Article3‐1
「貴様達が俺らの安寧を壊しに来た人間たちか?」
狼は低く唸るように言い放つ。リリとアルクは狼が喋ることに面を食らってしまい言葉を返せない。
「答えろ、貴様達がそうなのか?」
尚も乱暴に話す狼。
「すまない、お前が喋りかけてくるとは思わなかった。お前が想像する人間たちが何かは知らないがワタシは通りすがりのただの探偵だ」
「ばか。リリ、初対面の生き物にお前呼ばわりするのは…」
「お前…といったか?」
リリが放ったセリフを狼は聞き、結果空気がピリ付くのを感じる。リリの放ったお前が狼の逆鱗に触れてしまったようだ。
「貴様達人間はみんなそうだ。自身が誰よりも一番と考え、俺ら見下し、貶める。そして少しでも自身に気に食わないことを行ったら対話拒否し、排除しようとする。まるで自分たちがこの地球上で一番賢く、強いものだといわんばかりに。そんなことはないのに上からものを語る目線、俺らは気に食わない」
「待って下さい、貴方に不快な思いをさせてしまうつもりはなかったんです。この子は少しばかり、いやかなり性格がひん曲がっていてそれが口調に出てしまっただけなんです」
怒気の籠もったセリフに食らいつくように弁解のためのセリフを言うアルク。そんな彼女を複雑な表情で見つめるリリ。
「なるほど。確かにその小娘は性格のひん曲がりが顔に出ている。背の高い女、お前は少しでも対話をしようとするのだな、賢い女だ。それに免じてここは離れるとしよう。それに今のがその小娘の最上限の気遣いが籠もったセリフならば仕方ない。どうやら貴様達は探している相手では無いようだ。別のところに行くとしよう」
「こ、小娘…?」
次は狼が言った小娘といった単語に対して青筋を浮かべている。慌ててアルクは間に入り仲裁を取り持とうとする。彼女は無益な戦いは避けたく、それが可能ならば極力回避しておきたい。
「そ、そうですよね、ほらほらお言葉に甘えてリリ、帰りましょう」
「そうだな。このワンコロは主人から依頼された任務を遂行するのに忙しいようだ。邪魔をせずにさっさと帰ろう、このワンコロなんか放っておいて」
「またあなたは余計なことを、どうして穏便に去ろうとしないんですか」
アルクはやれやれと頭を抱えながら恐る恐る狼の方を見る。そんな狼の様子は更に毛が逆立ち、怒髪天を衝くというのをそのまま体現したような様子になっている。
「ワン…コロだと?貴様は犬と俺を同一視しているのか?」
「今のお前は犬とそっくりじゃないか。主人の命令を遂行して主人に尻尾をふる、そのどこが犬じゃないと言うんだ」
「人間に媚びへつらう犬などと一緒にするな!」
狼は吠え、リリの下へと噛みつくように襲いかかった。アルクは頭を抱えて彼女と狼の間に割って入る。そして包帯を解き狼の噛みつきを防いだ。噛みついてきた狼を振り払うように腕を振り抜く。
「貴様、その腕はもしや…」
アルクに噛みついてそのまま振り抜かれた勢いで空中に投げ出されたが、体勢を立て直して近くの建物の側面にしがみつく。そこからアルクの腕を睨みつけてグルルと唸る。
「もう、リリ何故貴方はそんな挑発するようなことを言うんですか!?」
「だってあいつワタシのこと小娘って。どう見てもあいつの方が子どもに決まっているのに!」
「それでも避けられる戦いは避けるべきでしょう」
アルクがそういうもリリは受け流して指を噛み、血を垂れ流す。その血はいつものナイフへと形状を変えて彼女の手に握られた。
「銀腕の女に血をナイフに変える女、貴様達が主人が言っていた奴らだったのか。危ない、見逃すところだった。俺らの平穏を壊すものは許さない!」
