最終話【何も知らなかった男の決意】
標的を駆除した鋭時は、
直後に大きな揺れに襲われた。
「大丈夫か、シアラ?」
「わたしは大丈夫ですっ! でも何が起きたんですかっ?」
周囲の安全を確認した鋭時に声を掛けられたシアラは、簡潔に無事を伝えてから聞き返す。
「俺に聞くなよ……取り敢えず外に出て確認するか……」
「来てください、ヴィーノ。【空間観測】! このルートで出られますよっ!」
安堵の笑みを浮かべた鋭時が近くの扉を親指で指し示し、ウサギのぬいぐるみを腰に付けてメイド姿になったシアラは探索術式を発動して微笑んだ。
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「こいつはどうなってやがんだ!?」
「ふむ……ホームを削る程の何かが線路の上を通ったみたいだね」
地下鉄の駅を調べていたセイハが異変に気付いて大声を上げ、駆け付けたドクはTダイバースコープを起動して分析する。
「おいドク。何かって、何だよ……」
「ここにいた奴等の事を考えれば、嫌な予感しかしないよ」
放電銃ミセリコルデを構え直したミサヲが慎重に聞き返し、ドクは諦めた様子で首を横に振った。
「急いでテレポートターミナルに戻りましょう、えーじ君とシアラちゃんが戻って来てれば合流出来るはずよ」
「ヒラ姉に賛成だ。ここには何もいないし、長居は無用だぜ」
冷静に頷いたヒラネにセイハが賛同し、一行は十善教のアジトを後にした。
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「えーじ君とシアラちゃんは、まだ来てないみたいね……」
「ヒラネ姉様!」
テレポートターミナルに入って周囲を確認したヒラネは、瞬間移動の装置からちょうど現れた団体のひとりに突然声を掛けられる。
「スズナちゃん!? 何でここに?」
「ネプスティクス解放隊の医療顧問を頼まれましたの」
驚いたヒラネが思わず聞き返し、駆け寄って来たスズナは誇らし気に微笑んだ。
「解放隊?……まさか!?」
「ご名答。上物の人間がたくさんいるんだし、ステ=イションのみんなにも教えてあげようと思ってね」
しばし首を傾げたヒラネがハッと気付いて大声を上げ、続いて入って来たドクは涼しい顔で肩をすくめる。
「とんでもない事を思い付いたな、ドクは……おかげでこっちは、みんなを見送る時間を作りながらギリギリまで根回しにてんてこ舞いだったよ」
「真鞍署長!……ねぇドク、こっちの情報が十善教に筒抜けじゃないの?」
「こいつは十善教への警告だよ、真鞍署長も了承済みだ」
集団の先頭に立つ制服姿の真鞍を警戒したヒラネが小声で話し掛け、静かに首を横に振ったドクは含み笑いを浮かべて頷いた。
「何の話だい、ドク?」
「おいおい、ヒカルまで来たのかよ」
兎のような耳を揺らしたヒカルがドクに駆け寄り、隣にいたミサヲが呆れ気味に頭を掻く。
「ステ=イション型への改修は大仕事だからね。チセリお姉ちゃんも来てるよ」
「何だって!? ステ=イションから離れられないんじゃなかったのか?」
「ステ=イションにつながった施設までなら問題ございません。ところで旦那様と若奥様はどちらに?」
頭の後ろで手を組んだヒカルの言葉に驚いたミサヲが聞き返し、静かに近付いて来たチセリは丁寧な仕草でお辞儀をしてから周囲を見回した。
「鋭時とシアラは逃げた亀島を追って居住区に……」
「分かりました。では、こちらでお待ちしましょう」
気まずそうに頭を掻いたミサヲが慎重に言葉を選び、丁寧にお辞儀したチセリは決意に満ちた表情で眼鏡の蔓に手を当てる。
「強いですね、チセリさんは……」
「!!……スズナちゃん、危ない!」
スズナがチセリに複雑な眼差しを向けると同時に屋根から轟音が響き、ヒラネは覆い被さるようにスズナに抱き着いた。
「ヒラネ姉様!?」
「大丈夫か、スズナ、ヒラ姉?」
しばらく放心状態だったスズナが我に返り、周囲をスライム体で覆ったセイハが無事を確認する。
「ありがとうセイちゃん、でもいったい何が?」
「ここは危険だ、一旦外に出るぞ」
軽く微笑んだヒラネが息を整えながら周囲の瓦礫を見詰め、辺りを警戒していたミサヲはターミナルからの退去を促した。
