第66話【決断】
鋭時達が知り合いを騙る刺客と接触したのと同じ頃、
ミサヲ達はかつての仲間が潜伏する居住区に到着した。
「ここで、あってんだよな?」
「そうだぜ、ミサ姉。ステ=イション型居住区、登録番号149ソーレイだ」
テレポートターミナルから出たミサヲが周囲を見回し、続いて出て来たセイハが軽く頷く。
「……まさかこんな所に来てたなんて……」
「あたしは初めてなんだけど、どんな所なんだい?」
最後に出て来たヒラネが小さく呟き、ミサヲは興味を持った様子で聞き返した。
「これといった特徴の無い平凡な居住区だぜ?」
「特色が無いからスローライフを好む住民しか残らなくて、再開発区に気を向けるジゅう人が他より少ないの」
軽くため息をついたセイハが静かに肩をすくめ、続けて頷いたヒラネが居住区と反対側の道路に手を差し向ける。
「だからこれだけ荒れ放題なのかい」
背丈を越える高さまで伸びた草むらがミサヲの視界に入り、納得しながらも呆れ気味に頷いた。
「情報通りなら、ウラちゃんはこの奥にいる筈よ」
「ここを行くのかい? ならアタシの出番だね」
携帯端末を取り出したヒラネが草むらの方を指差し、セイハは大剣型の金属板、クロスジャルナーを構える。
「草を刈ったらすぐ見付かるわ。セイちゃん、スライム体を出せるかしら?」
「どうするんだ、ヒラ姉?」
手を差し出して止めたヒラネが優しく微笑み、セイハは軽く頷いて聞き返した。
「ワタシ達を包めば草に直接触れないし、カモフラージュになるわ」
「それなら草むらも楽に抜けられそうだ、相変わらずヒラネは冴えてるな」
両手で周囲を包む仕草をしたヒラネが確信した様子で頷き、草むらを眺めていたミサヲは感心しながら頭を掻く。
「そういう事ならお安い御用だ! 任せてくれ!」
「絶対にウラちゃんを連れて帰りましょうね」
力強く頷いたセイハが広げたスライム体へと身を寄せたヒラネは、決意を込めた微笑みを返してから周囲を見回した。
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「明らかに誘ってやがるな……」
「【反響索敵】……あの4人以外誰もいない?」
しばらく草をかき分けた先にある開けた廃墟にウラホ達を見付けたミサヲが足を止め、索敵術式を発動したヒラネは眉を顰める。
「どうするヒラ姉? 伏兵がいないなら、こっちから仕掛けるか?」
「そうね……まず、取り巻きを眠らせましょう」
スライム体を周囲の景色に同化させたセイハが背負ったクロスジャルナーに手を掛け、ヒラネは静かに頷いた。
「なら、あたしの出番だね」
「来たよ! 散開!」
「「へい!」」
余裕の表情を浮かべたミサヲが放電銃ミセリコルデを構えた瞬間ウラホが号令を掛け、一斉に周囲のジゅう人が物陰に移動する。
「しまった! ウラホにはこっちが丸見えだったんだ!」
「気付いてない振りしてたのかよ!?」
「今さらね! 強行するしか無いわ!」
苦い顔を浮かべたミサヲとセイハが大声を上げ、ヒラネは楕円形の球体を先端に付けた魔法杖、ツィガレッテロアを構えて潜行魔法に入り込んだ。
「無駄だ!」
「きゃっ!……潜行魔法まで見えてるんだったわね」
地面を睨み付けたウラホが半月型の穂先を付けた武器、ツインキャンサーを打ち付け、慌てて潜行魔法から飛び出したヒラネが後方に跳ぶ。
「ヒラネ!……!?」
「姐さんの邪魔はさせねえ!」
背後に回り込もうとミサヲが踏み出すが、マスミチは意識を集中して作り出した小さなつむじ風を足場にして周囲を飛び回った。
「タイプカマイタチの風乗りか!……にゃろぉ、ちょこまかと!」
「ヒラ姉! ミサ姉!」
