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[R-15]ステ=イション祟紡侖~異界の住民が地球に転移してから200年、人間は希少生物になってました~  作者: しるべ雅キ
はじまりの深淵

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第63話【追憶】

鋭時(えいじ)の記憶とウラホの動向の手掛かりを同時に得た掃除屋達は、

二手に分かれて接触する事を決定した。

(ここは……?)

 気が付くと道路に佇んでいたスーツ姿の男は、周囲を見回して見慣れた街並みを確認する。


乾側(ひしき)、お前だけでも逃げてくれ!」

「主任!? 何もそこまでしなくても……!」

 悲壮な顔をした男に乾側(ひしき)と呼ばれた男は、血の気の引いた顔を震わせながら首を振る。

「もう間に合わん。あのバケモンはオレ達を優先して狙ってる」

「確かに……でも、だからって!」

 主任と呼ばれた男が震える手を押さえながら後ろを向き、思わず納得して頷いた乾側(ひしき)は慌てて首を横に振った。


「一介のサラリーマンでも、乾側(ひしき)ひとりが逃げる時間くらい稼いで見せるさ」

「最期くらいカッコ付けさせろよ」

 声を震わせて笑った主任がぎこちなく親指を立て、隣に立つ小太りの男も警棒を握り締めた手を震わせながら片目を(つむ)る。

「絶対に助けるんだぞ」

「出来れば仇も取ってくれよ、じゃあな!」

 大きく頷いた主任が乾側(ひしき)の背中を押し、追手を警戒して後ろを見ていた痩せ型の男も声を震わせながら手を振った。


(やめろ!……これ以上は)

「たすけ……!」

 目を(つむ)り耳を塞いだ乾側(ひしき)の祈りも虚しく、背後から痩せた男の助けを求める声が途切れて消える。

「いやだーっ……!」

「……ぐぁ……!」

 続けて小太りの男の長く響くはずの叫びが途中で途切れ、最後に主任が短い呻き声を上げて周囲が暗闇に包まれた。



「うわぁぁぁ!……? またあの夢か……」

 叫び声を上げて飛び起きた乾側(ひしき)は、ベッドの上にいる自分を認識して項垂(うなだ)れる。


「この悪夢も明日には終わる……」

(そして乾側是貫(ひしきこれみち)……この名を知る人間もいなくなる……)

 数回首を振ってベッドから降りた乾側(ひしき)は、洗面台の鏡に映った髭を剃る前の顔を見ながら小さくため息をつく。

(イケてるなんて言われたのも、今は昔か……)

「あれから3年……ようやくみんなの所に逝くチャンスが巡って来ましたよ」

 しばらく鏡を眺めていた乾側(ひしき)が力無く(うつむ)き、肩を震わせながら呟いた。


(遊び呆けて魔力の低かったオレは、大手の術式研究室の雑用係になったんだ)

 気を取り直すように上を向いた乾側(ひしき)は、壁のハンガーに掛けてあるスーツに目を向けて3年前の出来事を思い出す。



「聞いたぜ、乾側(ひしき)。今度結婚するんだって?」

「そ、それは……」

 頑強な扉が開くと同時に入って来た主任が厳つい表情を浮かべ、窓の無い部屋の隅で作業していた乾側(ひしき)は言葉を詰まらせる。

「おめでとう、チーム一同で祝福するよ」

「え? あ、ありがとうございます。ぜひ招待させてください!」

 軽く咳払いした主任が笑顔に変わり、乾側(ひしき)も笑顔に変わって大きく頷いた。


(研究員はみんな学生時代を真面目に過ごした魔力の高い優秀な人達……なのに、落ちこぼれだったオレに優しくしてくれた)

