第60話【羅針の群像】
シアラが恥じらいながらも誇らしく【証】を明かし、
鋭時は星白羽と向き合う決意をした。
「ただいまー……」
「おかえりなさーい、マイエンジェール!」
地下での訓練を終えた鋭時がグラキエスクラッチ清掃店の扉を開けると同時に、素早く出迎えたミサヲが隣にいたシアラを抱き上げる。
「うわわぁ!? むぎゅぅ……」
「スキンシップは程々にしてくださいよ、ミサヲさん」
ミサヲの胸に顔を埋めたシアラが叫び声を上げ、鋭時は既に慣れた様子で店に入った。
「そんな詰まらなそうな顔すんなよ、今度は鋭時も挟んでやるからさ」
「ちょ!? な、何を言ってるんですかミサヲさん!」
素通りした鋭時を呼び止めたミサヲがシアラを挟んでいる胸を両手で持ち上げ、思わず立ち止まった鋭時は逸らした顔を赤く染める。
「ちょっとした冗談だよ、もう少しシアラを借りるぜ~」
「ぷはっ……ミサちゃんの柔らかさを教授に伝えますねっ!
悪戯じみた笑みを浮かべたミサヲが片目を瞑り、谷間から顔を出したシアラも鋭時に向けて満面の笑みを浮かべた。
「おーいシアラさん、俺はそんなこと頼んでないぞー」
「そうだぜ、今はシアラが楽しむ番だ」
額に手を当てた鋭時が疲れた顔で苦言を呈し、ミサヲもシアラの頭を撫でてから抱き締める。
「わわっ、また適度な弾力が……むぎゅぎゅ……」
「満足したら解放してくださいねー」
顔に迫る谷間の解説を試みたシアラの声が途中で止まり、呆れた様子で首を横に振った鋭時は店の奥へと入って行った。
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「まったく、ミサヲお嬢様も素直ではございませんね……」
「ただいま、チセリさん。まさか俺、ミサヲさんに何か悪い事しちゃってる?」
入口の方を眺めながら小さくため息をつくチセリに挨拶した鋭時は、軽く振り返ってから小声でチセリに尋ねる。
「おかえりなさいませ。ミサヲお嬢様にも優しく接していますよ、旦那様は」
「優しく、はちょっと実感無いな……いつもどこかで頼っちまう」
丁寧な仕草でお辞儀を返したチセリが柔らかく微笑み、鋭時は照れ臭そうに頭を掻いてから自嘲気味に呟いた。
「記憶が戻った時に分かると思います。その際はミサヲお嬢様に御助力願いたいのですが、よろしいでしょうか?」
手を口元に当てて悪戯じみた笑みを返したチセリは、ひと呼吸置いてから真剣な表情で鋭時を見詰める。
「ん? みんなのお姉さんだし、シアラも世話になってるんだ。俺に出来る事なら何でもするぜ」
「ありがとうございます、旦那様」
唐突な申し出に面を食らいながらも即座に快諾した鋭時に、チセリは狼のような尻尾を左右に激しく振りながらお辞儀を返した。
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「相変わらず気前のいい話だぜ、王子様は」
「そんな事を言わないの、セイちゃん。えーじ君の気が変わっちゃうかもしれないでしょ?」
店舗スペースのソファからトレーニングウェア姿のセイハが笑い掛け、隣に座るブラウスとジーンズ姿のヒラネが窘める。
「セイハさん、ヒラネさん、いらっしゃい。今日は確かミサヲさんと……」
「こんばんは、えーじ君。今日はミサヲお姉様と駆除に行って来たわ」
ソファの方を向いた鋭時が頭を掻きながら言葉を詰まらせ、軽く身を乗り出したヒラネが優しく微笑んだ。
「それでミサ姉が大事な話があるって言うから、着替えてからこっちに来たんだ」
「今朝の話だと、ヒラネさんとセイハさんにも星白羽の説明をするんだったな? えー……っと、ドクは?」
軽く伸びをしたセイハが親指を自分に向け、鋭時は戸惑いながら店内を見回す。
