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[R-15]ステ=イション祟紡侖~異界の住民が地球に転移してから200年、人間は希少生物になってました~  作者: しるべ雅キ
蠢く悪意

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第55話【万全の準備】

ドクが鋭時(えいじ)の記憶を戻す手掛かりを持ち込み、

シアラ達居合わせた女性陣全員が希望に胸を膨らませた。

【IDカードを認証しました。ようこそ燈川鋭時さん】

 凍鴉楼(とうあろう)地下訓練室に設置された訓練装置、DD(ディバイ)ゲートの起動と同時に黒い帽子とローブを身に着けた少女の立体映像が字幕と共に姿を現す。

「今日もよろしく頼んだぜ、だーくめさん」

 スーツの胸ポケットに入れたIDカードに目を向けた鋭時(えいじ)はステ=イション管理AIのインターフェース、DMCCC(ディーエムシースリー)に微笑み掛けてDD(ディバイ)ゲートの操作を始めた。


「前から思ってましたけど……だーくめさんを見てる時の教授って顔が活き活きとしてますよねぇ……」

「そうか?……相手が人間じゃねえからかな……?」

 不思議そうな顔で眺めて来たシアラに、鋭時(えいじ)は曖昧に返事をする。

「ほえ? どういうことです?」

「ん? 相手がAIなら、言葉足らずでも傷付けないからな」

 返って来た言葉を理解出来なかったシアラが小首を傾げ、複雑な笑みを浮かべた鋭時(えいじ)が頭を掻きながら理由を説明した。


「相変わらず教授の気遣いは不器用ですねっ。わたしはてっきり、だーくめさんが教授の好みなんだと思ってましたよっ」

「そんな訳無いだろ、AIなんだし。ヨシ、DD(ディバイ)ゲート起動だ」

 納得しながら悪戯じみた笑みを浮かべたシアラの言葉に吹き出しかけた鋭時(えいじ)は、軽く首を横に振ってからDD(ディバイ)ゲートの操作を終える。

「ありがとうございますっ、教授っ! では、また後でっ!」

「これくらいお安い御用だ、また後でな」

 既に慣れた夢の中へと向かう感覚の中でシアラが満面の笑みを浮かべながら手を振り、軽く微笑んだ鋭時(えいじ)も手を振って返しながら夢の中へと移動した。



「毎朝来てるからこそ、慣れない部分はあるよな~」

 夢の中の訓練場に到着した鋭時(えいじ)は、スタート地点の大鳥居を見上げながら複雑な表情で呟く。

(いる時間は(こっち)が少ないけど、頭の中身はダンチで多いからな……記憶が戻ったら時間をあいつに使ってやらないとな……っと)

 考え事をしながら再開発区の中を歩いていた鋭時(えいじ)だが、唐突に足を止めて前方に注意を向けた。



「そろそろ【遺跡】か……気を引き締めないと」

 【遺跡】と再開発区とを隔てる車止めの柵を確認した鋭時(えいじ)は、右腕を軽く振ってスーツの袖からアーカイブロッドを取り出した。



「さて、と……ここら辺でいいかな?」

 【遺跡】に入った鋭時(えいじ)は、万一の際の退避経路を確認しつつ手にしたアーカイブロッドに意識を傾ける。

「よーっし……こっちの【反響索敵(エコーサーチャー)】」

 組み上げた術式を保存したフォルダに意識を集中した鋭時(えいじ)は、更新日が最も古い索敵術式を見付け出して発動した。


(最初に作った【反響索敵(エコーサーチャー)】を取って置いて正解だったぜ、本物の【遺跡】で使う訳には行かないけどさ)

「……っと、見付けたぜ。それじゃ特別訓練に付き合ってもらうか」

 超音波の反響を分析した鋭時(えいじ)は、アーカイブロッドを構えながら慎重に目の前の廃ビルへと歩みを進めた。



『ギギー!』

「さすがに速いな、余裕で(かわ)せる」

 侵入者に気が付いたK型ZK(ズィーク)が鉤爪を振り上げながら飛び掛かるが、拒絶回避に体を預けた鋭時(えいじ)は無駄の無い動きで回避する。

『ギ?』

「こっちだ!【圧縮空棍(エアロッド)】!【瞬間凍結(フラッシュフリーズ)】!」

 目の前にいたはずの標的を見失ったK型ZK(ズィーク)が周囲を見回した瞬間、死角に回り込んでいた鋭時(えいじ)がアーカイブロッドの先端から釣竿のようなロッドを伸ばしてK型ZK(ズィーク)を凍らせた。