ミセリコルデを構えたミサヲがつむじ風からつむじ風へと移るマスミチに狙いを定められず、セイハが慌てて駆け寄ろうとする。
「おっと! ここはオレが相手だ!」
「はんっ! 大した馬鹿力なようだけどアタシには……!?」
「もらったぁ!」
進路を塞いだトキツグが振り下ろした丸太を躱したセイハがクロスジャルナーを構えた瞬間、ナイフを構えたキヨシが物陰から飛び出して来た。
「2人掛かりとは考えたねえ!」
「これで終わりだ!」
半ば感心したセイハがステップを踏むように躱し続け、ナイフを振り回していたキヨシは業を煮やして跳び掛かる。
「食らうか!」
「がぁ!?」
跳び掛かって来たタイミングに合わせてセイハが振り払ったクロスジャルナーがキヨシの頭に当たり、奇妙な呻き声と共に首が一回転したキヨシが倒れた。
「まずはひとり! 命が惜しかったら大人しくしな!」
「今さら惜しむ命なんて!」
倒れたキヨシを確認したセイハがクロスジャルナーを肩に乗せる仕草をしながら凄み、トキツグは声を震わせて虚勢を張る。
「大した度胸だ……仲間の元へ送ってやるよ!」
「今だ、キヨシ!」
軽くため息をついたセイハがクロスジャルナーを大きく振り上げ、不敵な笑みを浮かべたトキツグは倒れたキヨシに声を掛けた。
「なに!?」
「かかったな! 全速力で行くぜ!」
予期せぬトキツグの言動に思わずセイハが動きを止め、倒れていたキヨシは足の間に車輪状の円盤を発生させて3人の間を駆け抜ける。
「あっ! アタシのクロスジャルナー!」
「しまった! 生きてやがったのか!」
「きゃっ!?……あら?」
不意を突かれて驚きの声を上げた3人は、キヨシが駆け抜けた直後にそれぞれの武器を奪われた事に気付いた。
「得物は全部いただいたぜ」
「さすがはタイプ朧車のスピードだ、上手く行ったな!」
3人分の武器を両手で抱えたキヨシが勝ち誇った笑みを浮かべ、トキツグが労うように肩を叩く。
「あんた達、仕上げだよ!」
「へい! 【旋風伏篭】!」
ツインキャンサーを構えたウラホが指示を出し、懐から取り出した腕輪に意識を集中したマスミチが術式を発動した。
「何これ!?……風の檻?」
「ご名答、まさかここまで上手く行くとはね」
反射的に下がったヒラネが周囲を取り巻く風に気付き、キヨシがおどけるように笑みを浮かべる。
「てめえ、どうやって生き返ったんだよ!」
「作りもんの首を素早く頭に乗せるだけのトリックだ」
風の壁に詰め寄ったセイハが怒鳴り、キヨシは奪ったツィガレッテロアで近くに落ちているマネキンの頭を指し示した。
「セコい真似を……」
「頭の出来が違うって言って欲しいね~」
怒りに肩を震わせたセイハが苦々しい顔を浮かべ、キヨシは自分の頭を指差して挑発する。
「減らず口を!……!?」
「あたい達が組み上げた特製の術式さ、いくら3人でも簡単には破れないよ!」
怒ったセイハが伸ばしたスライム体の腕を風が阻み、鼻で笑ったウラホは語気を強めて凄んだ。
「待って、ドクから伝言があるのよ」
「どういう意味だい?」
慌てた様子でヒラネが声を掛け、ウラホは怪訝な顔をする。
「『キミを覚醒させた人間は必ず助け出す』……ウラちゃんなら分かるでしょ!」
「っ……分からないね! あたいにはあの人しかいないんだよ!」
一瞬俯いたヒラネが顔を上げ、激昂したウラホは激しく首を横に振った。
「ウラちゃんが帰って来たらスズナちゃんも喜ぶわ!」
「スズナも覚醒した自分をウラ姉に見せたがってるんだぜ」
更に踏み込んだヒラネが食い下がり、セイハも真正面からウラホを見詰める。
「あのスズナが覚醒だって!? 相手は誰なんだ?……まさか!?」
「その通り、鋭時だぜ。あれから色々あって、スズナも出逢ったのさ」
