第67話【警鐘の真実】
かつての仲間、ウラホと再会したヒラネは、
自らの手で決着を付けた。
「今日も病院にこもったままですか、スズにゃんは……」
ウラホの死から数日後、凍鴉楼の庭園型バルコニーにある椅子に座ったシアラが周囲を見回す。
「スズナは誰よりもウラホに懐いてたんだ。あんな再会なんて、耐えられないぜ」
隣に座るシアラの頭を優しく撫でたミサヲは、複雑な表情で額に手を当てて首を横に振る。
「今はそっとしてあげて、スズナちゃんにはひとりになる時間が必要なのよ」
「ヒラ姉だってウラ姉を……すまねえ」
テーブルを挟んで向かいに座ったヒラネが力無く微笑み、隣から声を掛けようとしたセイハは気まずそうに頭を掻く。
「覚悟は決めたわ。えーじ君、ウラちゃんの最期を看取ったのはワタシなの」
「それって……まさか!?」
静かに首を振ったヒラネが真剣な眼差しを向け、目が合った鋭時は僅かに俯いて言葉を詰まらせた。
「ええ、ワタシが手に掛けたの。残りの人生は、えーじ君の決定に従うわ」
「そんな!……何でみんながこんな目に遭わないといけないんだよ……!」
ゆっくりと頷いたヒラネが悲壮な表情で身を乗り出し、鋭時は愕然とした様子で額に手を当てる。
「弱みに付け込み仲間同士で殺し合いをさせる、これが十善教のやり口なんだよ」
鋭時の向かいに座ったドクが首を横に振り、そのまま小さくため息をついた。
「どうにか出来ないのかよ……」
「悔しいけど無理だぜ……何をどうすればいいか……」
「ふむ……なら仇を討ちに行こうか?」
ため息と共に肩を落とした鋭時にミサヲがやり場の無い怒りを滲ませながら拳を握り締め、しばらく考えていたドクは涼しい顔でひとつの提案をする。
「ちょっとドク!? 十善教の住処はロジネル型なのよ! ワタシ達ジゅう人にはどうしようもないでしょ!」
「ロジネルの祝福みたいに座標が分かれば話は別なんだけど……」
思わぬ言葉にヒラネが半ば憤って聞き返し、セイハを挟んで隣に座ったヒカルは赤い縁の眼鏡を操作しながら小さく呟く。
「流石に十善教の本拠地までは分からなかったけど、ウラホさんを騙した奴等の居場所なら分かったよ」
「なんだって!? どうやって分かったんだよ?」
片眼鏡型の立体映像、Tダイバースコープを起動したドクが軽く頷き、ミサヲは驚いた様子で聞き返した。
「ボク達が捕えた人間の携帯端末に通信ログがあったから、奴等の位置情報を割り出したんだ」
「相変わらず抜け目無いな……それでどこなんだい?」
静かに肩をすくめたドクがTダイバースコープを操作し、ミサヲは呆れながらも身を乗り出す。
「奴等の居場所はネプスティクス、同名の企業が出資した企業主導型の居住区だ」
Tダイバースコープを操作したドクは、テーブルの上に立体映像を投影した。
「そこにウラホ達の仇がいるんだな?」
「ウラちゃんの思い人も、よね?」
力強く頷きを返したミサヲが立体映像を指差し、ヒラネも遠慮がちに立体映像を指差す。
「流石にウラホさんを覚醒させた人間は分からなかったけど、指示を出してた奴は分かったよ」
「そいつは誰なんだい?」
「十善教ネプスティクス支部長亀島司祭と部下の灰田だ」
小さく首を横に振ったドクが大きく頷き、指を降ろして身を乗り出したミサヲに神妙な面持ちで新たな立体映像を投影した。
「下調べも終了してるなんて、用意のいい事だな」
「ドクが普通じゃないのは今さらでしょ」
2人の人間の立体映像を眺めていたセイハが半ば呆れて感心し、ヒラネも僅かに顔を綻ばせて呆れた振りをする。
「やれやれ……たまには普通に褒めて欲しいもんだよ」
「抜かせ……でもこれでウラホの弔いをしてやれる」
小さくため息をついたドクが慣れた様子で肩をすくめ、冗談めいた笑みを返したミサヲは真剣な表情で静かに頷いた。
「相手が人間なら、俺と星白羽でも後れは取らないぜ」
「わたしも負けませんよっ!」
空気の変化を察した鋭時が力強く頷き、シアラも鼻息荒く腰のぬいぐるみに手を当てる。