「ドクターでしたら急用が出来たとの事で、昼食後に別行動を取られました」
「安心してください、えーじしゃま。せーしろーしゃまの事ならチセリさんが説明してくれました」
「はい、スズナ様にもお手伝いいただきました」
さりげなく疑問に答えたチセリに続いて手前のソファに座っていたスズナが身を乗り出して微笑み掛け、頷いたチセリが丁寧にお辞儀した。
「そうだったのか、ありがとうチセリさん。スズナさんもありがとう」
「ふみゃぁ……えーじしゃまの声でありがとうだにゃんて……耳が幸せ過ぎてほとばしってしまいますぅ」
安堵のため息をついた鋭時が軽く頭を下げて礼を述べると、スズナは両手で頬を押さえながら照れ笑いを浮かべる。
「よかったな、スズナ。それで王子様の中の……せーしろーと話せるのかい?」
「そうね、えーじ君。ワタシ達にもせーしろー君を見せてちょうだい」
向かいのソファから優しく微笑んだセイハが鋭時の方に顔を向け、ヒラネも潜行魔法を使って鋭時に近付いた。
「分かった。出番だ、星白羽」
「手短ニ頼ムゾ」
ソファの間にあるテーブルの縦列に置かれたいつもの椅子に腰掛けた鋭時が目を閉じ、開くと同時に星白羽が主導権を預かる。
「へぇ……あんたがせーしろーかい? 本当に雰囲気変わるんだな」
「そぉねぇ、せーしろー君の方がカッコいいかも」
「ラコちゃんっ!?」
興味深そうに眺めながら頷くセイハに続いてヒラネが悪戯じみた笑みを浮かべ、ミサヲから解放されたシアラが横から大声を上げた。
「冗談よ、シアラちゃん。えーじ君は誰より可愛いんだから」
「ははっ……お望みなら星白羽に相手させますよ、接客用疑似人格なんだし」
シアラに優しく微笑んでから振り向いたヒラネに見詰められた鋭時は、恥ずかしそうに頭を掻いてから胸に手を当てる。
「やっぱりワタシはえーじ君がいいけど、せーしろー君はえーじ君が休んでる間に起きて繁殖出来るのよね?」
「そいつは便利そうだな、王子様の負担が消えるなら大歓迎だぜ」
人差し指を口元に当てたヒラネが目を細めて身を乗り出し、興味深そうに鋭時を見詰めたセイハも大きく頷いた。
「俺ニ、女性ヲ抱ク技能ハ無イ」
「そういや、スタンダードモデルのマニュアルだって言ってたよな」
「おいおい、鋭時。いつの間に星白羽を手懐けたんだよ?」
淡々と首を横に振った星白羽の回答に鋭時が相槌を打ち、ミサヲが呆れた様子で状況を尋ねる。
「手懐けたって……ただ、2人で話し合っただけですよ」
「燈川鋭時ノ都合ニ合ワセル約束ヲシタ」
複雑な笑みを返した鋭時が指で頬を掻き、スムーズに入れ替わった星白羽が頷きながら淡々と答えた。
「それが出来るんなら、昨日言ってたパスコードとやらもいらないだろ?」
「命令ノ変更ニハ《パスコード》ガ必要ダ」
腹立ち紛れに頭を掻いたミサヲの質問に、星白羽は機械的な口調で答えを返す。
「まだ言うのか。可愛げのない男だな」
「落ち着いてくださいミサヲさん。星白羽も出来る範囲で協力してるんですから」
「燈川鋭時ヲ誰ニモ触レサセナイ、コノ命令ニ反シナイ限リ協力スル」
呆れた様子で肩をすくめたミサヲを宥めるように鋭時が手のひらを向け、即座に入れ替わった星白羽が片手を胸に当てて深く頷いた。
「その命令が一番厄介なんだろうが……」
「面目次第も無い……」
横を向いたミサヲが吐き捨てるように呟き、鋭時は小さく頭を下げる。
「わりい、記憶を失う前の鋭時が命令したんだったな……」
「避ケルナト命令サレタラ、俺ハ誰モ避ケナイ」
「やっぱり記憶を戻すしか無いか……」
額に手を当て項垂れたミサヲに星白羽が淡々と答え、すぐに切り替わった鋭時は小さくため息をついた。
