第8話【蛇蠍】
無事【遺跡】を抜けた鋭時達だが、
探索術式を使ったシアラが何者かの接近を察知した。
「ミサちゃん、マーくん、向こうに誰かいますっ!」
「落ち着いて、シアラさん。さっきの立体地図を出せるかな? ZKは再開発区に入って来れないから、同業者かもしれない」
ウサギのぬいぐるみを左手に持ち替えて腰の帯に取り付けたネコのぬいぐるみに右手を当てながら身構えるシアラに、片眼鏡型の立体映像、Tダイバースコープを起動したままのドクが庇うように半歩前に出ながら静かに話しかける。
「分かりましたっ。ヴィーノ、お願いしますっ」
ドクに促されたシアラが左手に持ったウサギのぬいぐるみに魔力を込めて足元に出現させた立体地図には、【空間把握】で得た情報を元に周囲の廃ビル群と簡素な人型の立体映像が映し出された。
「ヴィーノの結界服に着替えてないので、この程度の精度しかないのですが……」
「これで充分だよ、シアラさんありがとう。ミサヲさん、これどう思う?」
恥ずかしそうに俯きながら立体地図を映し出すシアラにドクが軽く感謝すると、顎に手を当てながらミサヲに意見を聞き始めた。
「この数は掃除屋にしちゃあ多すぎる。解体業者ならとっくに帰ってるだろうし、作業場も居住区寄りのはずだ。残る可能性はあまり考えたくないんだがね……」
「シアラの地図だと、どうやら向こうから答えを持ってきてくれそうだぜ。ドク、ミサヲさん、隠れたりしなくて大丈夫なのか?」
難しい顔をしながら頭を掻いたミサヲの横で地図を眺めていた鋭時は、地図上を移動する人型の立体映像に気付いてドクとミサヲに確認を取る。
「ふむ……この術式は対象の動きもリアルタイムで分かるのか、たいしたもんだ。これ、やはり動き方からしてジゅう人だろうね」
「ああ、どうやら向こうもあたし達に気付いてる。やり過ごせそうにないね」
立体地図の完成度に唸るドクの横で渋い顔を浮かべたミサヲは肩に掛けたボルトアクション式のライフル銃を模した放電銃、ミセリコルデを降ろしてから金属製の短い六角棒で出来た銃身の具合を手の上で確認した。
「おいおい、【遺跡】を出たら安全じゃなかったのかよ?」
「まだ敵と決まった訳じゃないけど、再開発区は脛に傷を持つ連中の溜まり場でもあるからね……」
言葉とは裏腹に楽しそうな顔でアーカイブロッドを持つ手に力を込める鋭時に、ドクは苦笑しながら再開発区の現状を説明し始める。
「なるほど、ここは無法地帯って訳か……【圧縮空壁】は解除出来ないな……」
ドクの説明を聞いた鋭時は、防御術式を組み込んだネクタイを触りながら呟く。
「向こうは迷わずボク達に向かって来てる、向こうの目的はどうあれ接触するしかないだろうね。鋭時君は念のため外套でA因子を隠してくれないか?」
「そうだな……相手がジゅう人なら、俺が人間だと面倒が増えるかもしれない」
ドクの頼みで自分自身の立場を理解した鋭時は、【遺跡】を脱出する際に乱れた外套を整えてフードを深く被り直す。
「とりあえずこれでいいか? それであいつらは何が目的なんだ?」
「そんなもん、あいつらに直接聞けば分かるぜ……そこにいるんだろ! コソコソ隠れてないで出てこいよ!」
鋭時の質問に投げやり気味に返したミサヲが苛立ちを隠せないまま近くの建物に向かって大声を張り上げると、建物の裏側から獣のような耳や尻尾といった様々な【証】を持ったジゅう人達がぞろぞろ姿を現した。
「随分と勘のいい掃除屋だなあ、まあ出すもん出せばどうでもいいけどよ」
「へへっ……痛い目に遭いたくなけりゃあ、持ってる【破威石】全部出しな!」
