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特別警邏隊活動ノート  作者: 南山由真。
2/10

1-1

 特別警邏隊はガルバド王国に五つの屯所を構えている。東西南北に一つずつ、そして、中央政府付近に一か所。

 カルディオス・アウオーラがいる場所は中央屯所。二十階建てという豪勢なものだ。一階から十九階はトレーニングや隊士の居住区としての区画であると聞いており、階段がついている物の、基本的にエレベータで上がる。

 最上階の二十階。腕時計に記された時刻は九時半。指定された時間帯である。

 長い廊下の奥には、鉄の扉があった。窓の外には市井が一望でき、快晴の青空が広がっている。

 ドアノブに手をかけようとし、わずかに躊躇する。

 果たして、自分がここに入る資格があるかどうか、迷ったのだ。

 しかし、もうここまで来て引き返すという選択肢なんてあるはずないし、もしそんな愚行に出たらまたあの女将官に潜伏先の安アパートの窓を叩き割られてしまうだろう。

 恐れるな、俺。

 そう自分に言い聞かせ、目を瞑り、深呼吸し――冷たい金属のドアノブを引いた。

 まず見えたのは、中央にある応接室のようなテーブルとソファ、その向こうには客人を一瞥できるように、扉の方角を向いた高価そうな机。応接室の左右にはガラス戸を隔て、コンピュータが配備されている仕事場。警邏隊はここで仕事をすると事前に女から聞いていたが、実にその面積の広さに驚く。

 応接室には、九人の人間がいた。

 向かって左に座っている糸目の男。

 ガラス戸に背を預けて立つ、不機嫌そうな男。

 向かって右に座る、眼鏡をかけた男。

 その後ろに控えている、童顔の少年。

 糸目の男の横に座る大柄の男。

 ぺろぺろキャンディをなめている白衣の女。

 机に書類を置く、無表情の女。

 下品にテーブルに足をかける金髪の男。

 ソファの奥の高価そうな机。王の如く肘をついた、冷えた瞳の、傲慢そうな笑顔の女。

 部屋に対った瞬間にもわかる。

 彼らのオーラは、過去、カルディが警官であった時に感じたことがあるそれと同じ。

 強者の、オーラ。

 「待っていたよ、カルディオス・アウオーラ」

 凛とした声とともに、女が立ちあがり、カルディのもとに進み出た。黒いコートはやはり身につけられている。

 「僕は特別警邏隊No1にして隊長、セレ・アナキスタ。君を歓迎しよう」

 二ッと口角を上げた美しい女将官。男を魅了するその麗しき風貌。

 差し出された華奢な手を、カルディは強く握りしめた。


 「噂に聞いとるで。アンタ、元刑事やったってホンマか?」

 好奇心を隠さず聞いてきたのは糸目の男だ。ほとんどがスーツを着ている中で、青色のワイシャツの彼はよく目立つ。人当たりが良い、気さくそうな若者。

 「はい。一年前までは」

 「じゃあウチでは即戦力扱いっちゅーわけか。嬉しいわー!」

 「そうっすね! 新入りなんてすっごく久しぶりっすし!」

 白衣の女も男に負けじとキラキラした目でカルディを見やった。カリッと口の中にある飴玉が彼女の鋭い犬歯で砕かれる。

 「おねーさんはアイリーン・カイユ! よろしくっす!」

 「よろしくお願いします」

 まるで小動物のようだという印象。白衣をバタバタさせる彼女を、大柄の男が軽く落ち着け、といさめる。

 「新人なんざぁ、確か一年ぶりじゃねぇかぁ?」

 年齢は五十過ぎだろうか、白髪交じりの男に、アイリーンが確かにーと頷く。

 「一気に自己紹介されても覚えきれんと思うが、俺はヴォルフ・ヴェルヴェーニ。ロシア出身だぁ」

 「ワイはレイ・ネルソン。仲良くしてくれな。出身はイングランド」

 立て続けに挨拶される。特別警邏隊はエリート揃いという印象であるため、とっつきにくい人が多いのではないかと予想していたのだが、意外とうまくやっていけるかもしれないと少しだけ安堵する。