思わぬ名を耳にしたウラホが聞き返す途中で言葉を詰まらせ、ミサヲは否定する事無く静かに頷いた。
「まさか、あの人間と泣き虫スズナがね……分かったよ」
静かに首を横に振ったウラホは、観念したようにため息をつく。
「ウラちゃん! それじゃあ……」
「スズナを人質に取れば、あの人間も大人しくなる訳かい」
「ウラちゃん!? 待ってよ、ウラちゃん!」
顔を綻ばせたヒラネを鼻で笑ったウラホが背を向け、ヒラネの顔色が変わった。
「あんた達、ステ=イションに行くよ!」
「分かりやした。ところで姐さん、こっちはどうするんで?」
背後の声を気に留める事も無くウラホがテレポートターミナルの方角を指差し、頷いたマスミチが風の檻に目を向ける。
「そのまま押し潰しちまいな」
「へい!」
僅かに俯いたウラホが意を決して指示を出し、マスミチは腕輪に意識を集中して檻を取り巻く風を操作した。
「待ってウラちゃん!」
「こんな事しちゃダメだよ、ウラ姉!」
徐々に狭まる檻からヒラネが呼び止め、セイハもスライム体で風を押さえながら悲痛な声を上げる。
「行くよ、お前達」
「マスミチ、トキツグ、少し得物を持ってくれねえか?」
ヒラネ達の声が全く耳に入らないかのようにウラホ達が歩き出し、最後尾を歩くキヨシが立ち止まって手にした武器を抱え直した。
「分かったぜ」
「ほら、寄越しな」
「待ちな、キヨシ。その杖、こっちにお寄越し」
ミセリコルデを手に取ったマスミチに続いてトキツグがクロスジャルナーを手に取り、安堵の表情を浮かべたキヨシをウラホが呼び止める。
「姐さん、何を?……!?」
「あいつお得意の仕込み針さ。これはあたいが預かるから、キヨシはこっちの杖を頼んだよ」
「お任せあれ」
訝しむキヨシからツィガレッテロアを受け取ったウラホが柄から太い針を外して返し、おどけるように頭を下げたキヨシはツィガレッテロアを受け取った。
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「得物も取られて万事休すかよ!」
「ミサヲお姉様、今回ばかりは駄目かもしれません……」
風の檻にスライム体を押し返されたセイハが悔し紛れに地面を叩き、潜行魔法で脱出する手段を探っていたヒラネも力無く項垂れる。
「ヒラネ、ちょっといいかい?」
「きゃっ!? もぉ、こんな時に……」
沈黙を貫いていたミサヲが手を伸ばし、胸をまさぐられて悲鳴を上げたヒラネは慌てて両手で覆った。
「こんな時だからこそ、な……」
「ってミサ姉、何してんだ?」
「ふぅ……ふんっ!」
悪戯じみた笑みを返したミサヲがしばし手のひらを眺め、心配そうに覗き込んで来たセイハの腰からヘルファランを抜き取って走り出す。
「あたしのヘルファラン!……って、気合で風の檻を吹き飛ばしちまったよ……」
「でも、これでウラちゃんを追える!」
「分かったぜ!」
慌てて腰に目を向けたセイハが顔を上げて呆然と見詰め、後を追うヒラネの声で我に返って走り出した。
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「待ちやがれ!」
「あいつら、どうやって!……がぁ!?」
土煙を上げながら走るミサヲがヘルファランを投げ、異変に気付いて振り向いたキヨシは胸を貫かれて倒れ込む。
「キヨシ!」
「姐さんは先に行ってくだせえ! マスミチは姐さんを!」
後方の異変に気付いたウラホが振り向き、クロスジャルナーを構えたトキツグはマスミチに目配せして逃走を促した。
「分かった! さあ、こっちに!」
「トキツグ……すまない」
軽く頷きを返したマスミチが背を押すようにウラホの後ろに回り込み、ウラホはトキツグに背を向けて走り出す。