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「あれは……従来型!」
「しかもC1型のクラッシュグランとC2型のキャノンスタッカーの大型ZKまでいるとはね……さっきの崩落はC2型の砲撃かな?」
潜行魔法から顔を出したヒラネが居住区付近で土煙を上げる巨大な球体に言葉を詰まらせ、ドクもTダイバースコープ越しに近くの巨大な影を確認する。
「何でZKが【遺跡】の外にいるんだよ!?」
「ZK避けの術式は同心円状に撒くので、どうしても隙間が出来てしまいます」
スライム体で瓦礫を取り除いて通り道を確保したセイハが声を荒げ、立体映像の略図を投影したレーコさんが簡単に説明した。
「だとしても、どうやって再開発区に!?」
「憶測に過ぎないが、地下鉄の線路から飛ばすか運んだのだろう」
一応の納得を見せたセイハが疑問を重ね、曖昧に頷いたドクは地面を指差す。
「しかし、何てタイミングだよ……」
「これも憶測だけど、亀島ね……」
放電銃ミセリコルデを構えたミサヲが呆れて呟き、隣まで下がって来たヒラネは苦々しい顔を浮かべた。
「自分に何かあったら解き放つ仕掛けだったのだろう、迷惑な話だよ……」
「じゃあ王子様は……!」
小さく頷いたドクが吐き捨てるように呟き、セイハは期待と不安が入り混じった曖昧な表情を浮かべる。
「目的は達成しただろうし、この混乱のドサクサで脱出も容易だろう」
「なら決まりね、えーじ君とシアラちゃんが戻って来る場所を守らないと」
簡単な根拠を並べ立てたドクが自信を持って頷き、ヒラネはツィガレッテロアを潜行魔法から取り出して力強く頷いた。
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「やっとゲートに着きましたねっ、いったい何が起きたのでしょうっ?」
「ようやくチャンネル合わせが出来たぜ……って、これは!?」
物陰でメモリーズホイールを閉じたシアラが周囲を確認し、携帯端末を手にした鋭時は言葉を詰まらせる。
「再開発区にZK!?」
「どの局も不安を煽り過ぎだ、秩序も何もあったもんじゃない」
横で見ていたシアラが小声で驚き、携帯端末の操作を続けた鋭時は呆れた様子でため息をついた。
「でも教授っ、このままではステ=イションに帰れませんよっ?」
「ミサヲさん達もこの事態に気付いてるはずだ、テレポートターミナルまで行けば何とかなるだろ」
不安そうな顔をするシアラが正面ゲートを見詰め、しばらく考えた鋭時は方針を決定する。
「さすがは教授ですっ! では急ぎましょうっ!」
「そうだな、また結界を頼んだぜ」
力強く頷いたシアラがメモリーズホイールを広げ、鋭時は慎重に人避けの結界に入った。
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「まずはこっちに向かってるC1型とC2型……見るのは初めてだが、情報が無い訳では無い」
「近接型はワタシとセイちゃん、砲撃型はミサヲお姉様とドクでいいかしら?」
Tダイバースコープを眺めたドクが確信を持って頷き、簡単な割り振りを決めたヒラネは足元に潜行魔法を出す。
「了解だ。早く駆除しないと、従来型は無尽蔵にZKを送り込んで来る」
「蔵田君に連絡を取って一時退避の体勢を整えた、医療チームとメンテチームから順に退避だ」
軽く頷いたドクが遠くに見える球体を警戒し、携帯端末を手にした真鞍は冷静に周囲のジゅう人に指示を出す。
「すまないがレーコさん、ここに残って真鞍署長の手伝いをしてくれないか?」
「かしこまりました。マスター」
周囲の状況を確認したドクに依頼を受けたレーコさんは、丁寧な仕草でお辞儀を返してから真鞍のもとへ移動した。
「ヒラネ姉様……絶対に帰って来て下さいね」
「分かったわ、帰ったらたくさんお話ししましょうね」
慎重に近付いて来たスズナが迷いの消えた笑みを浮かべ、力強く頷いたヒラネは優しい微笑みを返す。
「みんな退避したよ。残ったのは、ぼく達だけだ」
「分かったわ。チセリさんも」
「かしこまりました。皆様、ご武運を」