ナイフや金属バット、果ては手製の槍といった様々な武器を持って【破威石】を出すように脅して来たジゅう人達を前に苛立ちが頂点に達したミサヲは、ため息をつきながらミセリコルデの銃口を向ける。
「あたし達相手に鬼畜中抜きとは、いい度胸じゃないか。外道働きをしたからには覚悟も出来てるんだろうね?」
落ち着きつつも怒りを込めた声で警告してから静かに前へ踏み出したミサヲに、武器を持ったジゅう人達は圧倒され僅かに後ずさりした。
「なあドク、ミサヲさんが言ってる鬼畜中抜きってなんだ?」
後方でミサヲとジゅう人達のやり取りを眺める鋭時がドクに小声で質問すると、ドクも小さくため息をついてから小声で答えた。
「掃除屋が【遺跡】で手に入れた【破威石】を奪う強盗だよ。由来までは知らないけど、卑劣極まりないからこう呼ばれている」
「確かにZK相手に命張って手に入れた【破威石】を奪うなんて鬼畜の所業だな、でも盗品なんて売れるのか?」
「悲しいかな、買い手に【破威石】の出どころを探る手段は無いのさ」
納得しながらも疑問を口にする鋭時に、ドクは小さく肩をすくめて苦笑いする。
「な、何を後ろでごちゃごちゃ喋ってやがる! こ、この数を相手に勝てるとでも思ってんのか!」
後ずさりをしていたジゅう人のひとりが鋭時達の会話が聞こえた事で我に返って手にしたナイフを振りながら脅すが、ミサヲはミセリコルデを構えたまま躊躇せず歩みを進める。
「へぇ、威勢だけはいっちょ前だねぇ、御託はいいからかかって来いよ!」
「お、おい!? お前正気なのか!? い、いくら銃を持ってるからって、オレ達全員を同時には撃てないぞ!」
物怖じせず迫るミサヲに先頭のジゅう人はさらに慌ててナイフを振り回し、他のジゅう人達も緊張が走った様子でミサヲを取り囲むように広がったところで建物の陰からひとりの女性が姿を現した。
「お前達、何をのんびりしてんだい? あたいがいないと何も出来ないのかい!」
肘や膝に赤いプロテクターを取り付けた黒いライダースーツに身を包んだ女性が不機嫌そうに自分の身長ほどに長い大蛇のような尻尾を地面に叩き付け、バシッと大きな音が鳴ると同時に武器を持ったジゅう人達が体をこわばらせて振り向く。
「すんません姐御……こいつら中々に強情でして……」
「これだけの数に怖気付かないなんて、いったいどこのどいつだ……い?」
部下の情けない言い訳に呆れた女性だが、標的の顔を見るなり言葉が止まった。
「誰かと思えばウラホじゃねえか! いつステ=イションに戻ってたのか知らないけど、随分と変わったもんだねえ……」
「ミサヲ姉さま!? どうしてここに……? いや、そんなのはどうでもいい! お前達! 今すぐ逃げるんだよ!」
驚きと呆れが混じった表情で睨み付けるミサヲに、ウラホと呼ばれたジゅう人の女性は激しく狼狽えて部下に撤退を命じた。
「いったいどうしたんです姐御? そんなに慌てて……」
突然の撤退命令を受けて戸惑う部下のひとりが命令の理由を尋ねようとするが、ウラホはそれを遮るように大声を上げる。
「あの人はお前達が束になっても勝てない凄腕の掃除屋だよ! 四の五の言わずに早くお逃げ!」
「冗談言っちゃいけませんぜ、姐御。いくら強いと言っても相手はひとり、他にも取り巻きがいるみたいですが物の数じゃあありませんぜ」
「いいからあたいの言う事を聞くんだ! バラバラに逃げればまだ生き延びる目はあるんだ、早くお逃げ!」
尚も状況を理解出来ずに命令を聞き入れない部下達に、ウラホは苛立ちを募らせながら声を荒げた。
「作戦会議は済んだか? そろそろ始めるぞ?」
