第56話【長所は短所】
鋭時は偽研修生を確実に捕らえるために、
訓練と術式開発を重ねていた。
「ターミナルに入るのも何だか久し振りな気がするな……」
再開発区に建つ小さなビルに入った鋭時は、重厚な金属の壁に並んで埋められた複数の自動改札機を懐かしそうに眺める。
「初めてステ=イションに来た時以来ですものねっ」
鋭時の隣を歩いてテレポートターミナルに入ったシアラが、鋭時のスーツの袖を掴みながら見上げるように微笑んだ。
「しばらく前の事なのに、もう何年も前の気がするぜ」
「ははっ。初めてステ=イションに来た時から色々とあったし、ここに来る機会も無かったからね」
再度周囲を見回した鋭時が複雑な笑みを浮かべながら頭を掻き、鋭時達に続いて入って来たドクが気さくに笑いながら肩をすくめる。
「でも教授の記憶が戻れば、いくらでも旅行できますねっ」
「おーいシアラさん、ちょっと気が早いぞ~」
満面の笑顔を浮かべて側面の壁に取り付けられた自動券売機を指差すシアラに、鋭時は呆れた様子で釘を刺した。
「ほえ? わたしは教授とならどこまでもいけますよっ!」
小首を傾げて見上げたシアラは、悪戯じみた笑みを浮かべてスーツを掴んだ手を揺らすように振る。
「あのな……いや、もう覚悟は決めたんだったな…」
軽くため息をつこうとした鋭時だが、すぐに思い留まってから自分の腕を揺らすシアラに小さく微笑み掛けた。
「まったく……2人とも手掛かりが目の前に来るからってたるみ過ぎだろ」
「いいじゃないか、あの2人の本来あるべき姿なんだから」
2人の様子を呆れながら眺めていたミサヲが備え付けのベンチに腰掛け、涼しい顔で肩をすくめたドクが隣に腰掛ける。
「確かにそうか……今日こそ鋭時の記憶を戻すんだものな」
「ああ、今日は必ず手掛かりを掴んで見せるよ」
目を閉じて頭を掻いたミサヲが目を細めつつ静かに頷き、ドクも真剣な眼差しで小さく頷いた。
「俺だって今日のために訓練して来たんだ。絶対に手掛かりを引き出そうぜ」
「じゃあ鋭時君は、ZKの駆除を中断して対人戦の訓練をしたのかい?」
ようやくシアラから解放された鋭時がスーツの右袖に意識を向けながらベンチに近付き、訓練の内容に興味を持ったドクが聞き返す。
「いや、駆除してたぜ。ZKの方がジゅう人より何倍も素早いからな」
「確かにそうか、鋭時君の場合はZKの駆除が記憶の手掛かりにもなってたね」
軽く首を横に振った鋭時が不敵な笑みを浮かべ、ドクも顎に手を当てながら深く頷いた。
「それに毎朝ゲート訓練も欠かさなかったから、ZKの動きに慣れた俺にはどんなジゅう人も止まって見えるぜ」
「今回は鋭時君が生き延びる事が最優先だ、頼りにしてるよ」
自信に満ちた表情で両膝を交互に上げる鋭時を見たドクは、腕組みしながら再度頷く。
「ああ、まかせとけ! そのために【反響索敵】も改良したんだ」
「ははっ……あまり張り切り過ぎないよう頼むよ」
右腕で力こぶを作る仕草をした鋭時が収納術式を組み込んでいる袖を眺めてから大きく頷き、乾いた笑いを浮かべたドクは手持無沙汰気味に頭を掻いた。
「ところでドク。表向きは研修生だからって、律儀に迎えに出る必要あんのか?」
「このまま【遺跡】に向かうからね、真鞍署長を通じて先方にも許可を取ってる。部署はダミーだろうけど、約束は本物だよ」
腕組みしながら自動改札を眺めていたミサヲの疑問に対し、ドクは皮肉を込めた涼しい顔で答える。
「なるほど、利害の一致ってやつか」
「ああ。向こうとしても襤褸の出る危険が減るなら拒む理由は無いからね」
皮肉に気付いて得心した鋭時が頷き、ドクは悪戯じみた笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「向こう側の事情を絡め取った訳か、やっぱりドクは凄いな……」
