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特別警邏隊活動ノート  作者: 南山由真。
7/10

1-6

 順調な進み具合だった。ダイムもイヴも無言のまま目を瞑っている。仮眠をとっているようだ。連絡もなく、ただただ無音。時折ガタンと車が揺れる程度。二人が寄り添うように眠りこけている姿に、カルディは二人は付き合っているのだろうかという純粋な好奇心がわく。

 「意外とすいていますね」

 「平日の深夜だからね。今いるのは長距離トラックくらいしかないだろう。全く後ろの二人は寝ていやがって。僕がどれだけ疲れて運転しているか」

 前を向きながら、カーパスも答える。

 「君は元々刑事だったと聞いているけれど、やっぱり慣れてるものかい? こういう徹夜」

 「相手を武力で叩き潰すというのは初めてですが」

 以前は二徹や三徹して張り込みしたりするのが普通だった。それがカルディの生きがいであったし、そのころはまだ希望があった。俺とツレがいれば最強で、どんなこともできるという青臭い時代を送っていた。

 「けど君の動きは及第点だと僕は思うよ。先ほどからセレから君を守る必要などないといわれていたけど、本当にそうらしい。まだ粗削りだけどね。明らかに警官が必要な実力の幅を超えている」

 「それは……」

 思い出す訓練の日々。

 ツレと戦い続けた日々。相手が強敵だった場合でも、少なくとも自分の身を守れるようにするために、いつも組み手をやっていた。希望があったから、鍛錬を積極的に行えた。

 それにしても、カーパスの評価にカルディは驚嘆していた。

 てっきりベラベラと不満不平や欠点をあげつらってくるのではないかと思ったのだ。

 カルディの思考を読み取ったのか、カーパスはあぁ、と補足する。

 「僕は正論しか吐かないようにしようと決めているんだ。別に君を貶めようとか、そういうつもりは一切ない。よく誤解されるけれどなんでだろう。こういう弁解をするのが一番面倒なんだよね本当に。そして、不思議なのはセレが君を入隊させた理由」

 「理由?」

 「セレが君を引き入れる情熱と言ったら並々ならないものだった。さっき君がヴォルフとアイリーンに施設を案内された時にセレに呼ばれたのは知っているだろう? その時に君が廃人であったというのは聞いている。そんな人材を欲しがるなんてどうかしている。正直反対していたよ。うちの隊士はヴォルフ以外は否定していた。そんな奴をどうしてうちの隊に入れる必要があるのか。使えるのか」

 当然だな、とカルディも思う。逆の立場なら絶対採らないだろう。一年のブランクがある廃人なんて。

 「まぁまぁ使える人材だったからよかったけどさ。……けど、逆に疑問がわいた。それほどの実力がありながら、どうして君は警察をやめた? 君の能力なら十分活躍できるはずなのに。何より恐れたのはセレの恐ろしいまでの君に対する執着さ」

 「異例だったんですか?」

 「レイ、リュカ、イヴの三人は基本的にセレが遭遇した際に見初められた形で入隊した。あ、嘘だわ。イヴだけはダイムが引き入れたのだった。けど数か月前から君の動向を探り、入隊させるように包囲網を張ったのは君だけだ」

 なんというか散漫な語り口になったなとカーパスは自省する。

 「警察をやめた理由は? そこに多分だがセレが惹かれた理由があるのかもしれない。勿論語らなくてもいい。ただの僕の興味さ」

 ハンドルを操作し、カーパスは前を見続ける。その先には一台のベンツ。レイが運転しているものだ。

 カルディは押し黙らざるを得ない。

 「カーパスさんは――」

 「カーパスでいい」

 「カーパスは、セレのことどう思っていますか?」

 先ほどはけちょんけちょんにけなしていたのを思い出す。

 「むかつく女だよ」

 想像通りの返答が帰ってくる。

 「けど、実力は認めてるだけ。それに僕は彼女から支援を受けていたし、恩というものも一応あるつもりだから従ってる。まぁエモンのような金目当てもいるし、イヴやリュカのようにそれぞれダイムやエモンに追従してるやつもいる。セレは仕事さえしてくれたらプライベートには干渉しない。そういうところも気楽だよ」

