01 もしかして異世界
目覚めると、目の前には銀髪の美女がいた。
容姿が整っているので、年齢がわかりづらい。
10代にも見えるが、20歳くらいかもしれない。
長くきれいな髪に、青い瞳が美しい。
隣にはくすんだ茶髪のババアがいた。
おばあさんといった方が適切だろう。
顔に多くのしわがあった。
こちらを見ながら優しそうな笑みを浮かべている。
「---・‐ーーー・ーーーー」
「-----・ーーーーーーーーーー」
二人は何か話をしているようだが聞き取れないな。
日本語じゃない気もするが、気のせいだろうか。
この2人は看護師なのだろうか。
看護師というよりシスターのような格好だが。
ここはどこで、彼らは誰なのだろう。
トラックにひかれたのは覚えている。
「うあー、あー、あー」
話しかけてみようと声を出してみたが、うめき声のような声しか出ない。
あれだけの事故だ。
口がきけないほどけがを負っていてもおかしくはない。
しかし、体は苦しくはない。
動きにくいというのはあるが。
体を起こすことすらできない。
手足を失くし、達磨になってしまったのだろうか。
事故や戦争、病気でそうなった人がいるというのは聞いたことがあるが、
俺にはそれに耐えて生きていく自信がない。
日本では無理だろうが安楽死を選びたい。
物心ついた初日。
俺はそんな事を考えていたのだった。
***
一ヶ月の月日が流れた。
どうやら俺は生まれ変わったらしい。
その事実が、ようやく飲み込めた。
俺は赤ん坊だった。
抱き上げられて、頭を支えてもらい自分の体が視界にはいることで、ようやくそれを確認した。
どうして前世の記憶が残っているのかわからないが、残っていて困る事もない。
記憶を残しての生まれ変わり。
誰もが一度はそういう妄想をする。
まさか、その妄想が現実になるとは思わなかったが……。
俺を抱き上げていた二人は協会のシスターのようだ。
春のいい日和の下、孤児院に捨てられていたらしい。
それについて悲しいとは思わないのは、前世の記憶が俺を支配しているからかだろう。
俺の両親は蒸発した父親と先日死んだ優しい母だけだ。
孤児院は立派な教会に併設する形になっていた。
古臭い建物だが、電気も暖房設備もある。
すぐに気が付いたことだが、ここは日本ではないようだ。
5人ほどいるシスターも日本人ではないし、他の孤児も違う。
たまたま鏡で自分の顔を見る機会があったが、銀髪で青い目の男の子だった。
髪の色や目の色はみな様々だが、俺と完全に一致したのは最初にあったシスター・テレサだけだ。
あいつの隠し子じゃないだろうな。
いや、一緒に働いていればさすがに気づくか。
俺はまだ生まれたてだったしな。
やり直したいと少しは思ったが、まさかこうなるとは。
22歳の住所不定無職と孤児院の赤ん坊。
子供の可能性は無限大と考えれば、後者の方がいいかもしれない。
それにシスター・テレサをはじめとしたかわいいシスターに世話を焼かれるのは悪くない。
まさか、赤ちゃんプレイに目覚めるとは思わんなかった。
この教会の長であるシスター・クレアには流石に興奮しない。
茶髪の優しいおばあちゃんだが、世話を焼かれるなら若い方がいい。
しかし、自分で選べるわけではなくクレアにも抱かれる。
その時は本当に自分が赤ん坊だと思い込むしかない。
これぞ真の赤ちゃんプレイだ。
***
半年の月日が流れた。
このころにはすっかりこの国の言語を理解した。
バロウト語というらしい。
このころになるとハイハイもできて歩き回ってみたが、特に変わったものはない。
調理場など危ないところには相変わらずはいれないので、
移動範囲は抱かれていたころとあまり変わらない。
ある日、短い赤毛のシスター・アリスに抱かれて教会の外に出た。
もう17歳になるらしいが、いまだにやんちゃ娘という印象を受ける少女だ。
胸はせいぜいCカップくらいだろう。
時々触って確認しているが、最近はあまり成長していないようだ。
「リアムちゃん、今日はお天気で気持ちいね」
アリスは一緒に日向ぼっこに誘ってくれたようだ。
そういえば久しぶりに外に出た気がするな。
教会には大きな窓があまりないので、外に出ると普段より景色が見える。
周りはあまり家がなく、見える限り一面が畑だった。
教会の庭はそこそこ広く、走り回れる年の子供たちはよく外で遊んでいた。
今日はシスター・テレサが一人庭にいたのだが、彼女を見てぎょっとした。
真剣を握りしめて、一心不乱に振っていた。
彼女が剣を振るたびに長い銀髪がなびき、大きな胸は揺れていた。
あれは何ごっこだろう。
中二病かな。
「テレサ先輩、精が出ますね」
剣を振り回すテレサに臆することなく、アリスが話しかけた。
「最近は魔物が少ないとはいえ、いつ来るかわからないわ。
あんまり機会がないと、体がなまっちゃうしね」
魔物とはなんだろう。
狼でも出るのかな。
「大丈夫ですよ先輩。その時は私もいますから」
アリスの手が獰猛な獣の手に変化した。
「やめなさい。子供が怖がるでしょ」
「えへへ、ごめんなさい」
なんだ今のは。
これはマジックの類ではない。
魔法だ。
少しそうかもとは思っていたが、ここは剣と魔法の世界なんだ。
昔から憧れていたことが現実に。
………うん。
悪くない。
年甲斐もなくワクワクする。
そんな世界に記憶を持って転生できたのだ。
よし、決めた。
俺は絶対に外には出ない。
こんな野蛮そうな世界なんて恐ろしい。
危険は避けて、全力で引きこもろう。