 軽く首を横に振った乾側(ひしき)は、懐かしむように目を閉じて記憶を探る。


「研究員は医療車の前に集合してくれ、だとよ」

「どうした?」

 研究室に入って来た痩せ型の男が周囲を見回し、主任が真剣な表情で聞き返す。

「この間の検査結果が出て、乾側(ひしき)以外再検査だってさ」

「何だよ、健康には気を使ってるつもりなのになー」

乾側(ひしき)は体を大事にしろよ、それじゃ行ってくるぜ」

 手持無沙汰気味に頭を掻いた痩せ型の男の言葉に冗談を返した小太りの男が立ち上がり、主任は2人を伴って研究室から出て行った。



(この頃からだったか? 居住区から失踪者が増えたのは……)

 些細な思い出に浸っていた乾側(ひしき)は、同時に迫っていた違和感を思い出す。


「ニュース見たか? また行方不明者が出たんだって」

「今週だけで10件とか変だろ」

 携帯端末を操作していた小太りの男に声を掛けられた痩せ型の男は、バーチャルディスプレイを眺めながら静かに頷く。

「何でもバケモンが連れ去ったとか」

「そんなまさか、いくらなんでもあり得ないでしょ」

乾側(ひしき)の言う通りだ、さっさと仕事に戻るぞ」

 身を細めんばかりにすくめた小太りの男に乾側(ひしき)が小さく首を振り、主任も静かに頷いて作業の再開を促した。



(あの時にもっと真面目に調べてれば……!)

