第9話【ギフトと覚醒】
鬼畜中抜きのウラホに押されるミサヲ、
様子を見ていたドクはウラホの力の正体に気付いた。
「ボクとした事が迂闊だった……ここまで最悪で最高の可能性を忘れるなんて!」
ひとりで興奮気味に納得したドクは様々な薬品を撃ち出すポンプアクション式のショットガン型のレールガン、リニアショットTTRをLab13から取り出し、短い試験管を3本ほど銃身の下から装填し始める。
「鋭時君はシアラさんとここで待ってて。あとシアラさんは念の為に戦略術式にも耐えられる設定をしたって言う結界服に着替えといてね」
「ちょっと待ってくれドク、急にどうしたんだ?」
急に雰囲気を変えて矢継ぎ早に指示を出したドクに鋭時が戸惑って聞き返すと、ドクは興奮を抑えられない様子でミサヲとウラホが戦っている方を向いた。
「ウラホさんの怪力の正体が分かったんだよ。もしここにキミ達がいなかったら、ボクもミサヲさんもここで命を落としてかもしれない、ありがとう」
「ええっ!? あんなに強いミサちゃんが負けちゃうんですかっ!? それじゃあわたしも手伝いますっ!」
言葉とは裏腹に好奇心を抑えられないドクに、腰のヒツジのぬいぐるみをネコのぬいぐるみに付け替えて和服姿に戻ったシアラが驚きながらも協力を申し出る。
「確かにシアラさん達の協力があると心強いな……分かった、シアラさんはここで鋭時君を守ってくれないか?」
「教授を守るのは当たり前ですっ! でもっ、ここで待ってるだけでミサちゃんは助けられないですよっ」
はぐらかすような指示を出してからミサヲの元へひとりで向かおうとするドクにシアラが噛み付かんばかりの抗議をするが、横から鋭時が手のひらを向けてそれを止めた。
「落ち着けよシアラ、ドクにはドクの考えがあるんだからさ。でもよドク、本当にひとりだけで大丈夫なのか? 俺はともかくシアラの魔力は頼りになるぜ?」
ドクの考えに鋭時は理解を示してシアラを説得しつつも、本人も納得がいかない様子で質問する。
「向こうの手の内が分った以上は、キミ達2人の存在が最大の切り札になるんだ。どうしてもと言う場合は遠慮なく頼るから、それまで待っていてくれないか?」
「俺達が……? 膨大な魔力を持つシアラだけじゃないのか?」
ドクの言葉に鋭時が怪訝そうな顔で呟くと、ドクもまた納得するように呟く。
「そうか、ジゅう人に関する記憶が無ければそう考えるのも無理ないか……確かにシアラさんの魔力は強力で頼りになるけど、鋭時君が隣にいるだけで効果は最大限上がるんだ。詳しい説明はミサヲさんを助けた後でいいかな?」
「そうだな……このままだとミサヲさんが危険なだけだ。ここはドクを信じるよ」
「ありがとう、すぐ終わらせてくるよ」
尚も疑問の残る鋭時は同時に自身の疑問がドクの足止めしていると気付き、ただぎこちない笑みを浮かべて見送るしかなかった。
▼
「どうしましたミサヲ姉さま! いえ、掃除屋! 動きが鈍って来たよ!」
力で押し切れると確信したのか急にウラホの口調が強気なものに変わり、両手に持ったツインキャンサーを軽々とミサヲに向かって振るい続ける。
「ちっ、急に強くなりやがって……にしてもあの馬鹿力は何なんだ!?」
突然力の増したウラホにミサヲが驚きながらも強固な銃身で防御可能な放電銃、ミセリコルデを構えるが、上下左右あらゆる方向から交互に繰り出されるツインキャンサーの打撃を捌き切れずに全身を殴打されて堪らず後ろに下がった。
「さすがは頑丈なタイプ鬼のジゅう人、この程度では倒れないかぁ……っ!」