 「さて、三人が紹介したわけだけど、他のみんなも自己紹介くらいはしてね。ほらダイム、足下ろして」

 「へいへーい」

 ダイムと呼ばれた金髪の男がカルディに向き直る。

 「俺はダイム・オストワルト。元刑事がどこまで役に立つかわかんねーけど、ま、足引っ張んじゃねーぞ」

 頭が悪そうなしゃべり方に、あからさまに見下してくるその目。……一筋縄じゃ行かないか、と再度気を引き締める。というより、その反応は十分予想できたものだ。突如現れた新参者に警戒心を抱かないわけがないだろうし。

 「で、このセレがいた机付近にいるポニテ黒髪の子が、イヴ・リャオリョン。俺のツレだ」

 視線を移すと、書類を置き終わったらしい無表情の若い女性と目が合う。死んだ魚の目という言葉がよく似合う、端正な顔立ちに宿る冷たい目が、カルディを見つめていた。イヴはただ会釈にとどめ、にこりともせず、また会話を広げるよう様子も見せない。

 「これからご指導のほど、よろしくお願いします」

 「堅苦しいねー、ホント。これだから元公務員は嫌いなんだよ」

 反論しそうになるもぐっとこらえる。出勤初日から口論するわけにはいかない。少なくともこの男はカルディのことを歓迎していないのはよくわかった。

 「その辺にしておけ、ダイム」

 眼鏡のブリッジを押し上げた男が、鋭い眼光でカルディを一瞥する。気難しい顔に、前髪がかかっている。後ろに控えているかわいらしい顔立ちの少年もそうですよ、と同調した。

 「新人を怯えさせるな」

 「エモンさんも顔怖いですよーもう少しにっこりしましょうー」

 柔和な金髪の少年がエモンの両肩に手を当ててもみだした。胡乱気に後ろの少年を見上げるエモン。どう考えても少年は未成年だ。特別警邏隊は、能力がある人間は年齢にかかわらず登用すると聞く。だとしたら、エモンにべたべたしてる少年も、やはり実力者なのだろう。

 「すみません。カルディ、でしたっけ? この人機嫌悪そうな顔してますけどこれが平常ですから!」

 「いえ、お構いなくです」

 気さくな少年に声をかけられたすぐ後に、エモンが鋭い眼光をカルディに向ける。射すくめられてしまいそうなほどの切れ味にカルディは生唾を飲み込む。

 「キサラギ・エモン。狙撃担当。後ろにいるのはリュカ・アモーティア。俺の部下だ」

 「あー! 僕の自己紹介を取られた!」

 クルクルと感情を回す少年――リュカが涙ぐむ。

 「リュカです。イタリア出身ですがカーツ・マルトゥは食べられません! 基本的に士官学校に通いながら活動しています。学生の身であるため、昼に会うことは少ないかもですが、どうぞよろしく!」

 アイリーンと並んで元気溌剌といった姿。なんというか、隊士のタイプが極端だと思う。

 アイリーン、ヴォルフ、レイ、エモン、リュカ、ダイム、イヴ、そしてセレ。

 最後は、とカルディはガラス張りの壁によりかかる赤髪の男を見つめた。不健康そうな隈に、眠たげな瞳。むすっとした表情に、黒のスーツを着用している面々と異なり、真っ白なコートを身に着けていた。

 彼はカルディに気づくと、あぁ、挨拶を忘れていたね、と肩を竦めた。笑顔こそ向けてきているものの、どこか歪で、目は笑っていない。

 「僕はカーパス・ガブリエル。先に言っておくけど、僕は基本的に温厚だけど面倒くさいことはしたくない主義なんだよ。寝たいし転がりたいしつまらないし面白くないしさっさと帰りたいと常時思っているんだ。だから君は可及的速やかに任務を処理し僕を煩わせないように精一杯――」

 「くどーい!」

 ダイムの突っ込みにカーパスが目くじらを立てる。

 「僕は新人にうちの心得を説いているだけなんだけど。何か悪いこと言った?」

 「だーかーらーなげーっつってんだよ。略せよ」

 「あんたら落ち着きなよホンマ。ダイムもかみつくな。あとカーパスも長すぎなの直さんとあかんよ」

 レイが笑って咎めると、渋々といった態度で二人が押し黙る。エモンは我関せずで目を瞑り、リュカはまあまあ皆落ち着きましょうよーと彼の肩をもむ。イヴはちらりとダイムを一瞥し、やがて興味なさげにそっぽを向いた。