 違和感を無視した後悔に(さいな)まれた乾側(ひしき)は、握ったこぶしを横の壁に打ち付ける。


『緊急! 緊急! 職員は速やかに避難してください』

「な、なんだぁ!?」

 突然館内アナウンスが鳴り響き、小太りの男が大袈裟に驚く。

「……分かりました」

「何があったんですか、主任?」

会社(うち)の敷地に不審者が侵入したらしい。警備ロボットが対処してる間に、指定の避難所を目指せとの事だ」

 携帯端末での通話を終えた主任に痩せ型の男が恐る恐る声を掛け、主任は受けた指示を説明しながら携帯端末を操作した。


「警備ロボがいるんだから、研究室(ここ)に立てこもった方が安全じゃないですか?」

「オレも同じ事を考えた。しばらく様子を見てみようと思う」

 小さく安堵のため息をついた痩せ型の男が窓の無い研究室の壁を指差し、主任も大きく頷いて唯一の出入り口である扉を指差す。

「戸締りはオッケーだ。大事件ならニュースになってるかもしれないぜ」

「案外もう逮捕されたりして……!?」

 小さく頷いて扉の様子を確認した痩せ型の男が外の様子に興味を持ち、小太りの男が肩で笑いながら携帯端末を操作した直後に言葉を詰まらせた。


「どうした?」

「これ見てくださいよ、主任。みんなも見てくれ……」

 慌てて近寄った主任に青ざめた顔で携帯端末を見せた小太りの男は、手を震わせながらバーチャルディスプレイを起動する。

『正体不明の生物が居住区に侵入しました! 落ち着いて避難してください!』

「おいおい、何の冗談だよ……」

「どの局も同じニュースだ、火星人の襲来って訳じゃなさそうだな」

 【緊急】とだけ表示された画面と何度も再生を繰り返す機械音声に痩せ型の男が言葉を失い、携帯端末を数回操作した主任は神妙な面持ちで呟いた。


「下手に出てたらヤバかったな~、オレ達全員独り身だから家族も……」

「おい! 乾側(ひしき)の婚約者さんは大丈夫なのか!?」

 ようやく落ち着きを取り戻した小太りの男が背もたれに身を預けた瞬間、主任が周囲の空気を弾くような大声を上げる。

「向こうだって勤め先で避難指示に従ってるはず、何も心配は……」

「街のあちこちにバケモンがいるんだぜ!? 逃げる前にどうなるか!」

「よし、乾側(ひしき)の婚約者さんを助けに行くぞ!」

 静かに首を横に振った乾側(ひしき)に痩せ型の男が血相を変えて迫り、腕組みをしていた主任が決意を固めて立ち上がった。


「待ってください! そんな無茶な……」

「オレ達の本職は術式研究だぜ? 攻撃術式の使用はコンプライアンス的にヤバいけど、緊急事態なら何とか誤魔化せるよ」

 慌てて止めようとする乾側(ひしき)の肩を掴んだ小太りの男が片目を(つむ)って親指を立て、警棒型術具をデスクの引き出しから取り出す。

「防御術式も忘れるなよ。素人のオレ達はまともに戦えないんだからな」

「そうと決まれば出発だ! 案内頼んだぜ、乾側(ひしき)!」

 乾側(ひしき)にも警棒型術具を手渡した主任が自分の術具を確認し、同じく警棒型術具を手にした痩せ型の男が扉に向かった。



(そこからはさっきの夢の通りだ……)

「結局婚約も自然消滅しちまった……」

 閉じていた目を開いた乾側(ひしき)は、悪夢の続きを思い出して小さくため息をつく。

(学生時代にバカやってたオレには、もったいないくらいの上司だったのに……)

「声も忘れそうになるなんて……!」

 (うつむ)いた乾側(ひしき)は激しく首を横に振り、今も耳朶(じだ)に残る短く途切れた断末魔の叫びを離すまいと頭を掻き毟った。


(ジゅう人……表向きは友好的だが、裏では人間を攫って行く化け物)

「まさか、おとぎ話の怪物が実在したとはね……」

 落ち着きを取り戻した乾側(ひしき)は肩で息を整え、自力で集めた情報を思い返しながら小さく呟く。

(昨日の女もオレと同じロジネル出身だって話してたな、逃げる間に多くの社員を攫われたって……)

 ベッドの上から捨てたゴミの回収を始めたロボットを眺めていた乾側(ひしき)は、夜中に交わした会話に考えを巡らせた。


(茶飲み友達は、しばらくしてからロジネルに帰ったらしいけど)

「いくら共存したいって言って来ても、あの本性を目の当たりにしたら戻りたくも無くなるよな~」

(でも何でオレは攫われなかったんだ?)

 又聞きした情報を精査した乾側(ひしき)が黙って首を横に振り、傷ひとつ無い自分の体に疑問を持つ。

「やっぱり魔力なのかね~」 

(このハクバ居住区も、どれだけの人間が化け物の気紛れで攫われてるやら……)

「明日死ぬオレには無用の心配か」

 考え得る最大の可能性を呟いた乾側(ひしき)は、隠れるように居住区の片隅に建つビルの窓から外の様子を窺って自嘲気味に笑った。



「写真の男を撃つのがスポンサーの要望、ね……」

 慎重に周囲を確認した乾側(ひしき)は、テーブルに置いた大型拳銃と写真に目を向ける。

「何も出来なかったオレに、生活拠点と情報を提供した理由は分かってた……」

(ジゅう人に協力する人間、燈川鋭時(ひかわえいじ)……人類の裏切り者がみんなを……)

 顔も知らぬ協力者の思惑に乾いた笑みを浮かべた乾側(ひしき)は、手にした写真に写った青年の顔を見詰めながら静かに手を震わせた。


「みんな……」

(『作業の基本は段取り八分(はちぶ)だ、これを意識してれば大抵上手く行く』)

 溢れそうになる涙を堪えるように(うつむ)いた乾側(ひしき)の頭に、突然の主任の声が響く。

「最期の仕事を前に主任の言葉を思い出せるなんて……」

(随分とおセンチな話だ……)

 深呼吸して気を落ち着かせた乾側(ひしき)は、自嘲しながら写真をテーブルに戻した。


「でも、今はありがたい。もう一度確認してみるか」

(まずは(チャカ)、こいつが無けりゃ始まらねえ)

 両手で軽く頬を叩いた乾側(ひしき)は、軽い銃身に似合わぬ大口径の拳銃を手に取る。

(耐久性も命中精度も怪しいが、標的には生半可な攻撃は通じない訳か)

