第十五話 新術披露
緑風の森。
トリークから北に位置し、トリークのギルドに所属している戦士達はこの森を訓練場として使ってるみたいだ。
この森でしか吹かない〝緑風〟と言う風は時間や場所によって風向きが変わると言う不思議な性質を持っていて、その風に晒されていると重力のような力にかかり、体が重くなってしまう。
風向きによって重力の方向も変わるから、ある程度の戦闘経験を熟した戦士でないと下手したら命を落としてしまうぐらい危険なもの。
でも、訓練としてこの緑風を利用すれば大きく成長を遂げる事が出来ると思う。
僕は今、聖騎士、拳聖、賢者、戦巫女と言う四つのシードを強化する為、そしてネファーリアの戦闘レベルを高める為、緑風の森を駆け回ってる。
場所や時間によって緑風の風向きが変わるから、自分を同じ場所に止まろうとすると膨大な魔力が必要となったりするし、魔力を鍛えるのにもいいかも知れない。
《アスト! 後ろ!》
「風斬り!」
「ぐぁ!?」
ネファーリアが放ってきた戦巫女のスキル【風斬り】が、僕の背中に思いっきり直撃する。
剣圧の衝撃波と斬撃の素早い二連続攻撃。
聖騎士のスキル【鉄壁】で防御力を高めているおかげで、ダメージを最小限に抑えられたけど、戦巫女のスキルの中で【風斬り】は最も初歩的なスキルなのに、ネファーリアが放つと威力が凄まじい。
シード自体のレベルも上がってるとは言っても、ここまでの威力を出せるのは彼女の超魔力が成せる技だよな。
ネファーリアは物覚えも良いし、僕が教えた事はすぐに自分のものにしてる。
でも臨機応変な対応が苦手みたいで、沢山ある選択肢の中でどれが一番最適解なのかがその瞬間その瞬間で出すのに一歩遅れを取ってしまう。
最初は複数のシードを与えてたんだけど、今のネファーリアは一つのシードを極める形で良いと思った。
この森に来て六時間が経とうとしてる。
お互い流石にバテてきたけど、彼女は戦巫女として大きく成長を遂げた。
そして僕は僕で、新しい術を編み出したんだ。
名付けて【サモンシード】
シードは才能の種。誰かの中に与えて初めて効果を発揮するスキルだ。
【サモンシード】はシードの使い方をもう少し拡張して、魔力で作った人形、〝エーテルボディ〟にシードを植えつけて実体化させるスキル。
簡単に言うと僕が今所有してるシードを戦士として召喚する事が出来るスキルなんだ。
多勢に無勢の窮地を脱する緊急手段としてあった方がいいと思うし、シャドウみたいな強敵が必ず一体で現れるとは限らないからな。
《それで、この技とあたいとどんな関係があるん?》
「フュリン、君を実体化させるよ」
《え? あたいを?》
「君へのプレゼントだよ」
僕は地面に手をついて魔力で魔法陣を描く。
そうだな、試しに賢者をサモンしてみよう。
フュリン行くよ。
「サモンシード!!」
僕が魔法陣に念を込めて魔力を送ると、魔法陣が青白く光を放ち、やがて光の柱となって空へ向かって駆け抜けて行った。
魔法陣から光で出来た人形が形成されるとパァーっと光が辺りに飛び散った。
「サモンシード……アストの新しい技」
小さな羽をパタパタと小刻みに動かして飛び上がった。
くるっくるの癖毛に、くりっとしたまん丸な目、あの時のフュリンのままだ。
やっぱり実物のフュリンは色がついてていいな。
僕は今、自分が今日まで研究に研究を重ねてやっと実現した事への達成感と、フュリンに対する感謝の気持ちを表せた事への満足感で心がいっぱいだ。
もちろん導師に目覚めたからこそ出来た事だね。
「あたいの……体が…………戻ったぁぁぁ!!」
ぶんぶんと宙を飛び回るフュリン、喜んでくれてるみたいで良かった。
取り敢えず第一段階は突破だ。次は君が賢者としての能力が備わってるか確認しないと。
「ネファーリア、次は二対一で行くよ! 臨機応変に対応してみてくれ!」
「分かりました!」
「ネファーリア! 初対面やけど、容赦せーへんで〜!」
「フュリン、余り張り切りすぎるなよ? まだ術の効果が上手く機能しない可能性もあるから、最初は慣らし程度でいいからな」
「も〜気にしすぎやでアスト! 賢者のシードちゃんと宿ってるでー! 援護するから任せといて!」
大丈夫かなぁ……。
《聞こえてるで〜!》
「……魂の契約はそのまま継続されるんだな」
僕は拳聖のスキル【ブライトダッシュ】でネファーリアとの間合いを詰め、そのままワン・ツー、そして回し蹴りのコンビネーションを素早く繰り出した。
ネファーリアは僕のどの攻撃も確実にガードし、その隙をついて反撃を狙ってくる。
