第6話【予期せぬ障害】
シアラが連れて来たミサヲとドク、ミサヲは快く護衛を引き受けたが、
ドクは隙を突いて鋭時に杖を振り下ろした。
「ふむ……確かに見事な反射神経だね。試すような真似をして悪かったよ、実際にこの目で見てみたかったんだ」
咄嗟に両手の間に張ったネクタイで振り下ろした杖を受け止めた鋭時を見ながらドクが感心していると、シアラが物凄い剣幕でドクに食って掛かる。
「ちょっとマーくん! 好奇心で教授に酷いことしないでくださいっ!」
「落ち着けよ、シアラ。ドクは本気じゃなかったし、俺も平気だから」
「分かりました、教授が無事ならわたしも大丈夫ですっ!」
「いやはや助かったよ、少々悪ふざけが過ぎたようで悪かったね」
鋭時に宥められて落ち着きを取り戻したシアラを見て安心したドクは、手にした長さ60cmほどの黒い金属製の杖を持ち替えてから鋭時の前に差し出した。
「こいつはボクが試作したアーカイブロッド、多くの術式を組み込んだ上にZKの攻撃を防ぐ強度もある。護衛はボクらがするけど念の為に持っておいてよ、キミは最優先でZKに襲われるだろうからね」
「それって、今さっきドクの話してたZKの好物が……って事か? そいつはこの外套で隠せないのか?」
突然武器を手渡された鋭時が戸惑いながら先に受け取った黒い外套を手に取って尋ねると、ドクは顎に手を当てながら説明を始める。
「その外套はA因子だけを遮断するものだから、ZK相手には役に立たないかな。今までの観測でZKがA因子を見る能力を有する必要があるとは思えないからね」
「……ところでドク、さっき聞きそびれたけど、結局A因子って何なんだ?」
説明を黙々と聞いていた鋭時が再度頭にもたげて来た疑問をドクにぶつけると、ドクは苦笑交じりに頬を掻いた。
「そうだったね、さっきは話の腰を折って悪かった。簡単に説明するとジゅう人は生き物の出す様々な波動を見る事が出来て、A因子は人間の男だけが出せる波動を作り出す素と言ったところかな」
「つまり、シアラの言ってた【証】以外に人間とジゅう人の違いがあるのか……」
興味深く頷きながら鋭時が呟くと、ドクは難しい表情を浮かべて説明を続ける。
「確かにA因子は人間の男だけが持つものだけど、そこから出る波動はジゅう人にしか見えないんだ。特殊な機械を使えば人間でも見れるけど、ジゅう人がA因子の感覚を人間に説明するのは難しいと思うよ」
「なるほど……シアラにとっては当たり前過ぎて、逆に説明の出来ないものだった訳か」
「だいたいそんな所だね。それにA因子は人間とジゅう人を見分ける以上の大事な意味があるんだけど、続きはステ=イションに着いてからだ。いつ他の縄張りからZKが来るか分からないからね。念の為にアーカイブロッドの確認もしといてよ」
納得した様子の鋭時に安堵の表情を浮かべたドクが出発に向けて手渡した武器の確認を促すと、鋭時は意識を集中して杖の状態を確認し始めた。
「それにしても滅茶苦茶な構成だな……ざっと数えても100個近い術式が適当に入ってやがる。しかもこれだけ多くの術式が入っていながら使ってる容量は全体の10%にも満たないなんて」
杖の構成に呆れる鋭時を見たドクは、照れ臭そう笑みを浮かべて頬を掻く。
「ははっ……保存容量を多くしないと安心が出来ない性質なんでね。このままでは使いづらいだろうから、適当なフォルダ作ってコピーして使ってよ」
「ああ、目ぼしい術は幾つかそうさせてもらったよ。そういえばドク、この外套と杖ってどこから取り出したんだ? これが入る鞄とかは持ってないみたいだけど」
受け取った外套と杖を眺めながら鋭時が質問すると、ドクは答える代わりに何も無い場所に手をかざしてマルボロのソフトケースとジッポライターを取り出した。
