5 夜会の帰り道
5 夜会の帰り道
季節が移ろい、暑さも和らいだころ、シェルダン伯爵家に新たな刺繍絵を納品しに、ジュディスがやってきた。
「まぁ、今回の作品も素晴らしいわ。これは、フランシスにプレゼントする予定なのよ。ところで、ジュディスさんは週末のエドモンズ侯爵家の夜会には、どなたと行く予定なの?」
「え?夜会ですか? 夜会には行きません。仕事がありますし、私はいわゆる庶民ですので。」
「あらあら、とんでもないわ。貴方はれっきとした子爵令嬢よ。」
「お気遣いありがとうございます。ですが、華々しい夜会は麗しい貴族の皆さんにお任せします。祖母からも、身の丈に合った行動をしなさいと、常々言われておりますので。」
あっさりと言い放つジュディスに、伯爵夫人は思わずため息をついた。言葉には出さないが、伯爵夫人のブレンダは、ジュディスをとても気に入っているのだ。できることならウィリアムと…。そんな思いを隠している。馬車の事故で家族を亡くし、厳しい職人の祖母に育てられた彼女の凛とした佇まいは、きっと外野の騒ぎに忙殺されている息子を支えてくれるはずだと確信を持っているのだ。
夜会当日は、若い騎士たちも招待されていた。エドモンズ家は代々騎士団長として若い騎士たちを率いて来た伝統のある家柄だ。このような夜会をすることで、若い騎士たちが婚期を逃さないよう配慮しているのだ。
ウィリアムも当然出席が義務付けられている。騎士の正装に身を包み、にこやかに微笑みながらご令嬢の相手をするウィリアムは、まるで恋愛小説の主人公のようだ。
「ひぇ、確かに男前だとは思っていたけど、ウィリアムさんって、モテるんだなぁ。」
「ああ、あんなのいつもの事だ。ま、本人は全然興味を持っていないようだけどな。」
初めて見るウィリアムのモテっぷりに最近騎士団に入ったキンバリーが驚いていると、胡乱気な目でショーンが答えた。「それにしても…」とキンバリーはウィリアムの様子を眺めていた。どのご令嬢にもにこやかに対応して、もうどれぐらいのご令嬢とダンスを踊っているだろうと。
すると、不意に一人のご令嬢がショーンの前にやって来て、恥ずかしそうにダンスに誘ってきた。モテ男ウィリアムには敵わないが、シャンパンゴールドの柔らかな髪を肩のあたりで束ねた上品な佇まいのショーンも、女性には人気がある。
「じゃあな。」
ショーンはご令嬢の手を取ると、甘い微笑みを浮かべて中央へと進んでいった。
暫く経った頃、会場のベランダの隅に、ひっそりと人影があった。ダンスを抜け出してきたウィリアムだ。そこにソフトドリンクを二つ持ったショーンがやってきた。
「お疲れ、飲むだろ?」
「ああ、助かる。ダンス攻めで飲み物も飲めない状況だった。」
そう言って一気に飲み干すと、ふうっと大きなため息をついた。毎度のことながら、ウィリアムを狙うご令嬢たちの諍いは目に余るものがある。ショーンは心から彼に同情した。
「なぁ、ウィル。お前もそろそろ身を固めた方が楽なんじゃないか?」
「え? いや、誰と?」
「ん~、確かにお前の場合、うかつな相手は選べないか。…実は、俺、婚約したんだ。親の勧めだから別に恋愛感情があるわけではないんだけど…」
「もう!こんなところにいらしたの? 婚約者なのですから、私の傍に居た頂きたいわ。」
ショーンの言葉を止めたのは、話題の婚約者ケイシーだ。ショーンの腕に無理やり自分の腕を絡ませつつ、ちらっと様子を伺う。そして、その相手がウィリアムだと分かると、目をギラギラと輝かせ、自分もお話に混ざりたいと言い出した。
「ケイシー嬢、ウィルが疲れているようなので、何か飲み物を取って来てもらえないだろうか。」
「あら、それなら、私がウィリアム様を見ておきますので、ショーン様が取ってきてくだされば?」
「ばかだなぁ。大切な婚約者を他の男とふたりきりになんて出来ないよ。そうだろ?」
