1-4
その数分前のことだった。
『地下一階に降りた。テメェら封鎖網を作っておけよ』
「行くよカルディオス」
「了解です」
車を降り、二人は地下駐車場の出口に立つ。
「覚悟はいいかい?」
野次るように訪ねてくるカーパスに、カルディは頷いた。
「これでも元警官ですから」
「その余裕もどこまで持つか。疲れたとか言わないでよ本当に面倒くさいしさぁもう」
そのまま音を断ちつつ、地下へ降りていく。途中で上のライトがチカチカしており、だいぶ不気味な雰囲気を与えていた。まるで、嵐の前の静けさのような、言いようのない不安感。
「相変わらずこういうじめじめしたところに僕らを割り当てるなんてひどいもんだね。セレもいくら何でも入隊した奴とその日のうちに組ませるのは本当に勘弁してほしいよ」
カーパスの陽気な声色に反し、その眼だけはぎらついており、まるで猛禽類を連想させる。
特別警邏隊の隊士は、こういうところが怖い。ヴォルフやアイリーンのようにチャラけていることも多ければ、有事や会議の時は鋭い気配を帯びている。まるで二重人格。
目の前でベラベラ喋り続けるカーパスも同様。暗がりの中、彼は圧倒的な存在感を放っている。その白いコートのせいかもしれないが。
カルディらの命令は、『赤』の捕縛及び、抹殺。
相当の注意を払わなければいけない相手と、衝突する。
「裏口のほうから出ていたらどうしましょうか」
「その場合はエモンたちから連絡が入るさ。セレは二人に待機を命じたなら、僕らで何とかするしかないだろうが。あの女はクソむかつくけど、何かしらの考えを持って動いていることがほとんどだ。従わないことにデメリットこそあれ、メリットはないよ」
黒髪を揺らしながら進むカーパスがそう解釈していた時。
『クリア』
ダイムのささやき声が聞こえた。どうやら尾行は終わったらしい。これでアルバートが裏と繋がっている証拠を作成したことになる。
アルバートの始末はアイリーンらに任せよう。
カルディはまず、奴らと闘わなければ。
「後は任せなよ」
カーパスが返事し、やがて、コートの右ポケットに手を突っ込んだ。
地下駐車場に着く。
不気味な沈黙に、神経が鋭敏化している。首元に刃物を突き付けられたような、重苦しく、同時に、冷えた感覚。この極度の緊張は、警察時代に感じていたそれ。一年のブランクこそあれど、鈍っていなかった自分の勘。生唾を飲み込み、周囲を確認する。
カーパスが中央付近に歩いていく。カルディも続く。
ちらりとみると、すぐ真横に高級車が止まっていた。赤い車だ。さぞ金持ちなのだろう。やや排ガスの臭いが充満するエリア。
「レイに貸し与えたら相当狂喜するだろうね、こういう性能よさそうな車って」
カーパスがサイドミラーをちらりと見――そして、薄く笑顔を浮かべたのを、カルディは見逃さなかった。
「あのさぁ、もうそういうかくれんぼ、やめない?」
駐車場全体に響き渡る、カーパスの声は、この静寂の中、いささか似つかわしくないほどの明るいもので。
「僕たちは基本的に時間がない生活を送っていてね。困るんだよ、勝手にテロ起こされたり政官の人間と結びついてもらっちゃ。それはつまり僕らの時間が勝手に浪費されていくわけ。だるいのに面倒なのにそれなのにやるしかなくなるわけ」
カルディもゆっくりと深呼吸をし、ポケットに手をいれる。
冷たい金属の感触が、指にあたる。
「返事しないというのはいささかどうかと思うけど――あぁそうだね、名前を言わないといけないかな。日本には礼に始まり礼で終わるという格言があるらしいからね」
天を仰ぎ見、口元を歪ませたこの男は、やがて言った。
「特別警邏隊No3、カーパス・ガブリエル。以後、お見知りおきを」
それが戦闘の合図だった。
甲高い発砲音とともに、赤い車のフロントガラスが破裂する。
振り返りざまカーパスがポケットから拳銃を出すが早いか引き金を引くと、向こう側にいる、車を影に弾丸を打ち込んだ男の近くに着弾する。舌打ちするカーパス。
「カルディオス!」
「はい!」
撤退しながらカルディも数発撃つ。安全装置は解除済み。車に弾丸が突き刺さる鈍い音。銃撃音が反響する。
二人そろって車の陰に隠れながら、カーパスは尚、余裕の笑みのまま引き金を引き続ける。