「こいつは収納術式を応用して作った多重次元収納装置Lab13、鋭時君に渡した発明品からちょっとした小物まで、ボクの持ち物は全部この中に入れてあるんだ」
「へえ便利なもんだな、もしかしてステ=イションではそれが普通なのか?」
「いやまさか……こいつもボクの発明品のひとつだよ。普通に出回ってる収納術式ならともかく、ここまでのものを使ってるのはボクくらいじゃないかな」
ひと通り説明を終えたドクは煙草を1本咥えてからライターで火を付けて肺へと煙を送り込み、しばらくして満足げに煙を吐き出してから俯いて考え事に没頭する鋭時に気付いて苦笑を浮かべた。
「他にも質問がありそうだけど取り敢えずここを離れようか? 今は大丈夫だが、いずれ他の縄張りにいるZKに気付かれるからね」
「確か、さっきもそんな事言ってたな……ここはプロの意見に従うのが正解か……分かった。俺は今すぐにでも出発できるぜ、何せ荷物なんてないからな」
Lab13から取り出した携帯灰皿に灰を落としつつ周囲を警戒するドクに鋭時が自嘲気味に肩をすくめて答えると、フリルの付いた特徴的な和服を着たシアラへと目を向けて頬を掻きながら慎重に質問する。
「ところでシアラ、それは最初に着てた服……だよな? 他にどんな服があるのか知らないから何とも言えないけど、それで大丈夫なのか?」
「はいっ! ツォーンの結界服は普段から着慣れてますし、先ほど結界の構成式を変更しましたから理論上は戦略級攻撃術式でも傷ひとつ付きませんっ!」
シアラが誇らしげに胸を張ると、着物のフリルを摘まんでから僅かに裾を上げて鋭時に微笑みかけた。
「でもご安心くださいっ! この結界服は教授が触った時だけ薄紙のように簡単に破けるよう設定してありますからっ!」
「戦略級術式って街ひとつ蒸発させちまう程の軍事用攻撃術式……だったかな? そんなものを防ぐ結界……どんな構成をしてるんだ……?」
微かに思い出した術式に関する記憶とシアラの結界服の説明との整合性に理解が追い付かずに鋭時が額に手を当てて必死に情報を整理していると、シアラが下から覗き込むように上目遣いで話し掛けてきた。
「どうですかっ? これでわたしは教授以外の誰からも傷を付けられませんよっ」
「ん? ああ、見事なもんだ。俺は拒絶回避でシアラに触れないから強度が落ちる心配は無いし、初めてシアラの役に立てて嬉しいよ」
考え事に集中するあまりにシアラの意図を理解出来なかった鋭時は、慌てて口を開いて誤魔化す。
「あははっ……そーいうつもりでの設定ではないのですが……教授が嬉しいなら、とりあえず結果オーライですねっ」
作り笑いを浮かべながら適当に話を合わせる鋭時を見たシアラは力なく笑うが、すぐに気持ちを切り替え満面の笑みを浮かべた。
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「あ~あ、見てらんないねぇ、こんなの抱き付いた勢いで襲えばすぐ終わるだろ」
「それが出来れば鋭時君はここに来ていないさ、シアラさんにもそれなりに考えがあると思うんだよ」
シアラと鋭時のやり取りをもどかしそうに見詰めるミサヲをドクが苦笑しながら宥めると、そのまま手招きしてレーコさんを呼び寄せる。
「すまないが、レーコさん。ボク達より先にステ=イションへ戻ってから言付けをお願いできるかな?」
「かしこまりました、マスター」
深々とお辞儀をするレーコさんにドクが小声で何かを伝え終えるとレーコさんは再度お辞儀をしてビルの外へ消え、それを見ていたミサヲがドクの肩に手を掛けて耳元に顔を近付けた。
「それでドクは次に何を企んでるんだ? 美味しい話ならあたしも混ぜてくれよ」
「企むだなんてミサヲさんも人聞きが悪いなぁ、ちょっと布石を打っただけだよ」