「情報だと標的は常時【圧縮空壁(エアシールド)】で全身を覆ってる、それでこいつの出番か」

 性能を簡単に推測した乾側(ひしき)が拳銃をテーブルに戻し、隣の腕輪を手に取った。


(範囲は狭いが、最大3分マジックキャンセラーを起動出来る)

「【圧縮空壁(エアシールド)】を消してからズドン!……って寸法か」

 スイッチのロックを確認した乾側(ひしき)は、再度拳銃を手にして腕輪に重ねる。

(近付かないと消えないから、どっちにせよ一発勝負か)

「しかし、どう使おうかね~……」

 銃をテーブルに戻した乾側(ひしき)は、手にした腕輪を眺めて大きくため息をついた。


(取り巻きのジゅう人は別の鉄砲玉が分断して足止めするって話だ、オレは人間にだけ集中すればいい)

「こいつで防御術式を消して引き金を引く……向こう側の動きが分からない以上は出たとこ勝負だ」

 腕輪を嵌めた乾側(ひしき)は幅広の封筒を手に取り、中の書類に目を通してから腕に目を落として小さく頷く。

(仕事まで標的の情報を読んでおくか)

「にしてもひどい顔だな……もう少しマシな表情は撮れなかったのかねぇ」

 腕輪を外した乾側(ひしき)が書類をベッドの上に広げるが、歪んだ顔を切り取ったような鋭時(えいじ)の写真が視界に入って複雑な表情を浮かべた。



「いよいよ明日ね……」

「どうしたんですか? 姐さん」

 大蛇のような尻尾を揺らしながら廃ビルの窓から外を眺めていたウラホが小さく呟き、イタチのような耳をしたジゅう人が近付いて声を掛ける。


「明日は掃除屋と一戦交えるんだ、足止めだからって気を抜くんじゃないよ」

「何か月か前に【破威石(はいせき)】を奪い損ねたタイプ鬼か、今度こそ逃がしゃしねえぜ」

 振り向いたウラホが廃ビルの中を見回し、焚火を囲んでいたジゅう人のひとりが大きく頷いて肩を回す。

「でも勝てんのかよ? オレ達が束になって返り討ちになっただろ?」

「あれの後で逃げたのもかなりいるよな……」

 隣に座っていたジゅう人が不安に(かげ)った顔を浮かべ、向かいのジゅう人も周囲を見回してから(うつむ)いた。


「姐さんを嗅ぎ回ってる掃除屋がいると知って、ビビったのも結構いるからな」

「何で掃除屋が姐さんを探すんだよ!?」

 回した肩を止めたジゅう人が腕組みして頷き、向かい側に座っていたジゅう人が驚いて大声を上げる。

「あたいが元掃除屋だからさ」

「姐さん!? すいません、そんなつもりで言ったんじゃ……」

 焚火を囲む輪に近付いたウラホが小さくため息をつき、近くに座っていた小柄のジゅう人が慌てて立ち上がって頭を下げた。


「構わないよ。鬼畜中抜きに手を染めた時点で、こうなるのは覚悟してたさ」

「それじゃあ今回はタイプ鬼と2人組の掃除屋が相手ですかい?」

 柔らかく微笑んだウラホが静かに首を横に振り、後ろに控えていたイタチ耳のジゅう人が顎に手を当てて考え込む。

「ああ、嗅ぎ回ってる連中に情報を掴ませたらしいからね」

「何とかタイプ鬼と2人組で潰し合いさせられませんかね?」

 短く頷いたウラホが携帯端末を一瞥し、イタチ耳のジゅう人は複雑な顔で一縷の可能性を聞き返した。


「どっちも顔見知りだ、生半可な小細工で仲間割れさせるなんて無理な話だよ」

「それじゃあこっちは、秒と持ちませんぜ!」

 深くため息をついたウラホが静かに首を横に振り、壁に寄り掛かっていた大柄のジゅう人が抗議の声を上げる。

「情報だと悪知恵の働くドクがいないんだ、足止めに専念すれば勝機も見えるよ」

「さすがは姐さんですぜ、オレ達のチームワークを見せてやりましょう!」

「ああ、仲間の絆は固いんだ」

 再度首を横に振ったウラホが両手を広げて鼓舞し、焚火を囲んだジゅう人達は口々に互いを励まし合った。


「仲間か……」

(もう、戻れないのかな……)