やがて苦悶の声を上げ、一人の男が地面に倒れる。
しかし、相手は一人ではない。
ある男が影から立ち上がり、横に走りながら打ち込んでくる。
短機関銃で。
あらゆる方向に突き刺さる弾丸。二人が隠れる車のガラスが木端微塵に割れ、向こう側の壁におびただしい弾痕がつく。
「あぁいやだいやだ。本当に野蛮だ――ね!」
弾丸の雨が通り過ぎた刹那を、カーパスは見逃さない。
立ち上がり両手で狙いを定め、男の脳天に打ち込む。狙いを定めてから銃撃するまでの流れはまるで川の如く、長い間拳銃を握っていた期間があるカルディも驚嘆するほどの速度であった。
脳漿を噴き出しながら倒れる男。
「やれ! 殺せ!」
野太い男の声とともに、今度こそこちらに狙いを定めて短機関銃が火を噴くが、カルディはその余裕も与えない。
標的はカーパス。
勿論すぐに伏せて弾丸をやり過ごしている。
カルディはカーパスがいるほうと反対に位置する車に移動し、フロントフェンダーあたりから立ち上がり、銃口を向け、発砲する。
弾丸の軌道は真っすぐ飛び、乱射する男の腕を引きちぎる。絶叫とともにもう一人が顔を出し、今度はカルディを攻撃する。匍匐前進の姿勢になりつつ後退し、弾丸を回避する。そのすきにカーパスは弾丸をリロードし、全弾装填を終えてしまう。
相手の注意が向いていないのをいいことに、カーパスは中央に踊りだし、その間に二発相手側に打ち込む。
一発は壁に、もう一発は相手の肩に突き刺さる。崩れ落ちる男に三度の銃撃を与え、その男の息の根を止めた。
「野郎!」
最後に出てきたのは無精ひげの男。目を怒らせ短機関銃のトリガーに指をかけ、発砲しようとした。
しかしカルディはカーパスが敵を射殺し弾丸が飛ぶ心配がなくなった一瞬を狙い、一気に飛び出し相手が隠れる車と直線状になる場所に激走していた。
男が気付いた時にはもう遅く、カルディの銃弾は、的確に相手の側頭部を捕らえていた。
時間にして三十秒弱の激闘。
肩で息をするカルディは、呻き続ける男をしり目に膝から崩れ落ちる。
脳がドーパミンとアドレナリンを分泌しまくっていることを自覚する。心臓がバクバクし、今になって両腕が震えだす。拳銃をしまい、一呼吸おいて立ち上がる。
「強い……」
五人の男ではない。
カーパスだ。
引くときは引き、出る時は出る。相手の弾丸がどこを向いているかを即座に判断し、仕留めにかかる。
車と車の間から見るカーパスは全く汗もかいていない。本来ならば警官時代、そういうこともしていたカルディすらここまでの疲弊を隠せないのに。殺し合いというのは多大なエネルギーを消費するものであるはずだが、カーパスにはその気配は一切ない。
「カルディオス? 死んだ? 死ぬのはやめてほしいな。僕の教育係としての評価が下がっちゃうからさぁ、死ぬときは離隊して死んでもらわないと困るんだけどな。いろいろと手続きも面倒くさいんだよね」
コツ、コツと足音を立てながら近づいてくるのは、カーパス。確実に自分が生きているということを察した、彼らしいブラックジョーク。
「……生きてますよ」
「怪我とかしてない? ……それにしても驚いたね。意外と動けるものなんだ。僕は君を守るつもりだったんだけど。まぁ少し期待より上だったからいいか」
どこまでも上から目線のカーパスは、やがて連絡を入れる。
『カーパスだ。カルディオスも一緒。一応敵を仕留めたけど、どうする? もう尋問しちゃったほうが――』
その瞬間、クラクションとともにカーパスが車と車の隙間に飛び込んだ。
一秒もたたないうちに外車がカーパスがいた位置に突っ込み、そしてそのまま裏口のほうに疾走していく。
フロントガラスに見えたのは、肩を抑えながら、必死の形相で運転する男。どうやら鍵が差しっぱなしな車に乗り込んだらしい。
「あぁ、そうか。一番最初の奴か」
戦闘の引き金を引いた男。どうやらカーパスが殺し切れていなかったのだろう。
「ごめん。裏口から黒い車が逃げた。番号は――」
たった一瞬だったはずなのに、カーパスは全く動じず、車のナンバープレートを暗唱していた。
「わかった。レイチェル、ヴォルフ。後は頼んだ」
『任せときーな』