歯の浮くようなセリフをさらりと言ってのけるショーンを、羨ましいとさえウィリアムは思っていた。案の定、気を良くしたケイシーが飲み物を取りに向かうと、すかさずショーンが耳打ちする。
「心配するな。これだって政略結婚だし、虫よけぐらいにはなるだろう。お前も早く婚約しろよ。貴族の掟なんだから。」
「よくやるよ。」
すると、会場がなにやら騒がしくなってきた。飲み物を持って戻ってきたケイシーによると、今はやりのカジノに、ウィリアムを誘おうとしたご令嬢たちの間で、誰が先に行くかで揉めているという。
「はぁ、これ以上ここに居るのはまずいな。 ケイシー嬢、飲み物をありがとう。ショーンとお幸せに。」
そういうと、ウィリアムはさっさと団長に挨拶して会場をするりと抜け出した。夜道を馬で進みながら、ウィリアムは深いため息をついた。どこに行っても、自分の外見ばかりが独り歩きしている。不器用で素直に思ったことが言えない、こんなちっぽけな自分に、誰も気が付いてはくれないと思えるのだ。
侯爵家からしばらく走ると、家もまばらになってきた。そんなところに馬車が1台留まっているのが見て取れ、ウィリアムは思わず速度を落とした。近くには女性が一人、花壇の石垣に腰かけて月を眺めている。ウィリアムは馬を傍の木につなげて、その女性の元に歩み寄った。
「どうかされました…?お、お前!こんなに暗くなっているのに、一人で何をしているんだ?」
振り返ったのは、ジュディスだった。
「こんばんは。実は、馬車が動かなくなって、今、御者の方がなおしてくださっているのです。」
「そうだったのか。しかし、そんなところに一人でいたら危ないぞ。あ~、お、俺の馬で送ってやろうか?」
自分でも驚くようなセリフだった。え、自分の馬に乗せるって、二人乗りなのか?結構密着するけど、いいのか? 言ってから思わず顔が赤くなった。しかし、暗がりでジュディスには見えなかったらしく、淡々とした言葉が返ってきた。
「ありがとうございます。でも、大切な荷物を載せていますし、御者の方を一人置いて行くのも申し訳ないので、遠慮しておきます。」
そう言われてしまうと、一緒には帰れない。しかし、ここに一人で置いて行くのも心配になったウィリアムは、しばらく考えて、ジュディスの隣にドカッと座り込んだ。
「きれいな月だな。」
「ええ、そうですね。心が現われるようです。 あれ?騎士様、今日は夜会ではなかったのですか?」
ジュディスの問いに、少し逡巡した様子のウィリアムだったが、ぽつぽつと話し出した。
「そう、だったのだが。…はぁ、どうして女性たちは自分の事ばかり考えて、周りの迷惑を考えないのだろう。ダンスが始まれば、休む暇ももらえない。飲み物すら飲めなくなるんだ。休憩させてほしいと言えば、自分は嫌われたと泣き叫ぶ。伯爵家の人間であるとか、騎士であるとか、金髪や瞳の色など、俺の中身とは関係ないことばかりが話題に上がるんだ。両親には早く結婚相手を見つけろと言われるが、こんなことが続いては、女性不信になってしまいそうだ。」
「美しすぎるのも、辛いモノなのですね。」
ジュディスは思わずウィリアムに同情した。自分は、常々、貴族の屋敷に納品などしていると、見すぼらしいとか可愛げがないとか、学校にも通っていないとか、そんな言葉をささやかれるのを知っている。それでも、平気でいられるのは、祖母から仕事の知識や生き方を学んでいるからだ。学校には通わせてもらえなかったが、家の中では厳しく教育されていた。だから、代金の支払いでもごまかされることはないし、スタートの評価が低いから、見直されることもあるのだ。見栄えが良いだけで、スタートの評価が高いと、その後が厳しい。ましてや、ウィリアムの場合、どちらかというと、不器用にも見える。本当の自分と違うイメージが独り歩きしているのだ。
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