第61話【はじまりの深淵】
星白羽と意気投合した鋭時は、
シアラ達と共にささやかな休息を楽しんだ。
「どうしたチセリ? 顔も出さずに電話なんて……分かった、例の庭園だな?」
水着騒動から数日経った日の朝、携帯端末を手にしたミサヲの顔が次第に神妙なものへと変わって行く。
「ミサちゃんっ、どうしたんですかっ?」
「詳しくは後で話す。シアラ、鋭時、庭園バルコニーに行くぞ」
朝食の片付けを終えてキッチンから出て来たシアラが足を止め、ミサヲは神妙な表情を崩さないまま店の扉を親指で指し示す。
「りょーかいっ!」
「分かりました」
勢い良く頷いたシアラが腰のぬいぐるみを確認し、続いてキッチンから出て来た鋭時もスーツの袖を意識しながら頷いた。
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「おはようございます、お待ちしておりました」
テレポートエレベーターで待ち構えていたチセリは、到着したミサヲ達に丁寧な仕草でお辞儀する。
「ああ、おはよう。ここに署長を案内するなんて、思い切った事をしたな」
軽く挨拶を返したミサヲは、細い花壇で仕切られた休憩所が並んだバルコニーを見回しながら呆れた顔を浮かべた。
「事は急を要する上に、まだ内密の話ですので」
「何があったんだ?」
複雑な表情で俯いたチセリに気付いたミサヲは、小声で慎重に聞き返す。
「ヒカル様に関する事でして……詳しくは蔵田副署長からお聞きください」
「ミノリも来てたのか!?……署長が来てんのなら、別におかしくないか……」
尚も俯いたチセリが誤魔化すように頭を下げ、思わず聞き返したミサヲは次第に冷静さを取り戻りながらひとり納得して頷いた。
「その通りだ、相曽実ミサヲ。説明するから、こちらに来てもらえるか?」
「ここでは無理って訳か……シアラと鋭時もいいだろ?」
チセリの隣に立っていた蔵田が大きく頷いてから人影の見えるスペースを親指で指し示し、頷きを返したミサヲは後ろに親指を向ける。
「もちろん数は多いに越した事は無い、2人も同行願えるか?」
「分かった、よろしく頼むよ」
「教授とならどこまでもいきますよっ!」
すぐさま頷いて手を差し伸べた蔵田に鋭時が軽く手を上げて了承し、シアラも鋭時のスーツの袖を掴みながら頷いた。
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「おはよう、みんな」
防音機能のある細い花壇に区切られたスペースに入ると同時に、ドクが軽く手を振って挨拶する。
「ドクも来てたのか。他に招待客がいねーんなら、すぐに聞かせてくれないか?」
半ば呆れて頷いたミサヲは、周囲を軽く見渡してから蔵田に説明を求めた。
「分かった。端的に言えば、奈守浪ヒカルが工場区画に侵入した」
頷いた蔵田が軽く息を整え、神妙な面持ちで要点を説明する。
「何だって!? どうやって入ったんだよ?」
「今はまだ調査中だが、そいつは後回しだ。まずは坊や……じゃなくて嬢ちゃんの救助だね」
思わず大声を上げたミサヲが半ば呆れて聞き返し、休憩所の椅子に座った真鞍がテーブルに広げた地図を指差した。
「何だってヒカルはそんな事を……」
「おそらくはイヌガミの暗示装置だろう。外周区にも旧市街区にも無ければ、工場区画を探すしか無いからね」
額に手を当てたミサヲが静かに首を横に振り、ドクは涼しい顔で肩をすくめる。
「じゃあ、ヒカルさんは俺のせいで……」
「安易に自分を責めるなよ、鋭時。あれでもヒカルは成人してんだからさ」
ドクの推測を聞いた鋭時が愕然と立ち尽くし、頭を掻いたミサヲが落ち着かせるように微笑み掛けた。
「とはいえ工場区画は居住区の生命線、警備システムも相当なものと聞いてます」
「あのお転婆娘は、まったく……」
テーブルに近付いた蔵田が真剣な表情で地図を見詰め、ミサヲは額に手を当てて再度俯く。
「流石にヒカルさんも対策してると思うけど、どこまで通じるかは……」
「DMCCCから配布された資料によると、内部には多数の警備用ロボットが配備されてるそうです」