「ぼくは暗示装置を調べてみるよ、まずは実物を見付けるところからだけどね」
「頼んだぜ、ヒカル。何かあったら、きちんとドクに相談するんだぞ」
スズナの隣で話を聞いていたヒカルが振り向いてから鋭時に微笑み掛け、腕組みしたセイハが神妙な面持ちで頷く。
「分かってるよ、セイハお姉ちゃん。でもまずは、ぼくひとりで調べたいんだ」
「ありがとうございますっ、ルーちゃんっ! わたしもがんばりますねっ!」
両手を頭の後ろで組んだヒカルが自信と興味の入り混じった笑みを返し、微笑みながら近寄ったシアラが鼻息荒く頷いた。
「そうだっ! 教授の記憶が戻ったら、みなさんでどこか行きましょうよっ!」
「いい考えだ! この人数だと、やっぱり定番のプールか?」
興奮治まらずに鋭時の顔を見たシアラが周囲を見回してから微笑み、膝を叩いて頷いたセイハが続けて周囲を見回す。
「では、皆様で水着をお召しになるのですね?」
「伝説のテコ入れですねっ、チセりんっ!」
「ましゃか、あの伝説をわたくし達が……」
手を口元に当てて微笑むチセリにシアラが興奮した様子で頷き、猫のような耳をピクピクと動かしたスズナも顔を赤らめながら呟いた。
「何だか妙な言葉が出て来たな……伝説って、南方の魔法使いの?」
「そうだよ、鋭時お兄ちゃん! 南方の魔法使い伝説のアニメで3人のジゅう人がプールに行く話をテコ入れって言うんだ」
奇妙な言葉に首を傾げた鋭時が唯一の心当たりを口にし、近寄って来たヒカルが大きく頷いて微笑む。
「どのような由来なのか存じませんが、現在では服装や場所を変えて普段の繁殖に新たな刺激を取り込む余興などを指す言葉となっております」
「そうなんだ。いつぞやのメイド服みたいなもんか……」
ヒカルに続いてチセリが言葉の概要を説明し、鋭時は思い当たる節を呟きながら頷いた。
「覚えててくれたのか! あれも結構よかっただろ?」
「ちょっとセイちゃん? メイド服って何の事かしら?」
鋭時の呟きに反応したセイハがスライム体で巨大な手を作ってから親指を立て、ヒラネが微笑みながら聞き返す。
「まだ訓練中だった王子様に相談された事があっただろ? あの時にチセ姉の服と同じのをスライム体で作ったんだ」
「そーなんだー、ちょっと妬けちゃうなー」
屈託の無い笑みを返したセイハが無言の圧力を軽くいなし、ヒラネは唇を尖らせながら鋭時を見詰めた。
「悪かったよ、ヒラネさん。次はみんなにも頼むからさ……」
「なあ王子様、今ここで予行練習してみるか?」
ヒラネに頭を下げた鋭時が居心地悪そうに頭を掻き、セイハが悪戯じみた笑みを浮かべる。
「それって、今からどっか店に行くのか?」
「試着だけなら今ここで出来るぜ」
真意を掴みかねた鋭時が店の扉の方を向くと、今度はミサヲが悪戯じみた笑みを浮かべた。
「いや待て、色々と待て。何だか猛烈に嫌な予感が……」
「久々に頼めるか、セイハ! あたしはいつもので頼むぜ」
額に手を当てた鋭時が呟くが、ミサヲは気にも留めずにセイハに声を掛ける。
「ワタシは……少し考えさせてちょうだいね」
「ふみゃ? みしゃおねーしゃま? セイハ姉しゃま? いったい何……を!?」
しばらく人差し指を口元に当てていたヒラネもセイハに微笑み掛け、遠慮がちに声を掛けようとしたスズナが服を脱ぎ始めたミサヲに気付いて言葉を詰まらせた。
「どうしたスズナ? 服を脱がないと水着になれないだろ?」
「でも水着は……?」
ジャンパーを脱ぎ終えたミサヲがシャツの裾を解き始め、スズナは周囲を見回しながら躊躇いがちに聞き返す。
「水着ならアタシがスライム体で作ってやるよ」
「じゃあぼくはこの間見掛けた海パンにしてもらおうかな」
落ち着かせるように微笑んだセイハが背中からスライム体を伸ばし、頭の後ろで手を組んだヒカルが悪戯じみた笑みを浮かべた。