 「これで全員の自己紹介は終えたわけだが、、まあ今は全員を把握する必要はない」

 セレが強引に締める。

 「やがて覚えていくからな。あ、ちなみに僕のことは知ってると思うだろうが、一応名乗ろう。セレ・アナキスタだ。好きなものはお酒だよ。カルディは飲める口?」

 「一応たしなむ程度は」

 以前は前後不覚になるまで飲んでいた時期はあったけれど、どうやらすぐに吐いてしまうタイプであるため、今ではほとんど飲んでいない。

 「一緒に飲める日を楽しみにしているよ……さて、そろそろ仕事の話をしよう」

 とにかく座れと促され、カルディはソファの一角に座る。隣にはレイがいる。隊士の中でも割と温厚なタイプと判断しての場所取りだ。

 セレが先ほど座っていた場所に戻り、さて、と会話を展開する。

 「うちの役割はわかっているな? カルディ」

 「理念は承知しています。この国の治安維持、ですよね」

 「ついでにテロリストの掃討もや」

 レイが補足する。

 そう。ここは普通の警察ではない。

 国家と半独立し、それにより隊長の判断で柔軟に行動できる特例的な機動部隊でもある。

 半独立の意味は、資金源が根拠となっている。警邏隊の運用資金の六割が外部の商社やパトロンであるというのは周知の事実。よくもまあこのような財政的不安定なこの機動部隊が政府に所属しているものだが、どうやら色々と特例措置があると聞き及んでいる。勿論四割は政府資金。

 「まぁもともと国の統制が悪いというものがあるんだけどなぁ。だからか治安も最悪、過激派の温床となる地区も撲滅できてはいねぇわけだぁ」

 ヴォルフが苦笑する。

 「おかげでこんなガバガバな組織が未だ運営できてる訳なんだけどねー」

 ダイムが喚き、イヴが効いているか聞いていないかわからない物のこくりと頷く。

 「確かにその通りだが、僕たちがやるのは国に物を申すことではない。僕たちの管轄はテロリストの掃討、計画の阻止、犯罪シンジゲートの摘発などだ。警察機構はあくまで警察機構。依頼されて捜査や共同戦線を張ることもあるがな。しかし僕たちは機動部隊。それをゆめゆめ忘れるな」

 最も重要度の高い事件に関しては大抵関わることになるのだがな、とセレは説明を連ねる。

 「俺は、どのような役割を期待されているのでしょうか」

 「それは君が考えるべきことだ。……が、一つ言わせてもらえば、基本構造は僕が指揮官となり指示を出す。しかし実働部隊の隊長はヴォルフに一任している。現場担当だ。僕が誤っていると判断したらヴォルフに従え。彼は老獪で、優秀な兵士だ」

 ヴォルフは白髪を撫でまわし、えらく持ち上げられたもんだなぁと朗らかに言う。

 「君の自室は十八階の一角にあるから後で案内させよう。勿論プライベート用。それと、うちはしっかりと仕事をしてくれればあとは何をしようと自由だ。階下はトレーニングルームなどもあるぞ」

 来訪前から思っていたが、やはり警邏隊の施設はひどく広い。

 「そんなに多くの施設が……」

 「詳しくは後で自分の目で見てみたほうがいい。そうだな。他に何か僕が言い残したことあるか?」

 「それぐらい自分でメモとかして用意しておくべきなんじゃないの? 面倒を押し付けてくるなんて隊長失格だと思うんだけど」

 辛辣な言葉を投げたのはカーパスだ。黒いスーツの隊士が多い中、真っ白なコートを身に着けている彼はよく目立つ。それを言うなら飴をぺろぺろとなめているアイリーンの白衣もだが。