「なんだそりゃ? ドクが何考えてるのか分からないのはいつもの事か、とにかくステ=イションに帰ろうぜ」
「そうしてもらうと助かるよ、上手く行くかはまだ分からないからさ」
呆れて頭を掻いたミサヲがシアラと鋭時の元へ向かうと、ドクは安堵した様子で肩をすくめてから後を追った。
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「それでドク、どのルートで戻るよ? 縄張りに入って来る他のZKと鉢合わせ、なんて御免だぜ」
シアラと鋭時を伴って廃ビルの出口まで来たミサヲが周囲を警戒しながらドクに話し掛けると、ドクはしばし考えてから口を開く。
「ボク達が通った道をそのまま戻れば、ステ=イションまで安全に戻れるはずだ。何せ今日はZKを全く見つけられなかったからね」
「確かにそれが無難だな。それでドク、他に作戦はねえのか?」
「今回の目的はZKの駆除じゃないから、作戦は特に無いな。ただ、レーコさんは先に帰らせたから哨戒を頼めない、移動は慎重に頼むよ」
期待の眼差しを向けて来るミサヲに対してドクは苦笑しつつ肩をすくめてから、重要な事を思い出した様子で鋭時の方へ顔を向けた。
「そうそう鋭時君。そのネクタイに組み込んである【圧縮空壁】だけど、念の為にそいつも最大出力にしておいてくれないか?」
「言われなくてもそうするつもりだ、あの鉤爪には酷い目に遭わされたからな」
「そいつは結構、説明の手間が省けて助かるよ。それで、あと何回使えるかな?」
何度も斬られた手の甲をもう片方の手で押さえながらZKとの苦戦を思い出した鋭時が神妙な顔付きで頷くと、ドクはLab13から何かを取り出す準備をしながら質問する。
「さっきZKを倒すのに結構な魔力を使ったからな……通常の展開なら4回まで、ZKを倒した時みたいに形状を変化させるなら1回が限界だ」
「それで構わない。このまま順調に行けばZKに出くわさないだろうし、もしもの時もZKの相手はボク達が引き受けるからね」
しばし考えていた鋭時が自分の残存魔力答えると、回答に満足した様子のドクは軽く微笑みながらLab13から手を放した。
「教授……今度こそわたしが絶対に守りますねっ」
「そんなに心配そうな顔すんなよ。あたしとドクがいるんだ、シアラにも鋭時にも指一本触れさせない……ぜ!」
思い詰めた表情で鋭時を見詰めていたシアラを、ミサヲが豪快に笑いながら抱き上げる。
「わわっ!? ミサちゃん降ろしてくださいっ、わたし自分で歩けますからっ!」
「まあそう固いこと言うなよぉ。せっかくなんだし、これくらいの役得はあってもいいだろ? あたしが先頭を行くからドクは後ろを頼むぜ!」
抵抗するシアラをものともせずに抱きかかえたミサヲは、そのままドクに簡単な指示を出してから上機嫌で夜道へと躍り出して行った。
「まったくミサヲさんの趣味にも困ったもんだ……悪いね~鋭時君。シアラさんをあんな風に扱ってさ」
「別に構わないよ。俺はあいつに迷惑を掛けるばかりだったし、少しでも安全なら気が楽ってもんだ」
瞬く間に夜の闇へ消えたミサヲを見ながらドクは呆れて肩をすくめるが、鋭時は全く気にする様子もなく嘯きながら外套を羽織る。
「安全なのはシアラさんが、かい?」
「やっぱりドクには見抜かれてたか、あいつが近くにいるとどうしても緊張で体がこわばって疲れるんだよ。それより急ごうぜ、ミサヲさんを見失っちまう」
ドクの唐突な質問に鋭時が照れ笑いを浮かべて肩をすくめると、誤魔化すようにミサヲ達の後を追って夜道へと足を踏み入れた。
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「よぉ鋭時、ドク。こっちだぜ」