「これはボク達の私怨だ、キミ達を巻き込む訳には行かない」
「今さら水くさいぜ、ドク。慢心する気は無いけど、俺だって掃除屋だ」
鋭時に手のひらを向けたドクが静かに首を横に振り、曖昧な笑みを返した鋭時は遠慮がちに頭を掻く。
「鋭時君が掃除屋を選んだ理由は記憶だが、暗示装置の解析が済めばパスコードも分かるだろう」
「《パスコード》ガ正シケレバ、人ヲ避ケナイ命令モ受ケ入レル」
雑に頭を掻いたドクが慎重に微笑み、鋭時からスムーズに切り替わった星白羽は機械のように頷く。
「そしたら手術で分子分解術式を解呪して、【忘却結界】を解除するだけか……」
「解析には2週間は必要なんだ、鋭時お兄ちゃん。星白羽お兄ちゃんも、ちょっと待っててね」
再度スムーズに切り替わった鋭時が深く頷き、ヒカルは上目遣いで微笑んだ。
「ありがとう、ヒカルさん。でも2週間か……」
「解析までの間、旦那様のお世話はお任せくださいませ」
柔らかな微笑みを返した鋭時が複雑な表情で頭を掻き、ミサヲの隣に座っていたチセリが立ち上がってお辞儀をする。
「チセリさん……」
「ご安心くださいっ! わたしが教授の分もがんばりますからっ!」
思わず複雑な笑みを浮かべた鋭時が気まずそうに頭を掻き、スーツの袖を掴んだシアラは目を見開いて鋭時を見詰めた。
「今回はシアラちゃんも連れて行けないの、ごめんね」
「どうしてですかっ、ラコちゃんっ?」
静かに首を横に振ったヒラネが柔らかく微笑み、シアラは不服そうに聞き返す。
「ドクも言ってたけど、これはワタシ達の問題なの。えーじ君もシアラちゃんも、これ以上は巻き込めないわ」
「でも……」
真剣な表情で見詰め返したヒラネが再度首を横に振り、尚も食い下がろうとしたシアラは言葉が続かず俯いた。
「鋭時君とシアラさんがいなければ、ウラホさんをおびき出せなかったよ」
「ドクの言う通り、2人には充分助けられたわ」
軽く咳払いをしたドクが遠慮がちに頭を掻き、静かに頷いたヒラネも微笑む。
「でしたら今度も……!」
「ウラちゃんとの決着が付いた以上、シアラちゃんに戦ってもらう理由も無いの」
顔を上げたシアラが目を輝かせるが、ヒラネは哀しそうに微笑んだまま首を横に振った。
「スズにゃんもラコちゃんも泣いてるのに、何もしないなんてできませんっ!」
「シアラもあたし達の仲間、今さら仲間外れにする訳には行かないよな」
勢いよく立ち上がったシアラが激しく首を横に振り、腕組みして頷いたミサヲがヒラネに微笑み掛ける。
「確かに……シアラちゃんの術式があれば心強いわね」
「それじゃあ!?」
根負けしたヒラネが小さく頷き、シアラは期待に満ちた笑みを浮かべた。
「助っ人をお願いするわ、シアラちゃん。でも、えーじ君は連れて行けないわよ」
「なあヒラネさん……ロジネル型なら人間がいた方が何かと便利だろ?」
優しく微笑んだヒラネに釘を刺された鋭時は、ひと呼吸置いてから自分の考えを切り出す。
「ふむ……確かに本物の人間がいると心強いな……」
「ちょっとドク!?」
小さく頷いたドクが納得しながら呟き、ヒラネは驚いた様子で振り向いた。
「十善教は【陽影臥器】を目の敵にしてると聞いたし、囮くらいは出来るぜ」
「決まりでございますね。こうなった旦那様は、誰にも止められません」
ヒラネの反応を気に留める様子も無く鋭時が持論を展開し、チセリは半ば諦めた表情でため息をつく。
「仕方ないわね、でも危険な事は絶対にダメよ」
「でも嬉しいぜ、やっぱり王子様だな」
釣られてため息をついたヒラネが子供に言い聞かせるように釘を刺し、セイハは隣で照れながらも嬉しそうに笑みを返した。
「おいドク! 鋭時とシアラが危険な目に遭わないよう、悪知恵を頼んだぞ!」
「ご期待に添えるよう努力するよ。それぞれの準備もあるだろうし、出発は明日の夜にしよう」
釈然としない様子で頭を掻いたミサヲに釘を刺されたドクは、肩をすくめてからテレポートエレベーターを指差す。
「分かったわ、一旦店に戻るわね」
