第7話【強行突破】
強行突破を前に自分から離れるよう説得した鋭時だが、
シアラの強い意志の前に説得を断念した。
「本当に!? 教授、本当に好きにしていいんですねっ!」
興奮して聞き返してくるシアラに、鋭時は頭を掻きながら呆れる。
「いや待て、色々と待て。そこまで喜ぶ要素がどこにあるんだよ?……まあいい、とにかくシアラは自分の身の安全を最優先にしてくれ、その方が気楽に動ける」
「わかりましたっ、わたしが必ず教授をお守りしますっ! わたしの結界はZKの攻撃でも破れませんからっ!」
「あのな……俺の話聞いてたのか? まあ今さらか……シアラが離れないなら俺がドクやミサヲさんから離れなければいいだけか……」
堂々と胸を張って答えるシアラを見た鋭時は額に手を当ててしばし考え込むが、結論が出ずに半ば諦める形で自分の立ち回り方を考え直すしかなかった。
「どうやらシアラ達は話が纏まったようだな。おいドク、そろそろいいか?」
鋭時とシアラのやり取りを眺めていたミサヲが道路を塞ぐ多数のZKへと視線を移しながらドクに声を掛けると、ドクは少し考えてから頷いた。
「そうだね、ここまで来たら後は行動あるのみ。作戦開始だ」
ドクの合図に軽く頷いたミサヲが物陰から身を乗り出してボルトアクション式のライフル銃、改めて観察すると重厚な金属製の六角棒を屋内でも取り回しが出来る長さに切り出した銃身に、グリップと銃床がつながっただけのライフル銃を模したシンプルな構造の銃を構える。
「なあドク。スコープも無いし、あんなに暗くて大丈夫なのか?」
銃口の遥か先、注意深く目を凝らしても廃ビルの影とおぼしきものしか見えない鋭時が不安に駆られて小声でドクに話し掛けた。
「それなら大丈夫、まあ黙って見てなよ」
鋭時の心配を予想していたかのようにドクが微笑むと、ミサヲが銃を構えたまま手招きしてくる。
「準備オッケーだ、ドクはいつも通り着弾の観測を頼む」
「了解した。いつも通り着弾だけで、狙撃前の観測は不要なんだね?」
「ああ、いつも通りで頼むぜ。弾を当てた後のZKの細かい状態だけは、ここから見えないからね」
片眼鏡型の立体映像を起動して観測準備を整え終えたドクを確認したミサヲは、構えた銃を少し動かして狙いを付けると引き金を引く。
瞬間、銃口からバチバチッと鈍い放電音が聞こえたかと思うと、遥か前方で歪なヒトの形をしたZKのシルエットが電光に映し出されて程なく崩れ落ちて消えた。
「胸部動力核に命中、完全消滅を確認。相変わらず見事なもんだね~」
「へへっ、まあな。奴等は混乱してるが、まだこちらには気付いてないみたいだ。このまま続けるぞ」
立体映像の片眼鏡越しにZKの消滅を確認したドクが感心しながら着弾を伝え、ミサヲは満足そうに笑いながら槓桿を引いて戻す。
銃から薬莢などは飛び出さなかったが、ミサヲは構わず銃を構え直しながら次の狙いを定める。
「放電……これは生体バッテリー?……だとしてもこの出力はいったい……」
「どうしたんですか教授? もしかして何かを思い出したんですかっ!?」
ミサヲの狙撃を眺めていた鋭時が首を捻りながら呟いた途端にシアラが反応し、興奮気味に詰め寄って来る。
「生体バッテリー、確か装着者の生命活動を電力に変換する装置だ、俺も何度か使っていた気がする……」
「凄いじゃないですかっ! 教授っ、他にも何か思い出せませんかっ!?」
「今は手元に無いだけでどこにでもある普通の機械の記憶だ、あまり期待するな。それとあまり大きな声出すなよ、ミサヲさんが集中出来なくなる」
鋭時の記憶を戻す糸口と見て尚も食い付いてくるシアラに鋭時が人差し指を口に当てながら注意するが、ミサヲは余裕の笑顔を浮かべて鋭時達の方を振り向いた。