しばらく早歩きでミサヲの消えた方角へと移動していた鋭時とドクは、何者かに小声で呼び止められて足を止める。
鋭時達が声のした方へ顔を向けると、僅かな壁を残して崩れ落ちた廃墟の陰から手招きするミサヲの姿があった。
「なかなか追い付かないと思ったら、ここを索敵ポイントにしていたのか。それで状況は?」
「待ってろよ、今術式を使うから。【振動感知】」
滑り込むように廃墟の陰まで駆け寄ったドクが質問すると、ミサヲは廃墟の壁に左手を付け意識を集中して術式を発動した。
「よし今のところは安全だ、来た時と同じでどこにもZKは見当たらねえ」
魔力で感知した周囲の振動に異常なものが無いと分かったミサヲが安堵すると、ミサヲの膝に挟まれてしゃがんでいたシアラが興味深そうに術式を発動した左腕を眺める。
「ところでミサちゃんは、そこに術式を組み込んでるんですねっ! とても大事にしてるのがわかりますっ!」
「そう言ってくれると嬉しいなぁ。こいつには簡単な探索と防御の術式しか入れてないけど、あたしの命を何度も守ってくれた。安全も確認できたし次のポイントに向かうぜ、ドク、鋭時、遅れるなよ!」
右手で左腕の術式を発動させた辺りを軽く撫でミサヲが上機嫌で微笑むと、再びシアラを抱えて走り出した。
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「なるほどね……ポイントを決めながら都度、探索術式で確認して移動するのか。ZKのあの速度と切れ味だ、奇襲を受ければ誰だって危ないよな……」
「そうだね、ボク達だって当たり所が悪ければ命を落とす。だからこそ不意打ちを受けないよう念入りに索敵しながら移動するのさ。ここまで来た時はレーコさんに索敵してもらっていたから、もっとスムーズだったんだけどね」
前を走るミサヲを追いながら考え事を口に出す鋭時にドクが並走しつつ説明し、鋭時はハッと気付いて口を押える。
「すまねえ、また考え事が口に出てたのか。この癖もどうにかしないとな……」
「別にいいじゃないか。キミはその癖で生き延びたようなものなんだから、物事に思考を巡らすのは悪い事とは思ってないよ。考えられるうちは考え続けないとね」
「考えられるうちは、か……」
微笑みながら持論を展開するドクの言葉に耳を傾けていた鋭時は小さく呟くと、ミサヲ達の向かった物陰へ歩みを速めた。
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索敵ポイントに指定した物陰で探索術式を使い、進行方向の安全を確認してから次の索敵ポイントへ移動する……これを繰り返し移動して来たミサヲが幾度目かのポイントで探索術式を使った後、眉を顰めて肩のスリングベルトに手を掛けた。
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「参ったな……あと少しで【遺跡】から出られるってのに」
肩に掛けたライフル銃を降ろして構えたミサヲは、物陰から身を乗り出して様子を窺う。
「数もそうだけど場所も厄介だな、あれだけの数が外に出ているなんてね……」
ミサヲの隣で片眼鏡型の立体映像を起動したドクが路上を徘徊する10体近くのZKを確認すると、短い銃身にグリップと引き金だけが取り付けられたシンプルな構造の拳銃をLab13から取り出した。
「なあドク、もしかして状況はかなり悪いのか?」
ただならぬ様子のドクとミサヲの会話を聞いた鋭時が遠慮がちに話し掛けると、ドクは小さくため息をついてから険しい顔付きで鋭時達に目を向ける。
「気休めを言う時では無いな……鋭時君、シアラさん、落ち着いて聞いてほしい。この先に大量のZKがいる、今までボクとミサヲさんが見た事も無い規模でね」