「その言葉だけで充分ですぜ!」
一瞬だけ振り向きウラホとマスミチの背を確認したトキツグは、道を塞ぐようにクロスジャルナーを構え直した。
「ヒラネ!」
「分かったわ!」
倒れたキヨシからヘルファランを引き抜いたミサヲがツィガレッテロアを拾って投げ、受け取ったヒラネは小さく頷いて潜行魔法に身を隠した。
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「ここを通すかよ!……!?」
「させるか!」
「頼んだぜ、セイハ!」
クロスジャルナーを振り上げたトキツグの腕にセイハのスライム体が絡み付き、ミサヲは土煙を上げてセイハ達の横を駆け抜ける。
「離しやがれ!」
「おっと……さすがは力自慢のタイプアスラだが」
巻き付いたスライム体を引き剥がしたトキツグがクロスジャルナーを振り回し、セイハは感心しながら距離を取る。
「得物の癖はアタシの方が詳しいんでね!」
「このっ!?……ちょこまかと!」
瞬時に距離を詰めたセイハがスライム体を纏った拳を打ち付けては距離を取り、トキツグは苦痛に顔を顰めながら慣れない金属板を振り続けた。
「このぉ!……!?」
何度も打撃を受けて業を煮やしたトキツグがクロスジャルナーを持ち上げるが、渾身の力を込めて振り下ろした一撃はセイハのスライム体に受け流される。
「今度はこっちの番だ!」
「なっ!?……ぐぁ!」
受け流したクロスジャルナーを叩き落としたセイハが全身にスライム体を纏って振動を増幅させた拳を胸部に打ち付け、トキツグは呻き声と共に倒れる。
「虎の子のステ=イション式柔術……ウラ姉に教わった技だ……」
動きが止まったトキツグを確認したセイハは、複雑な表情でため息をついてからテレポートターミナルに向かって走り出した。
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「どこに行きやがった?」
ヘルファランを構えたまま走っていたミサヲは、自分の背丈を超す草むらの前で立ち止まる。
「ふぅ……はっ!」
「なっ!?……こうなったら!」
小さく息を吸って足のバネを溜めたミサヲが体を捻りながら空高く跳び上がって周囲を見回し、上空からの視線に気付いたマスミチは草むらから顔を出した。
「そこかぁ!」
「ぐぇぁ!?」
逃げる人影を見付けたミサヲが狙いを定めてヘルファランを投げ、的確に心臓を貫かれたマスミチは草むらに身を沈める。
「身を挺してまでウラホを庇うとはね……」
着地したミサヲが事切れたマスミチに近寄り、平静を装いながらヘルファランとミセリコルデを回収した。
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「すまない、みんな……!」
「無駄よ、もう背後を取ってるわ」
草むらを抜けて廃墟の壁に寄り掛かったウラホは、背中に杖の先端を突き付けるヒラネに気付いて息を飲む。
「あんたこそ甘いんじゃないの? あたいの背後に立つなんてさ!」
「【突風穿孔】!……!?」
鼻で笑ったウラホが大蛇のような尻尾で杖の先端を巻き取り、反射的にヒラネが放った術式は遥か上空へと飛んで行った。
「術式はあたいに当たらない、頼みの針もここにある。素直に負けを認めな!」
「出来ないわよ、スズナちゃんを泣かせたくないもの」
尻尾を通じて無駄な抵抗を察したウラホが降伏を促し、ヒラネは静かに首を横に振る。
「だったら! 今ここで潰してやるよ!」
「ウラちゃん!……ごめん」
尻尾で杖を力任せに引き寄せたウラホが振り向きざまにツインキャンサーを振り下ろし、ヒラネは先端を取り外した杖に仕込んだ刃をウラホの脇腹に突き立てた。
「え……?」
