九話 マイナス100Lvの最強国王
「私はレザンス村で生まれました。とっても明るいお母さんとお父さんの下に」
「……でも、両親は亡くなったんだよな」
「……はい。お母さんとお父さんは私が八歳の時に亡くなりました。どうして亡くなったのか、トウゴ様には話していませんでしたよね」
「聞いて、ないな……別に、話したくないなら話さなくていいよ」
八歳の時に、一人になったというのか。
トリスタン村長がいるとはいえ、子供時代に親がいないのはやはり性格の形成に関わってくるだろう。
どれ程の心労だっただろうか。
友達がいない、コミュ力が無くて辛い、なんてことで悩んでいた自分が恥ずかしくなる。
――俺はあることに気が付いた。
八歳の時にマノンの両親は亡くなった。
今マノンが十八だから、今から十年前。
ちょうどバン王国がレザンス村に対して支配を強めた頃だ。
「……まさか、バン王国と関係しているのか?」
「はい。お母さんとお父さんは、誰よりもレザンス村のことを思っていました。ちょうどバン王国がレザンス村の支配を強めた時も、皆を明るく鼓舞して励ましてくれました」
「優しい人達だったんだな。マノンが優しい心の持ち主に育ったのも納得できるよ」
「はい。バン王国に対しても、食糧を与えてもらっているからという理由で支配に対しては目を瞑っていました。でも、二人の怒りが頂点に達した出来事が起こったんです」
「……聞いてもいいか?」
「トウゴ様には知っておいてほしいことです。この世界の王達は残酷な人間が多いということを」
王達ということはつまり、ディエゴみたいなクズ国王が何人もいるということだろうか。
思い出したくもないディエゴの怒号。
あんな奴が何人もいるという事実は、俺の胸をキリキリと締め付ける。
「二人の怒りが頂点に達した出来事。それは、子供に対する強制労働の命令でした」
「強制労働……確か店のお兄さんが言ってたな。女も子供もお構いなしに働かせるようになったって」
「そうです。その頃バン王国は、リーフェン鉱石を他の国と取引し始めた頃でした。だから、レザンス村の価値は下がりました。食糧を得るには多くのリーフェン鉱石を輸出しなければならなくなったんです」
「それで、子供も働かされたわけか」
「はい。私も、かつてこの村にいたローズもカーネルも、その他数名の子供も全員採掘者として働かされました。労働で日に日に弱っていく私達子供を見るのに耐えられなくなったお母さんとお父さんは、村を代表してバン王国に抗議しに行ったんです。でも、まともに取り合ってもらえませんでした」
あのクズ共のことだから当然と言えば当然か。
自分達の生活が豊かになるなら、支配さえ厭わない。それが奴らだ。
「それで、どうしてお母さんとお父さんは亡くなったんだ? ……まさか、バン王国で殺されたのか?」
「いいえ、流石に抗議しただけでは殺されませんでした。でも、この後お母さんとお父さんが向かった遥か遠くの国で、死んでしまいました」
――バン王国とマノンの両親の死が関係していると聞いた時から、嫌な予感はしていた。
でも、両親が遠い場所で死んだというあまりに残酷な事実を口にするマノンの顔を、俺は見れなかった。
俺は俯いたまま、マノンの話をただ聞いていた。
「バン王国がまともに取り合ってくれないと悟ったお母さんとお父さんは、別の国であるラグカイト帝国に向かいました。バン王国を凌ぐほど巨大なラグカイト帝国の協力があれば、バン王国の支配も弱まるかもしれないと。でも、ラグカイトの帝王には会わせてもらえなかったみたいです」
「……ラグカイトの帝王も、良心が欠如したクズってことか?」
「何か事情があったのかもしれませんが、とにかく会うことは許されませんでした。そして、ラグカイト帝国からお母さんとお父さんが帰ってくることはありませんでした。ラグカイト帝国から、二人が亡くなったという手紙が後日村に届いたんです」
「誰に殺されたんだ? ラグカイト内部の人間か?」
「恐らくそうだと思います。手紙には魔物に殺されたとありましたが、あまりに不自然です。ラグカイト帝国は発展していって、恐らく結界も貼ってあるので魔物もあまり近寄らないと思います。そして、レザンス村周辺は低級の魔物は出ても上位種の魔物は出たことがありません」
――え?
空にいた、三つ目の怪物は上位種ではないのか?
