第三十六話 無魂蘇生 -Nephalia Side-
「天使……?」
天使とは、神の御使いであり聖なる存在。魔界でこの名を知らぬ者はおりません。
魔界の頂点に位置する〝魔王〟その魔王を導く〝魔導神〟さらにその魔導神を創造したのが〝天使〟であったと神話にあります。
アーキノフがそんな偉大なる天使様だなんて……いいえ、信じません。
「わたくしを翻弄しようとも無駄ですよ。そんな話誰が信じますか! 天使は聖なる者! 愛と正義の象徴となる存在です! 貴方のこれまでの行いに愛や正義はなかった!」
「愛に正義……か。それは其方らが勝手に抱いてる偶像に過ぎん。正義や悪など人間や魔族が決めたルール。真にこの世界に正義や悪などはない」
「…………何を言ってるのですか。正義や悪が存在しない?」
「何が正義で、何が悪なのか。それを決めるのは誰なのだ? 其方らが自分の都合に合わせてルールを決めてるだけではないか」
ならば尋ねよう、と鋭い眼光でアーキノフが続けます。
「儂は、人間界と魔界そして幻竜神界の全てを破壊しメルティシアを再び誕生させる。これは悪なのか?」
「当たり前です! 何の罪もない者をも巻き込み、一方的に世界を造り変えようとしているなど、愛や正義であるはずがありません!」
「何故だ?」
「何故? ですから、何の罪もない者を」
「何の罪もない者を一方的に殺し、世界を滅ぼす事が何故悪だと言い切れるのだ?」
「なん…………ですって……」
「儂にとってはこれが正義。つまり正義とはその者の側の物差しで勝手に決めている極めて不安定なもの。何の意味もない」
アーキノフの言葉に理解が追いつきません。しかし、とても説得力があり、信じたくありませんが心が不安で埋め尽くされます。
確かに正義や悪は、その者の目線で変わるのです。
けれど……貴方の行いを肯定する事はやはり出来ません。
「罪のない者の命を絶つ事が、何故正義なのですか! 貴方の言ってる事はやはりおかしいです!」
「それを悪だと思うなら、何故動物を殺す? 生きていく為、人間や魔族は動物を殺し、その肉を食らってるではないか? それは正義なのか?」
「そ、それは……」
「規模の大小はあれど、根本は同じではないか? それが理解出来ないならば、儂が何故メルティシアを再誕させるのか、その理由を話したところで理解は出来んだろう。だからこれ以上は話す必要もないし、知る必要もない」
ドォォォォォォォォォォォォン!!!
突然、わたくしの背後から大きな衝撃と爆音が響きました。最初こそ驚きましたが、すぐにアストであると気づきました。しかし、様子がおかしいのです。
闇のオーラに包まれ、その表情はいつもの温厚で優しいアストではありません。
声をかける事も躊躇してしまう程、負の感情を感じます。
憎い、殺したい、その様な負の感情を。
「アストか……。随分時間がかかったな。お前がここに来たと言う事は、セシルが死んだか……」
「セシルが死んだ!?」
アーキノフは間違いなく、セシルが死んだと言いました。
わたくしはその答えをアストに求めます。
まさか……まさかアストがセシルを……?
いくら敵対したとは言え、セシルはアストの大切な人。わたくしの妹でもあります。
どんな理由があってもアストは絶対に相手を殺める事はしません。
……ただ、今のアストは怒りや憎しみに支配されていて、邪悪こそ感じませんが、かと言って愛や希望と言ったものも感じません。
アスト……真実が知りたい。
けれど、わたくしは一体どうすれば……。
「ネファーリア、召喚を解くんだ。ここにいればこいつに何されるか分からないから」
「……分かりました」
そうです。わたくし、リラティナスさんやレインベルさんは今は肉体を持ちません。
アストのサモンシードで召喚されている状態。
実はアーキノフの企みを探った後は、召喚解除でアストの元へ戻ろうと考えていたのです。
だからこそ強気でいられたのですが、想像も出来ないぐらい大きなアーキノフの企みに、その事を忘れていました。
流印の壺を手渡し、召喚を解いてアストの中に入ります。
リラティナスさんやレインベルさんも戻っていました。
「リア姉!! 大丈夫だったか!?」
「はい、わたくしは。それよりもセシルはどうなったのですか!?」
「セシルは……」
突然体が腐敗し溶けていって、消えてなくなったとレインベルさんに一部始終を説明していただきました。
腐敗……体が溶ける……? どうしてその様な事が……?