「見え見えだ!」

『ギアッ!?』

 伸ばしたロッドを素早く手元へと戻した鋭時(えいじ)は、背後から飛び掛かろうとバネを溜めていた別のK型ZK(ズィーク)目掛けてロッドを伸ばす。

「もういっちょ!」

『ギェ!?』

 再度手元にロッドを戻した鋭時(えいじ)がバネ状の脚を縮めたまま凍り付いたK型ZK(ズィーク)の後ろに隠れていた影にロッドを伸ばし、3体目のK型ZK(ズィーク)も脚のバネを縮めたまま凍り付いた。


(どんなに速くても【圧縮空棍(エアロッド)】の軌道を避けるのは難しいらしいな……こいつは明日の参考になるか?)

 縄張り全てのK型ZK(ズィーク)を凍結させた鋭時(えいじ)は、釣竿型ロッドの術式を解除してからアーカイブロッドを床に立てる。

「【共振衝撃(レゾナンスショック)】!……ま、こんなもんか」

 術式発動と同時に凍り付いた3体のZK(ズィーク)が粉々に砕け散り、緊張を解いた鋭時(えいじ)はひと息ついてから床に散らばった【破威石(はいせき)】を拾い始めた。



「【反響索敵(エコーサーチャー)】……今度はL型が4体か、ならば……」

 【破威石(はいせき)】を拾い終えて別の廃ビル近くに移動した鋭時(えいじ)は、索敵術式で見付けたZK(ズィーク)の数を確認してから廃ビルの通用口へと入った。


「ここからなら確実か?【知覚反射(ミラーマインド)】」

『ギ……?』

 術式を発動して物陰から出て来た鋭時(えいじ)に気付いたL型ZK(ズィーク)だが、鋭時(えいじ)を人間だと認識せずに素通りする。

(機械刀炎斬(エンザン)、起動!)

『ギ……?』

 壁に背を付けた鋭時(えいじ)がアーカイブロッドに仕込んだ機械刀炎斬(エンザン)を起動してL型ZK(ズィーク)の背後に近付くが、背後の気配の変化に気付いたL型ZK(ズィーク)が突然振り向いた。


『ギギッ!?』

「げっ!? もう見付かったのか、よ!」

 背後にいる人間に気付いたL型ZK(ズィーク)が慌てて槍型外殻を振り上げ、術式の効果が切れた事を理解した鋭時(えいじ) は驚きながらも反射的に機械刀炎斬(エンザン)を振り下ろす。

『ギァッ!』

「やっぱり他の奴等にも気付かれるよな……」

 外殻ごと動力核を溶断されたL型ZK(ズィーク)が槍型外殻を振り下ろす前に崩れ去るが、鋭時(えいじ)は周囲から迫って来る足音に耳を澄ませて苦い顔を浮かべた。


「こうなりゃまとめて叩っ切ってやる!」

 立て直す時間が無いと判断した鋭時(えいじ)は、鞘に当たるアーカイブロッドをベルトに挿してから機械刀炎斬(エンザン)を両手で握り締める。


『ギギッ!?』

 先頭のL型ZK(ズィーク)が突いて来た槍型外殻に向かって踏み込みながら(かわ)した鋭時(えいじ)は、そのまま炎斬(エンザン)を逆袈裟に振り上げてZK(ズィーク)の胸部から上を溶断して撥ね飛ばす。


『ギエッ!』

 続くL型ZK(ズィーク)が横に薙ぎ払った槍型外殻を半歩下がって(かわ)した鋭時(えいじ)は、(かかと)で床を蹴って前方に踏み込むと同時に振り上げた炎斬(エンザン)を振り下ろして縦半分に両断する。


『ギグァ!』

 最後に残ったL型ZK(ズィーク)が槍型外殻を振り下ろすが、振り払った炎斬(エンザン)で槍型外殻を切り落とした鋭時(えいじ)ZK(ズィーク)の脇をすり抜けて背後から胸部動力核を突き刺した。