目以外の姿は暗くて視認できなかったが、あの腹の奥にズシリと圧し掛かる咆哮。
あんな声を出せるなんて、相当な大きさの筈だ。あれが低級なんてとてもじゃないが思えない。
だが、怪物にはいくつか不思議な点があった。
あの目はギョロリと俺の方に向いて、俺の姿を捕えていた。そして俺に向かって咆哮をあげた。
なのに何故俺を殺さなかったのか。俺の足で逃げ切れる筈はない。
もしかしたら、俺はあの時気が狂っていて幻覚を見ていたのかもしれない。
この怪物の話をするとややこしくなるかもしれないので、いったん後回しにしておこう。
「ラグカイト帝国の帝王が何か事情を知っているに違いありませんが、おじいちゃんがラグカイト帝国に事情を聞きに行った時も全く相手にされなかったようです。鬱陶しい、あんな小さな村のことなんてどうでもいいだろう、さっさと帰れと言われたと聞いています」
「……それは、残念だったな。でも、ごめん。やっぱり俺が村の現状を変えることは出来ないな。むしろ、話を聞いて益々怖くなっちまった。大人二人でも現状を変えられないんだ。幼稚なガキの俺一人で何が出来るって――」
「一人じゃありません。私はあなたの味方です。ずっと、あなたに付いて行きます」
また心の闇を吐き出しそうになった俺を、マノンが遮った。
「……俺がお前に何をしてやれたよ。ただ迷惑なだけだったろ。ごめんな」
「お母さんとお父さんが死んでから五年後、二人の意志を継いで、この現状を変えるために戦いを挑みました。けど、勝てませんでした」
ドミニオンとディエゴの戦いの時か。
国が半壊した状態でも負けるなんて、もはや希望は無いように思えてくる。
「五年前の戦いに敗北した後、生き残った私と同い年のローズもカーネルも、その他の若い人達はここを出ていきました。この村に対する愛情が無かったということではないと思いますが、この村に見切りをつけたんだと思います」
村を飛び出した子達の気持ちは分かる。
圧倒的な力の前に屈してしまったのだろう。
年頃なのに、働かされて娯楽も少ない。俺なら早々に村を飛び出していると思う。
「でも、私はここに残りました。いつかこの村が救われることを信じて、お母さんとお父さんの代わりになれるよう働いたんです。そして現状を変えることが出来ないまま五年が経ちました」
「ディエゴみたいな怪物相手じゃ仕方ないよ。あんなのに対抗出来る奴なんてほとんどいないだろ」
「でも、トウゴ様がレザンス村に来た時、私はこの人に付いて行きたいと心から思ったんです。この人と一緒なら、この村を変えられるって思ったんです」
マノンの優しく甘い声が、俺の気持ちを一層暗くする。
分からない。何故マノンは俺に付いて行きたいと思うのか。
現状を変えられないから、こうしてグダグダ弱音を吐いてしまうのに。
「……何で俺なんだよ。きっと待ってれば、誰かがこの村を救いに来てくれるって。俺なんかより強くてしっかり者の――」
「強くなくても、しっかり者じゃなくても、私はトウゴ様に付いて行きたいんです。気づいていますか? トウゴ様はさっきからずっと、私に謝ってばっかりです。きっとトウゴ様は、私達に迷惑をかけたことが耐えられなくて、ずっと苦しいんですよね」
マノンは、まるで母親が幼い子供を慈しむような口調で、優しく俺に語り掛けた。
――苦しかったのは事実だ。俺さえいなければ、淡い期待を抱かせることも無かった。
俺がいたから、マノンは――
「――ほら、また罪悪感で満たされていますよね」
「ッ――」
俯いた顔を見て俺の心を見透かしたのか、マノンが優しく笑いかける。
「覚えていますか? トウゴ様が私に言ってくれた言葉。肉をいっぱい食べさせてやるって。私、びっくりしました。お父さんと、同じことを言ってくれたから。お父さんも、絶対にバン王国を説得して、肉をいっぱい食べさせてやるって言ってくれたんです」
「……偶々同じことを考えてたんだな。でも、お父さんと違って俺は――」
「さっき私を一目見て言ってくれましたよね。もう肉を食べさせてあげられない、本当にごめんって」
それは心からの本心だった。
魔法能力を失うなんて頭になかった馬鹿な俺は、この幼気な少女に淡い期待を抱かせた。
最強の魔法があれば、必ず現状を変えられると思い上がっていた。
「ボロボロで、怖い思いをした筈なのに、ここに来てくれた。本当は逃げ出したいと思う筈なのに、ここに来てくれた。ここに来たのが助かる為であろうと何であろうと、ボロボロの体で私に謝ってくれた。トウゴ様は、お父さんと同じで本当に優しいんです。私は、何よりも王に必要なものは優しい心だと思うんです」
「……理想を言えば、な。でも力無くして何かを守ることは出来ないだろ。優しい心で物事が解決するなら、レザンス村の悲劇は生まれてない。最上位魔法の残りカスはあるけど、その分魔物にも狙われやすいんだろ。つまり俺はマイナス100Lvになっちまったんだ。こんなんでレザンス村の王なんか務まるかよ」