「教授っ、手掛かりが到着したみたいですよっ!」
手際よい作戦に感心しながら呟く鋭時に、券売機の運賃表を眺めていたシアラが弾むような声を上げて近付く。
「おーいシアラさん、間違ってないけど表向きは研修生だからね~」
「すまないがレーコさん、研修生の出迎えを頼むよ」
「かしこまりました、マスター」
疲れた顔でシアラに釘を刺した鋭時の横でドクがレーコさんに声を掛け、丁寧な仕草でお辞儀をしたレーコさんは音も無く自動改札機へと移動した。
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「初めまして、あなた方が研修生ですね? ようこそステ=イションへ」
「へぇ……こいつが上から聞いてたアンドロイドかい。じゃあ、あんたがこいつのマスターか?」
自動改札を出た4人組のジゅう人にレーコさんが挨拶し、オレンジ色のつなぎを着た先頭の女性ジゅう人がレーコさんをしばらく眺めてからドクに顔を向ける。
「ボクはマリノライト、ドクと呼ばれるしがない発明家だ。今日はよろしくお願いするよ」
「タイプレプラコーン? それとタイプサキュバスに人間?……情報は本当だったみたいだね」
否定する事無く頷いたドクを見た先頭の女性ジゅう人は、そのまま後方に控えるシアラと鋭時に目を向けて唸るように頷いた。
「2人とも新人だけど頼りになるぜ。あたしは相曽実ミサヲ、グラキエスクラッチ清掃店の店長をしてる」
「榧璃乃シアラでーっす! よろしくーっ!」
「燈川鋭時だ、今日はよろしく頼むよ」
視線を遮るように前へと出たミサヲが簡単に自己紹介し、シアラと鋭時も続けて自己紹介をした。
「こちらは以上だ。見ての通りボクはタイプレプラコーンだし、鋭時君は人間だ。お手数だが、種別を含めた自己紹介をお願い出来るかな?」
「そういう事ならわかったぜ。あたいは縒喇ヒロナ、タイプサラマンダーだ」
紹介の終了を確認して肩をすくめたドクに理解を示した先頭の女性ジゅう人が、赤いトカゲのような尻尾を揺らしながら自己紹介する。
「サラマンダー?」
「地球の伝承では火の中に棲むトカゲだ。ジゅう人の場合はトカゲのような尻尾と火の術式を得意とするところが名前の由来だね」
記憶を探るように鋭時が頭を捻り、ひと呼吸置いたドクが地球とジゅう人双方の簡単な説明をした。
「なるほど、相当な物知りって話は本当なようだね。次はソラキだ」
「分かったぜ、姐さん。オレは果崎ソラキ、タイプ雷獣だ。生体バッテリー無しで電気が作れるけど、地球の雷獣はよく知らない。そっちは説明してもらえるか?」
感心して頷いたヒロナが青いスーツを着た長身のジゅう人に声を掛け、ヒロナにソラキと呼ばれた男は自身の能力を簡単に説明しながら犬のような尻尾を揺らす。
「任せてくれ。と言っても、地球の雷獣は落雷と共に現れる獣としか伝承が無い。犬のような耳と尻尾を持ち、自在に電気を作れるのが名前の由来だろうね」
ソラキの頼みを快く引き受けたドクだが、複雑な表情を浮かべつつ簡単な説明をして肩をすくめた。
「じゃあノームも地球にいるのかい? おいらは埜駆シュウゴ、タイプノームだ」
「もちろんだよ。タイプノームは土系術式が得意なジゅう人だけど、地球では土の精霊や妖精として語り継がれて来たんだ」
ソラキの尻尾の後ろから黄土色の拳法着姿の小柄の男が顔を出し、ドクは静かに頷いて簡単な説明をする。
「妖精だとヨ、チビのゴーシュにピッタリだゼ」
「そのあだ名で呼ぶのはやめろよ、ドーチンもおいらと変わんねえだろ! そんな事より、さっさと自己紹介しろってんだ」
列の最後からサイズの大きい緑色のパーカーを着たシュウゴより僅かに背の高い男が笑い出し、シュウゴは不機嫌を顕わにしてパーカーの男の肩を叩いた。