「気にすんなよ、あたしは賑やかなほど狙いが良く定まるのさ。それよりシアラ、鋭時の記憶が戻りそうなんだろ? じっくり聞き出してくれよ」
「あー……ミサヲさん。期待を裏切るようで悪いが、生体バッテリーは腕時計から懐中電灯、携帯端末にも使われている。鋭時君の素性の特定は難しいと思うよ」
気まずそうにドクが説明すると、ミサヲは不機嫌そうな顔をドクに向ける。
「なんだい野暮だねぇ、期待するくらい構わないだろ?」
「すまないミサヲさん、他に何も思い出せなかったよ。それよりも、あんな遠くに放電するほどの電力を出せるなんてどんな仕掛けなんだ?」
ありふれた身近な技術を思い出しただけの鋭時だが、それ以上に目の前で起きた大放電に興味を惹かれつつあった。
「タイプ鬼は特に身体能力が高いジゅう人だからね、生体バッテリーから得られる電力も他のジゅう人とは桁違いに多いんだよ。それでも連射し過ぎると体に負担が掛かるから、普段は装填の要領で再接続しないと次が撃てない仕掛けにしたんだ」
珍しい玩具を見付けた子供のように目を輝かせる鋭時にドクが苦笑しながら至極単純な種明かしをすると、ミサヲも道路のZKに狙いを定めつつ説明を重ねる。
「この放電銃ミセリコルデは、あたしの能力を活かすためにドクに造ってもらったお気に入りだ、よ!」
ミサヲが説明の最後の語気を強めながら引き金を引くと、またも遠くの闇の中で電光が瞬いてヒト型のシルエットが浮かんで消えた。
「今度は頭部制御核に直撃、消滅を確認したよ」
「よし、この調子で次行くぞ、次」
片眼鏡型の立体映像で着弾を確認したドクの報告に気を良くしたミサヲが槓桿を引いて戻しては新たな標的に狙いを定めて引き金を引き、その度に遠く暗闇の中で歪なシルエットが電光に照らされて浮かんでは消えた。
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「奴等こっちに気付きやがった! そろそろ走った方がいいんじゃないか?」
幾度目かの電光を放ち終えた後にZKの群れが自分達に向かって来るのを察したミサヲが作戦を次の段階に移行しようとするが、ドクは首を振って制止した。
「いや、ギリギリまでここで迎撃してくれないか?」
「おいおい、こっちに駆けて来たら1体か2体がせいぜいだぞ?」
ドクの指示を聞いたミサヲは不可解な表情を浮かべるが、ドクは気にも留めずに楽しむような表情を浮かべる。
「それでいい。合図したら走れるようにだけはしといて、ボクに考えがあるんだ」
「ああ、そういう事なら了解だ。ドクが何を考えてるかは分かんないけど、それが一番得するのだけは確かだからなぁ!」
ドクの説明を聞いて指示を快諾したミサヲが気合を込めて引き金を引いて自分に向かって来たZK達の中から1体を消し去るが、残りが一斉に走り寄って来た。
「ちっきしょー、奴等足速すぎだろ! もうひとつは無理だ!」
狙いを定められずに毒づくミサヲが迎撃を断念する中、眼前に迫って来たZKが奇声を上げて一斉に跳び掛かって来る。
『『ギギーッ!』』
「狙い通り、そこだ」
言うが早いかドクは、手にした拳銃を跳び上がったZKに向けて連続で引き金を引く。
パンッパンッパンッといくつもの軽い音と共に空中でZKの足が爆ぜ、あるいは腕が千切れるなどしてバランスを崩しながら4人の遥か後方へ吹き飛んで行った。
「うはっ、まさかZKを吹き飛ばすとはね。あたしには真似出来ない芸当だよ……やっぱりドクは面白い事を考えるねぇ~」
「その銃は? 何となくミサヲさんのミセリコルデに似てる気がするけど……」
ZKが吹き飛んだ方向を見ながら感心するミサヲの横で、鋭時はドクの手にある拳銃を不思議そうに眺める。