体勢を立て直そうと距離を取ったミサヲに対してウラホが追い討ちをかけるべく踏み込もうとするが、ミサヲの斜め後ろからショットガンを構えるドクに気付いて思わず動きを止めて大きく後ろに下がる。
「惜しいな~、あと半歩踏み込んでくれれば射程内だったのに」
「おいドク、手を出すなって言っただろ!」
突如割り込んで来たドクにミサヲは声を荒げるが、ドクはそれを遮るように低く静かな口調で話し掛けた。
「ミサヲさん落ち着いて、ウラホさんは半覚醒してる。この豆鉄砲が加わっても、半覚醒状態のジゅう人相手にボク達が勝てる見込みは無いよ」
「おいウソだろ!?……って、この状況でドクが冗談言う筈も無いか……それで、策はあんのか?」
思わぬ言葉に耳を疑ったミサヲが気を落ち着かせてから小声で作戦を尋ねるが、ドクは静かに首を横に振る。
「残念ながら。あのウラホさんが鬼畜中抜きに落ちぶれるなんて、いくらボクでも想定してなかったからね、いったい誰がこんな事を……」
「くっ……黙れぇー!」
諦めきった表情でドクが肩をすくめていると、今までとは違う膨大な殺気と共にウラホが踏み込みながら大蛇のような尻尾を突き出して来た。
「させるか!」
ウラホの攻撃に気付いたミサヲが左腕を正面にかざしながらドクとの間に素早く割り込み、勢いよくかざしながら捲ったジャンパーの左袖の下から金属製の手甲が姿を現す。
「なんだってっ!?」
ウラホの尻尾の先端がミサヲの隠し手甲に当たると同時にキンッと軽い金属音が響き、尻尾の先に絡めて隠していた太い針が弾かれて地面に落ちた。
「がら空きだよ!」
攻撃を外したウラホが怯んだ僅かな隙を突いたミサヲがミセリコルデの引き金を引くと、ウラホが咄嗟に体を庇った左腕にバチバチッと放電音が鳴り響いた。
「くっ……! こんな手に……」
「毒針を仕込んでたとはねぇ。でもこれで攻撃力は半減だ、覚悟しろよ」
弾いて地面に落とした針に塗られた滑りを帯びた液体を一瞥して呆れるミサヲがミセリコルデの槓桿を引いて戻し、電撃で痺れて力なく垂れ下がった左腕を尻尾で庇うウラホに向けてミセリコルデを構え直しながら慎重に間合いを取る。
「野郎、掃除屋よりも先に始末してやる!」
ミサヲの狙撃によって左腕を無力化されたウラホは、油断した己を強く責めつつドクへの殺意をより強大なものへと膨らませながらも体勢を立て直すべく後方へと下がった。
(ちくしょうっ、あの出来損ないには警戒してた筈なのに!)
ウラホはドクの持つショットガンが散弾はもちろんガス弾や煙幕弾などの様々な薬品弾を撃ち出せるリニアショットTTRだと知っており、ドクがわざと自嘲気味に大声で豆鉄砲などと言ったのも含めて油断を誘う罠だと気付いていた。
だが同時に自身が最も触れられたくない部分をドクに突かれて逆上したウラホはリニアショットTTRに装填された薬物弾への警戒も重なって尻尾に隠した切り札の毒針まで使ったが、逆にミサヲに防がれて隙を晒す結果となったのだ。
(あんなセコイ手に騙されるなんて!)
ミサヲが間に割って入らずともドクは切り札の毒針を防いだであろうし、両手のツインキャンサーによる攻撃を防ぐ手段も立てていたはずとウラホは結論付ける。
ウラホの意識をドクに向けさせてミサヲが狙撃するチャンスを作る事こそドクの作戦であったのだ、と。
「でも、あんた達なんて残ったこいつで充分だよ!」
自身の迂闊さを叱咤したウラホは右手のツインキャンサーを背中に収め、痺れて動かなくなった左腕の負担を軽減するべく左手に握ったままのツインキャンサーを強引に右手で抜き取ってから構え直す。
(同じ手は食うもんかい!)