 空には満月が浮かんでおり、不気味にカルディたちを照らし出している。

 「けどね、たまにぞっとするほど冷たい表情をしている時がある。そういう時は、ちょっと怖いかな」

 「冷たい表情、ですか」

 「話しかけたら普通の笑顔を貼り付けるんだけど。……僕は彼女と初期から付き合いあるからなおさら気持ち悪い。あいつ、基本的に昔はむすっとした感じで、さながらエモンのようでさ。けど今は偽物の笑顔を貼り付けて。気持ち悪いったらありゃしないよ」

 笑顔。

 セレはとにかく笑顔だ。特別警邏隊隊長としての佇まいがそうさせているのかと思っていたのだが。

 「で、ごめんね。話が脱線したよ。あれ? 僕って何を聞いていたんだっけ」

 「……どうして俺が警察をやめたのか、ですよ」

 「あぁそれだ。すっかり忘れていたよ」

 事も無げに言うカーパスに、噓だなとカルディは推測する。カルディが話したくない場合を考えたのだ。話したくないならセレの話をさらに連ねられるという配慮。

 話していいのか、と迷う。

 カーパスには理念があった。第一印象よりクズじゃない感じもする。その点は好ましいと思うが、手放しに彼を称賛するつもりはないしそこまでの間柄ではないのだから。

 「……相棒がいたんです」

 堰を切ったように、カルディは話し出した。性格はどうかと思うけど、それでも真剣な話はしっかりと聞いてくれる、そういう男であるから。

 「相棒、ね」

 カーパスは知っているのだろうか。

 ダイムは知っていそうな口ぶりであったから、多分知っているのだろう。カーパスがカルディの入隊においてはセレが積極的であったと語っていたから、きっと内部事情すら漏れているはず。

 「名前は?」

 「バステス・アイスワーゲン。俺のツレでした」

 「聞いたことはあるよ。というか、その事件なら僕らも介入したことがある」

 「事件番号2143132。全国ニュースにもなった事件ですからね」

 2143132事件。

 二年前に発生した、ガルバド王国で起こった猟奇殺人。被害者は結局五人。そのなかの四人は汚職事件やきな臭い噂がある官僚。最後に殺された一人は刑事。

 殺し方は凄惨を極め、腹を切り裂き臓物を取り出し横に据え付けるというあり得ない殺し方だった。

 当然カルディたちは捜査したが、浮かび上がる人物像が多すぎた。恨みを買いすぎていたというのもある。

 事件は四つ発生した。

 そして、五つ目。

 バステスは書置きを残し無断で姿を消し、次の日、死体となって発見された。

 廃屋の一室だった。

 犯人のアジトだった。しかしそれはしたいとともに時限式の爆弾に吹き飛ばされ、結局新たな殺人が起こることなく、未解決。現在でも犯人は不明だ。

 カルディはいなかった。その時ちょうど、別の任務に駆り出されていたから、発見が遅れた。

 「優秀な奴が死んだという情報があったが、まさか君の相棒だったとはね」

 「本当に優秀でした。けど割とクズで、いつも色々たかってくるし、すぐキレるわ女に弱いわ、性癖も歪んでてなんか寝とられガチ勢で。本当にくたばってほしいと思うほどにヤバい奴でした」

 言葉では尽くせないほどに、バステスはクズだった。外見も軽薄で、いつもアロハシャツに、丸いサングラスという奇抜な格好で、態度も軽薄。女子からの人気はほとんどなかった。

 『なーカルディちゃん! 競馬でスっちまったから金貸して!』

 借金を踏み倒しまくっていつもヤクザに追われっぱなしで。

 『昨日さぁ、めっちゃ可愛い女の子がいてよぉ、ナンパしてたら彼氏が来て鉄橋から落とされて! あー超参ったぜ!』

 だらしない女遍歴で、そのくせモテないし。

 『寝取られって、至高だよな』

 屈折しまくった爛れた性癖を持っていたし。

 思い返すのは愚かな男との不毛な会話。バステスがぼけて、カルディが突っ込む。生産性のない時間は、いつだって捜査と捜査の間を縫った僅かな時間の中で繰り広げられていた。