同じく顎に手を当てながら地図を眺めるドクが難しい表情を浮かべ、タブレット端末を手にした蔵田が地図と画面を交互に見比べ出した。
「ふむ……ロボットが足止めして警察が突入する二段構えのセキュリティか……」
「足止めとは言え、悪性怪生物と渡り合える性能との事です」
地図を指でなぞったドクが何度も頷き、蔵田は難しい顔をしてタブレット端末の画面を見せる。
「もう少し頭数が欲しいな……ヒラネとセイハは情報探しに出ちまってるし、他の掃除屋もどこまで協力してくれるか……」
「事件を内々に処理する事を考えたら、乗り込むのは少数の方がいいだろう」
2人のやり取りを聞いたミサヲが複雑な顔で考え込むが、ドクは神妙な面持ちで首を横に振った。
「分かった、ドクとシアラは一緒に来てくれ。ドクも色々詳しそうだし、シアラの結界魔法も心強い」
「まかせてくださいっ、ミサちゃんっ!」
決心を固めたミサヲが周囲を見回し、救助に向かうメンバーに選ばれたシアラは力強く頷きを返す。
「俺も行くぜ、原因だけ作って知らん顔なんて出来ないからな」
「こいつは掃除屋の領分じゃない、鋭時は留守番だ」
名前を呼ばれなかった鋭時が名乗り出るが、ミサヲは手のひらを向けて首を横に振った。
「いや、鋭時君にも来てもらおう」
「何だって!? おいドク! いったいどういう了見だよ?」
しばらく黙って地図を眺めていたドクが頷いてから口を開き、ミサヲは不機嫌を隠す事無く大声で聞き返す。
「鋭時君の持つ【陽影臥器】はシショクの12人の別名、きっと工場区画でも助けになってくれるよ」
「資格でも何でも役に立つなら俺は行くぜ!」
服から自分のIDカードを取り出したドクが確信を持った表情を浮かべ、鋭時も自分の胸元に視線を向けてから力強く頷いた。
「分かったよ。その代わり、絶対に無茶すんなよ」
「おまかせくださいっ! わたしが必ず教授を守りますからっ!」
2人からの理屈と熱意に根負けしたミサヲが頭を掻きながら頷き、目を輝かせたシアラが鼻息荒く胸を張る。
「安全の確保はシアラもだぞ」
「はーいっ」
力の抜けるような笑みを浮かべたミサヲが小さくため息をつき、シアラは明るい笑みを浮かべて返した。
「奈守浪ヒカルの救助には自分も同行しよう」
「ミノリが!?」
一連のやり取りを見ていた蔵田が声を掛け、ミサヲは驚いて振り向く。
「工場区画の治安維持は警察の領分だ。掃除屋を警察の協力者としてDMCCCに申請すれば、工場区画に入るのも容易いだろう」
「分かった。それで、どうやって入るよ?」
制服からライセンスIDを取り出した蔵田が自信に満ちた表情で頷き、納得して頷いたミサヲはテーブルの上の地図に目を向けた。
「ここに必要事項を入力したら、DMCCCが近くのテレポートエレベーターから転送出来るように座標を開放してくれる」
ライセンスIDを制服に戻した蔵田は、手にしたタブレット端末を操作してから画面をミサヲ達に向ける。
「何とも用意のいい事で、それじゃ行くぞ!」
しばらくタブレット端末の画面を眺めていたミサヲが半ば呆れて頷き、気を取り直して放電銃ミセリコルデを肩に掛け直した。
「行ってらっしゃいませ、皆様」
「ああ、チセリは留守を頼んだぜ」
丁寧な仕草でお辞儀をしたチセリが微笑み、ミサヲは手を振って返す。
「すまないがレーコさん、ここに残って真鞍署長の手伝いをしてくれないか?」
「かしこまりました、マスター」
しばらく考え事をしていたドクに留守を頼まれたレーコさんは、柔らかい笑顔を表示してお辞儀を返した。
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「ここが工場区画……案外静かなんだな」
「ひと口に工場と言っても、水や食料を作る重要な施設はもっと地下にあるんだ。ここは地上でも端の方みたいだね」
無機質な建物が並ぶ道路に降り立った鋭時が拍子抜けした様子で周囲を見回し、Tダイバースコープを起動したドクが軽く頷く。
「非常事態には、階層や区画ごとに隔壁が作動する仕掛けになってるようです」
