十二話 まほう練習
「そうです、腕に熱を籠らせて押し出すイメージで……」
「ヒーラ!! ……前よりはマシだけど、まだダメか……」
俺が勉強を始めてから一週間が経過した。
今は何をしているかというと、魔法の練習である。
ディエゴから貰った力を失った俺は、一から魔法を鍛えているわけだ。
「でも、初日よりは大分威力が強まりましたね。流石最上位魔法です」
能力を奪われたあの日、ヒーラを使ったことを思い出す。
頼りない炎が二、三秒で消えてしまったあの瞬間。
あれほど背筋がヒヤっとしたことはない。
「あぁ、あの時よりは大分マシだな。つっても、今の威力はガスバーナーくらいの火を十秒出せるか出せないくらいかってとこだな」
100Lvのヒーラを知っている俺には、今のヒーラではとてもじゃないがディエゴには敵わないと分かる。
あの爆炎を再び使えるようになるのかは分からない。
でも、やれるだけのことはやると決めたからにはやるしかないな。
「マノン、次はまたリーラについて教えてくれ。回復は早めに使えるようにしたいんだ」
「任せてください。治癒魔法は私の得意分野です」
能力を奪われたあの日、ボロボロになっていた俺を直してくれたのはマノンだ。
かなりボロボロになっていた筈なのに、次の日には起き上がって普通に生活出来るレベルにまで回復したのだから、治癒魔法は上位魔法でもかなりの効力だ。
――ただ、俺がマノンにしてもらったのは体の治癒だけじゃない。
俺がこうして頑張れているのは、あの日マノンに心のしがらみを解いてもらったからだ。
バン王国の奴等に裏切られ、自分にも絶望して自暴自棄になったあの日。
もしマノンがいてくれなかったら、俺は今頃どうなっていただろうか。
「体の隅々まで魔法エネルギーを行き渡らせるイメージで、かつそのイメージを保ったまま手に力を集中させて……」
「おう。……これでどうだ? できてるか?」
イメージとしては体に血を巡らせるような感じ。
そしてそのイメージのまま手に集中。
不器用な俺はマルチタスクが大の苦手だが、努力は実るもんで、練習したてよりもかなり上達したと思う。
「はい! 手に金色の魔法陣……精度は治癒対象がないので分かりませんが、確実に上達しています」
「ああ。正直自分でもそう感じるよ。やってみるもんだな。……それにしても、ディエゴは複数の能力全てを最上位魔法まで自力で鍛え上げたのか。認めたくないけど、相当努力したんだろうな」
「はい。どれだけ練習したか、想像もつきませんね」
「ドミニオンもディエゴくらい強いのか? あいつの実の息子なんだろ。相当才能に恵まれていたんじゃないか」
「直接戦いを見ていないので詳しくは分かりませんが、五年前の戦いでディエゴは相当危ない状態だったと聞いています。たしか当時、ドミニオン様は十六歳くらいだったと思います。それで、五十六歳のディエゴと互角に戦っていたということは、想像を絶する強さだと思います」
嘘だろ……?
十六? 今の俺より年下じゃないか。
そんな年で、あの化け物と戦っていたのか?
しかも、もう少しでディエゴに勝っていたかもしれないって話だ。
「強すぎだろ……ドミニオンは今、ドゥルガー・フェイスとかいう集団にいるんだろ? そういや詳しく聞いてなかったけど、ドゥルガー・フェイスってどんな集団なんだ?」
「あまり触れないほうがいい団体です。力を絶対神とする宗教で、殺しや誘拐、その他違法行為など何でもありの集団です。昔、大国の王がドゥルガー・フェイスにより殺されたなんて事件もありました」
「殺し、誘拐……いわゆる反社会的勢力ってわけか。最近の世界情勢がどうたらとかイーナが言っていたけれど、ドゥルガー・フェイスも関わっているのか?」
「はい。今現在、国同士の関係が悪く争いが起きている地域が多いです。それと、最近ドゥルガー・フェイスの教徒の目撃情報が増えているんです。最近の世界が比較的不安定なのはその二つが大きいと思います」
教徒の目撃情報か。
俺達はこれから一定期間、何処の国の支援も受けられない。
つまりドゥルガー・フェイスに万が一遭遇しても自分達のみで戦わなければいけないということだ。
「ドミニオンの他にも強い奴はいるのか? ドミニオンがやばい強さなのは分かったけど、あいつが入る前にもドゥルガー・フェイスはあったんだろ?」
「教団の内部はあまり詳しくは知りませんが、教団の特徴として強さ順にNoで振り分けられていることは有名です。上位Noになるほど危険だと思います」
「強さのランキングみたいなものもあるのか……できれば今は遭遇したくないな。俺達はバン王国とレザンス村のことで精一杯なのに、今遭遇したらかなり混乱する。倒せるかもわからないしな」
「はい。今は気にしなくていいと思います。今は、私達にやれることをやりましょう」
「そうだな。……マノン、ディエゴ様、じゃなくディエゴって呼び捨てにしたんだな。良い心がけだ」
「は、はい……バン王国に対抗するなら、それくらいはしないと、と思いまして……」
これはマノンなりの精一杯の悪口なのかもしれないな。
呼び捨てが悪口は可愛すぎるが、本当にマノンがクソモジャ髭と呼んでいたら反応に困るところだったし良かった。
「そうだな。……それじゃあ気を取り直して、練習再開するか!」
~◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇~
「おはよう! トウゴお兄ちゃん! マノンお姉ちゃん!」
「おはよう、ショウ君。今日も早いね」
「おう、おはようショウ。お母さんも、おはようございます」
昨日の練習から一夜明けた朝、俺とマノンが練習のため家の外に出ると、ショウとそのお母さんに声をかけられた。
「おはようございます、トウゴ様。今日も練習ですか? 私達に出来ることなら何でも手伝いますので、頑張ってくださいね」
「ありがとな。何かあったら頼らせてもらう」
二人に軽い会釈をして、俺達は村の奥の広場に向かった。
「トウゴ様、もう村の皆と打ち解けてますね。嬉しいです」
「おう。何とか受け入れてくれてるみたいだな。俺のことを悪く言う人もいないし、本当に助かってる。俺の居場所はここだって、胸を張って言えるよ。今日も頑張らないとな」
村の皆は俺が国王になることを快く受け入れてくれているみたいだ。
まだこの村にとってプラスになることは何も出来ていないが、今はやれることをやるしかない。
「友好国についてはどうしようか。いくつか候補があるけど、やっぱ一番はマジャーラ王国が理想的なんだよな……問題が無い国というか、安全な国な気がする」
「私もそう思います。国の規模もそれなりに大きくて、国王もマトモです。そして国の騎士団も強い。必要な要素は揃っていますが……」
マジャーラ王国は、ここからそこまで遠くない距離にある国だ。
この世界の中でもかなりバランスの取れた国で、問題は無いように思う。
ただ――
「言いたいことは分かる。そう、それだけの大国に俺達が何を与えてやれるかが問題なんだよな。考えてはいるんだけど、アイデアが一向に浮かばないんだよな……」
そう、正直一番悩んでいるのが交渉材料。
こんなことあまり言いたくないが、この村にはあまり有益なものがない。
「とりあえず、練習するか。しばらくすればいいアイデアが浮かぶかもしれないしな」
交渉材料を探すことから逃げるようにして、俺は練習にのめり込んだ。