しびれを切らせたミサヲがミセリコルデの銃身で肩を叩く仕草をしながら静かに歩き出し、後ろから着いて来たドクに小声で話しかける。
「ドクはシアラと鋭時を頼む、手を出さないでくれないか?」
「ああ、分かった。気を付けてね」
「ちょっと待てよ、ドク。あれだけの数をミサヲさんだけに押し付ける気かよ? 俺達も手助けしないと……」
二つ返事で了承したドクに驚いた鋭時がアーカイブロッドに組み込まれた術式を確認しながらミサヲの後を追おうとするが、ドクは腕で遮る仕草をして止めた。
「大丈夫、ミサヲさんは腕のいい狙撃手だから何も心配ないよ」
「え? それだと尚更拙く……」
わざと周囲に聞こえるような声で説明したドクに鋭時が反論しようとした瞬間、意外な場所から大声が飛んで来た。
「ちょっとドク! ミサヲ姉さまの得意技を喋るなんて、どういう了見だい!? 手を出さないって約束したばかりでしょ!?」
地団太を踏むかのように何度も尻尾を地面に叩き付けて激昂するウラホに対し、ドクは余裕の表情で言葉を返す。
「はて? 手を出すなと言われたけど、口を出すなと言われてないよ? それよりキミの手下達は完全に命令を無視するつもりみたいだね、早く次の手を考えないと拙いんじゃないかな?」
楽しそうに指摘するドクの言葉通り、ミサヲが狙撃手と知ったウラホの手下達は各々の武器を構えてミサヲを取り囲み始めた。
「へへっ、狙撃手なんざあフクロにすればそれで終わりじゃねえか。何のつもりか知らねえが、手の内明かしたバカな仲間を恨むんだなあ!」
確実に誰かが背後に立つようにして狙撃銃を警戒しながら近付いて来るウラホの手下達に気付いたミサヲは、ドクのいる方を向いて軽くため息をつく。
「まったく……ドクは見事なもんだよ。たったあれだけの言葉でこいつ等を足止めするなんてさ」
感心しながら呟いたミサヲは、ナイフを持ったジゅう人が目の前に立つと同時にミセリコルデの銃口を向けながら用心金に掛けていた指を引き金に移す。
と同時にミサヲの背後から大柄のジゅう人が駆け寄り、ミサヲの後頭部目掛けて金属バットを振り上げた。
「バカめっ、貰った!」
勝ち誇った様子で大柄のジゅう人が金属バットを振り下ろした瞬間、素早く振り向いたミサヲの持つミセリコルデの銃身に金属バットが受け止められてカキンッと金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。
「見え見えなんだよ!」
「なっ!?」
全く予想外の出来事に対して驚愕の声を上げた大柄のジゅう人の動きが止まり、その隙を逃さずにミサヲは大柄のジゅう人にミセリコルデの銃口を向けて引き金を引いた。
「がぁ!?」
バチバチッと激しい放電音と共に叫び声をあげた大柄のジゅう人は、小さく体を痙攣させながら地面に倒れ落ちる。
「安心しろ、出力は抑えてある。命までは取らないよ、今回だけはね」
倒れたジゅう人に息がある事を確認したミサヲが連射を避けるために設けられた槓桿を引いて戻しながら振り返りつつナイフを持ったジゅう人に狙いを付けてから引き金を引き、こちらも放電音と共に膝から崩れ落ちた。
「やりやがったな、こいつ!」「ふざけやがって、逃がすかよ!」
ナイフを持ったジゅう人が倒れた瞬間を狙うように槍を持った2人のジゅう人が同時に死角から襲い掛かるが、ミサヲは慣れた手つきで槓桿を操作しながら素早く振り向いて上から振り下ろされた片方の槍を躱しつつ突き出されたもう片方の槍を手のひらで反転して逆手に持ったミセリコルデの銃身で受け止める。
「バカな!? こいつは狙撃手じゃ……ぐがぁ!?」