「ちょっとヒカル! あれは男性用でしょ!」
「いーじゃん、スズナお姉ちゃん。ぼく達の体は男の人と大して変わらないよ」
驚いたスズナが大声を上げ、ヒカルは胸に手を当てながらからかうような笑みを返す。
「わたくしだって少しは胸が……って、何言わせんのよ!」
「2人とも落ち着け。海パン以外なら何でも作ってやるから、とりあえず脱げ」
釣られて自分の胸に手を当ててから我に返ったスズナが顔を赤く染め、セイハはスズナとヒカルの頭をスライム体の手で優しく撫でながら微笑んだ。
「はーい。見ててね、鋭時お兄ちゃん」
「ちょっと待ってくださいね、えーじしゃま」
「いや待て…」
悪戯じみた笑みを浮かべたヒカルが白いサロペットのベルトを外す横でスズナも水色のワンピース服の後ろに手を回し、鋭時は思わず椅子から立ち上がる。
「シアラも早く脱ぎなよ、どんな水着でも作ってやるぜ?」
「わたしは結界魔法で作れますので……」
満足そうに頷いてから振り向いたセイハに声を掛けられたシアラは、小さな声で手にしたヘビのぬいぐるみを前に出す。
「遠慮すんなよ、アタシはシアラの事も知りたいんだ」
「わかりましたっ! ツォーン、ちょっと休んでてくださいねっ!」
静かに首を横に振ったセイハが優しく微笑み、大きく頷いたシアラが腰に付けたネコのぬいぐるみに手を伸ばす。
「色々と待て……やっぱりこうなるのか! 俺は自分の部屋に戻るぜ!」
「かしこまりました、旦那様。準備が整いましたお呼びしますね」
「どうしても見なきゃいけない流れだよな……お手柔らかに頼むよ」
慌てて居住スペースに向かった鋭時に気付いたチセリがエプロンを押さえながら頭を下げ、複雑な笑みを返した鋭時は居住スペースに入って素早く戸を閉じた。
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「みんな脱いだな? 順番にリクエストしてくれ!」
「わかりましたっ! シロちゃん、わたしの水着ですけど……」
一糸纏わぬ姿のセイハが片手を腰に当てて周囲を見回し、弾むような声を返したシアラの口にスライム体で作った手の人差し指を当てる
「万が一にも王子様に聞こえちゃいけねえ、耳打ちで頼むぜ」
「はいっ、わたしは……」
自分の人差し指を口元に当てたセイハが片目を瞑り、シアラは大きく頷いてからセイハに駆け寄った。
「オッケー、お安い御用だ。次はスズナだ」
「ふみゃ!? わたくしは……」
シアラに親指を立てて返したセイハがスズナに微笑み掛け、スズナはゆっくりと近寄ってセイハの耳元で囁く。
「なるほどね、大丈夫だぜ」
「次は、ぼくだね……」
「ダメだ……少し面積増やすぞ」
スズナの頭を優しく撫でたセイハにヒカルが近付き、聞き終えたセイハは呆れた様子で首を横に振ってからスライム体を広げた。
「セイちゃんったら、あんなに張り切っちゃって」
「考えてみりゃセイハは一番下だった時期が長かったからな、妹がたくさん出来て嬉しいんだろ」
腰まで伸びた髪を体の前に垂らしたヒラネがセイハ達を眺めながら微笑み、頭を掻いたミサヲは揺れる胸を気にせず肩で笑う。
「そうね……ヒカルちゃんとシアラちゃんがいてくれて、本当によかったわ……」
ミサヲに同意するように頷いたヒラネは、シアラ達と素肌を寄せ合いながら笑うセイハを眺めながら小さくため息をついた。
「ヒラ姉は決まったかい?」
「ええ……こんな感じで頼めるかしら?」
声を掛けて来たセイハに微笑みを返したヒラネは、胸元に垂らした髪を背中へと回しながら耳元に近付いて囁く。
「分かったぜ、ヒラ姉。ミサ姉には聞いたから……最後はチセ姉だ、頼んだぜ」
