第三十一話 魔界に到着
「ここが……魔界?」
想像していた景色じゃなかった。
魔界って聞くと、凍えるぐらい寒くて、毒の沼があってカビ臭くてとても人間が住めるような環境じゃない世界だと思ってたけど、幼い頃に読んだ本や大人に聞かされた魔界とは全く違っていたんだ。
人間界と何ら変わらなかった。
今僕達がいる所は海辺だ。草木や生物の見た目こそ違うものの、特におどろおどろしいものもなく、美しいとさえ思える。
太陽があり、砂浜があり、貝や魚も泳いでる。
魔界に来たって感覚は余りなかった。
ただ、人間界と違うところを一つ挙げるとするなら、ここへ来て直ぐに目に入った〝ある現象〟とも言うべきか。
空に向かって緑色の光の粒が流れてるんだ。
これを綺麗と感じる人もいると思う。
でもこの光の粒の正体を知って僕は、綺麗と言う感想は抱かなくなった。
ネファーリアが言ったんだ。
この緑の光の粒は魔力、それも魔族から吸い上げられているものだって。
僕は初めてネファーリアに会ったあの日の事、人間が魔族に対して魔力を奪い取ったと言ってたのを思い出す。
「低い魔力の魔族は、すぐに魔物化します。
魔界のどこの領域も皆、汚染されてしまったのです……」
「人間がこれを?」
「…………そう聞いて育ちました」
はぁ。とネファーリアは溜息をつく。
「ここはわたくしの領域ではありません。お父様の領域でも……」
「なぁ、あのシャドウの気配感じへんねんけど、もうどっか逃げたんかなぁ」
そうだ。確かにシャドウの気配を感じない。
罠を張って待ち伏せしてると思ってたんだけど、この辺には気配はなかった。
魔界に誘ったんじゃなかったのか。
空にいるフュリンが指差してるのが見える。
「アスト、ここから北にちょっと行ったところに建物があるわー! 多分集落やと思うー! あたいのナビゲートの能力が上手く機能してへんのかそれぐらいしか分からんわー!」
「村かも知れませんね。この領域の魔族に会えばここが何処か分かると思います」
「よし、じゃあそこへ行こう!」
ネファーリアの体から細かい緑色した光の粒が、まるで湯気のように空に向かって流れている。
ただ魔界にいるだけで魔力がどんどん吸い上げられていくんだ。
「辛いかい?」
「アスト……」
あ、あれ? なんか凄く目がうるうるしだしたんだけど。
もしかして、今聞いたのまずかったのかな……。
「わたくしの事、心配して下さっているのですね。あぁ……幸せです」
「あ、う、うん」
大丈夫そうだな。
「敵やでー! ファイアウルフ……の色黒バージョンが……いち……にぃ……ごぉ……九匹やわー! 分析士の能力で見たら色が違うだけでファイアウルフとほぼほぼ強さも同じってなってるから、ぱーっと片付けよー!」
「ファイアウルフの色黒バージョン……」
「ブラックウルフと言う感じでしょうか」
「魔界の魔物がどのくらいの強さなのか、確かめといた方がいいかもな」
「アスト! 来ます!」
◆
その後僕達は、人間界の魔物とは少し見た目が違う魔物を相手にしつつ難なく勝利し、目的の建物へとやって来た。
石のような材質で建てられた大きな門の前で、周りに目を向ける。
特に異常はない。魔物の気配もしない。
「でっか!! ここに住んでんのって巨人なんか!?」
フュリンのこの言葉でピンと来たのか、ネファーリアが「あ!?」と大声を張り上げた。
僕達はすぐに「どうした?」と返す。
「思い出しました! 間違いありません! この領域は〝戦獣族〟の領域だと思います!」
「戦獣族?」
「はい! 力こそが正義の思想を掲げ、力の強い者こそが頂点に立つべきだと考える、魔界でも一、ニを争う程の戦闘民族です!」
と、ネファーリアが説明してるんだけど、明らかに様子がおかしい。
そわそわしてるし、急にどうしたんだろう。
僕がネファーリアに聞いてみようとした時だった。
「おいてめーら、そこで何してる」
背後からいきなり声が飛んできた。
後ろはずっと警戒してたのに……殺気が無かったからか?
後ろを振り向くと、そこには魔族が一人立っていた。
頭に狼の耳と太い尻尾がついている。
虎や猫のような瞳孔、上半身は人間の肌だが、下半身は虎の脚と言った容姿をしている。
「ん? おい、そこの女は〝ラアダ族〟だな? てめー分かってんのか? この領域にどうやって入ったか知らねーけど、ラアダ族と戦獣族は」
「敵対関係……。わたくしの名は、ネファーリア・ミリエティリス・ラアダ。魔王ザングレスの娘です」
「てめーがザングレスの娘だと!? ミリエティリスを支配してるのが、こんな弱そうな女だったとはな」
「貴方達みたいに、力で全てを解決する種族とは違うのです」
「ちっ、まあいい。だが分かってんだろうな姫さんよ。てめーがここにいる事が何を意味するのか」
「…………はい」
「こいつはいい土産が出来たぜ……へっへっへ」
なんだ? 話に入らなかったけど、良い状況ではなさそうだな。
すると、いきなり僕の方に向けて【烈炎弾】が飛んできた。
僕は片手で掴んで、それを握り潰した。
「やっぱりな。おい人間、てめーも出ろよ。くっくっく。ついて来い、ライミフォン様に会わせてやる」
「出ろって、何の事だ」
「そこの姫さんに聞きな」
僕達は、戦獣族の男の後をついて歩きながら、ネファーリアにさっきの一部始終について話を聞く。
ネファーリアはラアダ族で、今魔界を支配してるのはラアダ族だそうだ。
その他にも種族はいるんだけど、戦獣族は二番目に勢力の強い種族でラアダ族の領域を常日頃から狙ってたらしい。
ただ、百年前から協定が結ばれて、お互いの領域には一切干渉しないと言う条件の下、平和が保たれていたんだ。
だけど、今ネファーリアが侵入した事によって
協定が破られたものとみなされた。
協定で取り決めた条件を破った場合、領域を差し出すか、或いは破った側は相手側のルールに従って解決に応じなければならない。
「ここに来た事で、ネファーリアは侵入したとみなされ、協定違反をしたと言う事になるのか」
「はい。恐らくわたくしの領域を渡すか、ここの領域のルールに則って解決するかのどちらかになると思います」
「なんや面倒臭い話になってきたな……」
なあ、もしかして、とフュリンが続ける
「あのシャドウの狙いってこの事やったんかも! って…………考えすぎ?」
「いえ……可能性はあると思います。特に力を持つ魔族は皆、支配領域を持ちます。この領域が大きければそれだけ多くの魔力を所有する事が出来るのですが、当然領域を渡せばわたくしの魔力は大幅に激減します」
「そうか! 僕達の戦力を減らしていく作戦だな! あのシャドウ、相当知恵が働くな」
考えてなかった訳じゃない。ゲートに飛び込む前に色んな事を考えたけど、それはシャドウとの事だった。
まさかこんな展開が待っていようとは思ってもみなかった。
だけど、僕はこの魔界でまたとてつもない運命を背負う事になってしまうなんて、この時は全く知らなかった。
次の第三十二話は8月21日朝8時頃を予定しております。
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