突き出した槍を狙撃銃で受け止められて動揺するジゅう人の隙を見逃さなかったミサヲは、ミセリコルデを素早く順手に持ち直して電撃を浴びせた。
「な、何なんだよ、こいつは!?」
攻撃を躱されたもうひとりのジゅう人が槍を振り回しつつ大きく後ろに下がって体勢を整えようとするが、ミサヲは冷静に槓桿を引いて戻してからミセリコルデの銃口を向けて引き金を引く。
「銃を相手に間合いを取るとはね」
突き立てた槍にしがみ付き倒れまいと体を震わせるジゅう人を一瞥したミサヲが気配を察してミセリコルデの銃身を頭の横まで持ち上げた瞬間、ガンッという音を立てて銃身に当たった石礫が地面に落ちた。
「ちきしょう、なんて勘の良さだ! これでも食らいやがれ!」
石礫を弾かれた猿のようなジゅう人が慌てて近くに落ちていたコンクリート片を拾って投げるが、ミサヲは動じる事無くミセリコルデを前に構える。
「ふんっ、甘い!」
気合と共にミサヲがミセリコルデを振って飛んで来たコンクリート片を地面へと叩き落とすと、次の投擲が来る前に駆け出して猿のようなジゅう人に近付いた。
「ちょっ、まてっ、ウソだろー!?」
猿のようなジゅう人は慌てて拾っていた石を投げ捨てて背中に差した棒状の得物を抜こうと手を伸ばすが、走りながら槓桿を引いて戻したミサヲがミセリコルデの引き金に手を掛けて猿のようなジゅう人はそのまま固まって倒れ落ちる。
「ちくしょう! こうなったらこいつらだけでも!」
「危ない、教授っ! マフリク、お願いしますっ!」
ミサヲに敵わないと判断したのか、イタチのような耳と尻尾の生えたジゅう人が袖から湾曲した刃物を突き出しながら鋭時に飛び掛かるが、腰に取り付けたネコのぬいぐるみをヒツジのぬいぐるみに付け替えたシアラが庇うように割って入る。
「【捕獲網】!」
瞬時に髪のリボンがティアラに変わって桜色の和服から白いドレス姿に変わったシアラが飛び掛かって来たジゅう人に両手を向けて術式を発動すると、周囲の土を粒子に変えて寄り合わせた網がジゅう人を絡めて捕えたまま空中で停止した。
「な、何だよこれ!? 降ろしやがれ!」
土の網に捕えられて喚くジゅう人をものともせずにシアラが手を上げて回すと、手の動きに合わせて土の網が空中で回転を始める。
「お、降ろせー! 目が回るー!」
網の回転が大きくなるにつれて捕らえられたジゅう人の絶叫も大きくなったが、シアラは意にも介さず網を遠くへ飛ばした。
「あなたをどうするかはミサちゃんに任せますっ、命拾いしましたねっ」
操作した網をミサヲのいる場所の近くに投げ落としたシアラは、心配そうな顔で振り向いて鋭時に声を掛ける。
「おケガはありませんでしたか、教授っ?」
「大丈夫だ何ともない、咄嗟の事でどの術式使えばいいか迷ったから助かったぜ」
「お役に立てて何よりですっ! お礼はハグしていただくだけで構いませんよっ」
「だから……それのどこが礼になるんだよ? あと下手に俺に近付けば拒絶回避でどうなるのか分からないって何度も言ってるだろ……っ!!」
無邪気に微笑むシアラに対して疲れたような表情で額に手を当てながらぼやいた鋭時であったが、突如背後に殺気を感じて咄嗟に身構えた。
「ぐぁ……!」
振り向いた視線の先には鋭時を襲ったジゅう人とは別のジゅう人が、木刀を振り上げたまま宙に浮かんで呻き声を上げていた。
「おや、邪魔をしてしまったかな?」
空中で制止したままのジゅう人を鋭時が呆然と眺めていると、ドクが涼しい顔で近付いてくる。
「あ、いや……それより、あれはドクが?」
「ホーミングギャロット、名前通りの使い方をした事は一度も無いけどね」
