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特別警邏隊活動ノート  作者: 南山由真。
3/10

1-2

 二十階。鉄の扉を開くと、先ほどのソファにはすでに警邏隊の面々がそろい、ソファを隔てた向こう側の立派な席には、セレが既に着席していた。

 「遅くなりました!」

 「いや。まだ時間まで五分ある。時間前に来るとは良い心がけだ」

 よく通る、低すぎず高すぎない穏やかな声質。

 アイリーンとヴォルフがすぐにセレの左右に控え、カルディは再び先ほど座っていた場所に腰を下ろす。

 横にいたのは、カーパスだった。

 彼はチラリとカルディを一瞥するなり、鼻を鳴らしすぐにそっぽを向く。よほど根に持っているらしい。カルディの気は重くなるばかり。ダイムは彼をいい奴と表現していたが、果たしてカルディに対して、彼は『いい奴』でいてくれるのだろうか。

 正面のエモンは目を瞑り、その背後には直立したリュカが控えていて、目が合うとにこりと笑いかけてくる。童顔の顔は、まるでこの場に相応しくない平和的なもので、少し肩の力が抜ける。

 「どうや? ヴォルフとアイリーンとお話しできた?」

 レイが気にかけてくれる。

 「はい。充実した時間でした」

 「も~~~~ホンマええ子やな。カーパス、しっかり面倒見てやるんやで。こういう純粋な子ほど意外と化けたりするもんやからな」

 「それくらいわかってるさ。任された仕事はきっちりやるつもりなのは事実なんだ。突然僕の行動を疑うなんてちょっとどうかしているんじゃないか? 一々弁解するのも面倒くさいから言わないけど」

 眉間に皺を作るカーパスを意に介すことなく、ほんならええんや、とレイはニカッと笑った。

 「さぁ、一時だ。説明を始めるぞ」

 セレが手拍子を打ち、机の上にある書類をアイリーンが配る。隊士達が一斉にそれに目を通す。

 「はい、カルディオス」

 カーパスに渡された紙には、今日の会議の重要な点がまとめられている。

 「知っての通りだが、五日前、僕たちはとある反政府勢力であるチームの一つ『ノアの箱舟』を一斉捕縛した」

 そのニュースはインターネットにも掲載されていたのを、カルディは見た。最も、その捕縛の一端を担ったのが、当時廃人寸前だったカルディと、一人うろちょろしていたセレであったが。

 「その中の一人に尋問をしたところ、ノアの箱舟と繋がっているもう一つの別組織『赤』が、近日中に大規模テロを起こすということを吐いた。そうだな、アイリーン」

 「そうっすよー」

 短く相槌を返すアイリーン。……彼女が尋問するなんてなんというか信じがたい。先ほどののほほんとした感じからして、少しだけ役不足なんじゃないかと思ってしまう。

 「この組織は過去に共同戦線を張ったりしていたこともあり、信ぴょう性があると踏んだ。仮に杞憂だとしても警戒しないわけにはいかない」

 「では、いったい何を行うんですか?」

 カルディの問いに、セレは答える。

 「不明だ」

 「不明?」

 「そう。『赤』は単独で行うと公言していたからな。残念ながら近日中に行うという情報以外は知らなかったそうだ。しかし、大きな規模であるということは事実らしい」

 『赤』という組織は、現在ガルバド王国の中で大きな反政府組織の一角として名高い。裏世界では相当有名で、カルディも警官時代にマークしていたこともあった。

 しかし、その彼らが動き出す。

 「赤の構成員は百人余りだった。しかしかなり前に分裂し五十人ほどになったらしいが油断はできない。軍人崩れも数人いるからな。それが一般市民に危害を加えると仮定するならば、被害は甚大になりうる」

