十五話 せめて最後に
「いくぞぉッ!! 最初はお遊びだ、受けてみろやッ!!」
ゴオオ――と猛速でソワンが走ってくる。
鍛え上げられた脚が猛速走りを可能にしているのだろう。
「来やがれ……ソワン!!」
「そぉらッ!!!」
左手に剣を持ち替え、走りながら右手をグワン――と勢いよく後ろに振りかぶる。
剣士が剣を使わない。まさしくお遊びから戦闘に入るらしい。
「エーラッ!!!」
手に浮かぶ金色の魔法陣から、ゴオオオオオオッ!!と勢いよく風を放つ。
おそらくこのレベルの魔法を使えるのはこいつらにとって予想外な筈だ。
「うおおッッ!!??」
――ズシャァァァッ!!
ソワンのガタイの良い体が地面へ叩きつけられ、ゴロゴロと後ろへ転がる。
だが、ダメージは――
「……おいおい、これは予想外だ!! お前、まさか魔法を鍛えたのか? やるじゃねぇか!! もしかして、この村の奴等に協力してもらったのか?」
地面を転げまわったにも関わらず、ソワンはすぐにムクリと立ち上がった。
やはり頑丈な体だ。
「そうだよソワン。お前らは俺が一人になるって決めつけてたよな? だから魔法を鍛えられないと思ったかもしれないが、俺は一人じゃない。お前らの誤算だ。お前らが虐げてきた村の皆に協力してもらって、ここまで魔法を鍛えたんだよ」
「……へぇ、それは立派なことだ。でも、そっかぁ。いいこと聞いたなぁ。フヒッ」
不気味な笑みを浮かべ、ソワンがそう言った。
戦闘狂という言葉が似合う、不安を煽る笑み。
戦闘で大分ハイになっているようだ。
「何が可笑しいんだ」
「いいや、だってよぉ。村を虐げる正当な理由が出来ちまったからなぁ」
「……どういうことだ。正当な理由? そんなものない。お前らに正当性なんてあってたまるか」
「いいやあるさ。教えてやるよ。お前の今の失言について」
「なら言ってみろ。どうせ聞くだけ無駄だが、少しは聞いてやる」
「お前今、村の皆に協力してもらって、ここまで魔法を鍛えたんだって言ったよな? つまりこの村の者共は罪人六宮冬悟に協力したんだ。言いたいこと分かるか?」
こいつの言いたいことがすぐに分かった。
こいつにしては痛いところをついてきた、と思ったのが正直な感想だ。
俺の今の発言は失言だったかもしれない。
「つまり、罪人の俺に協力した村の皆は罪人を援助した罪に問われるってことかよ」
「おぉ、馬鹿のトウゴ様にしては良い答えだ。正解! つまり罪人に協力し、匿った。この罪は重いぞ」
「止めろ。俺が半ば脅して頼み込んだんだよ。行く当てがないから俺に協力しろって。あいつらは何も悪くない。全ては俺があいつらに頼んだことだ」
「関係ないな。どんな形であれ、罪人を庇った。特にお前の罪は国家反逆罪。これは重罪だ。一生牢から出れないぞ」
「俺はどうなっても良いから、あいつらには何もするな。もうこれ以上あいつらを苦しめるな!!」
「お前、ずいぶんレザンス村に心酔してるなぁ。優しくされたからか? 俺達と同じで、レザンス村の奴等もお前じゃなくてお前の力を見てるかもしれんぞ?」
「お前は人の優しさなんて分かんねぇだろ。あいつらのことを何も知らないくせに邪推するのは止めろ」
「これを止めろあれを止めろ、言葉だけじゃ何も変えられないぞ? ゴチャゴチャ言うなら俺に勝ってみろや!! そうすれば全部止めさせられるぞ。さぁ、再開だ!!」
「アクオ――ぐあッ――!!」
――ゴッッッ!!
鈍い痛みが肩に走る。
「どうした、鍛えた魔法使ってみろ!!」
「痛てぇ……あぁ、望み通り使ってやるよ」
俺を殴ったソワンの右手を、戻す前に素早く掴んで距離を取られないようにする。
「ヒーラッッッ!!!」
ボオオオオッッッ!!