大声で呼ぶヒカルに手を振って返したスズナが駆け足で戻り、丁寧にお辞儀したチセリ共々ターミナルに入る。
「絶対に帰る理由が出来ちまったな、ヒラネ」
「ええ、もう迷わないわ」
放電銃ミセリコルデを構えたミサヲが悪戯じみた笑みを浮かべ、ヒラネは決意を込めて頷いた。
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「当然と言えば当然だが、ZKは居住区を狙ってるのか……」
「どうしましたっ、教授っ? 迂回すれば安全にターミナルまで行けますよっ?」
全く同じ方向を目指すZKの集団に気付いた鋭時が歩みを遅め、シアラは歩調を合わせながらZKのいない方角を指差す。
「シアラ、先にひとりでターミナルに……って言っても、聞かないか」
「もちろんですっ! ここでZKを足止めするんですねっ!」
右腕を振ってアーカイブロッドを取り出した鋭時が複雑な笑みを浮かべ、大きく頷いたシアラは満面の笑みを返した。
「あれはDDゲートにもいなかった従来型。マニュアルに逃げろと書いてたけど、やっぱり寝覚めが悪過ぎるよな……」
「さすがは教授ですっ! 絶対に生き延びましょうねっ!」
無数の突起を伸ばす巨大な球体を確認した鋭時が複雑な表情で頭を掻き、力強く頷いたシアラは鼻息荒く気合を入れる。
「ドク達に合流すれば何とかなる。ある程度数を減らしたら、土壁でZKの進路を塞ぎながらターミナルに向かおう」
「わかりましたっ! マフリクっ、黒モードですっ!」
従来型ZKの奥に見える建物を確認した鋭時が簡単な作戦を立て、大きく頷いたシアラは黒ヒツジのぬいぐるみを腰に付ける。
「頼んだぜ、シアラ」
「全力で行きますよーっ、【磁鋼滑軌】!」
アーカイブロッドを構えた鋭時が静かに頷き、軍服を羽織ったボディスーツ姿に変わったシアラは結界で作り出したレールガンから無数の石弾を撃ち出した。
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『ギォォ!』
「はっ! やろうってのか!」
「させるか!」
突然走り出したC1型ZKがハンマーのような手をミサヲに振り下ろし、間に入ったセイハはスライム体を纏わり付かせたクロスジャルナーで受け止める。
「【突風穿孔】! 2人とも今のうちに砲撃型を!」
「任せろ! 行くぜ、ドク!」
「ここはキミ達に任せるよ」
風の塊を撃ち出して注意を引いたヒラネが遠くに見えるC2型ZKに杖を向け、ミサヲとドクは軽く頷いて走り出す。
「頼りにしてるぜ、ミサ姉、ドク!……間近で見ると規格外のデカさだな」
「ざっと4mはあるわね、でも弱点は他のZKと変わらないはずよ」
「だったら、いつも通り殴るだけだ!」
2人の背を守るように回り込んで呆然と見上げるセイハにヒラネが簡単な作戦を伝え、セイハは勢いよくクロスジャルナーを振り上げた。
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『ギギッ!』
「っと……まともに食らったら、防御術式ごと持ってかれるぜ」
敵の接近に気付いたC2型ZKが頭部の大砲から光弾を撃ち出し、大きく後方に下がったミサヲは着弾地点の抉れた地面を慎重に確認する。
「懐に潜り込めば勝機も見えるんだが……ミサヲさん、俺が囮になるよ」
「何言ってやがんだ、ドク!? そんなのは頑丈なあたしの役割だろ!」
Tダイバースコープを通して構造を分析したドクがLab13からショットガン型レールガン、リニアショットTTRを取り出し、ミサヲは慌てて反論する。
「あの砲撃ではどちらも大差無い、悪知恵の働く俺の方が幾分か生存率は上がる」
「こんな時にズルい事言いやがって……なる早で行くから、絶対に死ぬなよ」
首を横に振ったドクが含み笑いを浮かべ、苛立ちを隠さずに頭を掻いたミサヲは決意を固めて軽く微笑む。
「キミ達の前には、必ず五体満足の俺を立たせる事を約束するよ」
「随分と回りくどい言い方だな。けど、自信があるのは良く分かったぜ」
小さく頷いたドクが覚悟を決めた笑みを浮かべ、呆れ顔で肩をすくめたミサヲは信頼を寄せる笑みを返した。
「任せたよ。こいつの射程は見た目以上にあるんでね、まずは煙幕弾!」
