【前日譚】我が復讐、ぬるま湯のように気付かれず5/5【さあ、阻止してみろ】
人類絶滅計画の名称と組織名を決めた纓示は、
まだ見ぬ未来の「主人公」に思いを馳せた。
4/5の続きです
俺達がシショクの12人と名乗って数日経ったある日、事件は突然起こった。
「待ちなさい!」
野暮用を終えて研究棟に戻った俺は、飛び出してきたアイリスと鉢合わせした。
「何事だ、アイリス?」
「スパイです! マーくんの研究室から何かを盗んだみたいです!」
慌てて立ち止まった俺に気付いたアイリスは、来た道と反対側を指差す。
目を凝らすと、慌てて走る人影が見る見る小さくなって行く。
俊足の異能力なら、とっくに継承済みだ。
「面倒だ、放って置け」
「いーのですか、マーくん!? 計画がバレますよ?」
「だから俺の事を……」
我ながら一切無駄のない判断を下した俺は、まだ食い下がるアイリスにため息が漏れる。
まさか纓示の纓の字を「纓う」と読んでまで、子供の頃の呼び名と再会するとは思わなかったぜ……
「どうかしましたか、マーくん?」
「何でも無い、まずは何を盗まれたのか確認だ」
下らない葛藤を知る由も無いアイリスに顔を覗きこまれた俺は、慌てて研究棟を指差してしまった。
あと何年経てば、この性格を治せるやら……
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それぞれの研究室の確認を終えた俺達は、いつも通り円卓に集合した。
「どの研究室も被害無し……残るは纓示殿の第13研究室ですな」
「盗まれたのはA因子の測定装置とロジネル型居住区の設計図だけだ、何も問題は無い」
報告をまとめた磑に頷いた俺は、盗まれた一覧の立体映像を円卓に浮かべた。
「計画が知られたかもしれないんですよっ!?」
「祟紡侖は公表するつもりだったし、多少の前倒しは想定内だ」
案の定アイリスが大声を上げ、反射的に耳を塞いだ俺は手を戻してから軽く首を振った。
「今頃は霞が関の妖怪共も勝ち誇った顔をしてるだろうね」
「あれしか盗めないように細工してたのにな」
立体映像を眺めていたドクターが笑いを噛み殺し、俺も釣られて肩を震わせる。
「ほえ? どういう事です?」
「A因子の測定装置があるだろ? あれのブラックボックスには、ひとつだけ嘘を仕込んでおいた」
理解が追い付かない様子でアイリスが小首を傾げ、ようやく笑いの収まった俺は装置の立体映像を拡大してみせた。
「嘘?」
「俺が組み上げた【忘却結界】、あの術式魔法を感知した時だけは数値を低く表示するようにしたんだ」
立体映像を見詰めていたアイリスが目を見開き、俺は満を持して種明かしをしてやった。
「【忘却結界】を掛けられた男の人はジゅう人の好みのタイプになるのに?」
「計画阻止のために術式を使って、より多くの人間を提供してくれるって寸法だ」
またアイリスが小首を傾げ、俺は指を頭に当ててから鼻で笑った。
「しかも特定の条件を満たさないとジゅう人が入れない居住区まで造るんだから、嘘に気付ける人間は誰もいなくなるんだ」
「わかりましたっ! あの娘達の好みのタイプを人間側に知られないようにするんですねっ!」
「100年先か200年先か、きっと奴等はいい具合にジゅう人好みの人間を大勢育ててくれるぜ」
続くドクターの言葉でようやく計画を理解したアイリスが大きく弾むような声を上げ、俺は塞いでいた手を離しながら肩をすくめた。
「あの妖怪共を出し抜くんだから、大した悪知恵だよ」
「俺達は悪かもしれないが、正義の引き立て役じゃないからな」
「もしボクが人間の側に立ってたとしても、計画を阻止する方法は浮かばないね」
手放しに褒めてくれたドクターは、俺の矜持に楽しそうに頷いてくれた。
ドクターがいなければ、俺は何も出来なかった。
たぶん生涯を通して唯一掛け替えの無い友なのだろう。
「もし俺達が負けるのなら、未来からの刺客くらいか」
「やはり、この世界線にも時を遡行する技術や異能力は無いみたいだね」
感傷から逃れようと俺は正常稼働するジゅう人工場の映像に切り替え、しばらく目を閉じたドクターは静かに首を振った。
「安心した、戻れないなら割り切れる」
「本当に不老不死になって計画の行く末を見守る気なのかい?」
「漠然とした憎しみで何となく復讐するんだ、俺も人間をやめるくらいはしないとフェアじゃない」
ようやく覚悟の決まった俺は、慎重に言葉を選ぶドクターに首を振って返した。
人類の歴史は偶然の連続、どれだけ綿密な計画も予定通りに進むはずが無い。
だからこそ、異能力をちょっとだけ応用して長生き出来る俺が直接微調整すると決めた。
「キミの口からフェアなんて言葉が出るなんてね」
「俺は悪人として間違ってるのかもしれないな」
堪え切れなくなったのかドクターが吹き出し、俺も自嘲を込めて肩をすくめた。
「確かにボク達は間違えてるね、社会的にも生物学的にも倫理的にも」
「そもそも間違える以外の選択肢は奪われたからな」
ようやく落ち着いたドクターが複雑な笑みを浮かべ、久守は忌々しそうな表情で首を振る。
「うむ。既に歩み寄る事は適わぬ」
「最低限の責任は果たした、あとは奴等の自己責任に過ぎん」
腕組みをした磑があらゆる未練を断ち切るように頷き、トウカは冷めた目付きで言葉を並べる。
「あの娘達は必ず人間を愛で満たしてくれますね、結果として滅びますけど」
「俺達に人道を説きたいのなら、まず俺達を人間扱いすればよかっただけの話だ」
工場の培養漕に漂うジゅう人達の映像に目を細めていたアイリスが口元を僅かに上げ、俺はこの先に待ち受ける人間の末路を頭に浮かべてから鼻で笑った。
我が復讐、ぬるま湯のように気付かれず……されど気付いた者どもの葛藤は計り知れず。
道徳、倫理、知恵……何でもいいし誰からでもいいから、復讐の虚しさとやらをご教授願いたいものだ。
<祟紡侖本編に続く>
お読みいただきありがとうございました
内容は本編執筆前に温めていたものですが、結末が浮かばず止まっていました。
その後に本編を書き始めてようやく結末が決まりイベントを機に再編しました。
ある意味で祟紡侖の原点と言えるエピソードであると同時に、
本編で言及の無かった謎を補完したものとなっておりますので、
もう一度本編を読んでいただけると新たな発見があるかもしれません。