「悪い奴に遭ったわね……」
自分の身に起きた事を理解出来ないウラホが立ち尽くし、ヒラネはウラホの頭を優しく抱き寄せる。
「あ……? お姉…様……」
「今度はまともな男に出逢うのよ」
消え行く命の火を自覚したウラホが涙を流して言葉を絞り出し、ヒラネは優しく頭を撫でて見送った。
▼
「【瞬間凍結】……こんな形でウラちゃんにえーじ君の術式を見せるなんて……」
涙を拭ったヒラネが元の形状に戻したツィガレッテロアに意識を集中して術式を発動し、氷漬けにしたウラホに複雑な笑みを向ける。
「許してなんて言えないわ、手加減なんて出来なかった……ウラちゃん、そっちに行くのは少し待っててね」
しばし俯いていたヒラネが足元に潜行魔法を出現させ、ゆっくりと沈めるようにウラホを収納した。
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「ヒラ姉! 無事か?」
「終わった……のか?」
「セイちゃん! ミサヲお姉様! ウラちゃんならここに……」
草むらを抜けて来たセイハとミサヲが得物を構えながら周囲を見回し、ヒラネは静かに頷いて足元を指差す。
「すまないヒラネ、辛い役を押し付けちまった」
「ううん、これはワタシの決めた事だから……」
「ヒラ姉……」
結末を察して頭を下げるミサヲにヒラネが静かに首を横に振り、セイハは言葉を詰まらせてしばしの沈黙が辺りを支配した。
▼
「そうだ、これ返すぜ」
「これはえーじ君の!?」
沈黙を破ったミサヲが写真を差し出し、ヒラネは慌てて胸元に手を当てる。
「ヒラネには、まだ必要だろ?」
「うん……ワタシね、本当は身を引くつもりだったの」
気まずそうに頭を掻いたミサヲが優しく微笑み、小さく頷いたヒラネはそのまま静かに俯いた。
「ヒラ姉!?」
「だってそうでしょ? ワタシだけえーじ君を利用するつもりで近付いたのよ?」
考え事をしていたセイハが思わず大声を上げ、ゆっくり首を横に振ったヒラネは曖昧な笑みを浮かべる。
「アタシだって同じようなもんだ……でも、きっと王子様なら分かってくれるぜ」
「そうね、だからワタシも心変わりしたの」
激しく首を横に振ったセイハが慎重に笑みを浮かべ、静かに頷いたヒラネは憑き物が落ちたような笑みを浮かべた。
「え?」
「ワタシもえーじ君の子供を産むわ、生まれ変わったウラちゃんが寂しくならないように……」
予期せぬ言葉にセイハが思わず聞き返し、固く頷いたヒラネは足元に目を向けて曖昧に微笑む。
「ヒラ姉が決めたんならアタシも協力するぜ、まずは王子様の記憶探しからだな」
「話は決まったようだな、改めてありがとよ」
静かに頷いて頭を掻いたセイハが軽く伸びをし、大きく頷いたミサヲはヒラネに写真を手渡した。
「どういたしまして、ミサヲお姉様のお役に立てて何よりだわ」
「おかげで本気を出せたぜ」
柔らかく微笑んだヒラネが写真を受け取り、ミサヲは気恥ずかしそうに鼻の頭を指で掻く。
「やっぱりミサ姉も覚醒してたのか」
「最初に見た時からな……シアラがいなかったら押し倒してたぜ」
風の檻から脱した時の事を思い出したセイハが得心の行った様子で頷き、自分の胸を抱き締めるように腕組みしたミサヲは悪戯じみた笑みを浮かべて頷いた。
「よく今まで隠せたな」
「親父がいたから免疫はあったし、何より可愛い妹達がいたからな!」
肩で笑いを堪えたセイハが呆れた様子で頭を掻き、軽く頷いたミサヲはヒラネとセイハを同時に抱き寄せる。
「今日だけだぞ、ミサ姉」
「そうね。クールダウンしてから帰らないと、えーじ君の身が危ないわ」
小さくため息をついたセイハが肩に乗ったミサヲの手に自分の手を重ね、静かに頷いたヒラネも抱き寄せられるままミサヲに体を寄せた。