「それってまさか俺を、というか人間を狙って集まったのか?」
「いや。ZKが獲物を感知できる範囲はそれほど広くないし、既に見付かってたらもうここまで来てる。恐らく他に何か別の理由があるはずだ。ひとまず離れて別の道を探すけど、ここからは特に慎重に行動して欲しい」
ZKの生態をまるで知らない鋭時が恐る恐る聞くと、ドクは落ち着かせるように微笑んで否定しつつ移動を開始した。
別の安全な道を探すべく慎重に索敵術式を使い続けたミサヲだが、【遺跡】から再開発区へと続く道は悉くZKによって塞がれ、その度に移動を余儀なくされた。
そして5回ほど移動を繰り返した一行は、やはり道路を塞ぐZKが遠くに見える物陰に身を潜めて歩みを止めた。
「こいつは弱ったね、まさかここまで全部塞がれてるなんてさ」
「ああ、いくら何でもこれはおかしい。ZKの由来は異界の潜兵なのに、持ち場を離れ過ぎだ。あれだけの数が建物の外に出てるなんて、通常ならあり得ない話だ」
困り果てた様子でミサヲが廃墟の陰から道路を覗き込む隣でドクは、片眼鏡型の立体映像に表示されたデータを閲覧しながら道路の様子を何度も窺う。
「でもよ、実際に目の前で起きてるぜ?」
「そうだね、データ更新は帰ってから出来る。まずはここをどう切り抜けるかだ。ミサヲさん、魔力はまだ持ちそうかい?」
苛立った様子で話してくるミサヲに、ドクはしばし考えてから質問を返した。
「どうだか……さすがにここまで索敵し続けたんだ。これから暴れるってんなら、そろそろ打ち止めだ」
「これ以上塞がれてない道を探すのは無理そうだし、あの群れの中を突破するしか無いか……とはいえあの数はどうしたものか……」
探索術式を何度も使って来たミサヲが気持ちを切り替えるように言葉を返すと、ドクは腕を組み目を閉じて考え始める。
「なあシアラ……ここに来る時に使ったあの結界って、俺達全員に使えないか?」
同じく事情を察して考えていた鋭時がシアラの使える人避けの結界を思い出して尋ねるが、シアラは申し訳なさそうに俯く。
「えー……っと、拡げた結界に全員を入れる事は出来ますけど、あの道幅をZKに気付かれないように通るのは難しいです……ごめんなさいっ」
「い、いや、思い付きで無理を言って悪かった。やっぱりここはプロに任せよう」
深々と頭を下げて謝るシアラに慌てた鋭時が助けを求めるようにドク達の方へと顔を向けるが、いまだにドクは困り顔で考え事をしていた。
「ここにレーコさんがいれば遮音障壁を使えたんだけど、先に帰したのはちょっと失敗だったかな……」
「ったくしょうがねえな……何でドクは肝心な所で抜けてるんだよ?」
ミサヲが頭を掻きながら悪態をつくと、ドクが不機嫌な顔で肩をすくめる。
「悪かったね、どうせボクはジゅう人の出来損ないだよ」
「そう拗ねるなよ、ドクの事なんだから何か凄い秘密道具とか隠してるんだろ?」
「こんな事もあろうかと……と言いたいけど、そんな便利な物は無いよ。こちらの消耗具合を考えたらここを抜けるしかないが、その前に状況を整理しよう」
慣れた様子で笑うミサヲに、ドクは再度肩をすくめて片眼鏡型の立体映像越しにZKの徘徊する道路の様子を覗き込んだ。
「全部K型ZK、ナイフロールなのは救いだけど……とはいえ今のボク達でアレを全部仕留めるのはちょっと骨だな……」
進路上のZK全てを観測し終えたドクが再度Lab13から取り出したシンプルな構造の拳銃に視線を落として呟き、周囲を見回してからミサヲに声を掛ける。
「ミサヲさん、今からここを強行突破するとしてどれくらい持ちそうだ?」
「駆除なら探索ほど魔力は使わねえ、シアラと鋭時が逃げ切る時間を稼いでも充分釣りがくるぜ」
