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イヴが銃声でドアノブを破壊し、ダイムがドアをけ破った先にいたのは、ズタボロのアイリーンだった。一目で状況を察し、キラキラした笑顔めがけて舌打ちする。
「陽動完了っす!」
「いや全然完了じゃねーじゃん! んなボロボロになってんじゃねーよ! 目覚めわりぃ。なぁイヴ」
イヴが拳銃に弾丸を装填する。カランカランと地面に使い終わった弾倉が転がる。
「あ、イヴ。駄目。殺すなよ?」
ダイムはくぎを刺す。こいつはぜってぇやるという確信があった。隊の中で女性問題に一番敏感なのがイヴであったからなおさら。
「イヴちゃん、おねーさんは大丈夫っすよ! ねー! それにこういうのが私の任務っすし」
イヴは無感情の瞳をアイリーンに向け、ダイムを見る。殺すなよ、ともう一度くぎを刺すと、一応は首肯する。
「どうして……特別警邏隊が……」
「テメーが『赤』に金を渡してたからに決まってんだろーがボケ! しかもうちのもんに何さらしてんだぶっ殺すぞ!」
「ダイム、アンタ言ってること違うっすよ。殺すなって言ったっすよね? あ、後アルバート殿、私たちの自己紹介をお望みらしいっすよ?」
「なんで?」
「いや知らんすけど」
アルバートを見やると、激痛に悶えている。これは玉を潰されたかとダイムは顔をそらす。敵ながら同情してしまう。非戦闘員である物の、やはりアイリーンの一撃は重いのだ、まともに食らったら気絶もあり得るのに。
「っけ。クソだりー」
ダイムは不快気に舌打ちする。
「特別警邏隊No10、ダイム・オストワルト」
「……特別警邏隊No9、イヴ・リャオリョン」
イヴも自己紹介をしつつ、拳銃をアルバートに向ける。ヒッと声を上げるアルバート。
「さて、茶番は終わりだ。お話ししてもらうぜ? 洗いざらいな」
「貴様ら……儂が誰かわかっているのか!」
刹那、銃声が鳴った。
軌道は一直線。アルバートの目と鼻の先の床に穴が開き、煙が噴き出す。アルバートの下半身が濡れる。失禁したようだ。
「イヴー殺すなよーちなこれ三回目」
ジト目で睨んでやると、胡乱気に返される瞳。
無表情面でダイムを睨むイヴ。勘弁してくれよと内心思う。じゃじゃ馬なのは本当に変わらない。
「テメェが先走ったらセレに殺されるのは俺だ。元教育係という関係だし、つーか特攻かける相棒だし、百パー俺が殺される。俺がルール! わかった?」
「……あいあいさー」
ホントかこいつと疑うが、いつまでも長居している余裕はないためこれ以上の追及をとどめる。
部屋の外の護衛を見やる。
全員血を流して伸びている。全てダイムがぼこぼこにした者だ。
「アルバート。テメェさっき地下駐車場で『赤』と金のやり取りしてたよな」
アルバートの表情から血の気が引く。
「な、なぜそれを――」
「尾けてたんだよ! 嘘だと思うか? うちの隊長に動画を転送したから言い逃れできねーぞ」
アルバートは顔面蒼白になる。大方自分の政治生命の進退の危うさに気づいたのだろう。アイリーンの魔力に取りつかれたのが運の尽き。
「あ、後テメェと取引した連中、三人死んだぞ。うちのもんがあの後ぶっ殺して、ついでに生きてる一人が計画とテメェの関係をゲロってくれたみてーだ」
「わ、儂と取引せんか? 金ならあるんだ、それで口止め料を、と隊長に」
「馬鹿かテメェ」
ダイムは鼻で笑う。吹き出したのはアイリーンも同様だった。
「ふざけんのも大概にしろ」
「た、頼む、こ、殺さないでくれ! 死にたくないんだ!」
うだうだと命乞いを聞いているさなか、連絡が入る。