ミセリコルデの電撃を受けた瞬間ウラホは左腕で体を庇ったが、これはミサヲが着弾した狭い範囲を麻痺させる程度にまで威力を調整しているとの直感が働いたと同時に機動力と攻撃の要である尻尾と利き腕の無力化を避けるためであった。
だがドクによってウラホの力がミサヲを上回ると知られた以上はミサヲも電撃の出力を上げて来るであろうし、ドクもあらゆる手段を駆使してミサヲが狙撃出来るチャンスを作りに来るだろう。
それでもウラホは、自身の経験と半覚醒した力があればミサヲのゼロ距離狙撃を躱しながら守りに徹するドクを仕留めるのも容易いと確信していた。
「ウラホさん。出来ればこのまま退いてくれると、ありがたいんだけどね?」
「はぁ!? あたいは半覚醒してんだよ、どうして逃げる必要があるんだい!」
突然撤退を勧告して来たドクに攻撃を仕掛けようと身構えていたウラホは思わず呆れた声を上げてから大声で凄むが、ドクは全く動じる様子も無く鋭時とシアラが隠れている土壁を背にする位置まで静かに移動した。
「ウラホさんならそこからでも見えるはずだよ、ボクの後ろにいる客人がね」
「客人? そいつらが何だって言うんだい?」
含みを持たせて笑うドクの言葉に苛立つウラホは、それでもドクの策略に対して最大限の警戒を払いながらタイプ野槌をはじめとする蛇系の【証】を持つジゅう人特有の器官、生き物の体温を見る事の出来るピット器官に意識を集中する。
(メスとオスが1人ずつ……? メスの方は巧妙に【証】を隠してるけどもオスは違う……まさかこいつは!?)
ピット器官を通して土壁越しにシアラと鋭時を注意深く観察するウラホが鋭時の正体に気付いて体をこわばらせると、ドクが安堵のため息をついた。
「やっと気付いてくれたか……キミはピット器官を使ったから暗闇の中でボク達のいる所まで真っ直ぐ来れたんだろうけど、細かい情報は近付かないと把握出来ないだろうからね。お察しの通り、客人は人間と半覚醒したジゅう人だよ」
「ちっ、何だってそんなのがあんた達といるんだい!」
ドクの明かした鋭時とシアラの正体に驚いたウラホが思わず声を荒げて凄むと、含み笑いを一瞬浮かべたドクはすぐに飄々とした顔に戻って肩をすくめる。
「どうしてと言われてもね……今ボク達は彼等を安全な場所まで送り届けるように依頼を受けてるからね」
質問の意図を理解出来ない風を装って話をしてからひと呼吸置いたドクは、声のトーンを下げながら含みを持たせて再度口を開く。
「今はボク達が守る立場だけど、いざとなれば彼等はボクらに協力してくれるよ。ボクが合図すれば、すぐに彼女は完全覚醒して加勢してくれるよ」
「ハッタリだ! 素人が完全覚醒したところで、すぐに戦えるものかい!」
完全覚醒と言う言葉に動揺したウラホだが、すぐに気を取り直してドクに右手のツインキャンサーを向けた。
「確かに彼女は戦いに関しては素人だが、ギフトを持ってる。ボクとミサヲさんがサポートすれば、キミを無力化するなんて雑作も無いよ」
「なっ、ギフトだって!?」
事もなげに言い返してきたドクの言葉に、ウラホは驚きの余り大声を上げる。
(ダメだ……情報も無しに完全覚醒したギフト持ちを相手するのは危険だ。せめてタイプだけでも分かれば……)
圧倒的に不利な状況を打開するためにウラホはピット器官に意識を集中するが、やはり壁向こうのジゅう人、シアラの種別を見分ける【証】を探し出せずにいた。
(直接顔を見ていれば……今さら遅いわね。分かってるのは網と土壁を作る術式を持ってるってだけだ、他に無いのかい!)
