第六十話 一か八か
長い間休んでましたが、再開します。
次の六十一話でエピソード1は終了となり、エピソード2に進みます。
「アスト! 構わず飛ばして下さい!」
手足を拘束魔術で縛られ、ヴェルグラに担がれたネファーリアはもがく事もせず、冷静な声色で僕にそう言った。
分かってる。僕が君の立場なら同じように言ってるだろう。
でも、あそこは……幻竜神界へ行けば二度とここへ戻って来る事は出来ないんだ。
君ごと飛ばしてしまうと、もう……。
「くっふっふ。随分と表情が変わりましたね。私の作戦は思った以上に大成功のようですよ。メアさん」
「なるほど、ヴェルグラと言ったかな? 確かにここは手を組んだ方がいいかもしれないね」
「手を組む? 勘違いしないで下さいね。貴方は私の部下、下僕、駒です。立場を理解した上で発言なさい」
と、メアを強く睨んだかと思えばまたニコッとした笑みを浮かべて僕の方に顔を向けてきた。
「何を企んでるか知りませんが、彼女がどうなってもいいのならどうぞご勝手に。くっふっふ」
くそ……このまま飛ばすしかないのか。
今なら確実に術は成功する。でもネファーリアも一緒に飛ばされてしまう。
何か助け出す方法はないのか……なにか。
「メアさん、私の部下としての初仕事ですよ。アストさんのお仲間を殺しなさい」
この状況を好機と見たかのように、ヴェルグラはメアにそう命じた。
実際そうだろう。ネファーリアを見捨てる訳にはいかないんだ。
ヴェルグラの一言に周りのみんなが身構えると、ネファーリアの首元に手をかけてまた不敵な笑みを浮かべてきた。
ネファーリア……。
「おっと、抵抗すれば彼女は死にますよ。まあ、人間の貴方達には関係ありませんか。だったらそれはそれで結構。くっふっふ、どっちみちアストさんは動けないみたいですからね」
「キミの言う通りにするよヴェルグラ。キミはワタシよりもあらゆる能力が長けている。じゃあ命令通り、殺すよ」
メアはフッと消えてクウォンの前に現れ、そして殴り飛ばし、すぐさまゼノスの所に飛んで行こうとした。
だけどそれは出来ない。
メアは僕の次元術の範囲から抜け出す事ができずに、重力に引っ張られ元の場所に戻った。
僕が術を解かない限り、お前達は一歩たりともその範囲から逃れられないよ。
「クウォン!?」
地面に転がったクウォンに声をかけるゼノス。クウォンは咄嗟の攻撃に反応出来なかったんじゃない。
クウォンもネファーリアを助けようと思ってくれてるんだ。抵抗すると手にかけると脅されている以上、下手に抵抗なんか出来ない。
それは他のみんなも同じだった。
みんな、ネファーリアを仲間だと思ってくれてる。
その事がとても嬉しかった。
だから余計に術を放つ訳にはいかないんだ。
「くっ……!」
次元術で幻竜神界へ飛ばす作戦は諦めるしかない。
術の詠唱を解こうとした時、ネファーリアが僕の名前を叫んだ。
そう、それはまるで諦めるなと僕に言ってるようだった。
「貴方と一緒にいて色々と学びました。魔族にも色んな魔族がいます。人間にも、大切な者を命を懸けて守る者がいるのだと言う事を知りました。わたくし達と何も変わらなかった……」
「ネファーリア……」
「アスト、貴方なら分かるはずです。今なら確実に成功する事を」
それは……そうだけど。
君も一緒に幻竜神界へ飛ばされるんだ。
「わたくしはアストのメルトナです。何時如何なる時でもご主人様をお守りするのが務めです。この世界が、アストが救われるのなら……本望です」
違う、本当はそんな事望んでないのは分かってる。
ネファーリアの覚悟が痛い程に伝わって来るんだ。僕が今この次元術の詠唱を止めてしまったら、もう二度とこんな機会は巡っては来ないだろう。
それは分かってるんだ。そう、僕は分かってる。
人間界、魔界に生きる者を救う為にも、僕は術を発動し、幻竜神界へ飛ばすしかないんだ。