『どうだ? 制圧は?』
「とっくに終わった。なぁどうする? 降伏したみたいだし、尋問もあらかたあっちがゲロったんだろ? 後は警察の仕事――」
『殺しておけ』
有無を言わさない口ぶりは、ひどく落ち着いていて。荒唐無稽な命令に普通はたじろぐだろうが、初期から警邏隊にいるダイムにとっては想定内の出来事だった。元々殺せと言われていた訳だし。身内には慈悲深いんだけどなー。
「……了解」
冷酷無慈悲な宣告。イヴが拳銃の安全装置を外し、アルバートに向ける。
「あーわりぃ! うちの隊長がご立腹らしい」
「え……」
「まぁでもよかったろ? 最後にアイリーンのおっぱい揉めたんだ、いい冥土の土産になった訳だろ? な?」
「ま、待ってくれ! 頼む、い、命だけは! 金ならあるんだ! 望むだけくれてやる! だから、頼む――!」
土下座して許しを請うアルバート。
それを冷然と眺めるダイム。
ふざけている。
腹の中から湧き上がる薄暗い怒気が、ダイムの腹に重くのしかかっていく。
散々良い思いして、金を巻き上げて、不正を喜んで享受し、そして命乞い? ふざけてる。
思い出すのは、セレの絶望した顔。
返せと叫び、虚ろな瞳をさ迷わせ。
最後には、自分の『ある器官』をナイフで腹を刺し引きずり出したアイツの狂喜の笑みがちらついて仕方がない。
「それって税金っすよね。その復興する金から中抜きしているんすよね?」
アイリーンがそこら辺にあったタオルで胸元を隠す。
アルバートがそ、それはと言いよどむ。
イヴが数歩前に進みだす。
平常の感情のない目に、わずかな憎しみが宿る。それはアイリーンが乱暴されたことに対する怒りか、それとも、自分の経験か。
ちらりとイヴを見やると、目が合う。もの言いたげというには程遠い、殺意満々の瞳。
「ダイム」
セレの絶望を知っているように、ダイムはイヴの絶望を知っている。
「待ってくれ――」
パァン!
乾いた銃声とともに、イヴの引き金がアルバートの命を奪った。
頭の内臓物がカーペットを揺らし、アイリーンのスカートにかかる。
つかの間の沈黙。
「……イヴ。殺した」
『君たちはカーパスの車両に乗り込め。外で待っているはずだ。ヘリポートへ迎え。車内に配備されている機関銃などの装備を忘れるな。仮眠をとっておくことを推奨する』
「……わかった」
「死体の処理はどーすりゃいいんだ?」
『御用達の処理係を向かわせる。そうだな、アイリーンを残せ。イヴとダイムが迎え』
「了解っす。おねーさんが処理係に事情を説明するんすね」
『頼んだ』
ダイムが踵を返し、イヴも続く。
「じゃ、後は任せたぜ。アイリーン」
「頑張ってくださいっす。……あ、後イヴ」
振り返る無表情のイヴに、アイリーンはふわりと抱き着く。
さすがに目を見開き驚愕を見せるイヴに、アイリーンはにこりと笑いかける。
「私のために怒ってくれてありがとう。おねーさん、ちょっと嬉しかったっすよ」
「……!」
ちらりと助けを求める眼差しを向けるイヴに、ダイムは苦笑する。無感情で孤立しがちであるが、その分人の純粋な好意に弱いのだ。そういうところもダイムは好ましいと思う。ギャップ萌えという奴だ。
「イヴは優しいね」
アイリーンは三十歳。イヴは十八歳。こうしてみると柔らかい姉とツンデレの妹という感じがして、ちょっと面白い。
「ありがと、イヴ」
「う……うん……」
解放されたイヴは、先ほどの機械のような無機質な歩き方が一転、ふにゃふにゃになっている。
「行くぞ、イヴ」
「ん」
アイリーンのほうに振り返り手を振るイヴは、再び無表情を作り、ダイムに続く。
