プロローグ
「絶望を抱き永遠に生きる。それも生き方の一つだろう」
警官隊が死体しか転がっていないマフィアのアジトに乗り込んでいく中、彼女は薄く笑った。美しい女だ。黒いコート。肩まで切りそろえられた黒髪に、光が宿らない、切れ長の冷えた瞳の秀麗な女人。頬には裂傷が残り、コートからだらりと垂れ下がった腕には拳銃が握られている。
遠くで爆発音が響き、夜空は炎で赤く照らし出されている。
満身創痍な彼女は、同じくボロボロになった男に、さらなる言葉を継いだ。
「けど、何もできないと絶望するだけで打開策が見いだせないというだけであるならば」
男は、自信満々の笑顔を浮かべる女を見下ろすことしかできない。
「僕と共に来ると良い」
男は目を見開く。どうして、と男の口元が動く。しかし飛び出た音声はかすれきっていて、やがてそれは霧散して消えていく。
「どうせ腐るだけというのならば、お前の力を僕に貸し与えろ。僕が有効に使ってやる」
女の手が男の胸元をつかむ。女が男に顔を寄せる。柔らかいラベンダーの香りに、濃厚な血の臭いが混ざる。先ほどたった一人で十数人殺していたせいだ。
「僕に追従しろ。カルディオス・アウオーラ。そうすれば君が見られなかった新しい景色を見せてやることができる」
夜の空はどこまでも昏い。それはまるで、男の内面を明確に表現していて。
「俺が……役に立つのですか?」
男は項垂れた。
……俺は、守れなかった人間だ。
大切な相棒を、失った。その仇すら取れなかった。
そんな俺が、いったい何の役に立つのか。
「あぁ。勿論」
確信に満ちた返答。
「お前の心が、手折れていない限り」
男は長考する。二十代前半で俺より年下であろう彼女の、しかし貫禄のある佇まい。それはそうだろう。
特別警邏隊。第四次世界大戦後、独裁が横行するガルバド王国で数少ない正常に動く、対テロ・犯罪組織の体調なのだから。
考えて、考えて、考えて、考え続けて――。
「……わかりました」
後戻りなどできるはずもない。男の首肯に彼女はにこりと可憐な笑顔を浮かべ、期待している、と端的に告げた。
男の入隊により、王国は、そして、世界は動き出す。
女官セレ・アナキスタ率いる、計十人の警邏隊。
この物語は、特別警邏隊という組織と、彼らが歩んだその軌跡である。