レイの陽気な声。……カーパスがあの水準なのだ、きっとレイらもうまくやってくれるはず。
「さて、じゃあ尋ねないといけないよね」
カーパスは転がっている男に尋ねる。カルディと闘い、負傷した奴だ。
その先にはスーツケース。ロックが解除されており、血だまりの中に札束が転がっている。
男たちは汗まみれの顔でこちらを見やる。勿論親の仇みたいな顔をしながら。
「君たちさぁ、近日中にテロを起こすとかいう情報を聞いたんだけど、それって本当かな?」
口調は軽い。
男は一瞬逡巡したそぶりを見せたが――その時ポケットからナイフを取り出し、自らの喉を串刺しにしようとした。
しかしカーパスは許さない。
腕をつかみ、握力だけでナイフを地面に落とす。
「あのさぁ、自殺とかされたら困るわけ。まぁそれは置いておいて、さっさと話してよ。時間の無駄だよ。もし話さないんだったらうちの隊士のこわーい拷問が君を待っているよ」
「――なぜ、だ」
「何が?」
男がギラギラした目をカーパスに向けている。
「なぜ、腐った政府の犬に成り下がるんだ」
男が問う。その時、カーパスの目が一瞬開く。
「利権ばかりで民を蔑ろにし、巻き上げ、搾取し、格差を広げ続ける独裁国家だ、なぜ、貴様のような力ある者がそれを守ろうとする? その、価値が、この国にあるのか?」
カーパスの目から嘲りが消えていく。
「貴様らがやっていることは、この国を助長し、さらに、不幸な人々を生産することに、過ぎない……!」
生き絶え絶えになりつつも悲痛に訴える男に、カーパスはやがて小さなため息をついた。
「だからこそ、俺たちが変えなければならないんだ! 俺たちが、この国を……」
「確かに革命は必要だよ。この国は矛盾と劣化がのさばっている。そして、それを変えようともせず、利権ばかりをむさぼる老害ばかりだ。それは認めるよ」
けど、とカーパスは言葉を連ねる。
「けど、この国は象徴なんだよ。国がなければ、民は烏合の衆と化し、法律などなくなり、それこそ地獄絵図となるだろうさ。みんなが安心して生きることができるように、結局国は必要なんだよ。それに、君たちのテロは、その民衆を巻き添えにする。小さくても幸せな日々をぶち壊す。それが君たちのやっていたことだよ」
男の目が悲しげに見開かれる。倒れている男の前にしゃがみ込み、カーパスは無表情のまま告げる。
「僕は国なんかに忠誠なんざ誓ってない。むしろ恨みすらある。まぁそれはうちの大将が一番なんだけどね。僕が奉仕しているのは、国じゃなくて、うちのお人よしで冷酷な隊長で、守っているのは国民だけだ。それだけははき違えないでほしいものだよ」
カルディはその言葉は、紛れもない本物の響きで。
少し、相棒に似ていた。
しばし硬直するカルディに、カーパスはやっと気づいたようだ。
「カルディオス、救急車に連絡して。尋問後に輸送する必要があるからね」
「は、はい」
連絡している最中、男は観念したように目を瞑っていた。逃げられないと踏んだのだろう。
「……船だ」
「船?」
「大型の船を港に突っ込ませて損害を与える。それが『赤』の目的だ。政府機構の重要な港を破壊することで経済的なダメージを与えるつもりだった」
「突然よくしゃべるようになってくれたね。なんでかな?」
その答えに、男は今度は沈黙する。カーパスは先ほどの調子を取り戻し、さらに追及する。
「どこの港かな?」
「……レベッカ港だ」
レベッカ港。ガルバド王国の主要貿易機関の一角であり、他の国々とのパイプと言っても過言ではない場所である。ここをつぶすということは、深刻な経済麻痺及び高官の責任を招き、国内は混乱が巻き起こるのは想像にたやすい。
「本当に?」
男が首肯するのを見届け、カーパスは薄く笑う。
「時間は?」
「朝の、六時に……」
時計を見る。もう、時間がない。本当に今日、パーティーが行われていなかったらと思うとぞっとする。
「君たちが掲げる正義は正しい。けどね、破壊を伴う正義はナチスやファシズムと同じ、強引で、きわめて独善的だ。……けど、君はちょっと見どころあるよね」
『車のタイヤを破壊したぁ。被疑者も取り押さえておいたぜぇ』