その狼は建物の側面を蹴り上げ、一足飛びで近づいてきて前右足を大きく振り上げた。アルクはリリをかばうように彼女の前に出て、銀腕でその振り上げられたそれを受け止めた。重いその一撃がアルクの腕に伝わり、受け止めた彼女の身体が地面にめり込む。
「重い一撃ですね…」
「ほう、俺の体重がかかった一撃を受け止めるか」
狼はその状態で更に体重をかける。狼の腕に更に力が込められ地面に押さえつけられる。彼女はそれを片腕で支えきれずにくっと呻きながらも反対の腕で銀腕を押し返そうとする。
「高いプライド、人語の理解、黒色の毛並み、雷を纏う能力…あなたは人狼の中でも希少な種族、濡羽ノ狼ですね。日本にのみ存在する稀有な種族と聞いていましたが…」
「いかにもお前の言う通り、俺は濡羽の一族だ。何の因果か貴様らせいでここにたどり着いてしまったがな」
狼と組み合っているアルクはそう言葉を発し、狼はそれに返す。ただ、アルクの言葉は純粋な質問に対し、狼は憎しみの想いを込めて返していた。そんな中、いつの間にか狼の背後に回り込んでいたリリが背中めがけてナイフを振りかぶる。狼はすんでのところでそれに気づき、自身の尾を用いて彼女を近くの建物へバシッと叩き飛ばした。彼女はその一撃に不意を突かれ、近くの建物の壁に叩きつけられて呻く。
「後ろから⁉なんて卑怯な女だ。貴様から相手してやる」
攻撃を受け止めているアルクの腕をバネのように利用してその場から一気に飛び、リリの方へ向かう。アルクは急に離れられたため、力をかけていた腕ごとに前のめりになってしまい、バランスを崩してしまう。狼はそんなアルクを気にも留めず、空に道があるかの様に駆け、リリを叩きつけた建物のほうへと向かい、正面に位置すると告げる。
「痛いか、女。こんなもんじゃ済まさんぞ。もっと徹底的に痛みつけてやる。礼節を重んじず背後から襲う愚行を行ったことを後悔するがいい」
狼の周りの空気がバチバチと音を立ててはじける音がする。黒い稲妻が迸っているのだ。そんな狼の様子をリリは見ていることしかできない。叩きつけられたダメージが相当体に堪えているのだろう。
「死ね、礼節を重んじない女よ」
そう狼が言い放つと周りに迸る稲妻が収束し、宙を駆け彼女めがけて奔った。身動きの取れない彼女はそれが命中し激しく呻き、体を痙攣させる。それもそうだろう、条件が重なれば10憶ボルトも出るような電気の塊を一気に浴びてしまったのだ。彼女がまとっている服がところどころ焼き焦げ、白い肌が露出している。
「ほう、まだ息があるのか。貴様は存外丈夫なんだな。服もまとっている服も全て焼き焦げていないところを見ると何か特殊な糸が編み込まれているのか?はたまた俺が放った稲妻が弱かったのか…。まあでも次で終わりだ。何か言い残すことはあるか?女」
「と、とっとと…愛するご主人様の下へ…帰ったら…どうだ?ワンころ」
「死ね」
おそらく狼が情けを込めて放った言葉に対して皮肉で返すリリ。体が思うように動かない彼女なりの精いっぱいの抵抗だったのだろう。それを聞いた狼は感情の抑揚なくただ端的に言い放った。それと同時に黒い稲妻が彼女を襲う。その稲妻が彼女に直撃するかしないかの時だった。
空を切る音がして地面に何か刺さる。その稲妻は地面に刺さったものに誘導されるように彼女に命中する直前で曲がりそこに落ちた。
「よかった、間に合いましたね」
「…避雷針か。人間のくせに知恵が回る」
狼は忌々し気にシリンジを見やり、そしてそれを放ったアルクを睨みつける。そう、アルクは体勢を立て直し、使用済みのシリンジをリリがいる建物のそばに投げ、放たれた稲妻を地面へと誘導、そして地面に電流を流し、彼女に命中するはずだったそれを無効化したということになる。
「アルク、ありがとう。助かった」
