【前日譚】掃除屋黎明
ノベルアップ+にて公開した音楽小説マラソンの絶対音感を題材にした短編を再編集しました
空が裂けたあの日、後に【大異変】と呼ばれる災害が起きた日に緋河纓示と名を変えた俺が誓った人間への復讐は、まだ誰にも気付かれずに続いている。
大異変によって得た異能力を駆使して生み出した理想の新人類、ジゅう人による淘汰を利用した人間絶滅計画……名付けて祟紡侖。
計画の第一段階として手を付けたのが俺達が造った街、ステ=イションと同等の安全で快適な居住区の建設だ。
安全な住処を提供して人心に余裕が生まれれば、世代を重ねた長丁場になる人間絶滅計画が人間にバレる心配も阻止される危険も無くなる。
居住区の建設には空の裂け目から現れて人の命と土地を奪った怪生物、ZK共を駆除する必要がある。
元々対ZK用に開発した人工生命体だから駆除自体は順調に進んでいたが、気が付けば予期せぬ問題が立ち塞がっていた。
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「久守とトウカが苦戦してる? 戦闘用の異能力が足りないのか?」
「苦戦はしてないよ、纓示君。元々どちらも戦闘向きの異能力持ちだからね」
ステ=イション工場区画にある研究棟第13研究室の椅子に座った俺は報告書を読んで眉を顰め、白衣を着たドクター・グラスソルエは静かに首を横に振る。
ドクターの言った通り、持久の異能力によって数多の兵装を使える久守と怪力の異能力を持つゼロ距離狙撃を使うトウカはZKに苦戦した事は一度も無かった。
「なら、いったい何が問題なんだ?」
「強いて言うなら、ジゅう人との連携が上手く行ってない感じかな?」
「もう少し分かりやすく説明してくれないか?」
状況整理の為に聞き返した俺は、とぼけるように答えたドクターに語気を強めて聞き直した。
「アイリスさんが作った索敵術式の【振動感知】があるだろ?」
「誰でも索敵出来る便利な術式だ、俺も重宝してる」
愛想笑いを返したドクターが前置きし、俺は袖口から仕込み杖を覗かせた。
術式とは【大異変】によって別の世界から流れ込んで来た魔法元素を一般人でも使用出来るように作り出した、いわゆる術式魔法と言う新技術だ。
異能力を持たない人間も戦力に出来るが、まだ発展途上の技術で問題も多い。
「その【振動感知】を使うと、どうしてもジゅう人に出遅れるらしいんだ」
「確かにちょっと気になるな。ドクター、調査を頼めるかい?」
「構わないけど、原因究明には少し時間をもらうかもよ?」
「研究所に行くのか?」
「出来るだけ早くみんなが住めるようにしたいからね」
ようやく辿り着いた本題に直感が働いた俺は素直に調査を依頼し、条件を付けて快諾したドクターはいそいそと研究棟から出て行った。
街の中に建てたドクターの研究所は現在、多くのジゅう人が住めるように様々な増改築を繰り返している。
増築はいくつか終わって、今やひとつの町が入った塔のような有り様だとか。
「美味い食堂もあるって言ってたし、一度くらいは顔を出すか」
ドクターの進捗報告を思い出した俺は、何の気なしに呟いて仕事に戻った。
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調査を頼んだ数日後、ドクターは結果を持って来た。
「分かったよ、原因は纓示君の持つ継承の異能力だ」
「俺の異能力だって!? どいう事なんだ?」
相変わらずドクターが持って回った言い方をするから、俺も付き合う事にする。
「結論を先に言うと、キミの持つ絶対音感だよ」
「絶対音感? それと【振動感知】に何の関係が?」
「【振動感知】は地面を通じて伝わる周囲の振動を感知する術式だよね?」
「ああ、振動を音に変換してどこに何があるのかを把握する……そう言う事か」
