4 思い出の風景
4 思い出の風景
「あ、えっと…。シェリダン伯爵夫人が素敵な人だったのに、あの騎士様はどうしてあんなにぶっきらぼうなのかと。」
「ふふふ。そう、あの騎士様が気になるの?」
「え?ち、違います!ご令嬢たちにちやほやされて、デレデレしているのに、私が仕事で伺った時は、キッと睨んで来られるのです。」
懸命に言い返すジュディスだったが、クレアは楽しそうに笑っているだけだった。
「まぁ、今回もいい色合いが出来たわね。あ、この色、もう少し濃い物も作ってもらえるかしら。」
「はい、おばあ様。」
そして、すぐに仕事の話になり、祖母からの注文の刺繍糸を次々と作り上げていった。
季節が過ぎ、真夏と言える季節になった。もうすぐ出来上がるという手紙が届くと、シェリダン伯爵夫妻はその刺繍絵はジュディスに持たせてほしいと依頼してきた。やや大きめの作品ではあったが、言われるままに馬車に積み込むと、一人、手綱を手に出かけて行った。
シェリダン邸に到着すると、仏頂面のウィリアムが待ち受けていた。
「ご注文の品をお持ちしました。」
執事に促されるまま応接室に運び込み、刺繍絵を広げて見せると、さすがの仏頂面も「ほほう。」と思わず声を漏らした。
「旦那様からはお二人でこの絵を飾る場所を相談してもらうように言われております。」
穏やかな微笑みを浮かべてシェリダン家の執事・バーリスが声を掛けると、じっと絵を見ていたウィリアムの眉がピクリと動いた。
「どういうことだ。この家の絵を飾る場所を、どうしてよそ者に相談しなければならないんだ。おかしいだろ。」
「しかし、奥様はこちらのお嬢様をいたくお気に召しておられるご様子でして…。」
「はぁ。分かったよ。ではこれから二人で相談するから、決まったら来てくれ。」
ウィリアムはそういうと、さっさと執事を追い出して、ジュディスをちらっと見た。
「あの、こちらの刺繍絵は、シェリダン伯爵夫人様から思い出が詰まった場所だと伺っています。私としては、こちらの食堂に飾られてはいかがかと考えております。」
「はぁ?おまえ、この絵がどれだけの値段か知らないのか?こんな高価なもの、大広間に飾るに決まっているだろう。まったく、思った通りの常識知らずだな。」
蔑むような目に晒されて、一瞬言いよどんだジュディスだったが、それでも、あの日の夫人の幸せそうな顔を思い浮かべると、黙ってはいられなかった。ジュディスは気後れしながらも言い募る。
「あの、それでも…、この絵はとてもプライベートな物と伺っています。ご家族団らんの場所でこそ、引き立つのではないでしょうか。」
「ああ、分かった分かった。意見は伺った。しかし、決めるのは俺だ。バーリス!こちらの絵を大広間へ!アンブラ―嬢、ご苦労だった。帰っていただいて結構だ。」
それは、いつもの甘くとろけるような笑顔とは全く違う突き放したような笑顔だった。
その日の夜、それぞれの用事から帰ってきたシェリダン伯爵夫妻は、ため息をついていた。
「ウィリアム。あの刺繍絵はどちらに?」
「大変素晴らしい出来栄えでしたので、大広間に飾りました。多くの方に見ていただける場所がふさわしいでしょう。」
夫人の問いに、当たり前の様に答えたウィリアムだったが、夫人の表情は冴えない。
「ウィリアム、それは誰が決めたのだ?」
「え?私が決めました。なにか問題でも?」
父の問いの意味が分からない様子でウィリアムが答えると、夫妻は揃って深いため息をつくのだった。
「私はあなたたち二人で話し合ってと伝えたはずよ。アンブラ―嬢の意見はどうだったの?」
「ああ、アンブラ―嬢はこの食堂に飾ることを勧めていました。あんな高価なものを、食堂に飾るなど、バカげてい…。」
「バカげているのはあなたでしょう!あなたはあの絵を見てどこの風景か分からなかったの?」
激昂する夫人を宥めて、バートランドが静かに問いただした。
「ウィリアム、どうしてあの風景を刺繍絵にしてもらったか、考えたことがあるか?アンブラ―嬢は下絵を描く際に、その話をしっかり聞いてくれたそうだ。それがちゃんと反映されているからこそ、価値があるんだ。もう一度、大広間に行って確かめてきなさい。」
怒る母と静かに窘める父に慄きながらも、大広間に行ってその刺繍絵を確かめたウィリアムは、言葉を失くした。確かに良く見ると見覚えがある。幼い頃、よく家族で出かけた祖父母の家の近くだ。傍には小川もあって、夏には兄と水遊びをしたり、その先の雑木林では虫取りをしたりしていたのだ。そして遊び疲れると、木漏れ日が心地いい広場でお茶を飲んだり、昼寝をしたりして過ごしていた。
「そうか、これは我が家のための刺繍絵だったんだ。」
そうと分かると、この広間に置くのは違うと理解できる。
「バーリス、悪いがこの刺繍絵は食堂に飾ってくれないか。」
「承知いたしました。」
執事のバーリスは、その言葉を待っていたと言わんばかりの笑顔で、さっさと大広間の刺繍絵を外しにかかった。
そのまま自分の部屋へと戻ったウイリアムだったが、ベッドに身を放り投げてぼんやり考えた。
―どうしてアイツは、うちの家族の事にまで気を配るんだろう。―
それは、刺繍爵の下働きとしても、下絵を描いた者としても、考えなくてもいい事ではなかっただろうか。それなのに…。それはウィリアムにとって、今まで出会ってきたご令嬢たちとは全くタイプの違う初めての感覚だった。
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