リニアショットTTRに試験管を装填したドクは、狙いを定めて引き金を引く。
『ギェ!?』
「止めは任せろ、【魔力迷彩】」
煙に視界を遮られたZKが戸惑うような音を出し、術式を発動して周囲の景色に溶け込んだミサヲが慎重に駆け出した。
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「【圧縮空棍】!【瞬間凍結】!」
「機械刀炎斬、起動!」
右手に持ったアーカイブロッドから伸ばした釣竿状のロッドを薙ぎ払った鋭時が周囲のZKを凍らせ、左手に高熱の刃を握った星白羽はトリニティシェードで身を守りながらZKを溶断する。
「【魔凝土壁】! 教授は魔力を温存してくださいっ!」
「【共振衝撃】! 無理言うなよ、後から後から湧いて来やがる」
居住区へと続く道に土壁を出したシアラが心配そうに声を掛け、地面に杖を突き立てて凍結したZKを砕いた鋭時は首を横に振って従来型ZKに目を向けた。
「大元ヲ潰スシカ無イナ……」
「おい相棒。あの巨体を破壊すんのに、どれだけの魔力がいるんだよ?」
同じ方向を見詰めていた星白羽が静かに頷き、鋭時は呆れた様子で聞き返す。
「でしたら、わたしが……」
「ドク達と合流したら頼む、ある程度足止めしたら迂回してターミナルに行こう」
「わっかりましたっ、教授っ!」
覚悟を決めた瞳で見詰めるシアラに軽く頷きを返した鋭時が優先順位を確認し、シアラは弾むような声で頷いた。
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『ギギギーッ!』
「っと、食らうかよ! ヒラ姉!」
雄叫びのような音と共にC1型ZKが拳を振り下ろし、スライム体で受け流したセイハはヒラネに合図する。
「【地中潜行】!」
『ギギッ!?』
小さく頷いたヒラネが術式を発動し、ZKは突如地面に空いた穴に足を取られてバランスを崩した。
「今よ、セイちゃん!」
「もらった!……あ?」
次の術式を発動出来る構えを取ったヒラネが声を掛け、足に集めたスライム体で大きく跳び上がってZKの襟首に愛用の短刀、ヘルファランを突き立てたセイハは違和感を覚えて手を止める。
「どうしたの、セイちゃん!?」
「そうか! 体がデカくてもバイパスは同じなのか!」
上方の気配の変化に気付いたヒラネが声を掛け、数回ヘルファランを突き立てたセイハは違和感の正体に気付いて大声を上げた。
『ギギッ!』
「おぅわっ!?……ちくしょー、あと少しなのに」
体を大きく振ったZKに振り落とされたセイハは、スライム体の拳を地面に打ち付けて悔しがる。
「もう1回、やってみましょう」
「今のままだと難しいな、頭や胸は頸のバイパスよりも遠い」
腰から下を潜行魔法に入れたヒラネがツィガレッテロアを構え、セイハは静かに首を横に振った。
「それじゃあ、どうするの?」
「こいつで砕いてバイパスを剥き出しにする。ヒラ姉、足止めを頼む……」
『ギーッ!』
慎重に聞き返すヒラネに余裕の笑みを返したセイハがクロスジャルナーを構え、ZKは轟音と共に拳を薙ぎ払う。
「しまっ!?……クロスジャルナーが!」
「セイちゃん、大丈夫!?」
「アタシは無事だけど得物をやられた……ちょいとヤバいかな」
咄嗟に構えたクロスジャルナーがセイハの手から離れ、慌てて近付いたヒラネに片手を振ったセイハはスライム体を纏わせながらZKを警戒した。
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『ギギ?』
「ここからなら確実に……ぬかった!」
頭部に大砲を持つC2型ZKの死角に回り込んで狙いを定めたミサヲは、構えたミセリコルデを下ろして距離を取る。
「おいドク、中止だ! 立て直すぞ!」
「分かった! 煙幕弾!」
物陰に隠れたミサヲが大声で手を振り、手を振って返したドクはリニアショットTTRの引金を引いてZKを煙に包んだ。
「助かったぜ……」
「キミほどの狙撃手が仕損じるなんて、いったいどうしたんだい?」
安堵のため息をついたミサヲが腕で額の汗を拭い、ドクが隣で状況を尋ねる。
「体がデカい分、外殻が複雑に入り組んでやがる。もっと近付かないと」