ミサヲとドクへの警戒に意識を集中し過ぎてシアラの種別確認をしなかった事を後悔したウラホは自分の手下に向けられた術式を思い出しながらシアラの戦い方を推測するが判断材料に乏しく、対抗策が浮かばないまま焦燥感に駆られる。
(術式使う時に服まで変わったんだ、他にも何か隠し持ってる筈だよ。それをあの出来損ないがどんな作戦に使ってくるか……)
それでも対抗策を練るためにシアラの行動を必死に思い出していたウラホだが、未知数のままのシアラの能力を確実に活かして自分の無力化を狙うであろうドクとミサヲに対応しきれないと確信して右手のツインキャンサー大きく振り上げた。
「あたいはこんな所で終われないんだよ!」
言うが早いかウラホが勢いよくツインキャンサーを振り下ろすと同時にドォンッという激しい轟音と共に土煙が舞い上がり、視界が遮られた隙を利用してウラホは尻尾を使って高く跳び上がってから闇の中へと消えた。
「しまった!? ウラホのやつ、まだあんな力を隠してやがったのかよ!」
死角からこっそり近付いていたミサヲは目の前で上空へと消えたウラホに驚いて警戒しながら周囲に目を配ったが、いつまで経っても攻撃が降って来る気配が無く辺りはしばらく沈黙に包まれた。
▼
「何も仕掛けて来ないな……逃げちまったのか?」
「どうやら退いてくれたようだね、やれやれ命拾いしたよ」
尚も警戒しながらミセリコルデを構えるミサヲが呟くと、リニアショットTTRをLab13に収めたドクが近付いてからTダイバースコープ越しに安全を確認する。
「シアラ、鋭時、もう安全だ! 出てきていいぜ!」
ドクから観測結果を聞いて安堵のため息をついたミサヲは、ミセリコルの銃口を下げてから土壁に隠れている鋭時達に声を掛けた。
「何が起きたんだドク? あのウラホってジゅう人、俺達を見た途端逃げたように見えたんだが?」
土壁の陰から出て来て周囲を見渡しながら尋ねる鋭時に、ドクは恥ずかしそうに指で頬を掻く。
「ただのハッタリだよ、ボクは嘘が下手だから分の悪い賭けだったけどね……」
「全くだぜ。策が無いなんて見え見えの嘘を言った時は、ウラホにバレやしないかヒヤヒヤしたんだぜ……っとと」
頬を掻きながら苦笑いを浮かべるドクにミサヲが呆れて背中を叩こうとするが、バランスを崩してその場でよろめいてしまった。
「ミサちゃん、大丈夫ですかっ!?」
「ウラホにだいぶ痛めつけられたからな~、ちょっと上手く歩けないぜ、っと」
鋭時の後ろを歩いていたシアラがミサヲを心配しながら近付いて声を掛けると、ミサヲはよろめいた勢いを利用してシアラに抱き付きながら膝をついた。
「きゃっ!? どさくさに紛れて抱き付かないでくださいよぉ……ってアザだらけじゃないですかっ、ミサちゃん本当に大丈夫ですかっ!?」
突然抱き付かれて驚きながらもミサヲの腕を退けようと掴んだシアラは、掴んだ腕のみならず露出した肌の至る所が青く変色している事に驚いてさらに大きな声を上げる。
「な~に、少し休めば歩けるようになるさ。ウラホも逃げたし、他に鬼畜中抜きはいねえんだ……しばらく休ませてくれよ~」
安心しきったミサヲが心配するシアラの小さな体にもたれかかり出し、シアラは堪らず手足をバタバタと動かし始めた。
「わわわっ!? 放してください~っ、わたしは今すぐに教授とステ=イションに行きたいんです~っ」
「固いこと言うなよ、すぐ終わるからさ。あ~、シアラの温もりは癒されるぜ~」
「むぎゅぎゅ~っ」
聞く耳を持たずに微睡むような表情をしたミサヲの抱擁によって胸の谷間に顔を埋められたシアラはバタバタ動かしていた手足を止めてから腰に取り付けたネコのぬいぐるみに右手を入れ、中から小さな桜色の日傘を取り出す。
「ぷはっ、【活性灯】! さあミサちゃん、この温もりで早く癒してくださいっ」