「かしこまりましたセイハ様、皆様で旦那様を驚かせて差し上げましょう」
ヒラネに親指を立てて返したセイハが微笑み、狼のような尻尾を体の前に持って立っていたチセリが自信に満ちた笑みを向けた。
「ひゃん!? ひんやりしたのが吸い付いて……ちょっと変な感じですけど気持ちいいですっ!」
太ももから肩に向かって包み込むように這い上がるスライム体の感触にシアラが驚きの声を上げるが、徐々に表情を和らげる。
「気に入ってもらえてよかったぜ、大事なとこ包むからじっとしてろよ」
「はーいっ あっ……ちょっと癖になりそうです……っ」
自信に満ちた笑みを浮かべたセイハに肩を押さえられたシアラは、顔を紅潮させながら僅かに体を震わせた。
「そこは王子様の領分だから手前までだぞ。次はヒカルだ、大人しくしろよ」
「ぴゃぅ!? くすぐったいよ、セイハお姉ちゃん」
半ば呆れて微笑んだセイハが新たなスライム体を動かし、体を包まれたヒカルが堪らず笑い出す。
「だから、じっとしてろって」
「うぴゃあっ!? 鋭時お兄ちゃんが触る前に形が崩れたらどうするのさ!」
呆れたセイハの声に合わせて胸の淡い膨らみを包むスライム体が吸い付きながら動き回り、大声を上げたヒカルが胸に手を当てながら抗議した。
「大丈夫よ、ヒカル。ジゅう人のクーパー靱帯はこの程度で破損しにゃいわ」
「じゃあスズナも少し揉んで大きくしとくか?」
吹き出しそうになったスズナが澄ました顔を浮かべ、悪戯じみた笑みを浮かべたセイハのスライム体がスズナの胸を包む。
「ふみゃあぁ!? セイハ姉しゃまぁー!」
「ちょっとおイタが過ぎるわよ、セイちゃん?」
「おぅわっ!? 当たってる! 柔らかいぬるぬるのが背中に当たってるから! 勘弁してくれヒラ姉ぇー」
目に涙を溜めて大声を上げたスズナを見兼ねたヒラネが近くのスライム体を引き寄せながらセイハの背中に抱き着き、今度はセイハが大声を上げ続けた。
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(何を話してんだよ……って言うか、何でこんなによく聞こえんだよ……)
(回避ハ、周囲ノ音ニモ注意ヲ払ウ)
居住スペースの室内縁側に腰掛けた鋭時が心の中でため息をつき、星白羽も心の中で答える。
(これも拒絶回避のおかげ様って訳か……絶対あいつらに言うなよ、星白羽)
(俺ハ、回避ノ不利ニナル情報ハ話サナイ)
「何とも頼もしい相棒だぜ……」
呆れて心の中で釘を刺した鋭時に星白羽も心の中で頷き、鋭時は小さくため息をついて肩をすくめた。
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「旦那様、準備が整いました。こちらへ来ていただけますか?」
「分かったチセリさん、今行くよ」
しばらくしてチセリに声を掛けられた鋭時は、出来る限り平静を保ちながら声を返す。
「失礼しま~す……」
「鋭時お兄ちゃん。ぼくの水着、どうかな?」
慎重に戸を開けた鋭時に駆け寄ったヒカルが手を広げ、シンプルな形状の黄色いセパレート水着を見せ付ける。
「動きやすそうで、いいと思うよ」
「ありがとう鋭時お兄ちゃん。ぼくとしてはもっと細くして欲しかったんだけど、こうやって足を上げれば……」
愛想笑いを返した鋭時が曖昧に答え、嬉しそうに頷いたヒカルは右足を側頭部に付けるように持ち上げ始めた。
「調子に乗るな、ヒカル。また揉むぞ?」
「勘弁してよ……鋭時お兄ちゃんだって誰にも揉まれてない方がいいよね?」
白い競泳水着に身を包んだセイハが背後からヒカルの肩を掴み、慌てて足を元に戻したヒカルは潤んだ瞳で鋭時を見詰める。
「えー……っと」
「冗談だ。スライム体は切り離してるから、もうアタシは操れないよ」