 「おいおいおいじゃぁ警戒しようにもどーしようもねーじゃねーか」

 ダイムの野次に、そうだなとセレは首肯する。イヴはじっと穴が開くほどに彼女を見つめ、アイリーンは棒付きの飴をなめ続ける。

 「しかし、だ。実は『赤』は金銭的な問題を抱えている。どこのテロ組織もそうだが、商売を大っぴらに行えないというのがでかい。分裂の原因もそこに起因していた」

 「けど、その組織が分解したのは一年前以上ですよね? その間の活動資金はどうなっていたんでしょうか」

 リュカが小首を傾げるしぐさをすると、エモンは単純なことだ、と断言した。

 「支援金だ。政府に関してよく思っていない連中など、この国にはゴロゴロいる」

 この国は腐っている。利潤のために税を集め、一党独裁で大権をふるい、国民を顧みず、思い付きの政策でプロパガンダを行う。

 エモンは心底どうでもよさそうに嘲笑する。

 「エモンの推察は半分正しい。支援する人間はいる。しかし義憤ではなさそうだ」

 「そう言い切るということは、アンタは誰が支援しとるんか目星はついとるっちゅ―ことか?」

 レイの質問にセレは破顔し、一枚の写真をカルディたちの前に表した。

 スキンヘッドの男は、メディアでも見たことある、醜く肥え太った中年の男。

 「アルバート・ウィルキンス。現政府の開発担当の指揮をしている官僚だ」

 利益の大部分を自分の懐に収めているとか、気に入った女を強引に手籠めにしているなど、いい噂を聞かない官僚。

 「理解に苦しむね。大体この男は既に利益をむさぼっているわけじゃないか。どうしてそのようなリスクを冒して支援するのかが疑問に値すると思うんだけど。そこのところはどう思うのかな? セレ」

 ワザとらしく両手を上げるカーパス。

 「彼が百パーセントやったと決まった訳ではないがな。しかし時折正体不明の会合に出席したり、『赤』の幹部の男といる姿が目撃されているそうだ」

 カルディは考える。大量の金を用意できるのは資本家か政官くらいしかいない。その見立てはおそらくあっているだろう。

 「情報源は?」

 「キース」

 「あぁ、あいつかぁ」

 ヴォルフがにやりと笑う。キース、と言うのは誰かはわからないが、きっと信用が厚い人物なのだろう。

 「ではそれを尾行するということですか?」

 「そうだ」

 「しかし、アルバートは側近が数人ついているはずです。それに、近日中に行うという情報が確かなら、そんな悠長にしている時間はないのではないでしょうか」

 問題が山積みだ。しかし、セレはどこまでも余裕の表情を崩すことなく、心配はないよ、と冷笑を浮かべた。

 「今宵、政府官僚が集まるパーティーがある。建前は官僚の交流によって政策をより洗練しようという内容だが、実情はただの会食だよ」

 「もうちょっと僕らの税金をうまく使ってほしいよね。権力に酔う大人というのは醜悪すぎてみていられないよ。あぁいやだいやだ」

 「で、そこにはアルバートも出席するのかぁ」

 ヴォルフの確認に、セレは首肯する。

 「そうだ。うまい飯が食える訳だし、何しろ暇だからな。仕事も部下に任せっぱなしらしいから、十中八九出席する。決行はその時さ。『赤』が現れ、取引を終えた後にアルバートを尋問、『赤』の人間は僕たちが追ってそのあとに壊滅させる」

 「けど、支援の動機は何でしょうか」

 「それは捕まえてからじっくり吐かせればいい、カルディ」

 「ちょうど都合よく奴らが来るっすかねー」

 「来るさ。先ほども言った通り『赤』は資金があまりない。ここ数か月、奴らは目立った動向を見せなかったのがその証左だ。テロも、犯罪も、金ありきだ。なのに突然『ノアの箱舟』に大規模テロを行うと断言した。きっと何かしら動きがあった。金を獲得する目途も付いたということだ。パーティーが行われるこの時期に、な」

 「で、そのパーティーに乗じて金を獲得するっつーわけか。は、まーそうだよな、官僚とはいえ多くの人間が訪れるわけだし、一人会場抜け出してもバレねーだろうし、案外うまくいくのかもな。セキュリティもあめーからな、あそこ」

 金の取引をするにはうってつけだ。ダイムが高笑いし、こくりとイヴが頷く。

 「尋問後、警察に身柄を引き渡すということで?」

 「いや。吐き次第殺せ」

 何しろ、この国には不要な存在だ。

 セレの言葉は冷え切っていて、美しい顔立ちの口元には、邪悪な笑みが浮かんでいる。

 「最後に全員に通達だ。我々の任務はまずアルバートと『赤』の取引を見届ける。その後はアルバートを尋問および拘束。殺してもいい。一方別動隊が現れた『赤』の人間に計画を吐かせる。その後はパーティー会場付近のヘリポートを予約してあるからそこに集合。移動しアジトごと壊滅させる」

 「仮に不測の事態があった場合はどうしますか?」

 「臨機応変。命は大事に。ヴォルフは実行部隊として活動してもらうから確認。独断は駄目。カルディはカーパスに確認を取るのを忘れるな。何かあれば連絡しろ。アルバートがシロだった場合もだ。それだけ守って後は君たちの裁量に任せよう」

 時刻は一時半を回ったところ。

 セレが一人一人の隊士を見渡し、笑みを深める。

 「さぁ、ゲーム開始だ」

 

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