「アタシもそうするか」
周囲に目配せして頷いたヒラネが立ち上がり、セイハも続いて立ち上がった。
「ぼくはスズナお姉ちゃんの様子を見て来るよ、明日は見送りに行くからね」
「頼んだぜ、ヒカル、チセリはどうする?」
跳ねるように立ち上がったヒカルに微笑み掛けたミサヲは、そのまま振り向いてチセリに声を掛ける。
「私はいつも通り、皆様のお世話をするだけでございます」
「分かった、今日は一旦解散だ」
静かに立ち上がったチセリが丁寧な仕草でお辞儀し、軽く頷いて周囲を見回したミサヲは大きく伸びをしながら立ち上がった。
▼
「ボクは向こうに寄ってから帰るね」
「なあドク、俺も着いて行って……」
テレポートエレベーターに近付いたドクが壁を指差し、鋭時は声を掛ける途中で言葉を濁す。
「どうしたんだい?」
「いや……何でもない」
指を止めたドクが振り向き、鋭時は誤魔化すように手のひらを向けた。
「行ってくださいっ、教授っ!」
「シアラ!? でも俺は……」
突然シアラが大声を上げ、思わず振り向いた鋭時は言葉を詰まらせて俯く。
「この間も本当は吸わなかったんでしょっ? 煙草」
「確かにそうだけど、今度は俺の知的好奇心で……」
優しく微笑んだシアラが上目遣いで見詰め、密かに安堵した鋭時は気まずそうに頭を掻いた。
「いいんですっ! 教授がもっとカッコよくなるんですからっ!」
「私は旦那様の決定に従います」
静かに首を横に振ったシアラが満面の笑みを返し、隣で微笑んだチセリも丁寧にお辞儀をする。
「面白そうだね、ぼくも着いて行くよ……うわわぁ!?」
「そこまでだ、ヒカル。あたし達は先に帰るぞ」
「はーい……」
興味津々に駆け寄ろうとするヒカルの背中をミサヲが掴み、ヒカルは兎のような耳と共に項垂れた。
「以前シアラが言ってたのはこの事か……どれだけカッコよくなるのか、楽しみにしてるぜ」
「そうね、セイちゃんはもうすぐえーじ君の本当の魅力を見れるのよ」
得心の行った様子で頷いたセイハが悪戯じみた笑みを浮かべ、隣でヒラネが目を細めて頷く。
「何言ってんだよ? ヒラ姉も一緒だぜ」
「でもワタシはえーじ君に……」
複雑な顔でため息をついたセイハが肩に手を乗せるが、ヒラネは小さく首を横に振って俯いた。
「俺はヒラネさんの人生に口を出す気は無い……上手く言えないけど、ヒラネさんには生きてて欲しいんだ」
「ありがとう、えーじ君」
縋るような視線に首を振って返した鋭時が柔らかく微笑み掛け、ヒラネは涙腺を緩ませながら精一杯の微笑みを返す。
「感謝するぜ、鋭時……おいドク、鋭時に変な事吹き込んだら承知しないぞ!」
雑に頭を掻いて微笑んだミサヲは、そのまま誤魔化すように凄みを利かせた。
「分かってる。ボクは情報提供するだけだ」
「頼んだぜ。こんなのドクにしか頼めないんだからさ」
殺気にも似た視線を受け流したドクが肩をすくめ、ミサヲは再度雑に頭を掻く。
「行ってらっしゃーいっ、教授っ!」
「ああ、行ってくる」
会話が落ち着いたタイミングを見計らったシアラが大きく手を振り、小さく手を振って返した鋭時はテレポートエレベーターの操作を始めた。
▼
「ここに来るのは二度目だけど、今回は何を聞きたいんだい?」
「聞きたい事は山ほどある。でも最初に、はっきりさせないといけない事がある」
喫煙室奥の壁に寄り掛かったドクが含みを持たせて笑い、小さくため息をついた鋭時は真剣な眼差しを向ける。
「それは興味深い話だ、是非聞かせてくれないかい?」
「単刀直入に聞くけど、ドクはシショクの12人の誰かなんだろ?」
覚悟を決めた笑顔を浮かべたドクが軽く肩をすくめ、鋭時は真剣な眼差しのまま聞き返した。
「ご名答。俺はシショクの12人のひとり、緋河纓示だ」
「緋河……消去法でどちらかとは思ってたけど、まさかね……」
迷いを振り払うように首を振ったドクが軽く頷き、しばらく考えた鋭時は複雑な笑みを返す。
「正確には彼の記憶を継承した作りものだけどね」