「オレっちはタイプ河童の栖劾ドウシュウだゼ、ドーチンって呼んでくれヨ」
「こりゃまた最後に凄いのが出来てたもんだね……」
パーカーの男の個性的な自己紹介を受けたドクは、呆れた様子で言葉を失う。
「かっぱ? 乙鳥商店のかっぱ巻きと何か関係あんのか?」
「地球の河童はきゅうりが好物とされてたから、きゅうりもかっぱと呼んだのさ」
唐突に鋭時が行き付けの店で扱っている商品を思い出し、ドクは軽く頷いてから疑問に答えた。
「へぇ……昔の人間って面白い事を考えてたんだな」
「そうだね。河童も鬼や狐と同じく様々な伝承に出てくるくらいに、人間に馴染み深い妖怪だったんだよ」
笑いを堪えるようにして鋭時が頷き、ドクも頷き返してから地球の河童に関する説明を重ねる。
「じゃあ、ジゅう人の場合はどこら辺からタイプ河童って名付けたんだ?」
「色々と特徴が近しいところもあるけど、水系術式を得意な特徴が水を操る伝承に似てる点が大きいかな?」
小さく頷いた鋭時が新たに浮かんだ疑問を尋ね、ドクは地球とジゅう人の特徴を比較しながら肩をすくめた。
「そのとーりだゼ、オレっちの特技も水の術式だヨ」
「こらドーチン! 調子に乗ってんじゃないよ!」
「スンマセン、姐さン……」
2人の会話を聞いていたドウシュウが両手の親指を得意気に自分へと向けるが、後ろから飛んで来たヒロナの叱責に身をすくめてから小さく頭を下げる。
「あたい達はZKの駆除を教えてもらいに来たんだ、そろそろ【遺跡】に案内してくれないかい?」
「分かってるけど、掃除屋は段取り八分だ。事前の話し合いも大事なんだぜ?」
苛立ちを全面に出したヒロナがターミナルの出口に視線を向けるが、ミサヲは飄々とした態度で微笑みを返した。
「さっそく実践って訳かい? ありがたい話だねぇ」
「まあな。とはいえ、あたしも暴れたいと思ってたとこだ。ぼちぼち出発するけどいいかい?」
鼻で笑ってから肩をすくめたヒロナに余裕の笑みを返したミサヲは、軽く伸びをしてからターミナルの出口を親指で指し示す。
「わたしは準備万端ですよっ、ミサちゃんっ!」
「ボクとしては、もう少し鋭時君に説明をしたかったんだけどね……」
ミサヲの提案にシアラが即座に賛同を示すが、ドクは複雑な表情で頭を掻いた。
「俺なら大丈夫だ、移動中にでも続きを聞かせてくれないか?」
「相当な物知りらしいね、あたい達にもよろしく頼めるかい?」
「任せてくれ」
軽く頷いた鋭時に続いて興味を示したヒロナが声を掛け、ドクは上機嫌で胸を張ってから頷く。
「よかったな、ドク。いい生徒が出来てよ」
「ああ。短い間だけど、充分楽しめそうだよ」
からかうような表情をしたミサヲが近付き耳打ちをすると、ドクは真剣な表情で頷いてから含み笑いを浮かべた。
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「この5冊は地球にいたとされる妖怪や魔物の伝承を纏めた本で、こっちの5冊は魔法の情報が収められてる」
「へぇ……紙の本を持ち歩いてるなんて珍しいねえ」
テレポートターミナルが見えなくなってからもドクの説明は多重次元収納装置、Lab13から本を1冊ずつ取り出しながら続き、ヒロナは何度も頷く。
「この為にLab13を発明したようなもんだよ。研究所には多くの書物や発明品を保管してるから、選ぶのにもひと苦労なんだ」
「収納術式を応用して収容数増やすなんて凄いな、得物も入れてんだろ?」
「流石にここで見せる訳には行かないけど、選りすぐりの物を持って来てるよ」
上機嫌な様子で収納装置の説明をしたドクにヒロナが更なる関心を寄せ、ドクは静かに首を横に振りながらも顔を綻ばせて自分の肩口辺りを指差した。