「つまりヒカルさんは、そう遠くには行ってない訳か」
手にしたタブレット端末に目を通した蔵田の説明を聞いた鋭時は、周囲の建物に目を向けながら確信を持って頷いた。
「なら話が早い、とっとと探して連れ帰るぞ! シアラ、頼めるか?」
「さすがの【空間観測】でも、どっちに行ったかわからないと無理ですよっ!」
密かに安堵のため息をついたミサヲに探索を依頼されたシアラは、腰にウサギのぬいぐるみを付けてメイド姿になるも並び立つ建物を前に術式の発動を躊躇う。
「ヒカルさんの目的を考えれば、おそらく行先は研究棟だろう」
「わかりましたっ!【空間観測】……あっちにルーちゃんの反応がありますっ!」
しばらく考えたドクがひとつの方向を指差し、間髪入れずに探索術式を発動したシアラは確信を持った様子で力強く頷いた。
「よっしゃ、早く行くぞ!」
「うわわっ!?」
「まったく、姉さんは……」
勢いよく走り出したミサヲに抱き上げられたシアラが驚きの声を上げ、蔵田は呆れた様子でため息をついてから走り出した。
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「ここが研究棟?……まるで廃墟だな」
崖を背に立つ4階建ての建物を前にした鋭時は、不思議そうな顔で呟く。
「シショクの12人が使ってた施設だから、当たらずとも遠からじかもね」
「つまり、ここがステ=イションの原点なのか……」
軽く頷いたドクが肩をすくめ、鋭時は納得しながら深く頷いた。
「考えてみりゃ変な話だ……聖地になってもおかしくないのに、何も無いなんて」
「社会科見学の時も、ここを通った記憶は無いな……」
周囲を警戒していたミサヲが呆れた様子で建物を見詰め、背中合わせに警戒していた蔵田も呟きながら同意する。
「見学……そういえば小学生の頃に工場見学したような……?」
「教授っ、何か思い出したんですかっ!?」
蔵田の言葉を聞いて微かな記憶を思い出した鋭時が無意識に口に出し、シアラが瞳を輝かせて近寄って来た。
「ちょっとした引っ掛かりだ。すぐにでもこの記憶を深掘りしたい欲はあるけど、今はヒカルさんを助けるのが先だ」
「鋭時君の言う通りだ。シアラさん、ヒカルさんの場所は分かるかい?」
思わぬ思考癖の暴発に慌てた鋭時は手のひらを向け、ドクが助け舟を出すように術式の発動を依頼する。
「【空間観測】……ルーちゃんなら奥の方にいますよっ!」
快く頷いて術式を発動したシアラは建物の最上階を指差し、探索結果の共有式を起動した。
「これが探索術式の共有か……警備ロボットが奈守浪ヒカルを襲う気配は無いな」
建物内部の細かい情報を脳内に直接送られて驚きながらも感心した蔵田は、救助対象周辺の動きに意識を集中しながら呟く。
「助けるなら今のうちだ、みんな急ぐぞ!」
「分かった、突入後の指示は相曽実ミサヲに任せる」
隣で内部情報を把握したミサヲがミセリコルデを構え直し、腰から拳銃を抜いた蔵田は後方を警戒しながら突入を促した。
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「入ってすぐに『コンニチハ』って訳じゃないのか、ちょっと拍子抜けだな……」
素早く物陰に隠れて後続を誘導したミサヲは、呆れた様子で何も出て来ない玄関ロビーを見回す。
「こっちには【陽影臥器】がいるんだ、いきなり襲われる理由は無いよ」
ミサヲの隣に移動したドクも周囲を確認し、鋭時の方を向いて肩をすくめた。
「そういう事か。鋭時は気に入らないかもしれないけど、あたしは感謝してるぜ」
「まだ全部飲み込めてないけど、何でも手札にするのが掃除屋ってもんだろ?」
得心の行った様子で頷いたミサヲが複雑な笑みを浮かべるが、鋭時は静かに首を横に振って悪戯じみた笑みを返す。
「言うようになったな、鋭時」
「さすがは教授ですっ! ルーちゃんの所に行きましょうっ!」
緊張を解くように肩をすくめたミサヲが微笑み、満面の笑みを浮かべたシアラはひと呼吸置いてから建物の奥を指差した。