「とんだ大立ち回りになっちまったな、さしずめバーストモードってか……」

(この間は上手く行ったけど、【知覚反射(ミラーマインド)】の消費魔力式を(おれ)の魔力に設定したら数秒が限界みたいだな……)

 肩で大きく息をしながら使用した術式の弱点を分析した鋭時(えいじ)は、蝋燭の火を消すように炎斬(エンザン)を振って炎の刃を消す。

「効果は抜群だが、使いどころは考えないとな……」

 刀を鞘に納めるようにアーカイブロッドを戻した鋭時(えいじ)が挿していたベルトからアーカイブロッドを取り出し、スーツの袖に戻してから慎重に周囲を見回した。



「まずは無事終了、っと。こいつをあと99周続けりゃ、どんな素早いジゅう人も止まって見えるようになるだろ」

 【破威石(はいせき)】を大鳥居に納めた鋭時(えいじ)が残りの回数を確認し、取り出したアーカイブロッドで数度肩を軽く叩いてから夢の中に広がる【遺跡】に向かって歩き出した。



「今朝の訓練も無事終了、っと」

「お疲れさまですっ、教授っ! 調子はどうでしたかっ?」

 DD(ディバイ)ゲートでの訓練を終えて伸びをした鋭時(えいじ)に、シアラが拒絶回避の暴発しないギリギリの距離まで近付いて見上げるように覗き込む。

「ああ、絶好調だ。どんなジゅう人が来ても(おく)れは取らないぜ」

「さすがは教授ですっ! わたしもがんばりますねっ!」

 無意識に半歩下がって踏み止まった鋭時(えいじ)が自信に満ちた微笑みを返すと、僅かに頬を赤らめたシアラが丸い目を大きく見開いてから頷いた。


「おいおい、(おれ)はシアラに負担を掛けないよう訓練を重ねてんだぜ? 嬉しいけど無理だけはしないでくれよ」

「わかってますよぉ……でも、いよいよ教授の記憶が戻るんですねっ!」

 困惑した様子で頭を掻いた鋭時(えいじ)が優しく微笑み、シアラは恥ずかしそうに(うつむ)いてから顔を上げて満面の笑みを浮かべる。

「まだ手掛かりの可能性、って段階だけどな」

「でも今までよりは進展してますよっ! ミサちゃんを待たせるのも悪いですし、そろそろ行きましょうかっ!」

 確証が無く視線を上に逸らした鋭時(えいじ)が手持無沙汰に頭を掻くが、シアラは期待に満ちた微笑みを浮かべたまま頷いてから訓練所の扉を指差した。



「お待たせしました、ミサヲさん」

「やっほーっ、ミサちゃんっ!」

「2人ともお疲れ……いい顔になったな、鋭時(えいじ)