目を凝らして簡潔な解説をしながら前に少し突き出したドクの右手を観察した鋭時は、ドクの手から宙吊りのジゅう人まで細い糸が伸びている事に気付いた。
「そっちに返すよ、手を出すなと言われてるからね」
肩をすくめたドクがホーミングギャロットを指で軽く弾く動作に合わせて空中で固定されていたホーミングギャロットが大きく撓み、シアラの投げ落とした網から解放されたばかりのジゅう人の上に宙吊りにしていたジゅう人を投げ飛ばす。
「わりいなドク、ちょっと油断した」
(油断か、物は言いようだね……)
ミセリコルデを構えながら軽い調子で謝るミサヲにドクが苦笑しながら心の中で呟くと、息を吸い込み大声を返した。
「構わないよ、ミサヲさん! こっちは大丈夫だから思い切り暴れていいよ!」
「分かったぜ、ドク! 頼りにしてんぞ!」
ドクの快い返事にさらに大きく上機嫌な声で返したミサヲは、一転不機嫌そうな顔で自分を取り囲むジゅう人達を睨み回す。
「よくもうちの客人に手を出してくれたねぇ、お前らただじゃ済まさねえぞ?」
「ど、どうなってんだよ、これ!? こんなに強いなんて聞いてないぞ!」
「オレに聞くなよ! 誰だよ、狙撃手だから楽勝なんて言ったのは!?」
ミセリコルデを肩に乗せて凄むミサヲを前に為す術もなく恐慌状態に陥り始めたジゅう人達の上空から突如ウラホが降って来て、両手に持った2本の得物の先端に付いた半月形の穂先を地面に叩き付けるように着地した衝撃でゴォンという轟音と共に大量の土煙が舞い上がった。
▼
「【圧縮空壁】!」
離れた場所から全体を見通せたおかげですぐさま異変に気が付いた鋭時が術式を発動しながら前へ出てアーカイブロッドを地面に突き立てると同時に、圧縮された高密度の空気の壁が鋭時の前に現れて衝撃による突風と土煙を押しのける。
「こっちにも入ってて助かったぜ……ネクタイに入れた術式だと狭くてどうしようもなかったからな」
土煙の流れて来る方向を警戒しながらもアーカイブロッド内の術式の充実具合に鋭時が感心していると、後ろからシアラが声を上げて術式を発動させた。
「【魔凝土壁】!」
シアラの詠唱と同時に魔力で圧縮した土で構成された壁が地面からせり上がり、鋭時達を取り囲む。
「この術なら集中しなくてもしばらくもちますっ!」
「助かったぜシアラ、これで体勢を立て直せる」
【圧縮空壁】の集中を解いた鋭時は、シアラに軽く感謝をしてからドクの方へと顔を向ける。
「キミ達の咄嗟の判断には助かったよ。ミサヲさんの方も大丈夫だとは思うけど、念の為に策は練って置くよ」
鋭時達の懸念を察したドクは、軽く頷きつつTダイバースコープを起動させた。
▼
「な、なんだあ!? ウラホのやつ、いったい何しやがったんだ!?」
突如巻き起こった突風と土煙に視界を遮られたミサヲがジャンパーの左袖で目を庇いながら周囲を警戒するようにミセリコルデを構え、立ち上がって土埃を払ったウラホはミサヲの視界を遮った隙に動ける手下に近付いて声を掛ける。
「ここはあたいが足止めするから、お前達は今のうちに早くお逃げ! 動けるのは倒れてる仲間に手を貸すんだよ!」
もうもうと立ち込める土煙の中でウラホが手にした得物の片方を指揮棒のように振りながら指示を出し、手下達も指示に従って肩を貸し合いながら逃げ始めた。
「恩に切りやすぜ、姐御! でも、あの狙撃手は接近戦に滅法強い、お気を付けて下せえ!」
「分かってるわよ! あの人の得意なゼロ距離狙撃戦法、あたいは何度もこの目で見て来たんだからね!」
尚も土煙が舞い上がる中で手下のひとりがウラホを心配するが、ウラホは自分を奮い立たせるように大声を出す。