「こいつはボクの造ったソニックトリガー、生体バッテリーを使って弾丸の形状に圧縮した空気弾を撃ち出す銃だ。お察しの通りミセリコルデはソニックトリガーの技術を応用して造ったんだよ」
「それで似てたのか……にしても、圧縮空気でよくあそこまで飛ばせたもんだ」
楽しそうに説明するドクに鋭時が納得しながら感心していると、ドクは照れ臭く頬を掻くような仕草で右目に浮かんだ片眼鏡型の立体映像を指差した。
「このTダイバースコープで跳び上がったZKのどこを撃てば後ろへと飛ばせるか計算したんだよ。他にも遠くの観測をするとか用途は多々あるが、生体演算装置を使い過ぎて脳に負担がかかるのが玉に瑕だね」
「生体演算装置……確か脳をコンピュータに見立てて機械の制御が出来る装置……だったかな……?」
ドクの説明を元に僅かな記憶を辿った鋭時の小さな呟きが耳に入ったシアラは、またもや興奮気味に声を掛けて来る。
「教授? もしかして何か思い出したのですか!?」
「期待してもらってるところ悪いが、今回も空振りだ。簡単な生体演算装置自体は生体バッテリーを使う機械とセットになってる、取り立てて珍しいものじゃない」
目を輝かせながら見詰めて来たシアラに対して鋭時は申し訳なさそうに首を横に振り、思い出したばかりの機械の知識を説明する。
使用者の皮膚が直接触れる事で機械と使用者の脳とを電気信号を通じてつなぎ、脳の一部を高度なコンピュータとして使う生体演算装置もこの時代にはありふれた技術であり、鋭時の素性には至らなかったのだ。
「そろそろ奴等が動き出すよ。ミサヲさんは2人を連れて、先に【遺跡】の出口へ向かってくれないか?」
「よし来た! シアラ、鋭時、あたしの後をちゃんと着いて来るんだぞ!」
TダイバースコープでZKを観察していたドクが合図をすると、ミセリコルデを肩に掛け直したミサヲが後ろの2人に声を掛けながら走り出す。
「なあドク、腕はともかく足を破壊したZKはもう来れないんじゃないのか?」
吹き飛んだZKのいる方向を時折見ながら頭に浮かんだ疑問を口にした鋭時に、最後尾を走るドクは後方を警戒しながら静かに首を横に振った。
「いや、奴等はいくらでも再生するんだ、頭部か胸部のコアを破壊しない限りね」
警告を自分自身に言い聞かせるかのような説明をしたドクはソニックトリガーをLab13に収め、ポンプアクション式のショットガンのような銃を取り出した。
「ドク、そいつはいったい?」
「こいつはリニアショットTTR、ボクが調合した弾を電磁誘導で撃ち出せる」
不思議そうに眺める鋭時にドクが簡単な説明をしながら銀色の液体が入った短い試験管を銃身の下部に装填し、立ち止まって持ち手を引くと同時に振り向いて腕を再生させながら背後まで迫って来たZK達に銃口を向ける。
「まずは徹甲散弾」
ドクが、装填した試験管の中身を言葉に出しながら引き金を引くと、ガウンッと発砲音が響くと同時に銃口から撃ち出された銀色の液体金属が固まりながら無数の散弾へと形を変えて先頭のZKに襲い掛かった。
『ギギー!?』
散弾を真正面から受けた先頭のZKの脚部が砕けて悲鳴にも似た音を立てながら後方へと吹き飛び、後続のZKの群れにぶつかる。
「いい感じだ、続けて粘着弾を3発装填」
ZKとの距離が空いた隙に持ち手を引いて空になった試験管を薬莢のように排出したドクは、Lab13から取り出した新たな試験管を次々とリニアショットTTRに装填して引き金を引く。
発砲音が3回響いたかと思うと折り重なって倒れた数体のZKと周囲の廃ビルの壁をつなぐように蜘蛛の巣の形をした粘液の網が張り巡らされ、さらに後を追って来ていたZK達は粘液の網に絡み取られて動きを止めた。
「最後に煙幕弾だ」