そう、これは皆の為だ。
俺みたいなのが王になったら、皆は笑われるに違いない。
――あんな奴が王なんて、可哀想――
マノンやトリスタン村長がそう囃し立てられているところを想像すると、耐えられない。
「継承した魔法は被継承者から完全に消すことは出来ない。魔法を全て失ったわけじゃないなら、もう一度一から魔法を鍛えればいいんです。私がずっと、傍で支えます。どれだけ貶されても笑われても、私はトウゴ様の味方です」
「ッ――――」
マノンを見つめる。
明るいミントグリーンの長髪に、綺麗な紅色の瞳をした少女。
何処かあどけなさを感じるが、それでいて整った綺麗な顔立ちだ。
俺は、ここに来て全てを失ったと思っていた。
でも、この子ともう一度やり直せるなら。
この子と一緒に、この腐った現状を変えていけるなら。
「トウゴ様。ラグカイト帝国の帝王や、バン王国のディエゴ様、どれも強大な敵だと思います。でも、彼らに無くて、トウゴ様に有るものがあります。優しい心、人を想う心。抽象的で小恥ずかしいような言葉かもしれません。でも、王に最も必要なことだと私は思うんです。私、トウゴ様が言ってくれた、もう理不尽な目には遭わせないって言葉を一生忘れません」
そうだ、俺はマノンにそう言ったんだ。
俺が言い出したならせめて最期まで、この命尽きる最期まで、マノンに尽くすべきではないか。
もし残酷な結末が待っていても、少しでもこの子が笑えるように。
「……マノン。俺は弱いぞ。高校の時のソフトボール大会では三回連続三振をかまして皆をガッカリさせたし、ラジオ体操のテストでは俺だけ一人再テストで放課後居残りだった。魔法はマイナス100Lvだ。身体能力の面でも、魔法の面でも、迷惑をかけることになるぞ」
「はい。全て受け止めます」
何ら問題など無い、といった顔でマノンは俺の顔を見る。
「俺はクズだ。都合の良いことを言う時もあるし、性格の悪い一面も見せることになるかもしれない」
「はい。性格の悪い一面なんて、私にもおじいちゃんにもあります。――でも、私達に対する罪悪感で苦しんでいる。人の為にそこまで悩んで考えているそのトウゴ様の優しさを、嘘だとは言わせません」
「ッ――――」
「ラグカイト帝国の帝王や、バン王国のディエゴ様、その他にも沢山強い王はいます。――でも、私はトウゴ様がいいんです。トウゴ様じゃなきゃ、駄目なんです」
ずっと欲しかった言葉。
俺にしか出来ない、俺だから出来ること。
それが、マノンの隣にいることなら。
「……マノン、俺は弱い。何度も言うが、俺はマイナス100Lvだ。でも、もうそれを言い訳に逃げたくない。お前が俺に付いてきてくれるなら、俺をずっと見てくれるなら、この命尽きる最期まで、お前に尽くしてやりたい」
「はい。マイナス100Lvだろうと何だろうと、何も問題ありません」
マノンは感極まったのか、目の下に涙を貯めている。
「マイナス100Lvでも、トウゴ様は私にとってずっと、レザンス村の王、私の王です。――私にとってずっと、最強の国王なんです!」
ふと、東京で考えていたことを思い出した。
神様は俺に何か恨みでもあるのか、という考えだ。
この世界で俺に与えられたもの。
それが、この少女なら。
答えは決まっている。
神様は俺に恨みなんかなかったんだ。
「マノン、少し目を瞑ってくれ」
生まれてこの方十九年、俺は女性の体に触れたことはほとんどない。
今からすることは、初の試みだ。
「え? は、はい……。――ッッ!!??」
ガバっと、マノンの華奢な体を胸に抱きよせる。
――あぁ、温かい。
マノンの体の温もりが伝わってくる。
ドク、ドク……と、マノンの心臓の鼓動が高鳴るのが聞こえる。
「ト、トウゴ様……あ、あ、あの……」
マノンの顔は真っ赤だ。
でも俺は、不思議と恥ずかしくなかった。
下心も、全く無い。
俺の不器用な抱擁も舌足らずの言葉も、マノンになら曝け出していいと心から思う。
「マノン、俺はもう一度国王としてこの村の為に戦うことを誓うよ。そうだ、もう自分を卑下するのにも飽きたんだ。どうせなら、自信過剰で生きてやる。そうでもしないと、ディエゴには勝てないからな!」
そう、もう自分を卑下するのは止めよう。
散々人を疑って、そんな自分が嫌だった。
でも、今は心から信頼できる人がいる。
もうマノンの言葉を疑わない。
俺は、たった一人、この少女にとっての最強でありたい。
俺は――――マイナス100Lvの最強国王だ。
一章終わりです。本当にありがとうございます。
二章は長くなるかもしれないです。よろしくお願いします。
−という表記は分かりにくいと思ったのでマイナス、とカタカナに改めました。
物語に影響はありません。