「無魂蘇生だな?」
壺の中に手を入れ、竜族の魂を移しながらアストはアーキノフに向けてそう言いました。
無魂転生……とは何なのでしょうか。
「ほう、知っていたか」
「お前こそ知ってて使ったんだな。何処までも僕の怒りや憎しみを引き出したいのか……!!」
「言ったであろう。儂はお前のその力を欲していると。当初は目覚めてすぐにと思っておったが、お前の急成長を見てまだ先でも良いと判断した」
「そんな事の為に……そんな事の為に……!!!」
アストの闇のオーラが大きく膨れ上がり、炎の様に体を包み込みます。
中にいるわたくし達は、憎しみや怒りの大きさに誰一人として言葉もなく、ただただこの目に映しているだけ。
「セシルに使ったのかぁぁぁ!!!!」
地面が揺れ、部屋の壁、天井がアストの闇のオーラで吹き飛びました。ここまでの事態に流石にロズ、そして側近であるゲリュムス、ゾアが多くの悪魔を引き連れ駆けつけます。
ロズはアストの放つ闇のオーラに、驚きと焦りで苦笑の顔を作り、その他の者達は体が震え力の差に恐怖している様でした。
「こ、こ、こいつ……ここまで強い力を……そ、そんな……ば、ばかな……!?」
震えるゲリュムスが後退ります。
「次元が……違いすぎる……」
ゾアは動けず、ボソッと言葉を落としました。
「ロズよ、これが導師の力だ。どうだ? 欲しくはないか?」
「ふ……ふふ。今こうして目の前で見ているが、信じられん。闇の力をここまで使える者がおるとはな」
「儂に協力すれば、あの導師の力を其方に授けても良いぞ」
「アーキノフ、未来から来た魔王よ。良かろう。我はあの力が欲しい」
この時代の魔界、地獄を統べる悪魔の王ロズもやはりアストの力が目的なのですね。
「どうする!? あたし達何か出来ねぇのかよ!? 先生一人でこの数、いくらなんでも……」
「ネファーリアの話が本当なら、神に属する存在である天使のアーキノフに、アストの力が通用するのか……幻竜の女王
の妾でも計り知る事が出来ん……想像を超えた力じゃ」
「通用すると思います。アストの力は神々をも凌駕する程の力なのでしょう。でなければ神の力を有する天使のアーキノフがあれ程欲している理由の説明がつきません」
〝かつては天使だった〟
あの時、確かにそう言いました。アーキノフは天使の力を取り戻してはいないはず。
いえ、取り戻すどころか今はまだ人間である可能性の方が高い。
アーキノフが過去に飛べたのは、セシルの力のおかげ。
そして今、魔王ロズに話を持ちかけたのはアストとまともに戦えるだけの力が備わっていないから。
飽くまでもわたくしの推測ですが……。
「オォォォォォォ!!!!」
ギィィィィィィン!!!
ロズも闇のオーラを解き放ち、アストと同じ様に炎の形を成して体を包み込みました。
どちらも凄まじい魔力で、わたくしではどちらが大きいのかも分かりません。
ただ、同属性同士だとダメージが与えられないはず。
アストがやられる事はありませんが、それはロズも同じなのです。
しかしそれを理解していないアストではありません。
わたくし達は貴方の中からこうして見守るしか出来ませんが、わたくしは貴方を信じております。