 凍鴉楼(とうあろう)の正面玄関へと移動した鋭時(えいじ)とシアラがミサヲと合流し、ミサヲは優しく目を細めながら鋭時(えいじ)を見詰める。

「ははっ……ミサヲさんまでそんな……取り敢えず行きましょうか?」

「そうだな……いよいよ明日なんだし、絶対に手掛かりを掴むぞ!」

「わっかりましたーっ!」

 困惑して照れ笑いを返した鋭時(えいじ)が出口の自動ドアを指差し、軽く頷いたミサヲが掛けた号令を合図に跳び出したシアラを先頭に一行は【遺跡】へと出発した。



「【反響索敵(エコーサーチャー)】……近くにはいないみたいですね……」

「ここら辺は駆除し尽くしたかもな……場所を変えるとするか」

 さしたる障害も無く【遺跡】に入り込んだ一行の先頭に立ったシアラがウサギのぬいぐるみを手に首を横に振り、周囲を見回したミサヲが移動を決定する。

「はーいっ!」

「探してる時は何か思い出せそうな感覚すら無いな……記憶を失う前はどうやって探してたんだ?」

「どうした鋭時(えいじ)? 調子でも悪いのか?」

「いえ、何でもありません。すぐ行きましょう」

 弾むような声を返したシアラの後ろ姿を眺めていた鋭時(えいじ)が首を傾げながら呟き、心配するミサヲの声で我に返って首を激しく横に振ってから歩みを速めた。



「このビルになら居そうだな……」

「おまかせくださいっ!」

 原形を留めた廃ビルを見上げつつ含み笑いを浮かべたミサヲに同意したシアラがウサギのぬいぐるみを手にするが、後ろから鋭時(えいじ)が声を掛けて止める。

「なあ、シアラ。そろそろ例の術式を試してみないか?」

「そうですねっ、せっかく作ったんですからっ!」

 周囲を念入りに見回した鋭時(えいじ)が新たな術式の使用を提案すると、シアラは大きく頷いてウサギのぬいぐるみに組み込んでいる術式の確認を始めた。


「お? 何か新しい術式でも考えたのか?」

「いや、まさか……改良した【反響索敵(エコーサーチャー)】ですよ」

 2人の会話に興味を持って話し掛けたミサヲに、鋭時(えいじ)は複雑な笑みを返しながら肩をすくめる。

「へぇ……今度はどんな仕掛けを作ったんだい?」

「今回は識別式を改良しましたっ!」

 肩透かしを食らった表情を浮かべたミサヲが同時に改良した内容に興味を持って尋ね、即座にシアラが得意満面の表情で回答した。


「識別式? 確か人間とジゅう人以外を見付けたら動きを鈍らせるっていう?」

「ええ。最初はZK(ズィーク)だけ識別してましたが、ゴーレムやロボットも相手するようになって改良を重ねただけですけどね」

 シアラの回答に首を傾げたミサヲに、鋭時(えいじ)は軽く頷きながら索敵術式を改良した経緯を説明する。

「でも今回はジゅう人が相手だぜ? 識別式をどうしたんだい?」

(おれ)達3人とドク、あとヒラネさんとセイハさんを除く生物全てを鈍くするように改良しましたよ」

 改良の意図を理解しながらも手段が思い付かないミサヲが再度尋ねると、鋭時(えいじ)は気まずそうに頭を掻きながら改良部分を説明した。


「そりゃまた随分と思い切った改造したな!」

「なのでミサヲさん。申し訳ないけど、この術式は秘密にしてもらえますか?」

 半ば呆れた様子で感心するミサヲに複雑な笑みを返した鋭時(えいじ)が、人差し指を口に当てて片目を(つむ)る。

「分かった……【反響索敵(エコーサーチャー)】は誰かひとりが使えば効果あるから、シアラか鋭時(えいじ)のどちらかが使えばいいだけだ」

「ありがとうございますっ、ミサちゃんっ!」

 静かに頷いたミサヲが頭を掻きながら術式の使用を認め、満面の笑みを浮かべて礼を述べたシアラが腰のぬいぐるみをネコからウサギに取り換えた。



「いきますよー、【反響索敵(エコーサーチャー)】」

「お、来たか……今回はL型が3体か」

 メイド姿に変わって頭部の術式アンテナ、リサーチャーブリムに意識を集中して発動したシアラの術式の結果を受け取った鋭時(えいじ)は、渋い表情で小さく呟く。

「どうする鋭時(えいじ)? 大事を取って引き返すか?」

「いやまさか……明日の前哨戦には物足りないかと」

「そんな事ありませんよっ! これは本番のための本番ですからっ!」

 悪戯じみた笑みを浮かべながら撤収を提案するミサヲに鋭時(えいじ)は愛想笑いを返し、シアラは大きく首を横に振ってから廃ビルの方へ顔を向けた。