 窓の外を眺めて小さく呟いたウラホは、かつての自分を思い出す。



「ミサヲお姉様、今日からあたい達で世話するスズナを連れて来たぜ」

「おっ! 結構可愛いじゃないか!」

 運動場に足を踏み入れたウラホが軽く手を振り、駆け寄ったミサヲは目を細めて幼いスズナを見詰める。

「はじめまして、みしゃおねーしゃま……ふみゃぁ、間違えました……」

「『ミサヲ姉様』って言ったんだろ?」

 頭を下げて挨拶をしたスズナが途中で言葉を詰まらせて目に涙を溜め、ウラホは微笑みながら優しく頭を撫でた。


「そう言う事か、よろしくスズナ。しかしウラホは優しいねえ」

「妹には優しくするもんだろ? ミサヲ姉様」

 膝を曲げてスズナと目線を合わせたミサヲが悪戯じみた笑顔で見上げ、ウラホは顔を赤く染めながら視線を逸らす。

「ありがとうございます、ウラホねーしゃま……」

「ははっ、随分と懐かれたもんだな」

 涙を払う笑顔を浮かべたスズナがウラホの腕に抱き着き、立ち上がったミサヲは肩を震わせながら嬉しそうに笑った。



(あの泣き虫スズナが医者になった時は驚いたよ……)

 懐かむように微笑んだウラホは、静かに頷いて遠い目をする。



「おはよう、スズナ。今日からは先生って呼んだ方がいいかな?」

「今まで通りでいいですよ、ウラホ姉様」

 凍鴉楼(とうあろう)正面玄関の壁に寄り掛かっていたウラホが冗談交じりに微笑み、スズナは口に手を当てて笑いながら軽く頭を下げる。

「ミサヲ姉様との約束を果たすなんて、立派じゃないか」

「でも……やっぱり最初はウラホ姉様を担当したいです」

 飾る事無く褒めるウラホに頭を撫でられたスズナは、上を向いた目を細めながら微笑みを返した。


「あたいは……そういうのはガラじゃないよ」

「そんにゃ事ありません! きっとウラホ姉様にも素敵にゃ出逢いが……」

 目を逸らしたウラホが恥ずかしそうに頭を掻き、スズナは激しく首を振ってから(うつむ)き加減にウラホを見詰める

「スズナにはかなわないな。あたいも頑張るからスズナも頑張るんだぞ」

「はい!」

 軽くため息をついたウラホが優しく微笑みながら手を振り、スズナも大きく手を振りながら凍鴉楼(とうあろう)の出口に向かった。



(そんな時、ロジネルの祝福を風の噂に聞いたんだ)

 愛おしい思い出に目を細めたウラホは、そのまま目を閉じて静か(うつむ)く。



「何で一緒に来てくれないんだよ!」

「なあウラホ。ロジネルの祝福は1年前、もう上物のオスは残ってないんだよ」

 全自動食堂マキナの片隅にあるテーブル、通路側の椅子から立ち上がって大声を上げたウラホに向かいのミサヲが首を横に振ってからストローに口を付ける。

「分かったよ、あたいひとりで行ってくる!」

「ああ、勝手に行って厳しい現実を見て来るんだな!」

「ウラホ姉様!……ミサヲ姉様、ひどいです!……」

 啖呵を切って店を出るウラホに向かってミサヲがぞんざいに手を振り、呼び止めようと立ち上がったスズナがその場でミサヲに抗議の声を上げる。



(結局スズナを泣かせたまま出て来ちまったな……)