「それなら結構、アテにしてるよ。鋭時君の方はどうだい?」
肩から降ろしたライフルを構えて笑うミサヲにドクが満足そうに頷くと、続けて瓦礫に腰を下ろして何かを考え込んでいる鋭時に声を掛けた。
「【圧縮空壁】だけならともかく、ZKの攻撃を避けるために【圧縮空筋】を併用するなら、振り絞って1回使った時点で魔力が尽きる。奴等は真っ先に俺を狙って来るんだろ? いざとなったらシアラだけ連れて逃げてくれないか?」
自らの魔力に限界を感じた鋭時が立ち上がってから諦め混じりの顔で微笑むと、ドクが口を開くより先にシアラが鋭時のスーツの袖を引いて来た。
「そんな事を言わないでくださいっ、教授っ! わたし、教授と一緒じゃなければ絶対にいきませんからっ!」
「俺もシアラには寝覚めの悪い思いをさせたくないし生き延びる努力はするけど、こればかりはどうにもならん。短い間だったけど楽しかったぜ、達者で……」
今にも泣き出しそうなシアラを目の前にした鋭時が頭を掻きながら慎重に言葉を選んで礼と別れを伝えようとすると、シアラは大きな声で遮った。
「やめてくださいっ! わたし、もうあんな思いしたくありませんっ!」
「分かったから声を少し小さくしてくれよ、奴等に気付かれたらシアラまでここを出られなくなっちまう」
俯いて涙を流しながら下を向くシアラに鋭時が戸惑いながら宥め、諦めたようにため息をついてから言葉を続ける。
「それに冷静に考えてくれ。俺が足でも切られて動けなくなってみろ、拒絶回避で誰の肩も借りられない。倒れたらそこで終わりなんだよ、俺は」
「終わらせませんっ! 誰も倒れた教授を助けないのなら、教授が倒れないようにわたしが守りますからっ!」
「これ以上シアラに無理させられない、気持ちだけ受け取っておくよ」
涙を振り払いつつ強い意志を込めた真剣な眼差しで見詰めて来たシアラに鋭時が苦笑すると、シアラがスーツの袖を両手で掴んで悪戯っぽく微笑んだ。
「それでは教授、わたしの気持ちを受け取ってくださいっ!【魔力贈与】」
真剣な眼差しを変えずに微笑むシアラが突如術式を発動したかと思うと、鋭時の体が淡い光に包まれ出した。
「これは……? 魔力が回復している?」
自分の魔力が戻っていると気付いた鋭時が戸惑いながら自分の全身を見回すと、両手でスーツの袖を握ったシアラが笑顔で覗き込む。
「想いを込めてわたしの魔力を教授に送りましたっ、これならステ=イションまで一緒に行けますよねっ?」
「あ、ああ……これなら【圧縮空壁】を張りながら、他の術式の発動も出来るぜ。少なくとも途中で倒れる心配はなくなったよ、ありがと……あっ」
術式使用に必要充分な量の魔力が回復した鋭時が嬉しそうに微笑むシアラに礼を言いかけたが、ふと不安が頭をよぎって言葉が途切れた。
「俺がこんなに魔力もらって、シアラの方は大丈夫なのか? 厳しいようなら少し返すぜ、確かこの杖にも同じ術式が入ってたはずだ」
自分の受け取った魔力の量に慌ててアーカイブロッドから術式を探し出す鋭時を見たシアラは、軽く着物の裾のフリルを持ち上げて満面の笑みを浮かべる。
「ご安心くださいっ! 教授にお渡しした魔力は、わたしにとってはほんのわずかですからっ! 今のままでも、結界は問題なく張り続けられますよっ!」
「分かったよ……今はその言葉を信じる」
「ありがとうございますっ、教授っ! ミサちゃん、マーくん、わたしと教授ならもう大丈夫ですよっ!」
頭を掻きながら渋々納得した鋭時に満足したシアラは、ミサヲとドクに向かって手を振った。
「鋭時君とシアラさんは何とか大丈夫みたいだね。後はどう切り抜けるかだが……ミサヲさん、ここから何体か仕留められないかな?」
シアラの言葉に安心したドクは、次に作戦を立てるためにミサヲに確認を取る。