新たな試験管をLab13から取り出してリニアショットTTRに装填したドクは、粘液の網で塞がれた場所に向けて白い塊を撃ち出す。
撃ち出された白い塊は粘着弾で作られた網の手前に落下すると同時に大量の煙を噴き出し、瞬く間に周囲の視界を遮る。
薬品が想定通りの効果を発揮したと確認したドクは警戒しながらも安堵の表情を浮かべ、しばらくは追撃が来ないと判断して速度を落としたミサヲ達を追いながら声を掛けた。
「これでしばらくは時間が稼げるよ、今のうちに【遺跡】を出よう。でも、警戒は怠らないでね」
「凄い手際の良さだな……あれだけの数のZKの動きを止めるなんて……」
ミサヲの後を追いながら時折振り向いて感心するように呟いた鋭時に追い付いたドクは、最後尾で警戒しながら照れ笑いを浮かべて鼻の頭を掻く。
「一応ボクの自信作だからこれくらいはね……それでもここまで上手く行ったのは鋭時君のおかげだよ」
「え? 俺は何も、むしろあの覚悟は何だったのか……そうか……! ZKが俺を狙って固まるタイミングで、ドクが攻撃してたのか!」
唐突に感謝された鋭時は困惑しながら否定しようとするが、すぐにドクの取った作戦における自分の役割を理解して興奮気味に納得した。
「まあそんな所だけどZKが鋭時君に斬りかかる前に片を付けられて良かったよ、いくら協力を申し出てくれたとは言え危険は極力避けたかったからね」
照れ隠しをするように頬を掻きながらも楽しそうに説明するドクの顔と横を歩く鋭時の顔とを交互に見詰めていたシアラが口を開く。
「なんだか不思議ですねぇ……ついさっき初めて知り合ったばかりなのに、教授とマーくんがこんなにも息が合うなんてっ」
「あのドクとここまで話が合うなんて確かに珍しいな、もしかするとドクと鋭時は知り合いだったりしてな」
前方を警戒しながら慎重に先頭を歩くミサヲが冗談めかして笑った途端シアラの目が俄然大きく見開き、そのままドクに詰め寄り始めた。
「本当ですかっ、マーくん!? 教授はどこから来たのですかっ!? どうすれば教授の体に触れるようになりますかっ!?」
「少し落ち着いてくれないかな、シアラさん? ボクは何も知らないからね?」
シアラの突然の質問攻めにドクが後ずさりしながら否定していると、鋭時が頭を掻きながらため息をついてシアラを窘める。
「おーいシアラさん、少しだけ冷静になろうね。ドクが俺の知り合いならとっくにそう話してるはずだろ?」
「ごめんなさい教授、マーくん……教授の事を知ってるかもしれないって……そう思ったらつい……」
「わりい、あたしもちょっと迂闊だったわ」
目に涙を溜めながら謝るシアラの後ろで、ミサヲも気まずそうに頭を掻きながら謝った。
「シアラにそこまで気負わせて悪かったよ。記憶が無くても俺ひとりならどうにか生きていけるからさ……そんなに思い詰めないでくれよ……」
自身の不甲斐なさを責めるように頭を掻きながら慎重にシアラに謝罪する鋭時の言葉に被せるように、ドクがすかさず口を開く。
「ミサヲさんもシアラさんも悪気が無いのは分かってるから、この話はこれまでにしよう。それに、ステ=イションに着けば鋭時君の素性が分かると思うから」
肩をすくめながら手打ちを提案したドクに、再びシアラの瞳が輝きだした。
「マーくん、今度は本当ですかっ!? 嘘だったら許しませんよっ!」
「さすがにこんな事で冗談を言う気は無いよ、鋭時君の素性を調べる準備を整える為にレーコさんを先にステ=イションに帰らせたんだから」
鼻息荒く迫って来たシアラの質問に後ずさりして答えるドクに笑いを堪えながら近付いたミサヲは、肩に腕を回して顔を引き寄せて話しかける。
「ハハッ、レーコさんを使って何を企んでるのかと思ったらそういう事か、ドクも案外優しいねぇ~」
「ボクだってジゅう人の端くれ、人間の役に立ちたいさ」