ヴェルグラはくっふっふと笑いながら、元の場所に戻ってきたメアを見る。
「ふむ。やはり……抜け出せませんか」
「知ってたんだね……キミってヤツは……」
「くっふっふ。おかげでどう言う術なのかが少し分かりましたよメアさん」
恐らく、と言いながらネファーリアの首を片手で持ち上げた。
「この重力場はここに止めておく為、つまり我々を何処かにワープさせるのでしょう。それも別の次元の世界に」
見抜かれた。くそ……頭で分かってるんだ。
躊躇ってる時間なんてない事も分かってる。
何かネファーリアを助け出せる手があるはずなんだ。
「あ……ぐぅ……ぐ」
「ネファーリアさんを人質に取ってから、アストさんがものすご〜く躊躇してるように見えるんですよ。きっと一度行ったら戻って来れないような所なんでしょう」
僕の表情から作戦の全てを見破られるとは思ってもみなかった。ヴェルグラがここまで頭の良い魔族だったなんて。
「知ったところで抜け出せないぞ。もう既に術自体は完成してるんだ。後はただ発動すれば」
「だったら早く発動なさい」
「……なんだと!?」
「くっふっふ。出来ないのでしょう? 彼女がいるんですから」
「く……! でもお前達も身動き取れないぞ。このままずっと僕の術から抜け出せない」
「果たしてそうでしょうか?」
ヴェルグラは相変わらず嫌味ったらしい笑みで僕にそう言って来る。
完全に向こうのペースだ。
何か抜け出す策でもあるんだろうか。
「ア……アスト! お……おね……がいです。皆……を……すく……て…………くだ……さ」
「ネファーリア!」
ネファーリアも覚悟を決めてるんだ。
僕は……僕は……ごめん、ネファーリア……。
「ネファーリア! 僕も覚悟を決めるよ!」
両手に魔力を込めて、次元術発動準備を整える。
行き先は幻竜神界だ。
ネファーリア、これ以上君を苦しめる事はしないよ。
目の前のヴェルグラとメア、そしてシャドウの群れ全部を見据える。
「あ、貴方……まさか……か、彼女を見捨てるおつもりですか!?」
「はぁぁぁ〜!」
僕は全身から両手に魔力を集め、詠唱を終わらせる。
激しく動揺してるなヴェルグラ。
ハッタリだと思ってるかも知れないけど僕はもう覚悟を決めた。
黒くうねる大きな渦がヴェルグラ達の頭上に形成し、いよいよ最終段階まで来た。
あとは、ワープさせるだけ……。
発動前にどうしても、僕はあいつに言っておきたい事があった。
「ヴェルグラ、一つだけ間違ってる事があるよ」
「間違ってる事?」
そう、間違ってる事がある。
「僕は……誰一人として見捨てる事はしない!」
次元術発動。太陽のように大きな渦がヴェルグラ、メア、そしてシャドウの大群全てを吸い上げていく。
その中にネファーリアの姿はなかった。
「アストォォォ!!」
「先生ぇぇぇぇー!!!」
「アストさん!?」
「おいアスト! おめぇ!!」
みんなが僕を呼んでる。
と言う事は僕のプランは成功したんだ。
最後の最後で思いついたプラン。
僕は次元術を発動する寸前、ある事を思いつき一か八かで試してみたんだ。
ネファーリアも覚悟を決めた。だから僕も覚悟を決め、ある事を実行に移した。
僕の最後のプランはネファーリアと僕の位置を入れ替える事。
ヴェルグラ達にかけた術はそのまま維持しながら、ネファーリアを救うにはこの手しかなかった。
失敗すれば僕もネファーリアも消滅していただろう。
本当に一か八かだったけど、僕がいた位置にネファーリアが見える。
悲鳴にも似た叫び声で僕の名前を何度も呼んでる。
僕はネファーリアに微笑みを返した後、頭上の黒い渦にヴェルグラ達と一緒に吸い込まれる。
光が完全に無くなり、目を開けているのかも分からないぐらい真っ暗な闇の中で意識が遠のいて行く。
やがて僕は気を失ってしまったのだった。
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