戦巫女の主な武器は刀で、多くの攻撃スキルは刀がないと本領発揮出来ない。でも今のネファーリアは刀を持っておらず、じゃあさっきの風斬りのスキルはどうやって使ったのかと言うと、彼女はその都度魔力で刀を生成して技を放ってるんだ。
これは超魔力を保有する魔族ならではの戦い方で、僕には真似できない魔力の使い方だな。
「凄いよネファーリア。もう戦巫女を自分のものにしてるじゃないか」
「貴方の指導が良かったからですね」
はあ! っと言う掛け声と共に素早く連撃を浴びせてくるし生成した刀を使って技を放ってくるから、攻撃が非常に素早く、動きが中々読み辛いぞ。
「そらぁー! 剛烈炎球やでぇ!」
と言うフュリンの声が背後から聞こえてきた。
魔術で援護射撃か。サモンシードも上手く機能しているようで良かった。
さあ、 僕達のコンビネーションを受け止められるかネファーリア。
フュリンが放った【剛烈炎球】を利用して背後へと回るか。
火の塊で僕の姿が隠れたと同時に【ブライトダッシュ】を使う。
これでネファーリアは僕を見失う。
「アスト! 貴方の戦法は大体分かって来ましたよ!」
ネファーリアは、抜刀術でスパッと簡単に【剛烈炎球】を真っ二つにする。
「魔術に隠れて、貴方はわたくしの背後に!」
僕の踵落としと彼女の刀とがぶつかった。
まるで金属同士が衝突したような、ガキィィン、と言う音が衝撃と共に辺りに飛び散った。
「紫電雷!」
バチバチと言う音と共に、紫に光る稲妻がネファーリアの頭上から落ちる。
「甘いのです!」
「凄い……! 回避が間に合ったか」
「イズナ! イズナァァ! イズナイズナッ! ほ〜らネファーリア〜! 避けへんとビリビリするでぇー!」
ネファーリアが避ける所を狙ってフュリンが雷を落としているのに全て回避するなんて、と思ったけど戦巫女の特性を忘れてたよ。
戦巫女は防御力は低いんだけど回避能力がそれを補えるぐらい高いんだ。
ギリギリのタイミングで回避すると、次の攻撃が連続的なものなら自動的に全て回避してしまうと言う特性があって、ネファーリアが【紫電雷】を避け切れているのも戦巫女の特性を上手く使ってるって事だな。
一見無敵のように見えるけど、こうしてタイミングをずらせば……。
「虎拳衝波!」
ネファーリアの懐にドンッと言う衝撃が走る。
「うぐぅ!?」
あ……ちょっとやり過ぎたかな。
お腹を抑えながら地面に膝をついてしまった。
大丈夫? とスッと駆け寄ると蛇の尻尾がビュンっと僕の足を掬った。
「あが!?」
いっでぇぇ……思わず尻餅をついてしまった。
「油断しましたねアスト。試合は終わるまで試合ですよ」
「……あぁ、そうだった。君は本当に物覚えが早いな」
「あ……あ……あかん、あたい消えてまうわ〜!」
「そろそろ時間か……フュリンの魔力も鍛えてやらないとな」
「うん! でも久しぶりに飛び回れて楽しかったで! あたいももっと修行して、役に立てるように頑張るわ!
ネファーリアまたな〜!」
と、言う元気な声を最後に光の魂になって僕の体へと入った。
召喚中はフュリンの魔力がどんどん減っていって尽きてしまうと実体を保てなくなるんだ。
まだまだ試作段階だけど早くフュリンに体験してもらいたくて、今は制限ありだけど許してくれな。
《何言うてんねん、今のでも十分嬉しかった! ほんまにありがとうなアスト! ……ふわぁ〜ん……ほな、ちょっと寝るわぁ》
うん。ゆっくり休めよ。
「丁度いいタイミングだし、今日はこのくらいにしよう」
「フュリン……アストのパートナー……」
「うん、もう勇者として僕達は機能しなくなったけど……ははは」
ん? ネファーリアどうしたんだろ。
考え込んでるような……何か言いたそうな顔だけど。
僕の顔を見るなり、恥ずかしそうに目を逸らしたり。
「あ、あの……わたくし、この数日間色々と考えました。貴方は仇……けれども助けていただいたあの日からずっと……ずっと何か胸の中でモヤモヤしているものがあって……」
はぁ……っとため息をついて地面に目を落としながらまた何か考え込んでしまった。
モヤモヤしてるものってなんだろう。
「遠慮する事ないよネファーリア。僕はもう、魔族だからとかそう言う固定観念は捨てたんだ。君が悩んでるなら聞くよ。何か悩んでるのかい?」
僕のこの言葉に、まるで絞った果物のようにジワーっと顔が赤くなり、瞳を潤わせる。
そ、そんなに恥ずかしい事を言おうとしてるのか……!?
「アスト……。アスト! ならば言います!」
「う、うん」
「わた、わたくしを……わたくしの事を、し、し、し……」
「ん?」
「支配して下さいませんかっ!」
次の第十六話は12時頃に予定しております。
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