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「第1研究室から第16研究室……シショクの12人は16人だったのか?」
「どうだろう? 研究室の区分は分野ごとだし、シショクの12人以外の研究者も出入りしてたからね」
階段の案内図を軽く確認した鋭時が疑問を呟き、ドクは軽く首を横に振ってから肩をすくめる。
「ドクター・マリノライト、随分ここに詳しいようだが?」
「講釈師と発明家は何事にも詳しいものですよ、それより急ぎましょう」
最後尾の蔵田が後方の安全を確認しながら疑問を投げ掛け、ドクは白衣のような黒服のポケットに手を入れて悪戯じみた笑みを浮かべた。
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「この階の警備ロボは活動を停止してないみたいだね」
最上階に続く階段の踊り場でミサヲが立ち止まり、手のひらを後続に向ける。
「でもミサちゃんっ、ルーちゃんがいるのはこの先ですよっ!」
「とはいえロボットを壊すのは、さすがに拙いよな……」
後ろから立体地図を映し出したシアラが人型の立体映像を指差し、鋭時は難しい顔で考え始めた。
「故障か何かで鋭時君の【陽影臥器】を認識出来てないみたいだ、破壊しても問題無いよ」
「それはそれで簡単じゃないけどな」
Tダイバースコープを起動したドクが軽く肩をすくめ、ミサヲはミセリコルデを構えながら肩で笑う。
「それでも腹を括るしか無いんだな、ドク?」
「ああ、その通りだ。数は5体でボク達も5人……蔵田さんを危険に巻き込めないから4人か……」
スーツの右袖を意識した鋭時が慎重に頷き、軽く頷きを返したドクは立体地図を見ながら作戦を考え始めた。
「ドクター・マリノライト、お言葉ですが自分は……」
「戦闘訓練も受けて来た、だろ? ちょうど2体固まってるのがいるし、ミノリはあたしが預かるよ」
腰の警棒に手を当てた蔵田の苦言をミサヲが遮り、立体地図に浮かぶ2つの赤い点を指差して微笑む。
「燈川鋭時の実績も自分の経験不足も理解してる、ここは相曽実ミサヲに従おう」
「手前の2体はそれぞれボクとシアラさんで、鋭時君はこっちのを頼めるかい? ここは他のロボットが合流する確率が低い」
複雑な表情を浮かべながら状況を分析した蔵田が渋々頷き、ドクは残りの配置を確認して割り振りを決定した。
「いつも悪いな、気を使わせちまって」
「鋭時君はジゅう人の希望だからね。とはいえ今回は誤差の範囲だ、いつも以上に慎重な行動をお願いしたい」
複雑な表情で頭を掻いた鋭時が小さくため息をつき、軽く首を横に振ったドクは神妙な面持ちで注意を促す。
「早く終わらせて教授を助けに行きますねっ」
「ありがたいけど、無茶すんなよ。今回はZKと違う相手なんだし」
「鋭時の言う通り敵の機能は未知数だ、みんなも油断すんなよ。それじゃ行くぞ」
鼻息荒く気合を入れるシアラに鋭時が複雑な笑みを返し、同意するように大きく頷いたミサヲは合図をしてから慎重に階段を上り始めた。
▼
「ここですね……ツォーン、出番ですっ。【隠形結界】」
階段近くにある【第12研究室】と書かれた部屋の前で立ち止まったシアラは、ネコのぬいぐるみを腰に付けて和服姿になってから姿を隠す術式を発動する。
(いましたね……)
『誰ダ!』
「……!?」
部屋の中を歩き回る青い人型ロボットの姿を確認したシアラが結界を操る日傘、メモリーズホイールに意識を集中した瞬間、突然ロボットが振り向いた。
『侵入者ヲ確認』
「【幻挿咫】!」
真正面から近付いて来るロボットが自分の存在を感知したと判断したシアラは、メモリーズホイールを猫の手型のステッキに変えてロボットの頭部に突き立てる。
「結界!? 何でロボットが結界を!?」
『敵対行動ヲ確認、ライノモードニ移行』
ZKの外殻を易々と貫くはずのステッキを止められたシアラが驚愕の声を上げ、ロボットは音声ガイドと同時に緑色に変化した。
『ライノカッター、射出』
「マハレタ、黒モードですっ!」
照準を定める機械音を立てたロボットが両手に持ったブーメランを投げ飛ばし、シアラは黒いヘビのぬいぐるみを腰に付けて裾の短い着物姿に変わる。