思わぬ質問に鋭時が言葉を詰まらせ、見兼ねたセイハはヒカルの頭を撫でてから肩をすくめた。
「切り離すって……そんな事をして大丈夫なのか?」
「体の一部と言ってもただの粘液だ。痛みも無いし、しばらく形を保ってられる」
心配そうな鋭時の視線に気付いたセイハは、小さなスライム体の塊を手に載せて微笑む。
「そうなんだ…それで水着の形まで作れるなんて……」
「アタシは機能を優先して色気が無いけど、みんなの水着はアタシがスライム体で作った自信作だ。王子様も満足出来ると思うぜ」
納得して頷いた鋭時が感心しながら呟き、セイハは胸を張りながら自分の親指を立てた。
「何て言うか、そんな事は……」
「そうよ、セイちゃんだってスタイル抜群なんだから! どうかな、えーじ君?」
話すたびに揺れるセイハの胸から目を逸らした鋭時の前に、赤いフレアビキニの上から白いブラウスを羽織ったヒラネが近付いてセイハの隣に並ぶ。
「えー……っと、おふたりの個性が出ててとても魅力的だと思いますよ……」
「ありがとう、えーじ君。ワタシは、いつも着てる服と合わせてみたの」
ブラウスの隙間から見え隠れする水着を追わないように視線を上に向けた鋭時が誤魔化すように指で頬を掻き、ヒラネはブラウスをはだける仕草をして微笑んだ。
「やっぱり、ヒラ姉のセンスにはかなわないぜ……」
「でも、スズナちゃんの方がもっと可愛いのよ。じゃーん!」
「ふみゃ!? ヒラネ姉しゃま!?」
小さくため息をついたセイハが自分の手で頭を掻き、尚も微笑み続けるヒラネは近くにいたスズナを抱き上げて鋭時の前に置く。
「どうですか、えーじしゃま?」
「あ、ああ……スズナさんらしさが出てて、可愛いと思うよ」
スカートの付いた水色のワンピース水着の上に白衣を羽織ったスズナが顔を赤く染めながら見上げ、鋭時は白衣の方に視線を向けながら軽く頷いた。
「ふみゃぁ……可愛いにゃんて言われたら、耳が幸せ過ぎてほとばしりますぅ」
「よかったですね、スズナ様。セイハ様のスライム体は吸水効果も抜群ですよ」
声を閉じ込めるように耳を手で押さえたスズナが内股を合わせ、白いエプロンに身を包んだチセリが横から優しく微笑み掛ける。
「ん? チセリさんは着替えなかったのか?」
「いえ、このようにしております」
慎重に視線を移動させた鋭時が首を傾げると、チセリはその場でくるりと回ってエプロンの下に着た白い縁取りをした黒いビキニを覗かせる。
「あー……よく見りゃ、いつもと違ってたか」
「はい、旦那様。いつもとの違いを、思う存分観察してくださいませ」
「いやはや、参ったな……」
納得して小さく頷いた鋭時に微笑み掛けたチセリが視線を誘導するように尻尾を振り、鋭時は無理矢理上を向いてから頭を掻いた。
「教授っ、楽しんでますかっ?」
「おっと……シアラの水着は随分と大人しいんだな……」
紺色のシンプルな水着に身を包んだシアラに声を掛けられて振り向いた鋭時は、先刻まで眺めていた柔らかな稜線を見て密かに安堵する。
「これなら教授も安心して見れると思いましたっ! もちろん2人きりの時は布を減らしますね……っ」
「何だかな……そういうところはしっかりしてるよ」
自信に満ちた笑みを浮かべたシアラが胸元を広げながら囁き、鋭時は呆れながら頭を掻いた。
「やけに地味な格好だと思ったら、なかなか面白いこと考えてんじゃねえか!」
「うわわっ!?……むぎゅぅ」
楽しそうに笑ったミサヲがシアラに抱き着き、縞模様の小さな四角い布を頂点に被せただけの胸に挟まれたシアラが手足をバタバタと振る。
「何でミサヲさんまで……」
「別に減るもんじゃないからいいだろ?」