ゼロ距離狙撃戦法、至近距離まで近付いてから怪力で銃口を揺らす事無く相手の急所に狙いを定めて狙撃をし、相手の攻撃は金属製の強固な銃身で受け止めて防ぐ怪力自慢のタイプ鬼のジゅう人、ミサヲの得意な戦法。
ステ=イションに住んでいた頃に何度もこの戦い方を見てきたウラホは、自らの起こした土煙が晴れるまで常軌を逸したこの戦法にどう対峙するか模索を続けた。
「やっと煙が晴れたか、このまま逃がすかよ……!」
ようやく視界を確保できたミサヲが建物の陰に逃げ込もうとするウラホの手下を見付けて追い掛けようと駆けだすが、側面から矢のように飛び出して来たウラホに気付いて足を止める。
「おっとっと、タイプ野槌のジャンプ力を侮ってたぜ」
「ここから先には行かせません、ミサヲ姉さま!」
ミセリコルデの銃口を前方に向けながら後ろへ跳んだミサヲに、ウラホは覚悟を決めた表情で刃が内側にある半月形の穂先が付いた2本の武器を構えた。
「ツインキャンサーとは懐かしいじゃないか。ステ=イションを出る前はそいつでZK共を駆除してたってのに、今じゃコソ泥の殿とはね」
「くっ、言うなぁー!」
心底残念そうな顔でため息をついたミサヲにウラホは激昂しながら両手の2本の武器、ツインキャンサーを前に構えて大蛇のように太くて長い尻尾をバネのように縮めてから全力で伸ばして地面を蹴って矢のように跳びかかる。
真っ直ぐ跳んで来たウラホをミサヲが難なく躱した瞬間にウラホは尻尾で前方の地面を蹴って方向転換し、追撃に気付いたミサヲはミセリコルデを構えながら振り向く。
防御の姿勢を取るミサヲに構わずウラホが右手に持ったツインキャンサーの刃の無い背面を向けてから横に薙ぎ払うと同時に穂先がミサヲのミセリコルデの銃身に当たり、ゴォンと重い金属同士がぶつかる鈍い音が響く中でミサヲが後方に大きく跳んだ。
「まだだぁ!」
再度尻尾で地面を蹴ってミサヲに肉薄したウラホは左手のツインキャンサーの、やはり刃と反対側の峰の部分を向けて大きく振り下ろす。
「食らうかよ!」
さらなるウラホの追撃を見抜いていたミサヲが左手を添えながらミセリコルデの銃身をツインキャンサーに向け、その切っ先が当たると同時に滑らせるようにして受け流す。
狙いが逸れたツインキャンサーは勢いよく地面にぶつかり、ドォンという轟音と共に周囲に土煙を撒き散らした。
「これならどうだぁ!」
轟音に負けぬ勢いで叫んだウラホが地面にめり込んだ左手のツインキャンサーを強引に掬い上げ、右手のツインキャンサーの柄に繋げて両端に穂先の付いた一本の長物に変えてから力任せに振り回して土煙を吹き飛ばす。
そのまま繋げて長物にしたツインキャンサーを横に払うウラホの攻撃をミサヲが回り込むように避けながらミセリコルデを構えると、ウラホは柄の繋ぎ目を中心に円を描くように反対側の穂先を持ち上げてからミサヲ目掛けて振り下ろした。
「っと……これを見抜かれるなんて、あたしもよく見られてたんだねぇ」
構え直したミセリコルデで攻撃をいなしながら後方へと跳んだミサヲは、軽口を叩きながらも必勝の攻撃を撃てずに内心焦っていた。
(ホント、よく見てたもんだよ……)
ゼロ距離狙撃の対抗策としてウラホは、タイプ野槌の【証】である大きな尻尾で地面を蹴って素早く間合いを詰めてから2本のツインキャンサーによる連続攻撃を駆使してゼロ距離で狙いを定める僅かな隙を突く作戦を立てた。
この作戦は先程までミサヲと戦っていたジゅう人達と異なり、ウラホがミサヲの得意とするゼロ距離狙撃を熟知しているからこそ出来る芸当である。
(あのわずかな時間で、こんな対策を立てたんだからさ)