シアラから少し離れてミサヲの腕から解放されたドクは、肩をすくめてミサヲに感謝の意を伝えてから顎に手を当てひと呼吸置く。
「それに気になる事があるんだ、鋭時君の素性には」
「気になる? どういう事だ?」
神妙な面持ちで呟くドクに合わせたミサヲが、顔を近付けて小声で訊ねる。
「今はまだ推測どころか直感だ、とても言えるものじゃない。杞憂に終わればいいけど、そうでなかったらミサヲさんの力を借りると思うから、その時に話すよ」
「相変わらずドクは何言ってるのか分かんないな~、取り敢えずステ=イションに戻ればはっきりするんだろ? その時には手を貸すぜ」
要領を得ないドクの話を適当に聞き流して相槌を打つミサヲに、ドクは声を元の大きさに戻しながら頷く。
「今はそれでいい。助かるよ、ミサヲさん」
「いいって事よ。それより急ごうぜ、あと少しで【遺跡】を出られるんだからさ」
気さくに笑ったミサヲが探索術式を使う準備を始めると、シアラが近付いて声を掛けて来た。
「わたしに手伝わせてくださいっ、ミサちゃんっ! 魔力なら充分残ってますし、探索術式なら使えますからっ」
「本当にいいなら頼めるかい? よっしゃ、またあの可愛い着替えが見れるぞ」
期待に満ちた目で眺めるミサヲに、シアラは困惑した様子で頬を掻く。
「いえ、その……他の仔の結界服はまだ再設定してないので、この格好のままなのですが……」
「ありゃりゃ、今回は生着替え無しかい? まあしょうがないね……ところで今の格好のままだとどうなるんだい?」
「結界服を着てる時は他の仔に組み込んだ術式がいくつか使えなくなりますけど、探索術式なら問題なく使えますよっ! こっちの方に使えばいいのですねっ!」
冗談めいて残念がるミサヲの質問に対して自信に満ちた表情で答えたシアラは、手の甲まで隠すように伸びた袖口からウサギのぬいぐるみを取り出した。
「ヴィーノ行きますよっ!【空間観測】!」
手にしたウサギのぬいぐるみを前にかざしたシアラが術式を発動させると同時に術式の効果が前方に広がり、空気の微細な振動や温度、含有物質などを読み取って進行方向の遥か先までの地形と危険の有無をシアラの意識に直接伝える。
「ミサちゃん大丈夫ですよっ! この先に動くものはありませんっ!」
探索術式から得た情報を立体映像の地図に変えたシアラがウサギのぬいぐるみの前に表示させると、ミサヲは背後からしゃがんで抱き付きながら覗き込んだ。
「へぇ、こんなことも出来るんだ。全くシアラはたいしたもんだよ」
「わわっ!? ちょっとミサちゃん何を……わぷっ!?」
後頭部に押し当てられた2つの柔らかい感触に驚いたシアラが振り向くと同時にミサヲの豊満な胸に顔が埋まり、慌てたシアラの手を振る様子に興奮したミサヲが再び抱きしめる。
「あたしの谷間に舞い降りて来てくれるとか、やっぱりシアラは天使だね~」
「むぎゅー!? ぷはっ、助かったぁ……それよりミサちゃん、【遺跡】の出口はこの地図のどこですかっ?」
僅かな隙を突いて豊満な谷間から脱出したシアラは、深呼吸してから上目遣いでミサヲに質問を投げ掛けた。
「おっとわりい、続きはステ=イションに帰ってからだ。それでだ、ここから一番近いのはこの地図の端っこにあるこのビルとビルの間だろうねぇ」
気さくに笑うミサヲがシアラの向きを戻しながら地図の端を指差すと、シアラは驚きと感心の入り混じった表情を浮かべる。
「ほえ~、この辺がちょうど【遺跡】の出口になるんですかっ? 術の探索範囲を最大にしたのですが、面白い偶然ですねっ!」
「ここまできれいに探索範囲を分けられるなんて、確かに面白い話だぜ。シアラは本当に最高だぜ!」
「きゃっ!? ちょっとミサちゃん、くすぐったいですよぉ」