 「教育係とかどーするんすか? 前職警官と聞いたっすけど、やっぱり必要じゃないっすか?」

 アイリーンだ。

 「教育係?」

 直属の上司のようなものか、とカルディが想起したとたん、そうだった! とセレが手を叩く。

 「教育係が一人いるんだ。入隊候補生の間は君をサポートする隊士を一人当てる。基本的に君はそいつとツーマンセルで任務にあたる。後は君の観察とかもね」

 「観察、ですか」

 「別に変なものじゃないですよ」

 エモンの肩をもみながら、リュカがフォローする。

 「ほら、僕たちの隊って割とセンシティブな扱いじゃないですか。相手方に警邏隊の動向が筒抜けるなんてあってはいけない訳ですから」

 「早い話、裏切っていないかどうか。テロリストの間者ではないかどうかの確認だ」

 言い淀むリュカに次いでエモンが眼鏡を押し上げた。

 「勿論貴様が裏切っているとは思ってないが、万が一を取らなければならない職業だからな。それとお前の進路に関してだ」

 「どういうことですか?」

 エモンの指し示す意図が分からず問うと、再びセレが教授する。

 「つまり、僕たちのやり方についていけるかどうか、君自身が判断するんだ」

 入隊するかどうか。

 「歓迎しておいたところですまないが、今の君は候補生だ。君が途中で入隊するという意思を任務の後に示せば、正式な入隊となる。しかしその間に死なれたら困る」

 「だから、その間の護衛、というわけですか」

 「That's great!」

 流暢にセレが指を鳴らす。

 「ついでに、もし辞めたいと思ったときにいつでも言うことができる立場になるだろう。上司の僕じゃ言いにくいというのもあるからな」

 辞める。

 ……きっと、それはできないだろう。

 例え、仮にそれがカルディの本意と異なっていようとも。

 「うちのメンバーはそれぞれ一騎当千のメンバー達だ。安心してその命を託すといい」

 「まー任せなさいってことや」

 レイがこちらを見る。……糸目であり、その瞳は見えない。

 「別に誰が教育係であってもいいけどさ、それでその人が足手まといになっちゃ意味がないと思うんだよね。僕はスムーズに終わらせて帰宅したいんだ。しっかりとやってくれる人を所望するよ」

 先ほどのダイムもそうだが、相変わらずベラベラ喋るカーパスもカルディを歓迎していないようで、それはそれで少し憤りを覚える。新参者かもしれないが、けれどしっかりと刑事として任務を遂行してきた誇りがないわけではないのだ。

 ヴォルフを押しのけソファに座り、余裕綽綽と言った態度で足を組んでいるカーパス。

 「まぁでもそうだね。レイチェルかアイリーンでいいんじゃないの? 二人ともカルディオスを歓迎してるならそれでいいと思うよ。ヴォルフはやめてほしいな。僕ら実働部隊の隊長なんだからさ。願わくはその機動不足が原因で煩雑な状況に陥らなければなんだって構わないよ。僕は勘弁だけど」

 「じゃあカーパス。やってくれるよね」

 「はぁぁぁああぁああ? ねぇ今僕の話聞いてた? いま僕は勘弁だって言ったよね!」

 先ほどの余裕から一転机をたたいて立ち上がり主張するカーパス。吹き出すレイとダイムに構うことなく、隊長であるはずのセレに食って掛かる。とうのセレはニコニコしっぱなしだ。

 「異論があると?」

 「あるに決まっているだろうが! ふざけるのも大概にしろよ! なんでこの僕がそんな面倒なことをしなきゃいけないんだおかしいだろうが!」

 「まぁまぁ順当やないか。ワイはアイリーン、リュカはエモン、イヴはダイムが教育係やった。余っとる初期メンバーはヴォルフかセレ、そしてあんたやで」

 つまり、レイ、リュカ、イヴの三人は、カルディと同じ途中で入隊したメンバーらしい。確かにセレは司令塔、そしてヴォルフは実働部隊を指揮する立場らしいので、順当と言えば順当だ。

 カーパスは再び何か論理を吐き出そうとしたらしいが、やがてため息をつき着席した。

 「どうして僕を?」

 セレに尋ねる彼は苦虫をかむ潰したという表現が最も似合う。

 「君はとても優秀だし、それに教育や保護は君の本職みたいなものだろう」

 「……はぁ、わかったよ。順当なら仕方がない。不平等というのはある集団からすれば亀裂の原因になるだろうからね、面倒を引き受けてあげる僕に感謝するべきだ、うん」

 「頑張れよー」

 「頑張れっすー」

 「ダイム、アイリーンちょっと黙ってくれない?」

 二人の冷やかしに突っ込むカーパスは、やがてじろりとカルディを睨む。不機嫌丸出しの顔。

 「僕の手を煩わすな、カルディオス」

 「努力します」

 そう返事しつつも、わずかに胸に落ちた失望は否めない。友好的なレイ、アイリーンあたりがよかったなと思わずにはいられない。はっきり言うと、この短時間で、カルディはカーパスに対して苦手意識を抱いていた。