ヴォルフの声が耳元で聞こえる。あの車が逃走してから三分すら立っていない。活躍こそ目視できなかったが、きっと彼らも十中八九、カーパスレベルの猛者であるのだろう。
「了解です」
カルディも返事し、やがてカーパスの後姿を見つめる。
ただ傲慢であるとだけ思っていた印象は、少しずつ変わっていくのを感じた。
これでがっぽり稼ぐことができるだろうな。
金を渡し終えた後、アルバートはワインを並々と注ぎ、口をつける。
『赤』という組織と縁を持ったのは、一年ほど前のことだった。
接触したのはアルバートの方だった。
金を流すついでに、それ以上のリターンを得るためであった。
全ては『赤』の破壊活動の復興のための金の流れを掌握するため。
アルバートは復興に関する政策を担当する人間だった。
政府が腐敗しているのはアルバートも知っている。しかしそれを指摘せず、その利益を獲得することを選択した。
金があればなんだってできる。それにものを言わせ女も、名誉も、何もかもを思うがままにしてきたのだ。
「金や地位など下々のものからはく奪すれば思うが儘に手に入る」
復興資金として税を上げてしまえば……。
ほくそ笑みながらワインを煽ろうと再びグラスを傾けた瞬間、どんと背中を押されてしまう。飛び散るワインが、自分のタキシードを濡らす。
思わずかっとなり振り返り文句を言う。
「テメェ何してくれて――」
しかしそれも最後まで続くことはなかった。
そこにいたのは、美しい女性だった。
サラサラの金髪に、愁いを帯びた美しい眼。純白のドレス。歳は二十前半くらいだろうか。
言葉を失うほどの美女が、すぐ目の前でわなないていた。その素振りすら美しさをまとっている始末。
「ご、ごめんなさい!」
「い、いや、構わねーよ」
アルバートの近くには基本的に装飾品やら化粧やら、男に媚びるそれがほとんどであった。大体金で釣れるのも,大抵そういう女。しかし目の前の女は薄いメイクであり、それに純朴な様相を呈していた。アルバートはこういう女のほうが好きだった。
「そんなことありません。いくらでしたか? 弁償いたします!」
「いいって。別に……」
「そんな……」
目にみえて狼狽える女は、やがてパシリとアルバートの手を取る。柔らかく、温かい女の手に、アルバートの心臓がドキリと跳ねる。
「せめて、何か貴方のお役に立たせてください! それと請求書もお願いします!」
ウルウルした目の魔力は絶大だ。きっとこの目で沢山の男を落としてきたのだろうか。
「いや、しかし……」
「せめてお着替えも手伝わせてください!」
着替え。
アルバートの止まりつつある脳みそが、ようやく回転し始める。
そうだ、この機に乗じてこの女を食ってしまうこともできるんじゃないか。
ちらりと女を見やる。垢抜けない、色を知らなさそうな女。色恋沙汰には疎そうである。
「じゃ、じゃあ一旦儂の部屋まで……」
「ぜひ!」
チョロいなこいつ、とアルバートは思った。
エスカレンザホテル最上階の一室に女を入れる。
ガラス張りの窓ガラスは美しい夜景が望め、その端には大きなベッドがある。VIPルームという奴だ。解放感ある部屋だ。
女はそこでアイリーンと名乗った。
「本当に申し訳ありません」
「まぁまぁ構わんよ」
ずるりと内心舌なめずりしつつ、表面上は紳士ぶる。誰も入ってこれないように鍵もしっかりかけておく。
肉付きの良い身体だ。目立たないが、それでもE、下手したらFレベル。今宵この女をものにできるかと思うと、下半身に熱がこもるのがわかる。世間知らずなのだろう。そうでなければ、ホイホイと初対面の男の部屋なんかに入れない。
「あの、その」
「なんだい?」
「請求書は勿論ですが、何か、それ以外にも埋め合わせをさせてください!」
「埋め合わせ、か」
この女――アイリーンは実は誘っているのではないか。先ほどから喋っていることがそれ関連をにおわせている気がしてならない。心が薄汚れているせいでもあるが。
「なんでも?」
「言葉に違いはありません」
一々アイリーンは距離が近い。胸元が空いているため、その魅惑なそれが意識せずとも目に飛び込んでくる。
「それにしても、高級そうな場所にいらっしゃいますね。ひょっとして、政府の方ですか?」
対して警戒することなく、アルバートに背を向け、部屋を興味深そうに眺めるアイリーン。