どうにかミサヲの谷間の抱擁から顔を出せたシアラが右手に持った桜色の日傘、メモリーズホイールに意識を集中して術式を発動すると同時に日傘の先端から淡く光る小さな赤い光球が現れた。
「ん? 何をしたんだ、シアラ? 何だか急に体が軽くなったぞ?」
シアラの出した光球に照らされて突然全身の傷みが消えたミサヲが驚いて全身を見回すと、至る所に付いていたアザが無くなっていた。
「おいシアラ、大丈夫か? というかこの光はいったい?」
突如目の前に現れた光球に驚いた鋭時が消えたアザを確認するミサヲの抱擁から逃れたばかりのシアラに近付いた瞬間に手のかすり傷が光球に照らされて見る見るうちに塞がり、鋭時は思わず立ち止まって様子を確認する。
「これも治癒術式……なのか?【遺跡】でシアラに使ってもらった霧の治癒術式とだいぶ毛色が違うような……」
鋭時が顎に手を当てて【遺跡】で見た治癒術式、【全快白霧】を思い出しながら思考癖を働かせていると、シアラが嬉しそうに声を掛けて来た。
「さすがは教授っ!【活性灯】は市販の術ですけど、治癒の光で細胞を活性化して疲労を回復したりケガを治したりできますっ!【全快白霧】のように即全回復とはいきませんが、一晩中灯して楽しめますよっ」
「確かにこの柔らかい光はずっと見てても飽きないな……市販って事はこの杖にも入ってるのか?」
魔力で灯される赤い光に感動した鋭時がドクから借りたアーカイブロッドの中を確認しようとすると、スーツの袖をシアラが引いて来た。
「教授っ、術式はわたしが使いますから、早くステ=イションに行きましょうっ」
「そうだった……今は安全な場所に案内してもらうのが先だ。ミサヲさんの回復も順調だし、後はドク……はどこ行ったんだ?」
微笑むシアラに袖を引かれた事で本来の目的を思い出した鋭時は、いつの間にかドクが姿を消している事に気付いて辺りを見渡した。
「ああゴメン、しばらく掛かりそうだから少し周囲を見て回ってたんだ。おかげで面白いものを見付けた、さっきの戦闘で誰かが落としたんだろう」
シアラの発動した治癒術式でミサヲの回復が予想よりも早いと気付いて慌てて戻って来たドクは、小瓶のような容器を手に乗せてミサヲに見せる。
ドクの手から小瓶を取ってひと通り眺めたミサヲは、驚愕の表情を浮かべた。
「こいつは……まさか、ZKの撒き餌か!?」
「そのまさかだ……ウラホさん達の裏にはこんなものまで用意出来る奴等がいる。薄々気付いてたとは言え、やるせないね」
忌々しそうにミサヲが容器を突き返すと、ドクはため息をついてから受け取った容器をLab13に放り入れた。
「ミサちゃん、大丈夫ですか? 怖い顔になってますよ?」
「ん? 何でもない、と言っても気になるか……ドク、説明を任せていいか?」
心配そうに顔を覗き込んで来たシアラに気付いたミサヲは頭を掻きながら平静を装うが、すぐに無理と観念してドクに話を振る。
「既に巻き込まれてる以上は説明した方がよさそうだね……さっきの瓶にはZKを呼び寄せる撒き餌が入ってた。こいつは、ほんの僅かな量でも対処しきれないほど大量に呼び寄せる危険極まりない代物でね、掃除屋はもちろん鬼畜中抜きみたいな外道でも滅多に使わないんだ」
「つまり、奴等がその撒き餌を【遺跡】の出口に撒いてたから俺達は大量のZKに囲まれたのか?」
ミサヲの意見に同意して頷いたドクが拾った容器について説明をすると、鋭時が【遺跡】を脱出する際に遭遇したZKの大群を思い出して質問した。
「そうだね。おそらくは境界線越しに撒いてたんだろうけど、【破威石】を使ったZK除けの影響であの辺に留まったという訳だ」
「何だって奴等はそんな事を……」
「おそらくはより多くの【破威石】を掃除屋から盗るためだろう。あれだけの数のZKを駆除すれば疲弊するから盗りやすくなるし、まさに一石二鳥ってやつだ」
「酷い話だ……最前線で命を張ってる人達の危険を増した上で稼ぎを根こそぎ奪うなんて、どこまでも腐ってやがる……」
