞ。」
手渡された焼き菓子はほのかに温かく、手作りであることはすぐに分かった。
「まぁ、素敵!どうもありがとう。早速お出しするわ。ミランダさん、あと、よろしくね。」
「はい、お義母様。さぁ、ジュディスさん、こちらにどうぞ。今日は私の趣味に付き合っていただきたいの。」
嬉しさを隠し切れないミランダのキラキラした瞳にやや怖気づきながら、ジュディスは奥の部屋へと案内された。
「まずはお風呂よ!しっかり磨き上げてもらってね!」
「え?お風呂?!」
悲鳴にも近い声をあげるジュディスの服を、慣れた手つきで侍女たちがはぎ取って、あっという間にツルピカに磨き上げられる。すると今度は、マッサージが待っていた。若いとはいえ、知らない間に肩を凝らせていたジュディスは、思わず深いため息をついた。それが終わると、次々に身支度を整えられ、気が付くと髪は結い上げられ、あでやかなブルーのドレスを身にまとっていた。
「こ、これが、私ですか?」
「ふふふ。驚いた?本当に想った通りね。美しい銀髪につややかな肌、ドレスアップしたら絶対きれいになると思っていたの。さぁ、皆の元に向いましょう。」
慣れないハイヒールでゆっくりと歩き出す。ミランダのエスコートでお茶会の部屋へと向かうと、シェリダン家の人々が勢ぞろいしていた。
「まぁ!なんて素敵なの!このままうちの子にしたいぐらいだわ!ミランダさん、よくやりましたわ。」
ブレンダ夫人はご機嫌で出迎えてくれた。バートランドやフランシスも「ほう!」っと驚いた様子で微笑んでいる。ちらりとウィリアムに視線をやると、呆けたように自分に見とれているのが分かって、嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちになった。
「ジュディス嬢、素晴らしい下絵をありがとう。クレア殿の刺繍絵が一層楽しみになったよ。それにしても、素敵だね。仕事の時は無理でも、たまにはこんな愛らしい姿を皆にも見せてもらいたいよ。ウィルもそう思うだろ?」
「…、え?あ、ああ。」
そんなウィリアムの様子に、伯爵夫妻は視線を送りあってほほ笑んだ。楽しいお茶会の時間はあっという間に過ぎる。ドレスを返そうとするジュディスに、これは私からのプレゼントだと言って、ミランダはそのまま帰宅するように促した。
「あの、本当に本当に、ありがとうございました。」
「気にしなくていいのよ。私たちがどうしてもしてみたかったんですもの。ウィリアム、ジュディスさんを馬車までエスコートして差し上げなさい。」
「わ、分かった。じゃあ、こちらに。」
照れ隠しのぶっきらぼうな言葉も、ジュディスにはなんだかうれしかった。自分の着飾った姿を笑わないでいたくれた。もしかしたら、少しはきれいだと思ってもらえたのかもしれない。うっかり舞い上がってはいけないと思いつつも、ウィリアムの耳が赤くなっているのを目にすると、どうにかなりそうなほど、心臓が暴れまわる。
「足もとに気を付けて。じゃあ…。あの、…そのドレス、似合ってる。気を付けて帰れよ。」
「あ、うん。ありがとう、ございます。」
そんなやりとりをして、ドレスのまま馬車に乗り込むと、自宅へと向かった。
「こんな姿を見たら、おばあ様はどんな言葉をかけてくださるかしら。」
さっきまでのシェリダン家の暖かで心地よい場所を思い出して、早くクレアにも伝えたい気持ちでワクワクしていた。家の前で馬車を降りると、侍女が慌ただしくクレアの自室へと向かうのに出くわした。
「おばあ様はお部屋?」
「ええ、そうなんですが…ま、まぁ!ジュディス様?!なんて素敵な…。ああ、でも今は…。」
言いよどむ侍女の様子がいつもと違うことに気が付いたジュディスは、すぐにクレアの部屋を訪れ、右手に痛々しい包帯が巻かれた祖母の姿を目にした。
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