「そうだ。こういう部屋は嫌いかな?」
「いえ! すごいと思います! かっこいいですね」
含みがない、優しい言葉。アルバートは卑劣な人間であるがゆえに、そのような誉め言葉は無縁であった。だからこそ普通に心が喜ばないわけがない。
アイリーンがベッド付近に立ち、わぁふわふわだぁと黄色い声を上げる。
「国を仕切っていくってリーダーシップがないとできないと思うんです」
「ほめても何も出ないさ。そういえば君はいつもは何をやっているのかな?」
アルバートには興味があった。服装からしてもそこそこの職業についているか、それに近い人間の娘ではないだろうかという考えがあった。
「私は別に……けど、政治家という職業には憧れてて、なっていたいなとは思っています」
あげ上手のいい女だ。ますます欲しくなる。
ネクタイをこっそりと緩め、数歩彼女に近づく。思わずした舐めずりをしてしまうが、最早隠すことはしない。
アイリーンは勘が良いらしく、髪を揺らし振り返った瞬間に、アルバートは襲い掛かっていた。
「ッヒ……! いや! な、なにを――」
アイリーンが怯えた表情を浮かべ、そのままベッドに組み伏せられる。
「なんでもするって言ったね?」
「あ……いや、待ってください! そういう意味で言ったわけじゃないんです! お願いですお金は払いますから!」
強引に衣類を破り捨てるアルバート。見込んだ通りの豊かな乳房に更に目が血走る。
「大丈夫だ、儂は上手いからな、ただ身を任せていればいい」
「だ、だめです! ひどいことしないで!」
「知らない男の部屋に来てはいけないと、子供の頃に習わなかったかね、世間知らずちゃん」
抵抗する姿すらそそるほどの可憐な女は、涙目になりながら必死に抵抗を試みる。
「世間知らずじゃないです! わ、私は――」
胸元を注視し、どんな顔をしているかはわからないが、相当ひどい顔をしているだろう。美しい可憐な花を手折るようで、アルバートの加虐心がさらにあおられる。
「今度からは知らない人の部屋に勝手に入ってはいけないということを学ぶことだな」
喉を鳴らし、泣きじゃくっているはずのアイリーンを見――硬直する。
満面の笑顔。
「テメェも女だからと言って見知らぬ奴をホイホイと部屋に入れちゃダメっすよ」
「なんだと?」
刹那、股間に衝撃が走った。
「アガ――」
無様に地面に転がり込むアルバート。
アイリーンがアルバートの股間を思い切り膝で抉ったのだ。
「あーあ、この服気に入っていたんすけど。どーしてくれるんすか? アルバート殿」
「き、貴様――」
ベッドから起き上がり、破けた服もそのままに仁王立ちするアイリーン。
「よくいるっすよねー。女とみたら見境ない奴。おねーさんは理解できないっすよ」
ガサツな喋り方に、頭をわしゃわしゃ書く彼女は、先ほどの純朴そうなものとは全く違う。アルバートは痛みのあまりしゃべることができないが、アイリーンは嘲りの視線で見下しながら言葉を紡ぐ。
「気を付けてくださいっすよ。女は化けるもんで、意外とオスは気づかない。怖いもんっすよ同性のおねーさんからしても」
アイリーンがアルバートの頭を踏みつけ、マウントの体勢に入る。思い切り踏み潰された頭に、頭蓋骨がギシギシいう。
「き、貴様――」
「ん?」
「なに……もの、だ……?」
「そんなこと知って何になるんすか? 新手のナンパっすか?」
どうして、こんな理不尽を儂に与えるのか。
なぜ、儂が。
屈辱に震えるアルバートが絶句する横で、アイリーンはにっこりと笑って自己紹介した。
「特別警邏隊No7アイリーン・カイユ。お見知りおきをっす。まぁ、貴方の命も、ひょっとしたら秒読みかもしれないっすけどねぇ」
どういう意味だと聞く前に、銃声が響き渡った。
数発の銃撃音ととともに、乱暴に扉が蹴り飛ばされる。騒々しい音とともに二人のスーツを身にまとった男女が入ってきた。
「ギャハハ! おいおいおいおいおい何ヘマってんだよアイリーン!」
男はポケットに手を突っ込んでズタズタのドレスを身に着けたアイリーンにヤジを飛ばし。
「……」
女は硝煙を吹き出す拳銃を構えたまま、ざっと部屋の状況を見渡し、不快気に顔を歪めた。