「それって、つまり……クローンなのか?」
静かに首を横に振ったドクが肩をすくめ、鋭時は慎重に聞き返した。
「多少改良してるけど、概ねその通りだ」
「200年も生きてるんだし、普通の人間な訳無いよな……」
顎に手を当ててしばし考えたドクが軽く頷き、頭を掻いた鋭時は飲み込むように深く頷く。
「多少老い難いだけで、寿命はさほど変わらないよ?」
「何だって!? それじゃ、どうやって200年も……?」
首を振って否定したドクに驚きの声を上げた鋭時は、躊躇いがちに聞き返した。
「Lab13にスペアを入れてる、平たく言えば人為的に転生してるんだ」
「生体演算装置は、2人分のスペースしか作れないんじゃなかったか?」
悪戯じみた笑みを浮かべたドクが肩の辺りを指差し、鋭時は眉を顰める。
「その通り、俺ひとりでは俺が2人入るスペースしか作れないよ」
「ん? それじゃスペアはひとりなのかい?」
楽しそうに頷いたドクが軽く肩をすくめ、鋭時は頭に疑問符がいくつも浮かんだような顔で聞き返した。
「複製した俺を生体演算装置で連結すれば、収納スペースはいくらでも広がる」
「それって、まさか……」
両手で糸をつなぐ仕草をしたドクが涼しい顔で肩をすくめ、鋭時は短く呻く。
「第13研究室には書類や発明品を多数保管してて、研究室そのものをLab13に入れてあるんだ」
「やっぱり消えた研究室はドクの中にあったのか……ホント底なしだな……」
否定する事無く頷きを返したドクが再度肩の辺りを指差し、鋭時は安堵と呆れを混ぜたような笑みを浮かべた。
「収納可能な数はざっと計算して64兆の4乗、俺のスペアの数でもある」
「なるほどね……それなら研究室を丸ごと入れても余裕はあるな」
自嘲気味に微笑んだドクが肩をすくめ、言葉を失った鋭時は辛うじて頷く。
「各発明品のスペアはもちろん、仲間が作った装置もひと通り揃ってる」
「以前工場区画で見付けた装置は、ドクのコレクションって訳か」
軽く頷きを返したドクが小さく両手を広げ、鋭時は得心の行った様子で頷いた。
「ご名答。ヒカルさんの先回りをするだけで手一杯だったから、かなり不自然になってしまったけどね」
「あの時、研究棟にいたロボット達もドクが?」
小さく肩をすくめたドクが恥ずかしそうに頭を掻き、鋭時は興味を持った様子で聞き返す。
「まさか……あれは他の5人が思い思いの設定をした警備ロボットだよ」
「やっぱり俺が対峙したのは誉城磑の……」
吹き出しかけたドクが静かに首を横に振り、鋭時はひとり静かに納得した。
「元々は十善教がここに入った時に、誘い込んで始末する為のものだったんだ」
「それで【陽影臥器】でも停止しなかったのか……」
研究棟の用途を説明したドクが頭を掻き、鋭時はIDカードを収めたポケットに手を当てる。
「あらゆる不測の事態に備えて俺の命令も受け付けない設計だから、ヒカルさんに俺の権限を一時移譲するのが限界だったよ」
「破壊するしか無かったけど、本当によかったのか?」
自嘲気味に頭を掻いたドクに頷きを返した鋭時は、不安そうに工場のある方向を見詰めた。
「心配には及ばない。仕掛けは秘密だけど、数時間もあれば再配置出来るから」
「そりゃまた何とも、便利な事で」
涼しい顔で肩をすくめたドクが悪戯じみた笑みを返し、鋭時は呆れた様子で頭を掻く。
「俺は少し嬉しかったんだ。こうでもないと研究棟に行く機会は無いからね」
「まあ、色々と複雑だよな……」
気恥ずかしそうに頭を掻いたドクが複雑な笑みを浮かべ、頬を指で掻いた鋭時は曖昧な笑みを返した。
「この体も時期が来れば、記憶を抜いた状態で人間の少ない居住区に投げ込まれる運命だからね」
「以前チセリさんが言ってた都市伝説って、まさか!」
肩を軽く払ったドクの言葉に引っ掛かりを覚えた鋭時は、即座に気付いて大声を上げる。
「使い終わった俺の体だ。彷徨う秘宝なんて洒落た名が付くとは思わなかったよ」
「でも何でドクは、そんな事が出来るんだ?」