感極まったミサヲに頬擦りされたシアラは小さく悲鳴上げると、振り向いて頬を膨らせた。
「あはは……わりい。いつもの癖でついやっちまった。もうしないから機嫌直してくれよ」
「いつもの癖、ですか……フフッ、ちょっと驚いただけで怒ってませんよっ!」
笑って誤魔化しながら謝るミサヲに、シアラは一瞬だけ含み笑いを浮かべてからすぐに満面の笑みを返す。
「くうぅぅ! やっぱりシアラは可愛いなー! もうちょっといいかい?」
「今はダメですけどぉ、ステ=イションに着いたら続きをしてもいいですよっ! 早くステ=イションに向かいましょうっ!」
再度頬擦りしようと顔を近付けて来たミサヲに微笑みを返して断ったシアラは、ミサヲの腕をすり抜けて【遺跡】の出口を指差した。
「あはは……こういうところはしっかりしてんのな~……ますます気に入ったぜ、ちょっと待ってろよ。おいドク、出口までどう行くよ?」
シアラに逃げられて苦笑いするミサヲは、興味深そうに立体地図を眺めるドクに声を掛けた。
「分かってるよ、ミサヲさん。ここから出口までこのルートを通れば、他のZKの群れと鉢合わせする事も無いだろう」
Tダイバースコープで算出した安全なルートを指で淡々となぞりながら提案するドクに、ミサヲは呆れながらも感心する。
「もうルートを考えてたのか、相変わらずドクは抜け目ないね~」
「ああ、世の中広いと改めて思い知らされたよ。ボクのTダイバースコープでも、ここまで正確な情報を得るには数回の計測が必要だ。シアラさんの才能とそれを活かす為に積み重ねて来た努力には、本当に頭が下がる思いだよ」
「とーぜんですっ! わたしは教授と出逢うまでに何度も探索術式の改良を重ねて来ましたからっ! おかげで教授に出逢う事も出来ましたっ!」
茶化すミサヲを気にも留めずに手放しで術式を称賛するドクに向かってシアラが堂々と胸を張ると、隣で鋭時が顎に手を当てながら考え込む。
「俺を見付けるまで、って……いったい何のために作った術式なんだ……?」
「もちろん、教授と出逢うためにですよっ? 他に何があるんですかっ?」
鋭時の呟きを聞いたシアラが両手で頬を押さえて照れながら嬉しそうに話すと、鋭時は呆れながら額に手を当てた。
「いや待て、色々と待て。これほど広範囲かつ精密な術式を組み上げるには相当な手間と時間が掛かるし、まして発動となればどれほど魔力を食うか……」
「そこまで褒めていただけるなんてっ、わたし教授に出逢えて幸せですっ!」
「いや、褒めてないって……とは言え助けられてるのも事実だし、ひとまずここはそれでいいか……」
嬉しそうにスーツの袖を掴んで来たシアラに鋭時は困惑して頭を掻くが、自身が今置かれている状況を考えて諦めたようにため息をついた。
「鋭時君、シアラさん、そろそろ出発するけどいいかな?」
「あ、ああ、こっちは大丈夫だ。手間を取らせてすまない」
会話が落ち着いたタイミングを見計らって声を掛けて来たドクに気付いた鋭時が慌てて走り出そうとするが、ドクは落ち着ける様に声を掛ける。
「そんなに焦らなくていいよ。安全なルートは確保したし、もうZKの群れに遭遇する事も無いから」
「分かった。ところでドク、【遺跡】を出ればZKは追って来れないのか……? 例えば……俺達の痕跡を辿ってステ=イションまで追って来るとかは?」
スーツの袖を掴むシアラの歩みに合わせるために時折視線を足元に落としながら質問する鋭時に、ドクはZKから手に入れた【破威石】をLab13から取り出して楽しそうに説明を始めた。
「鋭時君の疑問も当然だね。でも、ZKが居住区まで来られないようにする対策は立てられてるよ。そのひとつがこの【破威石】だ」
「【破威石】ってZKを倒した証拠として使う以外の意味があるのか?」