 苦い記憶と心残りを思い出したウラホは、遠い目をして小さくため息をついた。


「どうしたんですかい、姐さん?」

「ん? 何でもない」

 焚火を囲んでいた手下の声で我に返ったウラホは、平静を装いながら軽く頷きを返す。

「おいおい、野暮な事すんじゃねえよ……」

「いけね、そうだった。姐さんの思い人を一度は拝んでみたいもんですぜ」

「どんな色男なんですかい? 姐さん」

 呆れるイタチ耳のジゅう人の言葉に慌てたジゅう人がウラホに頭を下げながらも愛想笑いを浮かべ、別の手下も興味深そうに身を乗り出した。


「そうだねぇ……」

 軽く笑って返したウラホがしばらく(うつむ)き、小窓越しに見た後頭部を思い出す。

(あの時に一度逢ったきり……顔なんて知る訳も無い)

 覚醒時の記憶しか無いウラホは、苦々しい顔をして静かに首を横に振る。


「急に黙って、どうしたんですかい?」

(やっぱり間違ってる。これ以上は、もう……)

「今回はあたいひとりで片を付ける、今日を限りに解散だよ!」

 長い沈黙を心配した手下のひとりが近寄り、震えを押さえ込むように深く頷いたウラホは覚悟を決めて解散を宣言した。


「「はぁ!?」」

「ここまで来て冗談じゃ無いぜ!」

「せめて理由を説明してくれませんか!」

 唐突な決定に驚いた手下達が一斉に大声を上げ、口々に不満が飛び交い始める。

「色々考えたらさ、半覚醒してるあたいがひとりで暴れた方が効率良いんだよ」

「そんな今さら……オレ達だって充分働けますぜ」

「オレ達はまだ、姐さんの思い人の役に立ってませんぜ!」

 軽く深呼吸して澄ました顔を作ったウラホに手下のひとりが首を横に振り、別の手下も立ち上がって反論した。


「あんた達は外道働きに手を染めてまであの人に尽くしてくれた、でも今ならまだ戻れるよ」

「いきなりそんな事言われても……」

 (わず)かに肩を震わせたウラホが精いっぱいの笑顔を返し、立ち上がったジゅう人は困惑しながら言葉を濁らせる。

「何がどうなってんだか……」

「おうてめえら! 姐さんが決めた事なんだ、素直に従わねえかい!」

 別の手下が頭を掻きながら不満を呟き、イタチ耳のジゅう人がドスの利いた声で怒鳴り散らす。


「分かったよ……」

「お世話になりやした」

 一斉に身をすくめて立ち上がったジゅう人達が廃ビルから出て行き、イタチ耳のジゅう人、大柄のジゅう人、小柄のジゅう人の3人が残った。



「これで全員出て行きやしたぜ」

「何言ってんだい、あんた達が残ってるじゃないのさ」

 出口を確認したイタチ耳のジゅう人が真剣な顔で頷き、吹き出しかけたウラホは誤魔化すように首を横に振る。

「あっしは他に行くアテの無い身ですんで」

「そりゃおいらも同じだ」

「今さら水くさいですぜ」

 肩の力を抜いて笑ったイタチ耳のジゅう人に続いて小柄のジゅう人が頭の後ろで手を組んで笑い、大柄のジゅう人も腕組みして豪快に笑った。


「あんた達も充分あの人に尽くしたよ、もうお逃げ……」

「何を言うんですかい? 伊達(だて)マスミチ、どこまでも姐さんに着いて行きやすぜ」

 しばらく肩を震わせたウラホがため息をつき、覚悟の笑みを浮かべたイタチ耳のジゅう人は力強く頷く。

「この岸根(きしね)トキツギだって、姐さんの幸せを見届けてえんだ」

「おいらこと井空(いぞら)キヨシも乗りかかった何とか、ってやつだ」

「マスミチ、トキツギ、キヨシ……」