真っ赤な炎の渦をソワン目掛けて放つ。
「ギャアアアアアッッ!!!」
ソワンの体が真っ赤に包まれる。
ヒーラは俺が一番鍛えてきた魔法だ。
頼む、少しは効いてくれ……!
「ガハッ……熱ぃなクソが……!」
アクオーラを使い炎から解放されたソワンが剣を構えた。
上半身の服は燃え、強靭な体が剥き出しになった。
恐らくヒーラが効いたみたいだ。
「これは予想以上だった……驚いたよ。よくここまで鍛えたなぁ。今のは焦ったよ」
「ちょっと、ソワン!! さっさと決めなさい!! こいつが魔法を使えるなんて予想外よ!!」
戦いの様子を見ていたベラがソワンに叫んだ。
明らかに俺が魔法を使えることに焦っている。
ディエゴの魔法を連想しているのかもしれない。
「チッ……分かってるよ。それじゃあトウゴ様、そろそろ本気で行かせてもらうぞ」
ダッ!!
ソワンが宙を飛んだ。
暗闇の空に紛れ、剣を上に突き出して振りかざす。
「こっちは盾なんかないんだよ……だから――」
ガキン!!
地面に剣が降り降ろされ、重い音が響く。
身体強化魔法で足を強化し、間一髪ソワンの攻撃を躱した。
だがその安心も束の間、すぐに攻撃がくる。
「ちょこまかと逃げやがって!!」
ガン!!ガキン!!
次から次へ攻撃が行われる。それを避けては逃げを繰り返す。
盾など身を守るものが無いので、攻撃は攻撃で受けるか避けるしかできない。
「ヴェーラ!!」
ソワンの剣が地面を切り付けたタイミングでヴェーラを放った。
「グアッ――!! ……ハァ、ハァ……これは痺れるぜ!」
ソワンはハイになって動き回りすぎたせいか、息切れが始まっている。
俺にしては善戦出来ているようだ。
「でもなトウゴ様、俺も転移魔法が使えること知ってたか?」
「ッ――! どこだ?」
突然ソワンが視界から消えた。
まずい、転移魔法か?後ろを取られ――
「まぁ、素人は後ろを警戒するよな。だから、あえて前だ。相手が振り向いた時に前に出てれば後ろを取れる。戦闘経験の差が裏目に出たな」
ズバッ――――!!!
剣が振り下ろされ、俺の胴体に斜めの赤い線が入った。
「ゴブッ……クソッ……」
口から血を吐き出し、ドシャッ――と前に崩れ落ちる。
傷が熱い。
鉄臭い血の味が口に広がる。
「リーラッ……」
何とか回復しようと試みる。
「おお、治癒魔法か。でも近接戦闘において相手の前で回復は自殺行為じゃねぇか?」
――バキッ!!ドゴッ!!
顔、腹、背中。
ありとあらゆる部分を殴られる。
腹の出血を抑えるのが精一杯で、抵抗出来ない。
回復する暇もない。
「さぁ、早くも終わりが近づいてきたぜトウゴ様!! 最後に村の皆にお別れでも言うか? それくらい許してやるぜ?」
「あがッ……ゲホッ」
「村の連中が今のお前の姿を見たらがっかりすると思うぜ? さぁ、せめて一旦眠れ!! 村の皆の失望した顔を見たくなければな!!」
――ドッ!!ドゴッ!!
体がいよいよ動かなくなってきた。
……分かってた。国一番の剣士に勝てるわけがない。
でも、俺がやってきたこと全てを否定するような実力差。
やはり俺は駄目なのか。マノンに諭されて強くなったと思い込んでただけなのか?
最後に、マノンの顔が見たい。
牢獄生活が始まる前に、せめて最後に――
「トウゴ様!!!!」
……この声は。
すぐに分かる、救いの声。
マノンだ。
「お、誰だ? 誰か来るぞ。お前の仲間か?」
「マノン、駄目だ……来ちゃ駄目だ」