【前日譚】愛しき禁忌の裏の裏
ノベルアップ+にて公開した春の5題小説マラソンの記念写真を題材にした短編を再編集した、
本編31話【愛しき禁忌】の裏話に当たります、
「まずはドクターと纓示様です。是非、よろしくお願いします」
集合住宅に改築された研究所の一室、メイド姿の少女が服の後ろから出した狼のような尻尾を激しく振りながらカメラを構える。
「チトセさんの頼みは何でも聞くと約束したけど、まさか写真とはね」
「仕方ないさ、チトセさんには詩集の件で大きな借りがある」
少女にドクターと呼ばれた白衣の男が複雑な笑みを返し、纓示と呼ばれた黒服の男は諦め気味に肩をすくめる。
「内容を大きく変更してもらった以上、ボクも精一杯協力するよ」
「お気になさらないでください、私の未熟が招いた事ですから」
同意して頷いたドクターが片目を瞑り、頬を赤く染めたチトセと呼ばれた少女は丁寧な仕草でお辞儀をした。
「それでも俺達が強権を使った事に違いは無い」
「他の方々も建前は理解していますし、写真を撮らせていただければ満足です」
「チトセさんには助けられてばかりだよ」
ばつが悪そうに纓示が頭を掻き、胸に手を当てながら柔らかな微笑みを浮かべたチトセの頭をドクターが優しく撫でる。
「わふっ……ドクターに撫でていただけるだけで、私は他に何も……」
「そう言ってもらえるとボクも嬉しいよ。撮影、始めようか?」
「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」
狼のような耳を震わせて恍惚とした表情を浮かべたチトセは、撫でる手を止めて微笑んだドクターに満面の笑みを返してカメラを構えた。
「撮り終わったら、他の連中にも話を通しておくよ」
「では、いよいよ12人全員に会わせていただけるのですか!?」
軽く肩を回した纓示が携帯端末を取り出し、瞳を輝かせたチトセは激しく尻尾を振る。
「そいつはちょっと難しいかな?」
「写真に撮れるのはいつもの6人だけ、これだけは勘弁してくれないかな?」
「かしこまりました、では撮りますね」
難しい顔で頭を掻いた纓示に続いてドクターが諭すように微笑み、丁寧な仕草でお辞儀を返したチトセはカメラを構え直した。
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「ありがとうございました、いい写真が撮れました」
「やっと終わったか、久々過ぎて疲れたぜ」
撮った画像を確認したチトセが頭を下げ、緊張を解いた纓示は軽く伸びをする。
「【大異変】なんて無くても、写真を撮る事は少ないからね」
「同じだ、記念写真なんて柄じゃないぜ」
「そんな……皆様の功績を考えれば、歴史に名を残してもおかしくないのに」
続けて緊張を解いたドクターに同意した纓示が肩を震わせながら笑い、チトセは愕然として呟いた。
「何度も言うけど、ボク達は歴史の表舞台に立つ訳にはいかないんだ」
「でも、それでは淋しすぎます」
静かに首を横に振ったドクターが複雑な笑みを浮かべ、チトセは目に涙を溜めて俯く。
「ボク達のために泣いてくれるなんて、チトセさんは優しいね」
「わふぅっ……決めましたっ! 皆様の想い出は私が残しますっ!」
優しく微笑むドクターに頭を撫でられたチトセは、しばし目を細めてから決意に満ちた表情に切り替えて顔を上げる。
「ありがとう、気持ちだけ受け取って……」
「はいっ! 行ってまいりますっ!」
突然の出来事にドクターが思わず手を放し、チトセは全力で頭を下げてから外に走り出して行った。
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「おーいチトセさーん……もう行っちゃったよ……」
「思い立ったら即行動か、頼もしい限りじゃないか」
呼び止めるドクターの声が虚しく消え、纓示は笑いを噛み殺して肩をすくめる。
「他の4人が押し切られるのも時間の問題だったね」
「先に6人だけの撮影許可を出して正解だったな」
静かに首を振ったドクターが複雑な笑みを浮かべ、携帯端末を取り出した纓示は余裕の笑みを返す。
「実際、シショクの12人は6人しかいないものね」
「シショクの12人。この意味は、まだ知られる訳には行かないからな」
曖昧に頷いたドクターが肩をすくめ、纓示は神妙な面持ちで頷いた。
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「よお、待たせたな」
「こんな時間に呼び出してすまない、こっちだ」
写真を撮り終えてから数日経った後の深夜、纓示を呼び出したドクターが高台の中腹にある博物館に入る。