ドクがため息交じりに鬼畜中抜き特有の手口と思考を説明すると、鋭時は怒りに震えながら呟いた。
「ああ全くだ、奴等は掃除屋の苦労を全く分かっちゃいねえ……何だってウラホもそんな奴等と組んだりしたんだか」
「たぶん知り合い……なんですよね? あのウラホってジゅう人とは……」
鋭時とドクのやり取りを聞きながら鬼畜中抜きへの怒りを思い出したかのように呟くミサヲに、鋭時が心配そうに声を掛けるが言葉が続かず途切れてしまう。
「あいつは妹緒ウラホ。2年前まではステ=イションに住んでて、あたしと同じくZKを駆除する掃除屋稼業をしてたんだ。あたしとは違うチームだったけど時には手を組む事もあって、実に腕のいい掃除屋だったよ」
「ボクは本業が発明家でステ=イションに来たのも3年くらい前だから付き合いは浅いけど、街でウラホさんがミサヲさんを姉貴分として慕ってるのをよく見たよ」
心配しながらも言葉の出ない鋭時の心情を察したミサヲがウラホの素性を簡単に説明すると、ドクもミサヲとウラホの関係について説明を重ねた。
「よせよドク、もうウラホは妹分なんかじゃねえ。それより今はステ=イションに急ごう」
「ああゴメン、余計な事だったかな? もう動けるようなら出発しよう。鋭時君もそれでいいね?」
頭を激しく掻きながらミサヲが話を打ち切り、ドクも同意する。
「そうだな、今は安全な場所まで行くのが先だ。何て言うか……詮索するみたいになって悪かったよ……」
「あっはっは、気にすんな。鋭時のおかげで胸のつかえが取れたよ、ありがとな」
ばつが悪そうに頬を掻きながら鋭時が謝ると、ミサヲは豪快に笑い飛ばしてから歩き出した。
「ミサちゃんを元気付けちゃうなんて、さすがは教授ですっ! さあ、わたし達も急いでステ=イションに向かいましょうっ!」
「いや、俺は何も、むしろ余計な事を言って……そんなに引っ張るなよ……」
瞳を輝かせながら見詰めて来たシアラに戸惑った鋭時が首を振って否定しようとするが、スーツの袖を掴むシアラに引かれたままミサヲの後を着いて行く。
「ふむ……これは興味深いな……」
「ん? どうしたんだ、ドク?」
「いや何でもない。すぐ追い付くから、しばらくシアラさんとごゆっくりどうぞ」
顎に手を当てながら興味深そうに呟いたドクに気付いた鋭時がシアラに少しずつ引き摺られながら尋ねると、ドクは誤魔化すように微笑んでから軽く手を振った。
「いや、ごゆっくりとか意味わかんないんだけど……」
予想外のドクの態度に呆れて頬を掻いた鋭時に、シアラが下から覗き込むように見上げて話し掛けて来る。
「どうしました、教授っ? いよいよステ=イションですっ、教授の記憶もきっと戻りますよっ」
「あのな、着いてすぐ思い出せる訳じゃないだろ……それにステ=イションだってどんな街かも分からないんだ……」
既に問題が解決したかのような口振りで微笑むシアラに、鋭時は頭を掻きながらジゅう人への警戒を改める。
「心配いりませんっ! もし教授にひどい事をしようとする人がいたら、わたしが守りますっ! わたし、半覚醒してますからっ!」
「おいおい、あれは、あの場を切り抜けるためのドクのハッタリだろ?」
鼻息荒く胸を張って自信に満ちた笑みを浮かべるシアラに鋭時が手を額に当てて呆れていると、唐突にドクが後ろから声を掛けて来た。
「いや、シアラさんは本当に半覚醒してるしギフトも持っている。むしろボク達がステ=イションまでの護衛を頼みたい程だ」
「うわっ!? もう調べものは終わったのか、ドク?」
「ああ、驚かせたようでゴメンね、個人的なものだからすぐに終わったよ」
「そ、そうか……ところでシアラって、そんなに凄い……のか? 俺はジゅう人に関する記憶がまるで無いから、半覚醒とかギフトとか言われても何が何だか……」