不思議そうな顔で聞き返す鋭時に、ドクは楽しそうに説明を続ける。
「こいつに居住区で特殊な術式を施すとZKを遠ざける効果があるんだ。加工した【破威石】を【遺跡】に撒いてZKを追い払い、人間とジゅう人、つまりは人類の生活圏を少しずつ取り返してるんだよ」
「なるほど、だから【破威石】は居住区で高く買い取ってもらえるのか……」
「ああ、今のところ【遺跡】からZKが出て居住区まで来た前例は無いよ」
「それを聞いて安心したよ。これでシアラを危険な目に遭わせなくて済む」
ドクの説明をひと通り聞き終えた鋭時が安堵の表情を浮かべていると、シアラが掴んでいるスーツの袖を引いてから鋭時に声を掛けて来た。
「わたし、教授と一緒でしたら危険なんて怖くありませんっ! いつまでも一緒にいきますからっ!」
「いや、だからさ……取り敢えずステ=イションまでの話な、そこから先は着いた時にでも考えればいいか……」
無邪気に笑い掛けてくるシアラに鋭時は反論しようとしたが、今は何を言っても無駄と判断して小さくため息をつく。
「はいっ! 早くステ=イションに行って教授の記憶を戻しましょうっ!」
「おっとっと……そんな強く引っ張るなよ、シアラ。俺達はステ=イションまでの道を知らないんだから、少し落ち着けよ」
興奮したシアラが力任せに引き摺ろうとした事でバランスを崩しかけた鋭時は、苦笑しながらシアラを宥めた。
「えへへ、そうでしたねっ……うわわっ!?」
「はやる気持ちは分かるぜ、シアラ! あたしも早いとこ帰って一杯やりたいし、ここは案内も兼ねてあたしが運んでやるよ!」
鋭時に宥められたシアラがスーツの袖を掴む力を緩めた瞬間を見逃さずに動いたミサヲが素早くシアラを抱きかかえ、シアラは慌てて大声を上げる。
「だからミサちゃんっ、いきなり持ち上げないでくださいよーっ!」
「やれやれ、ミサヲさんは隙あらばこれなんだから。悪いね、鋭時君。【遺跡】を出るまであのままでいいかい?」
「別に構わないさ、こっちも気が休まるからな」
シアラを抱えて上機嫌で歩くミサヲを見ていたドクが苦笑してから歩き出すと、鋭時は慣れたような観念したような顔付きで肩をすくめてから後を追った。
▼
その後しばらく【遺跡】を歩いた一行は、さしたる障害も無く地図上でミサヲの指し示した【遺跡】の出口、原形を留めた二つの廃ビルまで辿り着き、ビルの間を走る道路を遮るように置かれた車止めの柵の脇を通り抜けた。
「鋭時君、シアラさん、もう安心だ。柵からこっちにZKが来る事は無いからね」
全員が柵を通り抜けたのを確認したドクが鋭時とシアラに【遺跡】の外へと出た事を伝えると、鋭時は振り向きながら不思議そうな顔で呟く。
「あの柵が【遺跡】と再開発区の境界線なのか? 随分と簡素だな……」
「境界の数も多いし、加工した【破威石】を撒いて境界を移動させるから、複雑な施設には出来ないんだ。それでもあの柵にはちょっとした仕掛けがあるけどね」
鋭時の呟いた疑問に答えるように説明したドクは、ミサヲの脇に抱えられているシアラの方へ顔を向けてから遠慮がちに声を掛けた。
「あー……シアラさん。差し支えなければでいいんだけど、あの探索術式をここで使ってもらえないかな? 術式発動時の魔法元素の動きを観測してみたいんだ」
「いいですよっ! わたしもこの先の安全を確認したかったところですからっ!」
耳に手を当ててTダイバースコープの起動準備をしながら頼むドクに快く応じたシアラは、ミサヲの腕からすり抜けて術式発動の準備を始める。
「では行きますよっ、【空間把握】……!? そこにいるのは誰ですかっ!」
ウサギのぬいぐるみを手にして術式を発動したシアラだが、人の気配を感知して咄嗟に身構えた。