そのようにミサヲが推測している間にもウラホは振り下ろして地面に打ち付けたツインキャンサーの穂先を裏返しつつ持ち上げるようにミサヲ目掛けて振り上げ、横に避けたミサヲの足元に反対側の穂先を打ち込む。
またも峰を向けて来たウラホの打撃を後方に下がって避けたミサヲは、ウラホの意図を推測から確信へと変えるに充分であった。
(とはいえ、決め手には欠けてるみたいだね)
ツインキャンサーの先端に備え付けられた強固な金属で作られた半月形の穂先は内側にある刃を使った斬撃と先端部の刺突、さらにはハンマーのような峰を打撃に使える構造となってはいるが、どの攻撃も強靭な肉体を持つタイプ鬼のジゅう人、ミサヲに深手を負わせるには数回当てる必要がある。
そしてこれらの攻撃の内、斬撃や刺突では刃がミサヲの肉に深く食い込んだ時に抜けなくなる可能性があるのに対して打撃は得物を奪われる危険が少ない。
ウラホが打撃のみを執拗に繰り出して来たのには、このような思惑があったからだとミサヲは判断した。
(こっちは電撃を1回当てれば終わりだけど、向こうは違う。ウラホもそれなりに考えたようだが、まだまだ甘いな)
ウラホの立てた策に感心しながらも欠点を見抜いたミサヲは、横から払って来たツインキャンサーの打撃に向けてミセリコルデを全力で振り下ろす。
振り下ろされたミサヲの怪力にウラホの得物は打ち落とされ、その隙に引き金を引けるとミサヲは確信した。
だが次の瞬間、ウラホの打撃に対しミセリコルデを全力で振り下ろしたミサヲがガンッという鈍い金属音と共に弾き飛ばされた。
「なっ!?」
全く予想外の出来事に驚愕したミサヲは、着地と同時に体勢を整えつつ生体演算装置を通じて手にしたミセリコルデの放電機能の状態を確認する。
元々格闘戦に耐えられるように特殊金属で頑強に、そして故障を少なくするためシンプルな機構で造られた放電銃であり、ミサヲ自身も弾かれた瞬間同じ方向へと跳んで力を削いだため放電機能に支障が無いのは明白であった。
だがそれでもミサヲは、怪力を誇る自身を打ち負かした攻撃の影響を確かめずにはいられなかったのだ。
「まだまだぁ!」
ミセリコルデの状態を確認したミサヲの極僅かな隙を突いたウラホが柄を外して2本に戻したツインキャンサーを振り下ろし、ミサヲはミセリコルデの銃身で受け流しつつ大きく後ろに跳んで距離を取る。
「この間合いじゃあすぐに食い付かれるな……って速い!?」
ウラホの尻尾を使った跳躍攻撃に備えて次の手を考えていたミサヲだが、予測を上回る速度で踏み込んで来たウラホに呼吸を乱して思わず声を上げながらも何とか躱した。
▼
「なあドク、ちょっとヤバくないか? ミサヲさんが押されてるみたいだぜ」
シアラが作り出した土壁の陰からミサヲの様子を観察していた鋭時だが、両手のツインキャンサーを交互に振り続けるウラホと辛うじて攻撃を避け続けるミサヲを見ながらTダイバースコープで観測を続けるドクに声を掛ける。
「ふむ……タイプ鬼のミサヲさんが、タイプ野槌のウラホさんに力で負けるとは、とても信じられないな」
「俺は記憶が無いからまるで分からんけど、ジゅう人ってみんな力自慢なのか? シアラに袖を引かれた時もまるで動けなかったんだよ」
ミサヲとウラホの戦いを観測しながら驚嘆するドクの隣で、鋭時がスーツの袖をシアラに掴まれた時の事を思い出しながら何気なく疑問を口にした。
「ん……? ジゅう人は総じて人間より力はあるはずだけど、タイプサキュバスにそこまでの力は……いやそうか! そういう事だったのか!」
鋭時の何気ない疑問に首を捻るドクであったが、何かに気付いて大声を上げた。