 「さて、教育係も決まったことだし!」

 やや険悪な空気になりつつある状況下、平時と変わらないセレの掛け声で、カーパスの表情は元に戻った。

 「早速案内を頼みたい――が、カーパスとは話すことがある。ヴォルフ、アイリーン、二人が施設の案内をしてほしい」

 「了解だぁ」

 「わかったっす!」

 二人の了承を得、セレはさて、と会議を区切る。

 「一時から我々が預かっている任務を僕が伝える。解散!」

 それを機に隊士達は席を立ち、長いようで短い集会は終わりを告げた。


 カルディが立ち上がると、アイリーンがせかせかと近づいてきた。

 「カルディ! おねーさんと一緒に施設を見に行こうっす!」

 「あ、はい」

 キラキラした目は、まるで幼女のそれで、どこか無邪気な印象を受ける。少なくともこんな物騒なことを任務とする特別警邏隊の中で浮いている気がする。というか、お姉さんなんだ。

 「さぁてと、まずはカルディの部屋に案内しねぇとな」

 「ここは寮に住むという形式なんですか?」

 「そうだなぁ。夜に突然セレが動き出すと宣言することもあるからなぁ」

 犯罪者はカルディたちを待ってはくれないのだ、当然家からここまでくるという時間のロスは避けたいのであろう。

 それにしてもヴォルフはやはり大きかった。

 身長は百九十は固い。スーツはおそらくオーダーメイドだろう。しかしそれですらも筋肉は隠せておらず、ガタイがひどく良い。小柄なアイリーンと並ぶとその差が露骨に出る。

 「けど住みやすいから安心してくださいっす! 部屋も広いですし!」

 白衣から延びる細い腕が、元気よく鉄製の扉を開ける。先ほど緊張を胸に歩いた回廊と、向こう側にはエレベータが望める。

 十八階に到着すると、まるでホテルの廊下のようであった。

 八つ目の扉には『No8』というプレートがあり、鍵が刺さっている。

 「これがお前のものだ。失くすなよぉ。手続きが面倒だからなぁ」

 「失くしまくってるのはセレっすよ。ことあるごとに失くしちゃうんすから」

 「あの隊長が?」

 完全無欠の女官。カルディが受けた印象はそんな感じだ。自信満々で、冷然とした女将官。とても想像できない。

 「あー見かけだけっすよ。おっそろしく頭は切れるっすけど、生活態度がねー」

 「だなぁ」

 アイリーンが肩を竦め、ヴォルフは眉間にごつい指をあてる。

 「どんな感じなんですか?」

 「まず片付けができねぇ。言われなきゃ飯も風呂も抜く。服を着ねぇ。任務がない日はゴロゴロゴロゴロ」

 「後酒癖がちょっとえぐいっす。ウザ絡みするっすし、もう勘弁してほしいレベルっすよ。おねーさんもドン引きっす」

 そう言えば自己紹介でも酒が好きだと公言していた。いずれにせよ、アイリーンはともかく、常識人ぽいヴォルフも頭を抱えているのだ、相当なのだろう。セレの顔を思い出す。……うん、あまり一致しない。

 「カルディも気をつけな。あと、深夜にアイツが訪ねてきても扉を開けねーほうがいい。ボディーブローされる」

 「き、気を付けます……」

 そうこうしているうちにヴォルフが鍵を回し、中に入り――絶句した。

 「え……こんな良い待遇でいいんですか?」

 玄関の先には広い部屋が広がっている。天井には華美なシャンデリア、ふかふかのベットに、大きな台所も付いている。芳香の良い香りもする。VIP用と見違うほどの豪華絢爛。