「ガラ空きですよっ、【霧葬暗器】……!?」
周囲を覆う水結界でブーメランを受け流したシアラが二振りの短刀を作り出して踏み込むが、斬り付けた短刀がロボットの結界に阻まれて咄嗟に後方へ下がった。
「うわわっ!?」
ロボットの投げたブーメランが戻って来てシアラの背中に当たり、水結界が受け流してからロボットの手に戻る。
『侵入者ノ生存ヲ確認、ライノモード継続』
(躱すのは簡単ですけど、【霧葬暗器】の斬撃は軽い……もっと重い攻撃は……)
周囲を見回したロボットが再度ブーメランを構え、シアラは先ほどまでの戦いを分析しながら腰のぬいぐるみに手を当てた。
『ライノカッター、射出』
「今ですっ! マフリクお願いします、【電磁滑走】!」
再び飛んで来たブーメランを水結界で受け流したシアラは、ぬいぐるみを手早くヒツジに変えて白いドレス姿になると同時に術式を発動してロボットに組み付く。
『速ヤカニ離シナサイ』
「【重力操作】! これでわたしを振りほどけませんよっ!」
想定外の事態に混乱するロボットの音声ガイドを無視したシアラが続けて術式を発動し、自分自身を錘に変えて鈍い音と共にロボットを柱に叩き付けた。
『離シナサ……イ、イ……』
「捕まえましたよ……【軟打手甲】!」
ロボットを近くの柱に押さえ付けたシアラが術式を発動し、結界を纏った右手を胸に突き立てて基盤を抜き取る。
『ギッ……!』
「教授は!?……無事ですねっ!」
奇怪な機械音を立てて崩れ落ちたロボットを確認したシアラは、追尾式に意識を集中して安堵のため息をついた。
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「ちょっと邪魔するよ」
『誰ダ!』
【第11研究室】と書かれた扉を開けたドクがソニックトリガーを撃つが、刀を腰に固定したロボットは乾いた発砲音が響く中でも動きを止める事無く近付く。
「空気弾程度じゃ無理か……ならば、徹甲散弾!」
『武器ヲ捨テ、投降シナサイ』
「流石に自分の発明品は対策済みか……でも粘着弾ならどうかな?」
ショットガン型レールガン、リニアショットTTRに持ち替えたドクが撃ち出した散弾を受けてもロボットは動きを止めず、続けてドクが撃ち出した蜘蛛の巣の形をした粘液がロボットの足を固定する。
『警告、抜刀シマス』
「機械刀鳴神か……速過ぎる電磁誘導抜刀をロボットに持たせて解決させるとか、いかにもドクターらしい発想だよ」
腰の刀を抜いたロボットが瞬く間に足元で凝固した粘液を切り刻み、刀の正体に気付いたドクは感心しながら次の薬品弾をリニアショットTTRから撃ち出す。
「吸着擲弾も無効……遠距離攻撃の通らない装甲に、何でも膾斬りにする機械刀。シンプルだが確実、ドクターらしいよ……」
一点に集中させた爆風を受けても傷ひとつ付かないロボットを見て冷静に頷いたドクは、Tダイバースコープを眺めながら呆れるように感心した。
「こっちも負けてられないんでね」
『警告、抜刀シマス』
慎重に近付いたドクが腕を伸ばしてリニアショットTTRを構え、ロボットは音声ガイドと共に刀を構える。
「機械刀昴起動」
『……!?』
冷静なドクの声と共にリニアショットTTRの先端に付けた懐中電灯から光の刃が伸び、胸を貫かれたロボットは刀を抜くと同時に機能を停止した。
「悪いね、ドクター……今度チーズバーガーでも持って来るよ」
鼻先で止まった刀身をしばらく眺めていたドクは、複雑な顔で肩をすくめてから研究室を後にした。
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「あそこだ、1体ずつ確実に仕留めるぞ」
「了解だ、姉さ……相曽実ミサヲ」
【第14研究室】と書かれた扉を僅かに開けたミサヲが小銃を持ったロボットと両刃の剣を持ったロボットを確認し、蔵田は途中で言葉を詰まらせながら頷く。
「2人きりなんだ、姉さんって呼んでもいいんだぜ?」
「分かった。この場限りだよ、姉さん」