リリはそう言って建物の壁面を蹴って再度血のナイフを作成し、アルクを見ている狼の横っ面を切りつけて地面に立つ。ボロボロになった服から覗く白い肢体が艶めかしい。
狼はそのリリの攻撃を避けることができず、皮膚が切りつけられてしまい、その傷口から血が流れ出る。流れ出たその血は赤く、そこだけを見ると人狼という種族ではありながら普通の獣のようだった。
「ち、油断した。まさかそんなに早く体が動かせるようになるとはな。その驚異的な回復力そして血を武器として生成するその力、女、貴様吸血鬼だな‼」
「ようやく気付いたか。お前の言う通り、ワタシは驚異的な回復力ゆえのほぼ不死身の体を持つ吸血鬼だ。我が種族は時間はかかるが焼かれて灰にされても蘇ることができる。仮にワタシを無力化したいのであれば同族と戦わせるか、もしくは手足を拘束し完全に身動きが取れない状態にして封印するしかない。ゆえに貴様ではワタシを殺すことはできない」
「面倒な女だ。しかしその回復力でも無限ではないはず。繰り返し貴様を殺せばいずれは死ぬのではないか?死を味わせることできないにしても戦闘不能にすることはできるのではないか?」
「まあ、そうかもしれないが果たしてワタシをそこまで追い詰めることができると思うのか?狼ごときの力で」
「狼ごときとはいうが先ほど、俺の攻撃を受け、壁面に叩きつけられて伸びていたのは誰だ?確かに肉体の頑丈さではお前に劣るかもしれないがスピード、一撃の重さでは俺のほうが上だ。いずれは追い詰めれるのではないか?」
「スピード、一撃の重さ、確かにそうかもしれない。ただ…」
そうリリが言いかけると頭上から重い一撃を受け、狼が地面に叩きつけられた。叩きつけられた狼はカハッと呻く。そしてその狼に空中で勢いづいた銀色の拳が打ち付けられた。
「私のことお忘れではないですか?貴方が相対しているのはリリだけではありませんよ?」
アルクはリリと狼が話している中、狼の頭上に回り込み拳をぶつけ、そして隕石の様に狼めがけ落下、落下するスピードも相乗させて強烈な拳の一撃を叩きこんだのだ。地面で伸びた狼を尻目にリリの傍に移動する。
「そ、そういえばお前もいたな」
「ほう、起き上がるか、狼よ。なかなかタフだなお前も」
狼はよろよろと立ち上がり息も絶え絶えに喋る狼。どうやらアルクの拳の一撃が相当堪えたようだ。
「貴方には何も恨みはありませんが私達の前に立ちはだかる、なによりリリに危害を加えるのであればここで対応しないといけません」
「女、お前たちの力を少し侮っていたかもしれないな。臨戦態勢のところ悪いがいったんこの場は退散するとしよう」
狼はよろめく体を動かしリリたちとは反対のほうへと頭を向ける。吐く息か、はたまた体の熱を発散するためか時折白い蒸気が狼の体から吹き出ているのが見える。
「まて、狼、逃がさないぞ!」
「悪いがこれ以上攻撃を受けるとさすがに体が持たなさそうだ。またいずれ貴様らと相まみえるだろう」
まて、と二人が再度言い追いかけようとするのもかなわずにリリと狼の間に大きな稲妻が落ちる。それに当たるまいと二人が動きを止めるその一瞬の隙をついて狼は駆けだした。二人が動ける状態になったときは体は小さくなっていた。
それでも二人はくそ、まだ間に合うか⁉と狼を追いかける。しかし距離のアドバンテージは大きく、姿は見えなくなっていた。
「逃げられたか」
「仕方ないですね、宿屋に戻りましょう」
「くそ!やつを捕まえていればあいつの言うご主人様とやらが誰かわかったかもしれないのに…」
「またいずれ相まみえることはあるでしょう、その時にでも聞きましょう」
「そうだな、そう簡単に口を割るとは思えないが仕方ない。とりあえずアルクの言う通り、宿屋に戻ろう」
「そうしましょう、リリ、あなたのお召し物もボロボロなので着替えたほうがいいでしょう」