 日当たりもよい。外がガラス張りになっているからだ。しかしベッドの横についているボタンを押せば、たちまち壁が現れ、ガラス戸を覆えるというシステムも付いている始末。

 「みんなこんな感じの部屋だ。隊士こそ充実した環境を、とこんな豪華にしちまってよぉ」

 むしろ落ち着かないほどだ、とヴォルフは驚きの連続に打ちひしがれるカルディを見て笑った。

 「まぁ基本的に広すぎるから、大抵誰かの部屋でたむろしたりするんすけど」

 むしろ十人で共同生活できるだろう、この広さなら。どれだけの金を使っているのだろうか、考えるだけでも眩暈がしそうだ。

 トレーニングルームも同様だった。

 ランニングコース、射撃訓練場、戦闘のリングや犯罪捜査に関連した書籍が集まるちょっとした図書館。

 それぞれ一層のエリアを与えられたそれは、特別警邏隊の隊士専用である。

 「話には聞いていましたがまさかこれほどとは……」

 リングに据え付けられたAIロボットのつるつるした頭をなでる。どうやら設定次第で格闘術の相手となるらしい。

 「俺達は特別警邏隊で、テロリストの撃破が任務だ。裏を返せば俺らがやられたら他に守る連中がいなくなっちまう。だから各々鍛える場所が必要なのさぁ」

 「すごい……刑事時代では考えられない」

 二階は調理室だった。

 曰く「生活困窮者のためのキッチンっす。ここまでは誰でも入れますし、慈善団体との契約でいつも使用されているっす」ということだ。事実給仕の人々がカレーをぐつぐつと煮ているのが見て取れる。

 「おばちゃん! 今日のカレー私たちも食っていいっすか?」

 アイリーンが話しかけると、おばさんは柔和な笑みを浮かべる。

 「アイリーンちゃん、相変わらず元気そうね、勿論いいわよ」

 「やっほー! ねぇカルディ、ヴォルフ、今日ここで食べよ!」

 「昼には少し早いが俺はいいぜぇ。カルディはどうする?」

 「勿論いただきます」

 濃厚なカレーの香りに、断らない手はない。

 一階はレストランの様相を呈しており、食券を購入する――認定された生活困窮者以外は有料だった。――。やや甘めの味付けであったがとてつもなくおいしい。夢中でがっついてしまう。アイリーンも即座にお代わりをし、ヴォルフは食いすぎると後で動けなくなるぞぉと注意を飛ばしていた。

 「何もかもが想像以上で驚きです」

 ご飯もおいしく、部屋も豪華。満足な生活を送る基盤。想像以上の待遇。

 「ならよかった。セレはなんつーか、頭はパーだけど、隊士に対してはひどく心を砕くやつだからなぁ。たまに行き過ぎてウザいけどなぁ」

 「隊長ってどんな人ですか?」

 思い出されるのは『あの日』。すべてを失い、何もかもを喪失したカルディに手を差し伸べた、冷酷で化け物のような女神。かと思えば先ほど聞いた、セレの日常生活の怠惰ぶり。キャラがつかめない。