 「言いたい放題だね、カルディオス」

 「クズですから。……けど、死んでほしくなかった」

 けれど、いい奴だった。

 『背中任せるぜ! 相棒!』

 凶暴だが実は相当冷静であり、躊躇なく人を信じるお人好しで。

 『ペットの亀が死んじまったのか。……よっし、今日は俺っちが奢ってやる! ついてこい!』

 どんな些細な悲しみにも不器用なりに寄り添ってくれて。

 『俺たちが助けずして誰が助けんだよ!』

 たとえどれだけ絶望的な状況でも、誰かのピンチに駆けつける。

 アイツは、カルディのヒーローだった。

 女性からの人気はゼロだけど、同性の奴らからの信頼は絶大で。

 愛すべきバカとまではいわない。けれど、そこにいるだけで、その場は潤う。そういう奴だった。

 あんなところで、死ぬ奴じゃなかった。死んでいい奴じゃなかった。

 「アイツは事件の核心に迫っていた。あいつの敗因は一人突っ走ったところです。本当にどうしようもない死に方ですよ」

 笑って見せるが、うまく口角が上がらない。上がるはずがない。

 アイツが死んでからも、全く実感なんてわかなくて。実はただ怪我をして入院しているだけなんだろうかとどうしても思い込みたくなってしまって。けど死んでることは知っていて。

 アイツの書置きをたどった先の廃屋で、あいつの死体を見つけたのは、カルディだった。

 「そっからは簡単でしたよ。崩れるだけ崩れて、全部失って。もう、なんというか、疲れちゃったんですよね」

 失って初めて、カルディはバステスという支柱がいかに大事なものであったことに気づかされた。

 けど、もう何もかも手遅れで。

 ヒーローが死んだ世界は崩壊する。

 そして、カルディは退職した。

 もう、何も守れないのは十分だったから。

 手折れた魂は、やがて堕落し、いつしか、自宅から出ることすらできなくなった。

 「それで、セレに救ってもらったわけか」

 「救う……か。どちらかというと、強制労働に近かったかもしれないですけど」

 彼女の初対面はひどいものだった。

 訪ねてきた彼女を蹴り飛ばして締め出したと思ったら、今度は窓ガラスをたたき割って突撃してきたのだ。全くどうかしている。

 「セレはそういうところあるからね。自分がよしと信じた道を行くためにどんな手段を用いる。誰かを踏み台にして、叩き潰していく。それは時に残酷で、万人受けなんてしないさ。まぁ彼女からすれば他者の評価なんて気にしない。天上天下唯我独尊」