「ワタシ、生きてるのね……このぬくもり、離れたくない……」
「何も言うなよ、ヒラネ」
逞しい腕に頬を寄せたヒラネが重々しく口を開き、軽く首を横に振ったミサヲはヒラネの頭を優しく撫でる。
「アタシもいるぜ、ヒラ姉」
「うん……ありがとう、ミサヲお姉様、セイちゃん……ありが…とう」
固く頷いたセイハが自分の手をヒラネの肩に乗せ、2人に挟まれたヒラネは肩を震わせて大粒の涙を流し続けた。
▼
「こんな時に聞いていいのかな?……」
「なあに、ミサヲお姉様?」
しばらくしてからミサヲがゆっくりと頭を掻き、落ち着きを取り戻したヒラネは静かに聞き返す。
「さすがに鋭時にもバレてるよな? あたしの覚醒」
「えーじ君は頭いいもの……今までの条件と情報を照らし合わせてミサヲお姉様が覚醒してると気付いてるわ」
額に手を当てたミサヲが小さくため息をつき、静かに頷いたヒラネは目を細めた優しく微笑んだ。
「だったら聞いてくれてもいいだろうに」
「えーじ君の性格を考えたら、覚醒してるかミサヲお姉様に聞けないでしょ?」
落ち着かない様子で頭を掻いたミサヲが再度ため息をつき、図らずも吹き出したヒラネは全身で笑いを堪えながら聞き返す。
「それもそうか」
「しばらくは3人の秘密だな」
釣られて大笑いしたミサヲが豪快に頷き、密かに安堵のため息をついたセイハも悪戯じみた笑みを浮かべた。
「あら? チセ姉ちゃんも気付いてるわよ?」
「チセリにもしばらく黙っててくれ。あたしが鋭時に惚れてるって認めたら、何を言い出すか分かったもんじゃない」
大袈裟に首を傾げたヒラネが悪戯じみた笑みを浮かべ、額に手を当てたミサヲは全力で首を横に振る。
「ふふっ……分かったわ」
「アタシも出来る限り気を付けるぜ」
肩を震わせながら笑ったヒラネが小さく頷き、悪戯じみた笑みを返したセイハも大きく頷く。
「2人とも頼りにしてるぜー!」
「きゃっ!?……もう少しだけよ?」
「まったく、しょうがないな……」
感極まったミサヲがヒラネとセイハを抱き寄せ、2人は驚きながらも優しく身を委ねた。
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「早くターミナルに戻りましょう、今は潜行魔法を使えないの」
「増援や伏兵を差し向けるなら、絶好のチャンスだからな……」
乱れた髪を手で整えたヒラネが周囲を見回し、ミサヲもミセリコルデをいつでも構えられる体勢を取る。
「ならアタシにウラ姉を持たせてくれよ、スズナにもアタシから……」
「これはワタシの役割よ、セイちゃん。そうでないとウラちゃんにもスズナちゃんにも顔向け出来ないわ」
俯いたセイハがスライム体の手を伸ばすが、ヒラネは静かに首を横に振ってから精一杯の笑みを浮かべた。
「分かったよ、ヒラ姉……」
「ごめんね、セイちゃん」
鼻の頭を指で掻いたセイハがスライム体を戻し、セイハは軽く頭を下げる。
「ヒラ姉が謝る事じゃねえ! 全部ウラ姉を騙した十善教が悪いんだ……!」
「そうだぜ、ヒラネ。まずは帰って情報を整理しないと」
激しく首を横に振ったセイハが感情を絞り出し、ミサヲも強く頷いてから優しく微笑んだ。
「ありがとう、セイちゃん、ミサヲお姉様……」
「今さら水くさいぜ、さっさと行くぞ」
手を口元に当てたヒラネがひと筋の涙を流し、気まずそうに頭を掻いたミサヲはターミナルに向かって歩き出す。
「ええ、分かったわ」
(ウラちゃん、待っててね……)
先に進んだ2人を確認して涙を拭ったヒラネは、足元に優しく微笑み掛けてから歩き出した。
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