小さくため息をついたミサヲが悪戯じみた笑みを浮かべ、蔵田は神妙な面持ちで頷きを返した。
「やけに素直じゃねえか」
「効率を考えての話だ、他意は無い」
予想外の回答にミサヲが呆れた様子で聞き返し、蔵田は顔を赤らめながら俯く。
「素直じゃねーな。まあいい、まずは銃を持った方からだ」
「DMCCCによると、工場区画のロボットは全部耐電処理が施してある。機能を停止させる手段は?」
肩で笑いを堪えたミサヲが真剣な顔付きに戻って標的を定め、蔵田もタブレット端末を取り出した。
「数は足りるな……あとは距離か……」
「策はあるようだね、姉さん」
トリニティシェードの収納術式に手を入れながら呟くミサヲに気付いた蔵田は、密かに安堵のため息をつく。
「出来れば警察にも見せたくない切り札だ。今日見た事は絶対黙っててくれよ」
「了解した。それでオレは何をすればいい?」
複雑な笑みを浮かべたミサヲが人差し指を口に当て、快く頷いた蔵田は研究室の中に目を向けた。
「こいつは射程距離が短いんだ。近付いて仕留めるまで、剣を持った方の足止めをしてくれないか?」
「別に、倒してしまっても構わんのだろう?」
「そんな古典を持ち出さなくても姉ちゃんが守ってやるから、適当に頼んだぜ」
先端の尖った弾丸をミセリコルデに装填したミサヲの指示を受けた蔵田が真剣な顔付きで聞き返し、ミサヲは呆れた様子で微笑みながら研究室に潜入した。
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『誰ダ!』
「自分はステ=イション外周署の副署長、蔵田ミノリです。侵入者の捜索でここに入りました」
侵入者に気付いたロボットが剣を向けながら呼び止め、蔵田はライセンスIDを左手に持ちながら近付く。
『警察?……ケイサツ?……ケイ…サ……排除!』
「くっ!? やはり故障してるのか?」
動きを止めてデータの処理をしていたロボットが唐突に剣を振り下ろし、蔵田は右手に持った警棒で咄嗟に受け止めた。
「すぐに終わらせるから待ってろよ……」
『迎撃行動ヲ確認、援護ニ向カウ』
硬いもの同士のぶつかり合う音を背後に確認したミサヲが静かに近付くが、銃を持ったロボットは突然音のする方向へ走り出す。
「な!? すまん、ミノリ! そっちに行った!」
「何だって!? 止まれ!」
『戦術的脅威を確認、分析開始……』
ミセリコルデを高く掲げたミサヲの声に気付いた蔵田が左手で取り出した拳銃を床に撃ち、銃を持ったロボットは弾丸を確認するためにしゃがみ込む。
「こっちに跳べ!」
「分かった!」
ミセリコルデを構え直したミサヲが咄嗟に指示を出し、剣を警棒で押し返した蔵田は背中に生えたカラスのような羽を広げてしゃがんだロボットを飛び越えた。
『侵入者、発見』
「避けろ、ミノリ!」
頭上の気配に気付いて立ち上がったロボットが蔵田の後を追い、ミサヲは続けて指示を出す。
「くっ!」
「もらった!」
『侵入者ヲ……ヲ……』
背後の気配に戦慄しながらも横に跳んだ蔵田を確認したミサヲが引き金を引き、銃を持ったロボットはミセリコルデから放たれた弾丸を胸に受けて吹き飛んだ。
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「まずは1体」
「これが実戦……」
槓桿を引いて排莢したミサヲが新たな弾丸を装填し、倒れたロボットに近付いた蔵田は震えた声で呟く。
「大丈夫かミノリ!」
「問題無い、あの距離でも発砲されなかったからな」
慌てて近寄って来たミサヲに気付いた蔵田は平静を装い、大袈裟な仕草で自身の無傷を伝えた。
「こいつはスタンガン? 向こうさんにとって銃は御法度みたいだな……」
「姉さん、もう1体が!」
密かに安堵のため息をついてロボットの持っていた銃を拾い上げたミサヲが警備方針を簡単に分析していると、突然蔵田が大声を上げる。
「よりによって鋭時の方に逃げやがったか! 追うぞ、ミノリ!」
研究室から出て行ったロボットの行先を追尾式で確認したミサヲは、憤りを隠す事無く大声を上げて走り出した。