スーツの袖を掴んで引くように前を進むシアラを眺めながら鋭時が質問すると、ドクは楽しそうに顔を緩めて説明を始める。
「まずギフトだけど、稀に特定の魔法に突出した才能を持って産まれて来る人間やジゅう人がいる。シアラさんは差し詰め結界のギフトと言ったところかな?」
「いわゆる天賦の才ってやつか……ウラホってジゅう人の驚きようから考えると、数はそれほど多くない上にとんでもなく強いのか……?」
「そうだね、ギフト持ちは珍しい上に定石通りの対処が効かないからウラホさんは警戒して逃げたんだ」
簡単な説明で理解した鋭時が呟くと、ドクは答えるように小さく頷いた。
「次は覚醒だね。ジゅう人の女性は本来、相性のいいジゅう人の男が持つN因子に反応して身体能力や魔力が向上する機能を持ってるんだ。その初期段階を半覚醒、さらに覚醒の度合いが進むと完全覚醒と呼ばれて、さらに能力が向上する」
「N因子? これで遮断してるA因子と関係があるのか?」
新しく聞いた言葉に疑問を持った鋭時が自身の体にあると言われたA因子からの波動を遮断する外套を掴みながら質問すると、ドクは嬉しそうに頷いてから説明を続ける。
「そうだね、鋭時君達人間が持つA因子はジゅう人の持つN因子に似ているけど、より多くのジゅう人に効果がある。言わばN因子の上位互換だね」
「なるほど……それでシアラは俺に近付いたのか……覚醒するってのは、そこまで価値があるものなのか……?」
「考えはそれぞれだと思うけど、向上した身体能力や魔力あれば生活をいくらでも充実させる事が出来るからね」
「そっか、俺は知らないうちにあいつの役に立って……そうじゃない……!」
苦笑したドクの言葉を選んだような説明に頷いた鋭時が納得しかけてから大きく首を横に振り、小声だが強く否定した。
「怖い顔してどうしたんですか、教授っ?」
「い、いやなんでも無い……何て言うか、その……シアラには迷惑かけてばかりで申し訳ないな……と思ってね」
心配そうな顔で振り向いたシアラに気まずさを感じた鋭時が視線を逸らしながら軽く頭を下げると、シアラは静かに首を横に振ってから満面の笑みを浮かべる。
「気にしないでくださいっ。わたしは教授と出逢えただけで幸せですからっ」
「あのな……いくら覚醒とやらが出来たからと言って、俺がいるだけで何度も命の危険があっただろ。どこが幸せなんだよ……」
「でも、教授もわたしも教授の考えた方法のおかげで生きてますよっ!」
「あー……最初のZKの時の話か。あの時はシアラを逃がす事だけ考えて……」
羨望の眼差しで見詰めて来たシアラの言葉を聞いて最初に遭遇したZKに対して立てた作戦を思い出した鋭時は照れ臭そうに指で鼻の頭を掻いてから本来の意図を話そうとしたが、途中で止めて首をゆっくり振った。
「何でもない、どうあれ今は生きているんだ。これから先の事はステ=イションに着いてから考えればいいか……」
「そうですっ! わたしも一緒にステ=イションに行って教授の記憶を戻す約束をしたんですからっ!」
スーツの袖を強く掴み直しつつ丸く大きな瞳を輝かせて見詰めて来たシアラに、鋭時はため息をついて観念する。
「そういえば飽きるまで着いて来るって約束だったな……もう何言っても聞かないだろうし、好きにすればいいさ」
「ステ=イションに着いたら好きにしていいなんてっ……やっぱりわたし、教授に出逢えて幸せですっ」
「だから、どこに幸せを感じる要素があるんだよ……」
鋭時のスーツの袖から手を放してから両手で頬を軽く押さえながら満面の笑みで喜びに浸るシアラに鋭時が再度ため息をつくと、前方から大声が聞こえて来た。
「おーい、シアラ、鋭時、こっちだ」
「ほら、ミサヲさんが呼んでるぞ、とりあえずこの話はここまでだ」
「あっ、待ってくださいよ~っ」
テレポートターミナルの前で手招きするミサヲの姿を確認した鋭時が歩く速度を上げ、シアラも慌てて後を追うように走り出した。