「出来てから日も浅いからなんだろうが、不気味さをまるで感じないな」
「それでも異能力を手に入れる前なら、少しは違う印象だったのかもね」
懐中電灯を手にした纓示が複雑な表情を返し、ドクターは別の要因を示唆する。
「確かに俺達は強くなり過ぎた、人間を滅ぼそうなんて考える程にな」
「計画は既に始まってる、だから急ぎ纓示君に確認して欲しいんだ」
意識を懐中電灯へと向けた纓示が力強く頷き、同意して頷いたドクターは歩みを速めた。
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「着いたよ、これだ」
「シショクの12人のコーナー? こんなの最初は無かっただろ?」
息を整えたドクターが壁に据えられた巨大なケースの合間に置かれた小さな台を指差し、纓示は首を傾げて台を観察する。
「居住区をボク達抜きで造った事にするのは、さすがに無理があったよ」
「ここは間違いだらけの理想郷だ、何があっても調整してみせるぜ」
複雑な表情を浮かべたドクターが頭を掻き、纓示は心を切り替えるように伸びをした。
「すまない、纓示君の苦労は計り知れないというのに」
「構わないよ、俺にしか出来ない芸当なんだから」
悲痛な表情を浮かべたドクターが頭を下げるが、纓示は事も無げに微笑む。
「この詩集から考えて、申請から設置までチトセさんが中心になったんだろう」
「凍鴉楼の技師も関わってるみたいだが、この程度なら可愛いもんじゃないか?」
改めて展示内容を確認したドクターが深いため息をつき、台座を軽く眺めていた纓示は事も無げに肩をすくめた。
「ボクも最初はそう思ってたよ、これを見るまではね」
「へぇ……よく出来てるし、よく調べてる」
静かに首を横に振ったドクターが台座の隙間に手を入れ、纓示は浮かび上がった6人の立体映像を感心しながら眺める。
「ここまで入念に準備してたとは恐れ入るよ」
「立体映像を作る為に、この間は写真を撮ったのか」
隙間から手を出したドクターが呆れて肩をすくめ、纓示は気に留める様子も無く頷いた。
「それで、こいつの処分なんだが……」
「言っただろ? この程度なら可愛いって」
「……キミは最初から気付いてたんだね」
気が乗らない様子でドクターが懐へと手を入れるが、含み笑いを浮かべた纓示に気付いて手を止める。
「漠然とした仕掛けだけはね、でも説明文は俺達を持ち上げ過ぎだ」
「ボク達への意識をもっと低く設定すべきだったかな……」
涼しい顔で肩をすくめた纓示が立体映像を指先で弾き、ドクターはルーレットの如く回る立体映像を眺めながら疲れ気味に呟いた。
「生まれた以上は尊重すべき命と人格だ、都合で変える真似はしたくない」
「自分自身が人間を愛して守るようにプログラムされた人工生命体だと知ったら、チトセさん達はボク達をどうするだろうね?」
静かに目を閉じた纓示が首を横に振り、ドクターは複雑な表情を浮かべる。
「俺を人間と認識したら守ってくれる、父と認識したら殺してくれる。それだけの話だ」
「古典だね」
「俺は、それしか知らんからな」
歪んだ期待に満ちた笑みを浮かべた纓示は、緊張を解いて笑ったドクターに肩をすくめて返す。
「それでこいつはどうする? 計画の全貌を隠すには削除が望ましいが」
「消したら別の手段で記録を残すだろうし、重要な部分だけ消せばいい」
再度懐へと手を入れたドクターに手のひらを向けて制止した纓示は、台座と携帯端末をケーブルでつないだ。
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「どうやらひと通り消し終わったみたいだね」
「見落としがあるかも知れないし、しばらくはチェックの繰り返しだ」
立体映像を確認したドクターが安堵のため息をつき、纓示は軽く伸びをしてからケーブルを外す。
「纓示君の項目は随分と削ったね」
「ちょっとした警鐘だ、これ以上記録を残さないようにする為にな」
解説文を再確認したドクターが複雑な笑みを浮かべ、纓示は含み笑いを返した。
「チトセさんは推理も好きだから、きっとメッセージを理解するだろうね」
「流石に全部消せなかったから、少しだけ応える事にしたよ」
顎に手を当てたドクターが口元を緩め、纓示は涼しい顔で肩をすくめる。
「きっといつかは、チトセさんの子孫がここに案内してくれるよ」
「計画が順調に進めば、そんな日も来るだろうさ」
複雑な表情で頷くドクターに含み笑いを返した纓示は、遥か遠くを見詰めるかのように天井を見上げた。
お読みいただきありがとうございました。
もしよろしかったら、顛末を本編で確認してください。