「あんなに楽しそうなドクを見るのは久しぶりだぜ、最近はドクに聞きたい事も減ったからな……」
「だからって調子に乗り過ぎだぜ。嘘が下手だってのに、いらん事を話し過ぎだ」
時折後ろを振り向きつつ複雑な表情で頭を掻いた鋭時に、ミサヲは苛立ちを隠す事無くため息をつく。
「でもマー君はすごいですよっ、収納術式ってミサちゃんの銃だと1つ入れるのが限界ですからっ! あれだけ多く持てるなんて、ちょっとうらやましいですっ!」
鋭時の袖を掴んで歩いていたシアラが後ろを見てからすぐにミサヲが肩に掛けた放電銃、ミセリコルデに目を向けて微笑み掛けた。
「そうだな……あたしの場合、ミセリコルデは持ち歩いてトリニティシェードには貴重品を入れるようにしてるんだ」
「わたしは生活用品をこの仔達に入れて持ち歩いてましたっ! 教授の場合はそのスーツでしたねっ」
肩に掛けたスリングベルトに目を向けたミサヲが左腕へと視線を移し、シアラは袖からぬいぐるみの顔だけを覗かせながら鋭時に微笑み掛ける。
「臨界スーツの手助けがあるけど、袖と懐の2か所が限界だな。それ以上は魔力の補充が追い付かなくなる」
紺色のスーツを軽く撫でてからシアラに頷きを返した鋭時は、そのままスーツの右袖を見詰めて小さくため息をついた。
「ドクだって魔力は鋭時と大差ないだろ? 大きな声じゃ言えないけどさ」
後ろを振り向いたミサヲがすぐに前を向き、そのまま小声で鋭時に話し掛ける。
「仮に生体バッテリーと生体演算装置で代用するにしても、負担は大きいかと……どんな技術を使ってるやら……」
「あたしには見当も付かない技術だ、やっぱりドクは凄いよ……」
神妙な顔付きで頷いた鋭時が考え込み、静かに首を横に振ったミサヲが感心した様子で再度後ろを振り向いた。
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「もうそろそろ【遺跡】だぜ、何か聞きたい事はあるかい?」
「じゃあ遠慮なく聞くけど、あんた達の戦い方を教えてくれないかい?」
前方に【遺跡】との境界を意味する車止めの柵を確認して足を止めたミサヲに、ヒロナは鞘に納めた鉈を無造作に取り出す。
「おいおい、掃除屋の不文律くらいは知ってるだろ?」
「分かってるさ、掃除屋は互いの手の内を明かさないんだろ? ちょうど4人ずついるし、ここいらで別行動させてくれないかい?」
小さくため息をついたミサヲが軽く首を横に振り、ヒロナは肩をすくめて周囲を見回した。
「分かった、こっちでも話し合いをさせてもらうぜ?」
「ああ、よろしく頼むよ」
同じく周囲を見回して含み笑いを浮かべたミサヲに、ヒロナも含み笑いを返して手を振った。
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「すまないがレーコさん、遮音障壁を展開してもらえるかい?」
「かしこまりましたマスター」
充分距離を置いたと判断したドクの依頼を聞いたレーコさんは、丁寧にお辞儀をしてから淡い光のドームを作り出す。
「これで向こうに声は聞こえないよ、その割には動揺が少ないみたいだけど」
「真鞍署長を通じてこっちの情報を受け取ってるんだろうな」
研修生に気付かれぬように振り向いたドクが肩をすくめ、理由を推測した鋭時も軽く頷いた。
「遮音障壁は秘中の秘、って訳じゃないから構わないけどね……それより向こうの出方だ」
「どういうつもりか知らんが、向こうはあたし達を分散させる気だぞ……」
再度涼しい顔で肩をすくめたドクが神妙な表情に切り替え、軽く頷いたミサヲも研修生に口の動きを見せないように小声で囁く。
「集団で襲ってくるとばかり思ってましたから、少し意外ですねぇ……」