 「あーそうだなぁ」

 明朗な口調から一転、思考するヴォルフ。白髪交じりの髪をわしゃわしゃしながら、黙考する彼は、やがて結論を出す。

 「孤独な奴だ」

 「孤独?」

 「あぁ。飄々としてる。しかも、えげつなく優秀だからタチがわりぃ。まぁ一緒に行動してみりゃわかるさ」

 要領得ない回答。

 「それって、どういう――」

 「おーテメェらもカレーか!」

 トレーをもって相席したのは、二人の隊士。

 「あ! ダイムとイヴ!」

 金髪をはためかせるダイムと、感情がない虚ろな目をしたイヴ。

 「お前らもかぁ」

 「とーぜんだろ! ここのカレーマジパネェからな! なぁイヴ!」

 パクリとカレーを食べるイヴに呼びかけるダイム。彼女はこくんと首肯するだけで、再びカレーに目を落とす。

 「そういや、テメェはあれだよな! 警察出身の、えーっと誰だっけ?」

 「カルディオス・アウオーラです」

 「あぁそうそうカルディちゃん! ったく、覚えにくい名前しやがってよぉ!」

 知るか馬鹿、と口からまろびでそうになり、寸前で堪える。

 「いや、誤解すんなよ! 別に喧嘩売りに来たわけじゃねーからな!」

 どの口が言う。

 「ご用向きは?」

 「お前の話は聞いたことがあるぜ。刑事の中ででえげつねー検挙率を誇った奴が二人いたって」

 ドクン、と心臓が波打つのがわかる。

 二人。

 「その片割れだろ? テメェ」

 「そうなんすか?」

 アイリーンが六杯目をお代わりしたところでこっちを見る。キラキラな目。

 「……そうだった」

 「マジで! めっちゃかっこいいじゃないっすか!」

 「そんなことない。……ただ、少しだけ息があっただけの二人だっただけです」

 「謙遜しないでくれっすよ! ちなみにおねーさんは元々特殊工作員だったんす!」

 「いやそっちのほうがすごくない!」

 思わず突っ込みを入れる。刑事以上ではないか。任務の難易度も、責任も。

 「まぁ首になったんすけどねー!」

 「何をしたんですか?」

 「好き勝手やりすぎたっす」

 「カルディ。言っておくけど警邏隊の中で一番やばいのはセレだが、二番目はアイリーンだから気をつけろよマジで!」

 「大げさっす! そんなことないっすよ」

 両手を振って否定するアイリーンを、ヴォルフがジト目で見つめる。

 「ま、うちにいる隊士は大抵あれだからな。優秀すぎてその場にいられなくなったか、何か重いもん抱えている奴が大半だしな。カーパスもそうだぜ。あいつああ見えても優しい奴だから、案外おめーらも仲良くやれると思うんだがなぁ」

 「優秀なのに、ですか?」

 「優秀だからと言って受け入れられるとは限らねーぜカルディちゃん。出る杭は打たれるって、聞いたことくらいあんだろ」

 ダイムはさっさとカレーを食べ終わり、両手を合わせる。早い。席に着いてから五分も経っていない。

 「ダイムさんもそうだったんですか?」

 「ダイムでいいって。ぶっちゃけ隊の連中は呼び捨てだ。なぁイヴ」

 再び首肯するイヴ。……この人、本当に喋らない。

 「別に俺はちげーよ。なんつーか無理やりセレに入隊させられたっつーか、ンな感じだな」

 傲慢な語り口に違わず、セレの誘い方は強引そのものだ。それはカルディも身をもって経験している。

 「けどなぁカルディちゃん、他の隊士に対して過去の話はマジで野暮だぜ? 別に俺は隠すこと何ざねーからいいけど、特にエモンとカーパス、で俺の隣に座っているイヴに聞いたらマジでぶっ殺されるから気をつけろよマジ」

 「そう、ですよね」

 カルディ自身もあまり明かしたくない過去があるため、すんなりと同意する。

 「けれど、うちの隊ってひどく平均年齢低いですよね」

 「そうだなぁ。俺が四十九で、次がエモンとアイリーンがそれぞれ三十二と二十九、他は二十代だな。そういやカルディは?」

 「二十七歳です。えっと、エモンのそばにいた少年、かなり低い年齢だったと見受けられましたが」

 「リュカだろ? 十七歳だったはずだぁ。最年少。次がイヴで、十八だったか?」

 「十九だぜヴォルフ。つーか二十七ってオレとカーパス、レイとタメじゃねーか!」

 普通の軍や刑事時代ではあり得ない、若年すぎる平均年齢。

 「あれ、けどイヴを登用したのはダイムだったっすよね?」

 「そーだぜ。多分イヴ以外は全員セレにパクられたはずだ。ヴォルフは特別警邏隊設立にはいたよな。で、俺、エモン、カーパス、アイリーンも初期メンバー。まぁ言っても前隊長とセレから接触してきたけど」

 結局入隊の承認はセレが行ったがな、とダイムは付け足した。

 「まぁけど頑張れよ。カーパスはかなりベラベラ喋るタイプだけど、案外いい奴だからな。じゃ、お先に」

 そう言い残し、既にカレーを完食したイヴを引き連れ、嵐の如く去っていく。

 「なんというか、フレンドリーな人ですね」

 先ほどの会議場では割と敵意を向けられていた気がしたのだが、こうしてみると人の好い兄貴分な印象を受ける。言葉使いが荒いだけなのではないか、と楽観的な思考に陥る。

 「あーダイムは飯食ってる時は争いを好まないタイプだからなぁ。……さて、そろそろ一時になる、戻るぞ」

 「あ、ちょっと待ってっす! もうちょっとで食べ終わるんで!」

 「おめぇは何杯お代わりしているんだぁ」

 あきれ返るヴォルフの視線の先には、既に四杯目を胃袋に収めるアイリーンの姿があった。


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