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第三十八話 別れと感謝


「セシル……どうして君が……?」


「ごめんなさいアスト……。ごめんなさい」



 セシルはアーキノフを殴り飛ばした後、僕を抱きしめながら何度も謝った。

 蘇生法は禁術で、死者を蘇らせてしまう事は因果律に影響を与えてしまい最悪の場合、世の中が崩壊してしまう。


 死ぬ運命だった者を再びこの世のレールに乗せる事は出来ないんだ。

 無魂蘇生は因果律に影響する事なく蘇生出来るのだろうか。

 そんな事を考えながらも、僕もセシルを抱きしめる。

 今、僕の目の前にいるセシルは、昔のセシルに近かった。

 でも分かってしまったんだ。彼女は……。



「違う。君も……君も、セシルじゃない」


「…………そう。私はセシルの記憶や感情を持って生まれた人形。アーキノフさま……いえ、アーキノフの術によって生まれた〝モノ〟よ」



 僕が初めて蘇ったセシルを見た時に感じた違和感、思いが溢れてこなかったのは、本物じゃなかったからだったんだ。

 無魂蘇生は、思いや念だけで肉体を蘇生させる蘇生法。

 本物に似せて作られた人形。そう人形なんだよ。


 でも……だけど、君を見ると心がざわつく。

 分かっていても君をセシルだと心のどこかで、信じたい自分がいる。

 死んだり蘇ったり、でも君は本物きみでなかったり。

 正直どうしたらいいのか分からないよ……。


 君に抱きしめられた時、そんな気持ちを持ってしまったんだ。



「何故だ……術者である儂の命令は絶対であるはず……。何故だ、何故命令に背けるのだ……」


「私の……セシルの、アストへの思いが強かったのでしょうね……」


「セシル……」


「アスト、私は間も無く消滅するわ。多分次はアーキノフでも蘇生は出来ない。上手く説明出来ないけど、私の魂を消滅させるから、それでもうアーキノフは貴方の弱点を突けなくなるわ」


「そ、そんな事が出来る訳あるまい! お前はただの人形なのだ! 人形が本体の意識を操作する事も不可能であるのに、魂を消滅させるだと!?」


「本当に不可能かしら? なら、今の私は? 貴方の命令を実行しなかった私は? 不可能を可能にしたわよ?」


「…………」


「そう、私はセシルじゃない。だけど彼女の思いや考えは本物よ」



 アスト、と名前を呼んでまた抱きしめる。

 今度は強く、セシルが何を思っているのか分かるぐらいに、心の中の言葉や思いを伝える様に強く。



「セシルはね、後悔してなかったんだよ。信じる道を信じたアストを信じたかった。あの時、魔族である事を隠してた。言えなかった……魔族だって分かってしまったらきっと軽蔑されるだろうなって思ってたから。最後まで人間のままでいたかった。ごめんなさい。その事だけ貴方に謝りたかった」



 僕の肩に温かい涙がポタッと落ちたのを感じた。



「今彼女がここにいたら、きっと……こう言ったと思うわ」


「セシル……」


「姉さんとメルトナで結ばれていた事、ショックだった。だけど私はもう死人しびと。新しい愛を見つけるのは当然……だからいいのよアスト。その相手が姉さんなら……」


「セシル、違うんだ。ネファーリアは」


「アスト、もういいの。家族なんでしょ? やっぱり思った通りの人。アストが幸せになる事が私の幸せだからね」



 スッと抱きしめていた両腕の力が弱まり解いたセシルは、今にも立ち上がろうとしていたアーキノフを強く睨んだ。

 正直な話、僕は人形かのじょでも良いとさえ思ってしまったんだ。


 本物じゃないのは分かってる。魂が宿っていないここにいるセシルは、ただ似せて作られた〝モノ〟なんだって。

 全部分かってるんだ。だけど、紛れもなくセシルなんだよ。

 あの時の僕は力が無かった……。



「でも! 今の僕なら!!」


「ダメよアスト。そんな事をすれば因果律が壊れて世界がおかしくなってしまうわ」


「僕は……僕は!!」



 世界が壊れてもいい。因果律が乱れ、世の中の法則がめちゃくちゃになろうが、セシルが蘇るなら……。

 本当に一瞬だけ、心の中で気持ちが芽生えようとしたんだ。


 そんな一瞬の気持ちを、まるで感じ取ったかの様にセシルは僕の唇ごと塞いだ。

 忘れてはなかった。あの頃の……こんな人生を歩む前に感じていた……君の唇の感触と全く同じだったんだ。


 そう思ったら、涙が溢れてきた。



「それ以上は、言わないで……ね? 貴方にはまだまだやらなければいけない事があるの。導師……なんでしょ?」



 そして、柔らかな笑みを僕に見せる。

 セシル……君を愛して本当によかったよ。

 気がつくと涙は止まっていた。セシルは僕の邪な気持ち、そして悲しみ、僕がずっと背負って来た苦しみ、その全てを吸い取ってくれた気がした。



「そうだね」


「さあ、最後の仕上げといきますか!」



 この表情、この言葉……僕の時だけに見せるセシルだ。

 だけどもう迷わない。ありがとうセシル。



「アーキノフを元の時代に戻す。彼はもう二度と過去へはやって来られないから安心してね。時間移動は私が今から作る〝時の道〟を辿って行けば貴方も元の時代に戻れるわ」


「分かった。僕は悪魔達を何とかしてから戻る事にするよ」



 そう、僕にはまだここで、やらなきゃならない事があるんだ。



「うふふ」



 僕もセシルも二度ともう会う事は出来ないと分かっているのに、不思議と悲しくはなかった。

 寧ろ希望や愛で胸がいっぱいで、感謝の言葉を微笑んで口に出来たんだよ。


 セシルは時間移動をする為の魔力を溜める。

 時間移動自体も、本来は因果律に影響を及ぼす危険性があるもの。だから普通の人間や魔族、竜族に扱えるものじゃない。

 僕やセシル、そしてゼーロットみたいに特別だったから時を超える事が出来たんだ。



「それじゃあ、元気でね。アスト」


「ま、まて!? まだ戻りたくは……ぐぅあぁぁぁぁぁー!!!」



 セシルはアーキノフと共に光の渦の中に入って消えた。



 今回の出来事は既に描かれた歴史であったと強く思うんだ。


 ゼクトリアース物語。これはお伽話なんかじゃなく、正しい歴史を書いた真実の本だったんだ。


 僕にはまだ……この時代で、やらなければならない事がある。




お読みいただきありがとうございます。

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