戸惑う鋭時がシアラの頭を挟んで激しく揺れる胸元から目を逸らし、放心状態のシアラを解放したミサヲは腰に手を当てて事も無げに微笑んだ。
「それにミサ姉だけ仲間外れにする訳には行かないだろ?」
「確かにそうだけど……」
ミサヲの後ろに立ったセイハがウィンクし、鋭時は頷きながらも言葉を濁す。
「シアラが妹なら鋭時は弟だ、今はそれでいいだろ?」
「まあ、ミサヲさんがいいのなら……」
胸を押し上げるように腕組みしたミサヲが大きく頷き、引き寄せられそうになる視線を強引に逸らした鋭時は釈然としないまま頷いた。
「よーしっ、決まりだな! 弟はお姉ちゃんの水着選びを手伝うもんだぜ」
「ははっ……蔵田さんも苦労したんだろうな……」
大きく伸びをしたミサヲが悪戯じみた笑みを返し、鋭時は頭を掻きながら力無く笑いを返す。
「素直じゃありませんね、ミサヲお嬢様は」
「別にいいだろ、チセリ? おっ、そろそろ時間だな」
口元に手を当てたチセリの微笑みから逃れるように頭を掻いたミサヲは、自分の胸元に視線を落として不敵な笑みを浮かべた。
「時間って?」
「うわわっ!? 水着が急に溶けた!?」
不穏な空気を感じた鋭時が尋ねた瞬間、セイハの隣に立っていたヒカルが自分の体を滑り落ちる粘液に気付いて大声を上げる。
「わたしの水着も溶けてますっ! どうなってるんですかっ!?」
「アタシの体から切り離したスライム体は、一定時間で溶けて消えちまうんだ」
鋭時の隣に立っていたシアラも体に纏わり付く粘液に慌て、スライム体の特性を種明かししたセイハが悪戯じみた笑みを浮かべた。
「ちょうどいいから、ついでに裸も見て置けよ」
「まだ早いわよ、ミサヲお姉様!」
胸の合間を落ちる粘液を気にも留めず仁王立ちしたミサヲが豪快に笑い、粘液を払い落としてブラウスのみを羽織ったヒラネが抱き着く。
「ヒカルも見せちゃダメ!」
事態を理解して悪戯じみた笑みを浮かべたヒカルが頭と腰に手を当ててポーズを取り、白衣のみを羽織ったスズナが飛び掛かる。
「失礼します、若奥様!」
両手を腰の後ろに回したシアラを抱き締めたチセリは、エプロンから覗く自分の素肌を尻尾で隠した。
▼
「3人ともありがとう、どうにか間に合ったよ。やっぱり俺には早過ぎるぜ」
「女性ノ肌ヲ見ル業務ハ組ミ込マレテナイ」
重なり合う女性陣に背を向けた鋭時が安堵のため息をつき、星白羽も静かに首を横に振る。
「すまなかったな、王子様。ちょいと遊びが過ぎたぜ」
「ヒラネ姉しゃまが白衣を着るように言ったのは、こういう事でしたのね」
ばつが悪そうに頭を掻いたセイハが鋭時の背に向けて声を掛け、ヒカルを押さえ込んだスズナが納得した様子でソファに掛けたポシェットに目を向ける。
「セイちゃんとミサヲお姉様の考えそうな事だもの」
「分かったよ、今日はこれでお開きだ」
胸に柔らかな弾力を意識したままのヒラネが小さくため息をつき、耳元に吐息を感じたミサヲはヒラネを抱き寄せ頭を撫でた。
「そうしていただけると助かります、まだ旦那様は繁殖出来ないのですから」
「ぷはぁっ……でもちょっとドキドキしましたねっ、教授っ!」
胸を撫で下ろしたチセリの谷間から顔を出したシアラは、そのまま鋭時に満面の笑みを浮かべる。
「シアラが楽しかったなら良かったよ、俺はしばらく勘弁して欲しいけどさ……」
「鋭時らしい答えだぜ。着替え終わったら呼ぶから、向こうで待っててくれ」
背中越しにシアラの感情を察した鋭時が背を向けたまま微笑み、激励するように笑ったミサヲが居住スペースの戸を親指で指し示した。
「俺モ必ズ協力スル、ミンナヲ大事ニシロヨ」
「ああ、いつかは正面から受け止めて見せるさ」
決心して呟いた星白羽に鋭時が小さく頷き、素早く戸を開けて居住スペースへと消えて行った。