「確かにシアラさんの言う通りだ。これは少々計算が狂ったかな?」
ミサヲの脚の間から研修生を観察していたシアラが頬に手を当てて小首を傾げ、同意して頷いたドクも顎に手を当てて考え出した。
「だったらいっその事、こっちから仕掛けて4対4に持ち込むのはどうだ?」
「ふむ……向こうの狙いが鋭時君なら動きが一点に絞られるから対処しやすいが、相手の手札が未知数だな……」
「ならこっちも分散した方が、みんなの負担も少なくなる訳か……」
軽く頭を掻いた鋭時が簡単な作戦を考えるが、ドクに問題点を指摘されて素直に頷き考え込む。
「向こうは3人が足止めしてる間に残りの1人で鋭時君の命を奪う腹なんだろう、逆に足止めを手早く無力化出来れば鋭時君の援護に回れるはずだ」
小さく頷いてから研修生の様子を確認したドクが作戦を推測し、同時に対抗策を考え出した。
「それいいですねっ、わたしの術式なら誰が相手でも抵抗できませんよっ!」
「あたしも賛成だ。それで、ドク。こっちの割り振りはどうすんよ? 向こうにも思惑はあるだろうけどさ」
ネコのぬいぐるみに手を当てたシアラに続いてミサヲも賛同し、そのまま作戦の細部についてドクに聞き返す。
「なら逆に相手の思惑に乗ればいい。ミサヲさんもシアラさんも並みのジゅう人が相手なら後れを取らないんだし」
「向こうの有利に見せ掛けて罠に嵌める魂胆か、相変わらず悪知恵が働くな」
含み笑いを浮かべたドクがシンプルな対抗策を提案し、感心して頷いたミサヲも釣られて含み笑いを浮かべた。
「悪知恵は心外だが、概ねその通りだ。それに、援護に向かうまでの間は鋭時君が最も危険だが……」
「俺だって場数は踏んでるし、【反響索敵】も改良して来たんだ」
乾いた笑いを浮かべて頷いたドクが顎に手を当てながら作戦の問題点を呟くが、鋭時はスーツの右袖に意識を向けながら自信に満ちた表情で頷く。
「さすがは教授ですっ、わたしもすぐに助けに行きますねっ!」
「頼もしくなったな、鋭時。くれぐれも油断すんなよ」
瞳を輝かせたシアラが鋭時を見詰めながら大きく頷き、目を細めて微笑み掛けたミサヲも真剣な表情に戻って軽く頷いた。
「分かってるぜ、ミサヲさん。シアラも頼りにしてるぜ」
「おまかせくださいっ、教授っ!」
自信に満ちた表情で鋭時が頷き、シアラも胸を張ってから再度大きく頷く。
「そろそろかな? すまないがレーコさん、遮音障壁を解除してくれるかい?」
「かしこまりましたマスター」
周囲の確認をしてから頷いたドクの頼みを聞いたレーコさんは、丁寧にお辞儀を返してから淡い光のドームを手元に戻した。
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「よお、お待たせ。別行動の件、オッケーだぜ」
「聞き入れてもらって感謝する、それで割り振りはどうすんだい?」
研修生に手を振りながら気さくに声を掛けるミサヲに、ヒロナは軽く頭を下げて周囲を見回す。
「そっちの自由に決めてもらっていいぜ」
「いいのかい? あたいは発明家と組ませてくれ。色々と説明を聞きたいからな」
「分かった、よろしく頼むよ」
作戦通りの回答をしたミサヲにヒロナは顔を綻ばせながらドクを指差し、ドクは手を振りながら軽く頷いた。
「オレは店長のあんたでいいかい?」
「いいぜ、あたしもあんたからご指名があると思ってたんだ」
次にソラキがミサヲに声を掛け、ミサヲは含み笑いを浮かべながら軽く頷く。
「おいらは着物のねーちゃんでいいかな? 術式に詳しそうだし」
「教授と離ればなれになるのは淋しいですけど、まあ仕方ありませんねっ」
続いてシュウゴがシアラの方を向き、シアラは掴んでいた鋭時のスーツの袖から手を離してから小さくため息をついて歩き出す。