「ふむ……ミサヲさんが言うなら仕方ないね。今度は俺も近付こう」
「頼んだぜ、ドク」
体勢を整えたミサヲに頷いたドクがLab13からソニックトリガーを取り出し、信頼の笑顔を向けたミサヲは物陰からチャンスを窺った。
▼
「ターミナルにはデカブツか……迂闊に近付けないな」
「【霧葬暗器】!」
C1型とC2型のZKを確認した鋭時がしばらく考えを巡らせ、背後で黒ヘビのぬいぐるみを腰に付けたシアラが術式を発動する。
「シアラ!?……しまった、いつの間に!」
「逃げてください……教授……【魔凝土壁】!」
突然の行動に驚いた鋭時が自分達を囲むZKの群れに気付いて身構え、ヒツジのぬいぐるみを取り出したシアラは鋭時との間に土壁を作った。
「何してんだよ!? シアラ!」
『『ギッ……ギッ……』』
慌てた鋭時が土壁を叩くが、声は無数のZKが立てる音に掻き消される。
「大丈夫ですっ!……わたしには…結界が……」
「待てよ! 結界もいつまで持つか!……は? これは……俺の……記憶?」
途切れ途切れに聞こえて来るシアラの声に焦りを覚えた鋭時は、前触れも無しに頭の中を覆う靄のような感覚が晴れて戸惑いながら呟いた。
(自分に好意を寄せる女性のピンチが鍵とはね……大した悪趣味だ)
「だが、これで使える魔力が増えた訳では……いったいどうすれば……」
記憶を辿って小さくため息をついた鋭時は、気を取り直して目の前の問題解決に考えを巡らせる。
「いや待て、色々と待て! とびっきりのバ火力があるじゃないか!……星白羽、左手だけで凌げるか?」
「《パスコード》ハ確認シタ、イツデモイイゾ」
唐突に妙案の浮かんだ鋭時がアーカイブロッドをベルトに差し、スムーズに切り替わった星白羽は炎斬を固く握り締める。
「【痛覚遮断】、【栄養補給】……ここまで来たら伸るか反るかだ……頼んだぜ、星白羽!」
「任セロ、【圧縮空筋】!」
ボタンを外して術式を発動した鋭時が胸に手を当て、星白羽は足に空気のバネを纏わせて土壁を跳び越えた。
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「えっ? 教授……? 教授っ! ひどいケガじゃないですかっ!」
「悪いな、説明してる暇は無いんだ。ちょっと行ってくる」
水結界でZKの攻撃を凌いでいたシアラが目の前に降って来た赤い雫に気付いて見上げ、右手を胸に当てたまま着地した鋭時は従来型ZKに向かって走り出す。
『『ギギッ!』』
「もう、仕方ありませんねっ……マフリク、黒モードです!」
血に反応したZKが一斉に鋭時を追い、慣れた調子で頷いたシアラは黒ヒツジのぬいぐるみを腰に付けた。
「【磁鋼滑軌】!」
「恩ニ着ル、シアラ」
結界でレールガンを作り出したシアラが背を向けたZKに無数の石弾を浴びせ、炎斬とトリニティシェードでZKを退けていた星白羽は軽く頷いて加速する。
「間に合いそうだ……これでも……食らえー!」
『『ギェェーッ!?』』
高く跳び上がった鋭時が巨大な球体目掛けて赤く塗れた右手を突き出し、各々の突起の間から顔を出した従来型ZKは悲鳴のような音を響かせて光に包まれた。
▼
『ギギッ!?』
「あの光は!?……従来型が……消えてる?」
巨体に任せて暴れていたC1型ZKが突然振り向き、同じく振り向いたヒラネは最大の脅威の消滅を確認する。
「こうしちゃいらんねえぜ、ヒラ姉!」
「気を取られてる今なら! 【地中潜行】!」
スライム体を伸ばしたセイハが周囲の瓦礫を掴みながら回り込み、タイミングを合わせて術式を発動したヒラネはZKの足元に穴を空けた。
『ギギッ!?』
「よっしゃー! 今度こそ仕留めてやる!」
「セイちゃん! これを!」
バランスを崩したZKを確認したセイハが飛び乗り、ヒラネは先端を取り外して仕込み刃を出したツィガレッテロアを投げ渡す。
「任せろっ!」
『ギェーッ!?』
槍状のツィガレッテロアをスライム体で受け取ったセイハが全力でZKの襟首に突き刺し、頸部バイパスを破壊されたZKは悲鳴のような音と共に崩れ去った。
「助かったぜ、さすがはヒラ姉だ」
「まだZKは残ってるわ、急ぎましょう!」
尊敬の眼差しで頷いたセイハがツィガレッテロアを投げて返し、複雑な顔で受け取ったヒラネはツィガレッテロアを元に戻しながら移動を始めた。