 胸に手を当てて頷く大柄のジゅう人に続いて小柄のジゅう人が気恥ずかしそうに頭を掻き、ウラホは3人の名前を呼びながら言葉を詰まらせた。


「何も言わねえでくだせえ、まずは向こうの戦力を調べましょうや」

「分かった。あたいを探してる2人組の掃除屋は、おそらくタイプマンドラゴラとタイプスライムだ」

 手のひらを向けたマスミチが静かに首を横に振り、根負けして項垂(うなだ)れたウラホは真剣な表情で情報を明かす。

「確かタイプスライムってタイプ鬼より怪力の?」

「タイプマンドラゴラも神出鬼没の固有能力があるって聞いた、そこにタイプ鬼が加わるとなったら一筋縄じゃ行かねえぜ」

 情報を聞いたトキツギが声を震わせながら尋ね、キヨシも大袈裟に震える仕草をしてから両手を挙げた。


「あんた達の言う通りさ、今からでも遅くないんだよ」

「勘違いしないでくれよ、姐さん。これはただの武者震いだぜ」

 静かに頷いたウラホが廃ビルの出口に顔を向けながら優しく微笑み、トキツギは震える腕を振りながらぎこちない笑みを浮かべる。

「おいら達の連携は一筋縄じゃねえ、じっくり作戦を考えましょうぜ」

「仕方ないわね、話を聞いてから決めるんだよ」

 両手を広げて周囲を見回したキヨシが何度も激しく頷き、静かに首を横に振ったウラホは小さくため息をついた。


「まず司令塔のタイプマンドラゴラね、こいつは潜行魔法に隠れて術式を撃つのが得意だ」

「迂闊に動くのは危険って訳か……」

 近くにあった空き瓶をテーブル代わりの木箱に倒して置いたウラホが手で覆い、マスミチは頷きながら呟く。

「あたいのピット器官なら見付けられる。ヒラ……こいつの相手はあたいに任せてくれないか?」

「頼りにしてやすぜ」

 瓶から手を離したウラホが背負ったツインキャンサーの柄を握り、大きく頷いたマスミチは信頼を寄せた笑みを浮かべた。


「タイプスライムも周囲に溶け込む能力があるけど、ピット器官で見付けられる」

「そこでオレの出番って訳だな」

 立てた瓶を両手で覆ったウラホがすぐに両手を離し、トキツギが腕組みしながら大きく頷く。

「タイプスライムは相当な怪力だけど、タイプアスラのオレでも時間稼ぎくらいは出来るはずだ」

「残るはゼロ距離狙撃戦法を使うタイプ鬼、あっしの足でも翻弄出来るか……」

 組んだ腕を解いたトキツギが腕を軽く叩き、静かに頷いたマスミチが自分の足を眺めながら絞り出すように呟いた。


「風に乗れるタイプカマイタチの能力とおいらの取って置きを合わせれば、きっとどうにかなるぜ」

「頼もしい限りだ、ありがとよ」

 マスミチの両足を眺めていたキヨシが自信に満ちた表情で頷き、ウラホは覚悟を決めた表情を浮かべてから目を細める。

「まさか、姐さんは今回の仕事で……」

「他に手は無いんだ。いざとなったら、あんた達は……」

 言い得ぬ覚悟を察したマスミチが恐る恐る尋ね、静かに首を横に振ったウラホは3人にぎこちない微笑みを返した。


「野暮は言わねえでくだせえ、もう決めた事なんです」

「最後にひと花咲かせましょうぜ」

「ここまで来たら、どこまでもお供しますよ」

 静かに首を横に振ったマスミチが頷いてから微笑み、トキツギとキヨシも力強く頷いてから笑顔を浮かべる。


「分かった。あんた達の命、あたいが預かるよ!」

 小さくため息をついたウラホが静かに頷いて大きく息を吸い、吹っ切れたような笑顔を浮かべた。

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