「気を悪くしないでくれよ、色々と訳ありでさ……」
「あんちゃんがねーちゃんを覚醒させたんだろ? すぐに終わらせて来るよ」
「ははっ……よろしく頼むよ……」
気まずそうに頭を下げた鋭時にシュウゴが理解を示して手を振り、鋭時は乾いた笑みを浮かべながら力無く手を振った。
「それじゃあオレっちのバディは人間さんだナ、よろしくだゼ」
「あ、ああ…よろしく」
最後にドウシュウが歯を見せて笑いながら親指を立て、鋭時は乾いた笑みを引きつらせたまま軽く頷く。
「それぞれの手の内を明かし合ってから、ここに戻る。【遺跡】の中でも、明かし合ったコンビで駆除をする。これでいいかい?」
「なるほど、いい采配だ。あんた達も、それでいいね?」
「もちろんだ」
簡潔なミサヲの指示に感心したヒロナが同意を求め、ソラキが代表して頷いた。
「すまないがレーコさん、ここで待ってもらっていいかな?」
「かしこまりましたマスター」
「それじゃ、行くとするか」
レーコさんに待機を依頼したドクを確認したミサヲが号令を掛け、一行は4組に分かれて別々の方向へと歩いて行った。
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「さて……何から説明しようか?」
「もう気付いてんだろ? あたい達の狙いにさ」
座席が無くなった劇場の観客席跡に足を踏み入れたドクが前を歩くヒロナに声を掛けるが、ヒロナは振り向くと同時に鉈を鞘から抜いて身構える。
「やれやれ……ボクの説明を真面目に聞いてくれるから、説得できる目もあると思ったんだけどね」
「説明好きって情報だからね、感心する振りすりゃ油断も誘えるってもんよ!」
小さくため息をついたドクが含み笑いを浮かべながら肩をすくめると、ヒロナは勝ち誇った表情で種を明かした。
「しまったー、ボク達は罠に嵌められた訳かー……なんてね!」
「【融解焼壁】!」
驚きの声を棒読みしたドクが弾丸状の空気を撃ち出す拳銃、ソニックトリガーをLab13から取り出して引金を引き、ヒロナは素早く鉈に意識を込める。
「なるほど……動くものに反応する炎で圧縮空気程度なら簡単に止められる、と。では、これでどうかな?」
「あまいんだよ!」
冷静に術式を分析したドクが薬品を撃ち出すショットガン型レールガン、リニアショットTTRに持ち替えるが、撃ち出された薬品はヒロナに届く前に消滅した。
「ふむ……発動すると魔力を供給し続けて維持するのか……」
「ほらほら、どうした! 残り少ない得物で、あたいに勝てるかな!」
起動した片眼鏡型の立体映像、Tダイバースコープを見ながら感心するドクに、ヒロナは手にした鉈を前に向けながら挑発を始めた。
▼
「ここら辺でいいか……相曽実ミサヲ、あんたには死んでもらう!」
「やっぱり狙いは鋭時の命か! うちの大事な種を傷物にされちゃ困るんでね、さっさと決着を付けるぜ!」
廃ビルの並ぶ大通りの途中で足を止めたソラキが青いスーツの両袖に隠していた金属製のグローブを両手に装着し、攻撃の隙を窺っていたミサヲはソラキが構えを取るより早く喉元に狙いを定めてミセリコルデの引金を引いた。
「ふんっ! あの人間の心配より自分の心配をしたらどうだ?」
「タイプ雷獣が【耐雷防壁】持って来るとか、相当念入りな足止めだな!」
耐雷性能の低い部位を捕らえた電撃を受けても涼しい顔で立つソラキの仕掛けを見破ったミサヲは、呆れながら感心する。
「足止めだと? オレの狙いはあんたの命だと最初に言ったはずだ!」
「おっとっ!? なるほど、久しぶりに楽しめそうだねぇ!」
肩をすくめたソラキが素早く踏み込みながらパンチを繰り出し、紙一重で避けたミサヲは嬉しそうな表情でミセリコルデを構え直した。
▼
「もうすぐ【遺跡】ですね、これ以上は危険です」