「迷いとかそういうの捨てろよ。最後のはドンパチになる可能性あるからな」
一応声をかけておく。こういう殺し合いでは未練とかそういうものが即座に死を招くのだ。
「わかってる。……舐めないで」
「その言葉信じてるぜー」
イヴからの返事が来ないことも平常運転。
時刻は十二時を回ったところである。
状況は、ようやく佳境に入ろうとしていた。
カルディ、カーパスは様々なことを男から聞いていた。
アルバートの目的が修繕費にかこつけた金銭の獲得を目的に『赤』と絡んでいること。
レベッカ港がテロの対象となっていること。
そして、朝六時に、地獄が始まるということ。
「つまりあれか。復興大臣の懐には、レベッカ港復興のための予算が回る。そこから中抜きするつもりだったのかな」
「さぁ。殺してしまった以上それ以上は推測でしかありません。……可能性は高いかもしれないですが」
その後彼が救急搬送されたのを見届け、警邏隊から貸与されたベンツに乗り込む。
運転席に乗ったのはカーパス。エンジンが駆動させたまま待機する。
『では車の割り振りだ。エモン・リュカはレイ・ヴォルフの車両に。ダイムとイヴはカルディ・カーパスのほうに乗り込み出発。ヘリポートはこの先のハイウェイを直進しローズヴェルト通りにある』
「知ってるよ。以前使ったことがあるからね。と言うか僕が運転するの? 面倒くさいなぁ」
カーパスが舌打ちすると『そう言うなや』とレイがフォローする。
『では、健闘を祈る。順調にいけば二時半には着くだろう』
『いや。ひょっとしたら追跡してくる車があるかもしれんからなぁ』
「そしたらどうすればいいですか?」
カルディの質問はセレではなくカーパスが答える。
「先手必勝だ。面倒くさいけれどそういうことだから。まぁカルディが応戦しなくても、うちにはイヴとダイムがこの車両にいる。最悪二人が相手にするはずだ」
「二人はどれくらいの強さなんですか?」
「バケモンだよ」
カーパスが両手を上げる。
「あの二人が手を組むとシャレにならないよ。謀略派のダイムに、直観派のイヴ。あの二人は割と対極なタイプだが、とにかく相手取りたくないな。二人そろったらヴォルフと同格レベルの強さだよ」
「逆じゃないんですか? ダイムが直観に従うタイプだとお見受けしましたが」
「そう思うでしょ? 逆なんだよ。ダイムはああ見えて優秀な大学を出てるし、実はイヴの手綱を握ってるのがアイツだよ。イヴはああ見えてすごく短気だしね。本当に野蛮なのは理解できないよね。面倒だしくだらないし。のんびりしたいものだよね」
長い、の一言は口に出さない。少しだけカーパスに対しての印象の悪さが払しょくされていたため、そうですね、と一応話を聞いていると。
「わりぃ! 遅くなった!」
入ってきたのはダイムとイヴ。わずかな血の臭いが、その瞬間漂う。
「アルバートは?」
「連絡してたろ。ぶっ殺したわ」
イヴが拳銃を弄ぶ。無気力な目をカルディに向けたが、何も言うことなく視線を外される。他の隊士達は言葉を交わしたり、会議で発言していたが、カルディは今に至るまで一度も彼女の声を聴いていないことに気づく。カーパスとイヴ二人足して二で割ればちょうどいい長さの喋り方だと思う。
『こちらエモンとリュカが来たで! 今から出発するわ!』
レイの元気良い声がイヤホン越しに響いた。
「こっちも二人を収容した。今から出る。到着は滞りなければ二時くらいにつくと思うよ」
『わかった』
カーパスがアクセルを踏む。暗がりに沈む車内に、真っ白なコートはよく映える。
「出発進行!」
ダイムの一声とともに、車が駆動した。