5.過去が僕を(精神的に)殺しにやって来る
「ウフフフフ。」
私、早乙女愛莉は今も順調に男子達を落としていっている。昼休みはほとんどの学生が集まる食堂に乗り込み、男子達に挨拶&告白されている。
(今日も私は美しい。酷い扱いを受けていた昔とは180度違う景色が今も私を取り巻いている。)
始まりは小学生。この頃の私は男子に容姿でからかわれていた。男子が女子をからかう理由は話のきっかけを作りたい、反応が見たい、その場を盛り上げたいのようなものが大半を占めているだろうが、私の場合は違った。
甲状腺機能低下症。私は幼い頃にこの病気を発症した。この病気は高齢の女性に多く見られるのだが、私のように10にも満たない女性でも発症することがあるそうだ。そしてこの病気は私に残酷な運命を決定づけた。
むくみや体重増加。それによる肥満体型、硬い乾いた毛、乾燥した厚いざらざらの皮膚。男子にとってこれほどからかいやすいものはない。学校で男子に見つかればブタとかキモイの罵詈雑言。普通ならば言い慣れればまだ耐えられるレベルだろう。
しかし私は聞いてしまった。私とは違う、生まれながらにして才色兼備を勝ち取った勝ち組の同性の話を。
「早乙女さんってかわいそうよね。」
「ええ、ええ。あれでは、殿方に告白されるどころか見向きもされないことでしょう。」
「そう考えると、毎日毎日告白されてうんざりしている私なんてまだ幸せな方なのかしらね。」
悔しかった。本当に。そして呪った。とても。
なりたくてなったわけではない、この病という呪いを。生まれたときにこの呪いをかけたであろう神様を。世の中を。だけど変わらない。いくら恨んでも現状は変わらない。
私は元来大人になってはじめて通るであろう壁にぶち当たっていた。そんな壁を小学生の、それもか弱き女子が乗り越えるなど無理な話だ。
私は母にその出来事を伝えた。母は泣いて私を抱きしめた。あれだけ醜いと蔑んだこの体をまるで壊れやすい宝玉を扱うようにして優しく抱きしめたのだ。そしてその後の母の言葉が今の私の基盤へと繋げることになる。
「だったら落としていけばいいのよ。それこそ神も落とすくらいの美貌を今から作り上げて、容姿至上主義の男子共をそれこそ袖に振る気を起こらないくらいにね。」(そして願わくは、どんな誘惑でも落ちることのない、芯ある男に巡り会いますように。)
それから私は様々な努力をした。疲労しがちな体質に鞭打って有酸素運動をしたり、醜い容すらかすむくらいレベルの素養を得るために立ち振る舞いを磨いたり、周りに負けないくらいに文武両道をおもんばかったりして。
そして小学校を卒業する頃には全ての男子生徒に告白されていた。生まれてはじめて努力が実った瞬間を、地獄から天国へと這い上がったと感じるくらいの達成感を私は味わった。それをバネにして中学ではさらに磨きをかけていった。成長期真っ盛りの時期であることを利用して、人の目につかないところでひっそりと。そんな生活を送っているうちにいつしかこう呼ばれるようになった。
乙女神
落とし神
と。だから今日も私は男子を落とし、誰でも地獄から這い上がれることを証明し続ける。そのために東山桂馬。君も例外なく落としてみせる。そしていつしかあの方にもう一度出会って、それから。
◇◇◇
僕は現在、西村と2人で購買の戦利品である弁当を屋上で食べている。男子達は我先に食堂へと向かっているようだが、西村だけは屋上に向かう僕へとついてきた。ふっ、物好きめ。これで授業前のことは水に流してやろうではないか。
「それでどうだよ?乙女神は。無機物なお前にもちょっとは恋愛感情を持てたんじゃないのか?」
「無機物とはなんだ、失礼な。それに演技とはいえ、僕に襲いかかろうとするのは控えてほしいものだ。それが伝説の元不良、南中の暴れん坊なら特にな。」
「はは。やっぱバレてた?」
そう。西村は最初から僕をクラスの男子と同様に道連れにしようとはしていない。彼はただ面白がっているだけなのである。
「...なあ、やっぱり愛莉とくっついてゴールインしないか?お前だったらワンチャンいけると思うけどな。」
「バーカ。僕は高校では真面目に勉強するキャラで通すんだ。これだけは西村に頼まれても変更しないぞ。」
「へーへー。俺からはもう何も言いませんよ。余計な事するとまた北中の鬼に土下座する羽目になるからな。」
「おい、その『北中の鬼』というワードは僕の前ではNGだったと警告したが。」
「まじメンゴ。」
北中の鬼。それは北川中学校における僕の異名である。あの時は思春期特有の病気にかかって黒歴史を量産しまくっていた。あの時は完璧という言葉にすがり、いろいろな分野でトップというトップを取り続けていた。しかもその範囲は学校内に留まらず、学校外でもその実力を発揮しまくっていた。
恥ずかしい。いろいろな事柄を英語で名付けまくった事も、調子にのり過ぎて無茶した事も今では全て消し去りたい歴史だ。特に2年前に正義の戦士ごっこをして女の子を救いまくった日々は今では馬鹿げているとしか思えなかった。大怪我をして親に心配をかけさせた時、いつもイチャイチャムーブをかましていた父も母も珍しく涙を流していたものである。高校受験を控えていたこともあって、僕はその時に自分の病気から回復し、学生らしい生活というものを高校から送る決意をしたのだ。
「恋愛も大事だと思うけどな。後、『南中の暴れん坊』とお前もNGワード出したからおあいこさまだぜ。」
西村が何かをブツブツ言っているが、僕には聞こえなかった。ただ分かるのは、親密な友達といろいろやり、卒業後のことを見据えて勉強に取り組んでいくのがベターな高校生活であることに間違いはないということだ。
それを成し遂げるには、愛莉に落とされるという事態を防ぐことが必要十分条件なのである。女神かなにかは知らないが、僕はお前に落とされるつもりはないからな。
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