全く否定する事無く頷いたドクが照れ笑いを浮かべ、理解が追い付かない鋭時は素直に質問を返した。
「これは俺が持つギフトの特性だよ」
「ギフト? 魔法の才能の?」
しばらく考えたドクが複雑な笑みを浮かべ、鋭時は首を傾げて聞き返す。
「本来のギフトは、【大異変】当時の人間が突然手に入れた異能力の事なんだ」
「な!? それじゃあ他の偉業者達も?」
静かに首を横に振ったドクが複雑な表情を浮かべ、鋭時は驚きながらも身を乗り出した。
「ギフトはひとりに付きひとつの能力。誉城磑なら武術のギフト、兵迅トウカなら怪力のギフトって具合にね」
しばらく俯いていたドクは静かに頷き、異能力の特徴を簡単に説明する。
「それじゃあドクのギフトも?」
「俺が手にしたのは継承のギフト。こいつはちょっと特別でね」
何度も頷きを返した鋭時が興味を持って尋ね、ドクは複雑な笑みと共に頷いた。
「継承? それで警鐘に変換したのか……それでどんな能力なんだい?」
「簡単な知識から他者のギフトまで何でもコピーして、更に別の人にコピー出来る異能力だよ。先人から教わり後進に伝えるから、継承と呼ぶんだ」
ひとり納得して頷いた鋭時が聞き返し、手のひらで受け止める仕草をしたドクが反対方向に投げる仕草を交えて説明する。
「だからあれだけの発明を出来たのか」
「表に出てる俺はオリジナルの緋河纓示の記憶と技術を継承してるし、ジゅう人の遺伝子には俺の作ったルールを継承するようプログラムした」
半ば呆れた鋭時が納得した様子で頷き、異能力の使い道を簡単に説明したドクは涼しい顔で肩をすくめた。
「プログラム?……まさか!?」
「ご名答、シショクの願いだよ」
しばらく考えた鋭時が大声を上げ、ドクは否定する事無く頷く。
「そもそも何でジゅう人を……?」
「【大異変】でギフトを得られたのは一部で、得られなかった奴等はギフト持ちを異形の者、異形者と呼んだのさ」
呆れ顔で頷いた鋭時が疑問を口に出し、ドクは当時の異能力事情を説明した。
「酷い話だな……」
「俺もそう思う。その上で人間を守るよう要請して来たんだ」
平静を保ちながら絞り出した鋭時の言葉を否定する事無く頷いたドクは、更なる不条理を説明する。
「なんだかやるせないな」
「当時はギフト持ちしかZKを駆除出来なかったし、ある意味仕方の無い話だ」
額に手を当てて俯いた鋭時が小さく首を横に振り、軽く頷いたドクは涼しい顔で肩をすくめた。
「でもそれがジゅう人を作るのと、どうつながるんだ?」
「ギフト持ちだけでは数が足りない、さりとて異形者のコピーでは平和を手にした後に迫害を受けるのは必至」
納得しながらも要領を得ない鋭時が聞き返し、ドクは至極単純な理屈を返す。
「だからクローンを異世界からの難民とでっち上げた?」
「人間は兎角『優しい自分』に酔うものだからね」
想定し得る弊害を理解した鋭時が解決策を聞き返し、ドクは皮肉を込めた笑顔で肩をすくめた。
「確かに【証】を持つジゅう人が人間のクローンだなんて、誰も思わないよな」
「【証】は酒に酔った勢いで提案したんだ。人間に従いながらも獣のように奔放な自由人、略してジゅう人って名前と共にね」
感心して頷いた鋭時が手放しで褒め、ドクは恥ずかしそうに頭を掻く。
「はぁ!? 酒を飲みながら会議してたのかよ!?」
「いや、飲み会の時に思い付いたんだ」
思わず大声を上げた鋭時が問い詰め、軽く首を横に振ったドクは涼しい顔で肩をすくめた。
「何してんだよ?……そもそも人類の危機じゃなかったのか!?」
「当時はZKを避ける手段を確立してたし、居住区も出来てた。一部のギフト持ちしか住んでなかったけどね」
深いため息をついた鋭時が徐々に声のトーンを上げ、ドクは当時の事情を簡潔に説明する。
「つまり日常生活のほぼ全てが作戦会議みたいなもんだったのか……」
「数が足りないのは喫緊の課題だったからね」
額に手を当てた鋭時が慎重に聞き返し、ドクは複雑な表情で頭を掻いた。
「それで人間と共存しながら子孫を増やす生体兵器、か……よく考えたもんだな」