予期せぬ結論から件の術式をドクターと再確認した俺は、すぐさま正解まで辿り着いた。
「その通りだ、音を聞き分けるには絶対音感が必須だったんだ」
「つまり絶対音感の無いトウカと久守は、瞬時に聞き分けるジゅう人に出遅れてた訳か」
肩をすくめたドクターが静かに首を振り、俺はつまらない頭痛を大きなため息で追い出す。
「ああ。ジゅう人は全員、キミから絶対音感を継承して生まれて来たんだ」
「俺の異能力は技術や知識なら何だって継承しちまうし、その中に混じっていても不思議は無いな」
微塵も悪意の無いドクターの追い討ちを受けた俺は、苦々しい思いと共に自分の手を見詰める。
あらゆる技術を入手してから寸分違わず人に手渡す、そんなチートみたいな俺の異能力にこんな欠点があったなんて思いもしなかった。
「それに術式を作ったアイリスさんも絶対音感を持っている」
「才能が無いと使い勝手の悪い術式か……どうしたものかな」
「最も簡単な解決法は、キミが絶対音感を人間にも継承する事だ」
「さすがはドクターだ、俺も同じ事を考えてた」
術式の不具合を確認したドクターと俺は、もっともシンプルな解決策を選んだ。
「それで、誰に継承するんだい?」
「絶対音感を継承するのは久守とトウカ、それと磑だ」
「シショクの12人だけにするんだ?」
「少しでもジゅう人が人間の優位に立てるようにしておく」
継承者の選別は話し合うまでも無く、俺達6人のチームに限定した。
人間を絶滅させる為に集まったシショクの12人、それ以外の人間を手助けする理由はどこにも無い。
毎度突っ込まれる事だが、6人なのに12人を名乗っているのは「空席」が後の世で役立つと踏んだからだ。
「確かに政府は近々、全国民救済宣言を出す予定だからね」
「そうなりゃ対ZK部隊も縮小、下手すりゃ解散だ」
「ボクの研究所でも、そろそろ掃除屋が開業出来るよ」
政府お得意の人員切り捨てを察知していたドクターと俺は同しタイミングで肩をすくめ、予てより用意していた善後策を確認した。
居住区確保の為に結成された対ZK部隊の隊員を居住区拡張の自由業に活用する掃除屋システム。
俺達が数多くの省庁や警察と癒着して実現した、ジゅう人を守る為の対策だ。
ジゅう人が長い年月を掛けて人間を絶滅させる足場作りだと考えれば、霞が関の妖怪共に握らせた利権などは微々たる損失にもならない。
「ますますZKの駆除はジゅう人の専売特許になるって寸法か」
「それはどうかな? いずれ人間の掃除屋が出て来ると思うよ」
「絶対音感を持った上で、ジゅう人と肩を並べる人間なんて出て来ないだろ?」
陸の方舟に閉じ込めた人間の末路を想像して口元を緩めていた俺は、肩で小さく笑ったドクターに首を振って返す。
索敵に絶対音感は不可欠だが、ZKの駆除に必要な能力は他にもある。
目下開発中の術式程度では対処出来ない以上、異能力は不可欠になる。
だが現状では異能力は遺伝せず、俺の異能力による継承以外に異能力を持つ者は現れていない。
「掃除屋になる変わり者なんだし、超音波か何かで新しい術式を作るかもよ?」
「もしドクターの妄想が実現したら、墓前に好物でも備えてやるよ」
「それはちょっともったいないかな。その人間と食事する機会があったら、ボクの代わりに食べてくれないかい?」
「ふっ。覚えてたら、そうするよ」
少々不謹慎な冗談の応酬をしたドクターと俺はしばし互いに笑い合い、そのまま解散の流れとなった。
こんなやり取りを出来るのも、後どれくらいだろうか?
独り残る永い旅路のどこかで、我が良き友を思い出せる日が来る事を願って俺は静かに目を閉じた。
お読みいただきありがとうございました
ドクターの「好物」は本編のどこかに出て来ます
よろしかったら探してみてください