「じゃあここらでいいかな?」
【遺跡】の境界近くまで歩いて来たシアラが足を止め、少しずつ歩みを遅らせてシアラの後ろに立っていたシュウゴも立ち止まって懐に手を入れる。
「やっぱり狙いは教授の命ですねっ! 【反響索敵】!」
背後の殺気に気付いて振り向いたシアラは、着物の袖からウサギのぬいぐるみを取り出して術式を発動した。
「あまいよ、【魔核起動】!」
「わわ、服がっ!? そのゴーレムにもマジックキャンセラーが!?」
全身の関節を圧縮空気に覆われたシュウゴが涼しい顔でゴーレムを起動した瞬間シアラの着物が崩れ落ちて黒い水着のようなインナーが覗き、シアラは慌てて胸を手で覆いながらゴーレムの機能を推測する。
「あのゴーレムを参考にしたんだ。足1本動かせない木偶の坊でもキャンセラーの出力は最大まで上げてるから、ねーちゃんは近付くだけで文字通り丸裸って訳さ」
「教授のために着て来たのが、こんな形で役立つなんてっ……」
肩を軽く回したシュウゴが得意満面の笑みを浮かべ、シアラは両脚を付けながら少しずつ後ろに下がった。
「安心していいよ。おいらはねーちゃんの裸なんか見ても、全然嬉しくないから。それより早く終わらせて、ドーチンが人間殺すとこ見たいんだよ」
「えっ!?」
退屈そうにため息をついたシュウゴの言葉を聞いたシアラは、自分の耳を疑って息を飲む。
「そうだ! ねーちゃんの死体を見せたら、あの人間はどんな顔するかな?」
「なんですってっ!?……そんな事……!」
残忍な笑みを浮かべたシュウゴは懐に手を入れ、腰に手を伸ばしてぬいぐるみが無い事に気付いたシアラは血の気が引いた顔で周囲を見回す。
「いい顔になったじゃないか。出来ればその顔のまま死んでくれないかな?」
感情を昂らせたシュウゴは肩で笑い、懐から取り出した拳銃をシアラに向けた。
「へへっ、ここまで来ればジャマが入んないナ」
「やっぱり狙いは俺の命か? はいそうですかって渡せないけどさ」
廃ビルの間にある小さな公園跡に入って周囲を見回したドウシュウがパーカーの内側に手を入れ、鋭時もスーツの右袖からアーカイブロッドを取り出す。
「こっちもすんなり聞くとは思ってないゼ」
「話が早いなっ! 【反響……」
歯茎を見せながら振り向いたドウシュウがパーカーに隠した鎖を取り出すが、鋭時は既に術式を発動する寸前であった。
「もらっタ!」
「しまっ!? アーカイブロッドが!」
だが次の瞬間、ドウシュウの鎖がアーカイブロッドに絡み付いて集中の途切れた鋭時は思わずアーカイブロッドから手を離す。
「上手くいったゼ! テメエの得物はあの杖だけだって情報掴んでんだヨ」
「おいおい、マジかよ……!」
鎖を振り上げてアーカイブロッドを後方に放り投げたドウシュウが余裕に歪んだ笑みを浮かべ、鋭時は空になった右手を見ながら言葉を失った。
「【水流操作】!」
「ちっ! しまっ!?」
手早く術式を発動したドウシュウの振り払う鎖を躱した鋭時だが、鎖は意志を持ったかのように軌道を変えて鋭時の頭を打ち据える。
「自慢の反射神経もこいつの前では役立たずのようだナ!」
「くっ、【圧縮空壁】!」
手応えを感じたドウシュウが鎖を手元に戻し、鋭時は距離を取りつつネクタイに意識を集中して防御術式を発動した。
「ハハッ! 簡単に終わったらつまんねエ、楽しませてもらうゼ!」
「いやはや……マジでまいったな……」
歯を剥き出して笑ったドウシュウが鎖を地面に打ち付けながら歩き出し、鋭時は両手を胸元に引き寄せながら慎重に後ずさりする。
(【圧縮空壁】もいつまで持つか分かんねえ……打開策を見付けないと……)
ネクタイを僅かに緩めて組み込んでいる術式を意識した鋭時は、遥か先にあるアーカイブロッドに目を向けながら考えを巡らせ始めた。