アルクのその言葉で改めて自身の服をみて頬が赤くなるリリ。今のリリの姿は体の局部局所はボロボロの布で隠れているがさっと手で払いもすればはらりと落ちそうなほどもろい。いくら吸血鬼で大概のことは性格柄見逃すことはできてもさすがにこの服装は恥ずかしい。
「そうだな。いくらワタシがそういったものに無頓着といえどもさすがに今の服装は恥ずかしい。早く着替えたいね」
「よかった、リリにもその辺の恥じらいはまだ残っているんですね。そういえば一つ気になったことがあるんですけどいいですか?」
「一応ワタシも乙女ではあるからね。気になったこと、とは何だい?」
「さっきから一っ子一人、街を歩いていなくないですか?」
「いわれてみれば…まあ今のワタシにとってはありがたい状況ではあるが…確かに気になるな」
そう、アルクが感じた違和感は夜の街、誰も外に出ていないということだ。街灯は点いていて明るく照らされており歩くのも憚れるような怖い状況ではない。路地裏とかになれば暗いので出歩かない、というのは分からなくもないが明るい街並みであれば歩いても問題ないのではないだろうか。人はまだしも野良猫とか野良犬なども歩いていない。鳥はちらほら飛んではいるが生き物が街を歩く姿が一切ないのだ。
「もしかすると先ほどから敵対していたゾンビ達は夜出歩いていた人間の成れの果てだったりするのか?外を出歩くとゾンビにされたり…」
「まさか、そんなわけないとは思いますが…念のためリリが言っているような噂が立っていないか宿屋の主人に聞いてみるのもいいかもしれませんね」
「そうだな、朝を迎えたら聞いてみるか。さすがに人が一人も出歩かないのは気になる」
アルクの提案に頷くリリ。そんなやり取りを交わしていると宿屋近くの路地裏のほうでうう、うめき声がした。彼女たちは顔を合わし、念のため戦闘態勢を取りながら声がしたほうへと向かう。さっき逃げられた狼が人を襲った後かもしれないし、襲われている最中かもしれない。もしくはゾンビが出歩いていた人間を襲っている最中かもしれないからだ。
「だ、大丈夫か⁉」
そこにいたのは地面に倒れて呻く焦げ茶色でウルフカットの女の子、キルジ・ミ・クドターだった。彼女は外傷はないが、少し服が汚れており、うわごとの様におに…い…ちゃん…だったりこわい、だったりた…たすけ…てだったりお…おおかみだったり呟いている。リリが揺さぶるも何も反応を示さない。
「アルク、すまないが辺りの様子を見てもらえるか?」
「はい、わかりました。リリはキルちゃんをとりあえず私たちの部屋に連れて行ってください」
「ああ、頼んだ。気をつけろ、まだ近くにキルをこんな目に合わせた者がいるかもしれない」
「はい。宿屋の主人には朝、話をしましょう」
アルクのその言葉にリリは頷き、キルを抱える。リリは自身の部屋へキルを抱えて移動、アルクは辺りを警戒すべく散開した。
あけましておめでとうございます、山上コウヤです。
自身の予定の見通しが甘く、当初の投稿予定より大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。
サクッと内容に触れますと前回初登場した狼との決着が一旦ついた形になります。果たしてこの狼は一体何者なのか、そしてなぜキルが倒れていたのか、次はそれを少しでも紐解ければと思います。
今回からはArticleを分割し、投稿していきます。
予定通り投稿できると思いますので三度目の正直としてもう一度だけお付き合いお願いいたします。
次の更新は2/2の20:00頃を予定しております。もしかするともう少し早めに投稿できるかもしれませんのでブックマークしていただきお待ちいただければと思います。
山上コウヤでした!