「ただのコピーだと使い捨てられるのが関の山だからね」
額に当てた手を顎に回した鋭時が考えを口に出して纏め、ドクは冷めた顔で肩をすくめる。
「なるほど、人間を滅ぼしたくなるのも分かる気がするぜ」
「あの時の俺達に出来た最善の策だよ」
腕組みして深く頷いた鋭時が肩で笑い、ドクは遠い目をして微笑んだ。
「あの時の……って、やっぱり何か不具合があるのかい?」
「ジゅう人がどんな成長をするかなんて未知数だ。現にウラホさん達を不幸にしてしまった」
違和感を覚えた鋭時が聞き返し、肩をすくめたドクは直近の例を挙げて首を横に振る。
「確かにドクがいなかったら、ヒラネさん達はどうなってたか……」
「こういう不具合を調整する為に、言い出しっぺの俺が残る事になったのさ」
額に手を当てた鋭時が静かに頷き、ドクは遠い目をして再度肩をすくめた。
「じゃあ200年も不具合の調整に?」
「殆どは情報操作だよ」
呆れと興味が入り混じった様子で鋭時が聞き返し、含み笑いを返したドクは首を横に振る。
「情報?……まさか!?」
「俺達を異形の者から偉業を為した者に、ギフトを異能力から魔法の天賦の才に。下拵えは済んでたから微調整だけどね」
しばらく首を傾げた鋭時がハッとした表情を浮かべ、静かに頷いたドクが自らの成果を簡潔に説明した。
「じゃあ今回みたいな件は、そんなに多くないのか」
「十善教がいる以上、ゼロにはならないけどね。覚醒させた人間と手を取る今回のケースは、いいサンプルになりそうだ」
安堵のため息をつく鋭時に肩をすくめたドクは、Tダイバースコープを起動して興味に満ちた表情を浮かべる。
「お役に立てたのなら嬉しいぜ。ついでと言っては何だけど、俺にギフトをひとつ教えてくれないか?」
「いいよ、今回はどこまでサポート出来るか分からないし。何が欲しいんだい?」
困惑気味に笑いを返した鋭時が僅かに身を乗り出し、あっさりと首を縦に振ったドクは興味深そうに笑顔を返した。
「実は……なんだが、あるんだろ?」
「よく気付いたね。鋭時君がすぐ使えるように、術式化したギフトを継承するよ」
更に近付いた鋭時が小声で要望を出し、感心して頷いたドクは鋭時の腕に視線を落とす。
「そいつはありがたい、助かるぜ」
「もうひとついいかい? 俺に都合のいい設定も継承するよ」
意図を察した鋭時がアーカイブロッドを取り出し、ドクは神妙な面持ちで見詰め返した。
「シアラ達に迷惑が掛からないものなら構わないぜ」
「安心していい、寧ろシアラさん達が悦ぶ能力だ」
綻んだ顔を引き締めた鋭時が慎重に返答し、軽く肩をすくめたドクは含み笑いを浮かべる。
「計画のダメ押しって訳か……分かった、出来る範囲で協力するぜ」
「ご理解感謝する、じゃあ行くよ」
呆れて頭を掻いた鋭時が観念しながら頷き、ドクは手のひらを向けて微笑んだ。
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「終わったのか? 随分とあっけないもんだな」
「俺のギフトなんてそんなもんだ。派手な術式は、いい隠れ蓑になったよ」
気配の変化を肌で感じた鋭時が手のひらを見詰め、自嘲気味に頭を掻いたドクは懐かしむように周囲を見回す。
「でも分かるぜ、術式化したギフトを確認した」
「明日はキミにとって最後の戦いだ、あまり気負わないでくれよ」
「分かってる。ようやく見付けたんだ、ゴールを……」
見詰めていた手のひらを閉じた鋭時にドクが複雑な笑みを浮かべ、慎重に頷いた鋭時は静かに呟いた。
「出発は明日の夜だ、それまで好きにするといい」
「ありがとうドク、間違っても置いて行くなよ」
Tダイバースコープを起動したドクが静かに頷き、鋭時は冗談めかして笑う。
「少し前の俺ならそうしてた。でも今は頼りにしてるよ」
「そいつはありがてえ話だ、明日はよろしく頼んだぜ」
顔を綻ばせて肩をすくめたドクが真剣な表情で頷き、誤魔化すように手を振った鋭時は喫煙室を後にした。