「出来ない事はないけど、ちょっと勿体無い気もするなぁ。まあ【破威石】が手に入っても、命を落としちゃ元も子もなくなるか……いいぜ、任せろ」
「ありがとう、合図をしたらよろしく頼んだよ。さて……数を減らせば強行突破の成功率も上がるが、あとひと押し欲しいところだな……」
【破威石】の手に入らない駆除の依頼に快く応じたミサヲにドクが感謝しながら【遺跡】を抜け出す方法を考えていると、鋭時が近付き慎重に口を開いた。
「なあドク。そのひと押しなんだけど、俺を囮にするって作戦はどうだ?」
「教授っ! 一緒にステ=イションに行くって約束したじゃないですかっ!」
「だから落ち着けよ、シアラ。こいつは全員で生き延びる可能性を高める作戦だ、死ぬつもりなんて無いよ」
誰よりも早く噛み付いて来たシアラに両手のひらを向けて宥める鋭時に、ドクが苦笑しながら話し掛ける。
「ボクもミサヲさんも依頼主にして護衛対象、しかも希少な種である人間を危険な目に遭わせるなんて反対だ。でもキミにはそれを覆すだけの考えがあるんだね?」
「そんなに難しい話じゃない、ただの気の持ちようだ。ドクとミサヲさんの得物は銃で、どう足掻いても俺は狙われる。でも狙いの分かっている敵は、動かない的も同然だろ?」
淡々と自分の考えを説明する鋭時に、ドクは呆れながらも感心する。
「いやはや、これから危険な目に遭うというのに随分と落ち着いてるね。いったいキミは何者なんだい?」
「そんなの俺が聞きたいくらいだよ。ただここで慌てふためいても生き残れない、だったら腹を括るしか無いだろ?」
自分でも答えられない質問にも関わらず鋭時が頭を掻きながら淡々と答えると、横からシアラがスーツの袖を掴んで来た。
「教授ぅ、何もそこまでしなくても……」
「ここでこうなっちまったのも、俺の早とちりが原因だ。格好付けさせてくれ……とまでは言わないけど、せめてもの責任は取らせてくれよ」
心配そうに上目遣いで見詰めて来たシアラの視線を躱すように目を逸らしながら鋭時が答えると、腕組みして目を伏せながら考えていたドクが決意したように目を開く。
「よし、ここは鋭時君の覚悟を汲み取ろう。ミサヲさんもそれでいいね?」
「任せろ。ここまで律義な人間はシショクの願いに誓って、絶対にステ=イションまで連れて帰るぜ。それであたしは何をすればいいんだい?」
手にしたライフルの銃身で肩を叩く仕草をしていたミサヲは、ドクの言葉聞いて銃を持ち上げ構えながら聞き返した。
「難しい事は注文しない、まずはここから撃って出来るだけ数を減らす。こっちに向かってきたら、合図と同時に【遺跡】の境の方へ走り出す。それだけでいい」
「分かった、そん時に鋭時に向かって来るZKを迎え撃てばいいんだな?」
簡単な説明で自分の役目を理解したミサヲにドクが満足そうに頷くと、そのまま鋭時とシアラに目を向ける。
「鋭時君とシアラさんの役割はもっと簡単だ。ボクが合図をしたら、ミサヲさんの後を追って一緒に走ってもらうだけでいい」
「俺はそれで構わないが、シアラは俺から離さないと危険だな……」
ドクの説明を聞き終えた鋭時が考え込むと、またもシアラが鋭時のスーツの袖を引いて来た。
「ダメですよっ、わたしがいないと教授は無茶ばかりしますからねっ!」
「だからさ……奴等は俺を狙って来る、危険は少しでも減らした方がいいだろ?」
袖を掴んで微笑むシアラの説得を鋭時は試みるが、シアラは表情を崩さない。
「わたしの結界は丈夫ですから、いざという時に教授を守れますよっ」
「どうしてそこまで……今は考えても仕方ないか。分かった、好きにしろ……」
危険を顧みないシアラに困惑する鋭時だが、シアラの強い意志の前に折れるしかなかった。