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『ギ……?』
「おいドク、あの光は何だ?」
頭の大砲で標的を探していたC2型ZKが足を止め、物陰に隠れていたミサヲは警戒しながら顔を出す。
(あれは分子分解術式の……鋭時君、何て事を……)
「どうした、ドク?」
「何でもない。ZKが気を取られてる今がチャンスだ」
Tダイバースコープを眺めながら苦い顔をしたドクを案じたミサヲが声を掛け、辛うじて首を横に振ったドクはZKを指差した。
「分かったぜ、【魔力迷彩】!」
「機械刀昴、二連起動!」
大きく頷いて術式を発動したミサヲが周囲の景色に溶け込み、ドクはそれぞれの銃から取り外した懐中電灯を手に取って光の刃を出現させる。
「へぇ……そいつがドクの切り札って訳かい」
「そんなところだ、行くよ!」
呆れとも驚きとも付かない顔でミサヲが笑い、軽く肩をすくめたドクは二振りの機械刀を構えながら駆け出した。
『ギギギーッ!』
「無駄だよ。昴には、こんな使い方もある」
我に返ったZKが大砲から光弾を撃ち出すが、ドクは光の刃で弾き返す。
『ギャギョッ!?』
「図体がデカい分、再生も遅いって訳か! 今度こそもらった!」
自ら撃ち出した光弾に脚を砕かれたZKがうつ伏せに倒れ、難無く背後に立ったミサヲは狙いを定めてミセリコルデの引金を引いた。
『ギェェーッ!?』
「ふぅ……」
「お疲れさん。こっちに来るZKはいないみたいだし、居住区に急ごう」
断末魔の声のような音と共に崩れ去ったZKを確認したミサヲが安堵のため息をつき、光の刃を収めたドクは多数のZKが目指す先を指差した。
▼
「教授……まさか、心臓を取り出すなんて……」
黒ウサギのぬいぐるみを腰に付けて空を飛んで来たシアラは、倒れた鋭時の胸に空いた穴を見て愕然とする。
「ばか!……ばかばか!……教授のばかぁ!」
「ぐっ……はぁ、はぁ……」
「教授っ!?」
倒れた鋭時を抱きかかえて大粒の涙を流していたシアラは、微かに聞こえる荒い呼吸音に気付いて手を止める。
「マハレタっ、お願いしますっ! 【全快白霧】」
「消えた心臓が綺麗に戻ってやがる……さすがはシアラだ」
落ち着いてヘビのぬいぐるみを腰に付けたシアラがナース姿になって治癒術式を発動し、鋭時は胸に手を当てながら慎重に体を起こす。
「いったい、なにが? どうなって……?」
「ヒカルさんの作った摘出装置とスズナさんの組み上げた【圧縮空心】だよ」
目の前の出来事に理解が追い付かない様子のシアラが疑問を呟き、鋭時は指輪とスーツを順に指差す。
「ルーちゃんとスズにゃんに感謝ですねっ、教授っ!……って、あれ?」
「おーいシアラさん、何をそんなに驚いてんだ? 星白羽には眠ってもらった」
感極まって鋭時に抱き着いたシアラが空を切らない両腕に戸惑い、鋭時は優しく微笑んでシアラの背中に手を回した。
「それじゃあ、まさか!」
「全部思い出したんだ。約束も果たさないとな」
目を輝かせたシアラの頭を撫でた鋭時は、そのまま額に唇を当てる。
「えっ?……教授っ?」
「フレンチは勘弁してくれ、まだ仕事が残ってるからな」
思わず額に手を当てたシアラが顔を赤らめ、鋭時は照れ臭そうに微笑んだ。
「そうですねっ……ところで教授は、何であんな呪いを掛けられたんですかっ?」
「下らない理由だ。新しい目的も出来たし、今はどうでもよくなった」
しばらく考えてから頷いたシアラが興味津々な様子で顔を近付け、目を逸らした鋭時は曖昧な笑みを返す。
「わかりましたっ! わたしも教授の目的に全力で協力しますねっ!」
「ありがとう。今はまだ言えないけど、新しい目的にはシアラが必要なんだ」
大きく頷いたシアラが満面の笑みを浮かべ、安堵のため息をついた鋭時は真剣な眼差しを向ける。
「おまかせくださいっ! わたしは何をすればいいんですかっ?」
「目的はいずれ果たされる、それまでどうするかを考えようか?」
鼻息荒く胸を張ったシアラが輝く瞳で見詰め、鋭時はシアラの頭を優しく撫でて微笑んだ。
この物語はここで一旦終了です
最後までお読みいただきありがとうございました