 カーパスは僅かに目を細め、けど、と言葉を続けた。

 「セレがお前に惹かれた理由は、なんとなくわかった気がするさ」

 「それは一体?」

 「悪いがそれは僕が言うことができるものではないよ。……一つ言うならば、セレは君と似た絶望を持っている。僕が言えるのはそれだけだ」

 「それって――」

 それは、セレも誰か、大切な人を失ったことが――。

 そう言いかけた刹那、不意に背後に殺気を覚える。

 振り返る前に、カーパスが振り返るなよ、と先ほどの感傷的な口ぶりから一転、先ほどの余裕めいた口ぶりで咎める。

 サイドミラーを見やると、先ほど眠っていたはずのダイムが目を覚ましており、鋭い視線をカルディらに送っている。イヴも同様だった。殺気は、彼らのものと気づく。

 「追手だ」

 『追手や』

 ダイムとイヤホン越しのレイの声が重複する。

 「え……なんでわかるんですか?」

 全く気付かなかったのはカルディだけらしい。

 「勘ってかっこよく言いたいところだけど、ずっとつけている車両が五台あったのがバレバレ」

 「けど、一本道の高速道路ですよ? どうして……」

 「そりゃあれだろ。追い抜きもしねー距離を一定に保ってる、おまけにあのばりっばりな視線」

 「速度を上げたり落としたりしているのに、ね。本当にバレバレだよ。しかも陣形作ってるし」

 イヴも頷き、足元のほうにしゃがみ込んでいる。

 その手に現れたのは、05式短機関銃。見れば、ダイムも一丁の同じ武器を所有していた。

 「ど、どこから……」

 「下のトランクに据え付けてあんの」

 05式短機関銃。中国産の短機関銃であり、サプレッサーという消音機を装着して使用する武器。9ミリの弾丸を使い、弾丸の装填方式は最大五十発入りのマガジン。

 『やはり尾行か。……では、戦闘の状況判断はヴォルフに委託する。大丈夫か?』

 『任せろぉ。いいか、後部座席の奴が撃てよぉ。カルディは今のところ待機だぁ。対ショック姿勢を取っていろ』

 「はい!」

 ヴォルフの鷹揚な指示通りの姿勢を保つカルディ。新入隊士であるが故の配慮なのだろう。

 『カーパスとレイは運転。俺、エモン、リュカ、イヴとダイムが迎え撃つ』

 『了解した』

 エモンの低い声。

 徐々にトンネルが近づいてくる。

 『いいかぁ、トンネルに入ったら一斉射撃。しくじるなよぉ』

 「さて、と。暴れてやるぜ、なぁイヴ」

 「ん」

 凶悪な笑みを浮かばせ、ダイムとイヴは後部座席の窓を開ける。風圧が吹き込み、髪がそよぐ。

 近づいてくるトンネル。

 『あくまで相手が攻撃してからだぁ。まずは威嚇。当てるなよぉ』

 「さて、ドンパチやってもらうからね、お二人さん。面倒な仕事をしっかりとやるそれが優秀な人間なんだからね」

 「ツーかテメェしっかり運転しろよ! マジ被弾したら死ぬからなホント!」

 「そうならないようにさっさと片付けてよ! ったく、だから車上戦は嫌いなんだよね面倒くさい責任すら背負うことになる死というか普通にこういうのはスピード狂のレイがやるべきだよね本当にふざけてるよね怠い寝たい帰りたい」

 「だ、ダイムさんとイヴさん!」

 「あぁ? んだようっせーな!」

 「頑張ってください」

 「あったりめーだろへまったら俺死ぬんだぜ!」

 それが合図であった。

 トンネルに入った瞬間、ダイムとイヴが外に身を乗り出し、引き金を引いた。

 パララララという小刻みな銃撃音とともに、二人が発砲したのだ。

 むろん、銃口は斜め下。狙ったのは地面だ。

 穴が開いていく地面。

 威嚇発砲。

 目の前の車ではリュカとヴォルフがわずかに顔を出していた。

 そして、想定通り、相手の車両から顔を出すものが現れる。

 勿論、機関銃と一緒に。

 こちらはAK-47。ミハイル・カラシニコフが発明した、劣悪な環境でも十分耐えられるように設計され、様々な模倣品も出回り、世界で最も使われた銃として名高いものである。ソ連で開発された短期銃だったはず。

 「やべぇ来た!」

 ダイムの掛け声が早いか、カーパスが思い切り車を左にハンドルを切っていた。

 先ほどいた場所に銃弾の嵐が突き刺さっていく。レイ側もうまくよける。

 戦闘開始だった。

 「舐めやがってよくそがぁぁあ!」

 何やら喚き始めるダイムの短機関銃が火を噴いた。

 それはピンポイントに相手側の前方車両に着弾する。

 「いやっほぉぉぉおおあおああああいあああああ!」

 奇声を発するダイム。勝利を確信したのだろう。

 制御不能になる車が壁に突き刺さる。そのままフリーズし、中から二人があわただしく出てくるのが見えた。もぬけの殻となった車内は、爆発とともに炎上する。爆音が反響し、鼓膜が吹き飛びそうになる。

 「勝負ありぃぃいいいあああああ!」

 その後皮切りに他の四台から銃口がのぞく。

 「気を抜くな間抜け!」

 カーパスの絶叫とともに、再びダイムが知っとるわとさらに銃撃を加える。ポニーテールを風で揺らしながら、イヴはダイムと息を合わせる。

 左右に車を交わしながら、弾丸を躱すカーパスとレイ。

 前方の味方車両の天井が開き、そこから狙撃銃がのぞいた。

 エモンだ。

 黄色いライトに当てられ、死神を連想させる真っ黒なスーツと眼鏡にかかる前髪がひどく禍々しい。

 トンネルの光で眼鏡がギラギラと光、その眼光は鋭く、開いた瞳孔は真っすぐにスコープを覗いていた。

 その左右にはリュカとヴォルフの銃口があった。

 ヴォルフの弾丸が相手の運転手を打ち抜いた。そのまま助手席のもう一人を殺傷する。

 呼応するようにイヴの弾丸がさらにもう一台の車のタイヤを破壊し、クラッシュさせる。

 「残り二台」

 ぽつりと呟いたイヴの一声が、カルディが初めて聞いた彼女の声だった。

 相手側も無抵抗なわけではない。

 AK-47の弾丸がレイの車両のナンバープレートに風穴を開け、カルディらが乗っている車のテールランプとバックドアにヒットする。

 やべぇとダイムが叫ぶ中、エモンが引き金に指を当て、やがて、弾丸を発射した。

 その一撃は、風圧をものともせず突き抜け――運転手の額中央に突き刺さった。

 あり得ないほどの正確さにカルディは絶句する。

 レイが弾丸を避けるためガンガンと左右に車体を振っている中で、まさかここまでの正確さを保てるとは。

 しかし感心している暇はない。

 あっという間に一気に四台を離脱させ、残るは一台。

 次の瞬間、弾丸がカーパスの車のサイドミラーを破壊する。油断ができず、焦ったカーパスがわずかに車をスリップさせかけた。ぐらりと揺れる車体に鋭い甲高い音が鳴り響き、即座に持ち直す。

 「うわぁあ本当に勘弁してよ帰りたいんだけど死にたくないし面倒くさいんだけど!」

 すれすれで銃撃を避けたカーパスが血相を変える。

 『あせんなカーパス。短機関銃は一発当たればいいレベルの精度やで、ビビんなや!』

 「ふっざけんな死にかけたんだよ僕をいたわれよ理解できないよ本当に死んだほうがいいよねホント!」

 早口で噛むことなく不平不満をぶちまけるカーパス。

 『まぁ見ていなや。ワイの本気見せたるわ!』

 刹那、レイの車が百八十度回転した。キュルキュルと甲高い音とタイヤが地面を擦れる。後方を向く運転席のフロントガラスに映ったのは、拳銃を構えるレイの姿。

 それなのに、全く速度が落ちていない。

 「ご愁傷さん」

 銃声とともに、レイの車両のフロントガラスが崩壊し、その代償として最後の一台の運転手の肩を打ち抜いた。激痛に顔がゆがんだと思うと、車は制御機能を失い、破砕音とともにひっくり返る。

 再び爆発音が響き渡り、吹き上げた爆炎に入り口側が不明瞭になる。

 レイの車は速度を落とすことなく再び前方を向く。

 鮮やかな手口の戦闘は、カルディらに損害を一切出さずに終結した。

 『撃破完了。終わったぜぇセレ』

 『さすが。引き続き目的地に向かえ』

 「了解したよ。本当に勘弁してほしいよねもう無理だわ帰りたいし眠たいしむかつくし人としてどうなの普通攻撃してくるなんて頭おかしいよね理解できないよ理解したくもないけど!」

 『はーいじゃあ後は急いでね。とっくに準備はできてるから』

 「人の話を聞くべきだよね!」

 カーパスの突っ込みに思わず笑みをこぼしてしまう。こんなあり得ない状況であるのは自覚している。けれど、どこか面白かった。ダイムがビビってるーとはやし立て、エモンが「クソ、どっかに金を記した帳簿を落とした」と愚痴り、レイは落ち着きーなと助言する。

 「ホント、滅茶苦茶ですね、警邏隊は」

 思い切り暴力で解決して、今もこんな謎のノリでスムーズに叩き潰していく。

 先ほどの戦闘の余韻は勿論ある。

 しかし、それでも。

 「頭がパーなだけだよ、僕も、こいつらもさぁ」

 カーパスがげんなりする。

 『夜のテンションというやつかぁおめーらぁ』

 ヴォルフが苦笑交じりに言い、イヴも少しだけ表情をやらわげ、リュカが「まぁわかりますよ」と朗らかに言う。

 闇は深くなり、テロの決行時間へ刻一刻と近づいていく。

 けれど、あの日からの絶望よりは随分マシになったものだ。

 カルディは微笑を浮かべる。

 到着まで、あと三十分を切った。

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