「おーいシアラさん、それは明日の情報次第だからねー……」

「えへへ……そうでしたねっ」

 呆れた様子で釘を刺した鋭時(えいじ)に、シアラはゆっくりと振り向きながらぎこちなく微笑む。

「しっかりしてくれよ。記憶が戻った時にシアラがいないと意味無いんだからさ」

「ほえ? それって……!?」

 気まずそうに頭を掻いた鋭時(えいじ)が小さく呟き、シアラは不意に聞こえて来た鋭時(えいじ)の言葉に驚いて顔を赤らめた。


「そこまでだ、2人とも気が抜けてんぞ。まずは今日の駆除に集中だ」

「え? ああ、すいません。今の(おれ)の役割はZK(ズィーク)の駆除だ……最後の油断で足元を掬われるなんて勘弁だぜ」

 小さくため息をついたミサヲの声で我に返った鋭時(えいじ)は、軽く頭を下げてから固く握った拳を見詰める。

「その意気だ。L型は槍状の外殻はもちろん、図体の割に素早いのも要注意だぞ」

「わかりましたっ! 割り振りはどうしましょうかっ?」

 安堵しながら頭を掻いたミサヲが大きく頷き、鋭時(えいじ)に遅れて我に返ったシアラが鼻息荒く作戦を尋ねた。


「そうだな……鋭時(えいじ)は奥にいる奴を、あたしとシアラが手前の奴等を駆除するか」

「もしもの時でも教授を助けられるようにですねっ!」

 共有する索敵結果を確認したミサヲが簡単な作戦を立て、シアラも大きく頷いて作戦に同意する。

「気を悪くするなよ。これも鋭時(えいじ)を大切に思っての事なんだ」

「分かってますよ。(おれ)は誰より弱いけど、弱いだけじゃない事は証明しますから」

「よし分かった。それじゃ、持ち場に急ぐぞ」

 愛想笑いを浮かべたミサヲに鋭時(えいじ)が余裕の笑みを浮かべて頷きを返し、ミサヲは優しく頷いてから廃ビルに向かって行った。



「向こうから来るなんてちょうどいいな……」

 廃ビルの廊下にある物陰で担当するL型ZK(ズィーク)の接近を確認したミサヲは手にした放電銃、ミセリコルデの槓桿(こうかん)を引いて戻す。

(早く終わらせて鋭時(えいじ)のサポートに回らないと……)

「あたしもヤキが回ったかね……行くよ!」

『ギギッ!?』

 突然頭に浮かんだ青年の顔に小さくため息をついたミサヲが物陰から飛び出し、廊下を歩いていたL型ZK(ズィーク)は慌てるような音を立てながら槍型外殻を振り上げた。


『ギアッ!』

 L型ZK(ズィーク)が槍型の外殻を振り下ろす前に懐へと踏み込んだミサヲが急所に狙いを定めてミセリコルデの引金を引き、L型ZK(ズィーク)は悲鳴のような音と共に崩れ落ちる。

「無事終了っと。(えい)……シアラは!?……大丈夫だな。【破威石(はいせき)】拾い終わったらハグしてやるか」

 周囲の安全を確認したミサヲがひと呼吸置いてから索敵術式の追尾機能に意識を集中し、安堵のため息をついてから駆除したZK(ズィーク)の散った辺りを見回した。



「そろそろですね……【空間観測(エリアグラスパー)】」

 L型ZK(ズィーク)が部屋を順に回っている事を確認したシアラは、リサーチャーブリムに意識を集中して細かなデータを得られる術式を発動する。

「【気流裂刃(クレイストリーム)】!」

『ギエッ!?』

 L型ZK(ズィーク)が部屋に入った直後に躍り出たシアラが狙いを定めて高速回転する風の刃を投げ、風の刃が部屋の前まで飛ぶと同時に中から出て来たZK(ズィーク)の首に当たって外殻ごと頸部バイパスを破壊した。


「教授はっ!?……大丈夫のようですねっ!」

 ZK(ズィーク)の駆除を確認したシアラは追尾機能へと意識を向け、鋭時(えいじ)の無事を確認して安堵のため息をつく。

「みなさん回収を急いでくださいっ! 教授の勇姿を見に行きますよっ!」

 メイド服をたくし上げたシアラがネコ、ヘビ、ヒツジのぬいぐるみを取り出し、それぞれのぬいぐるみに魔力を流して床に散らばった【破威石(はいせき)】の回収を始めた。



「【知覚反射(ミラーマインド)】」

『ギ?』

 奥にある階段周辺を歩くL型ZK(ズィーク)を確認した鋭時(えいじ)が術式を発動しながら近寄り、鋭時(えいじ)ZK(ズィーク)と認識したL型ZK(ズィーク)は警戒を解いたまま歩き回る。


『ギギッ!?』

「【氷結晶壁(アイスウォール)】」

 効果が切れると同時に人間の侵入に気付いたL型ZK(ズィーク)が警戒音を出すが、鋭時(えいじ)は落ち着いて足元から氷の壁を出現させる。


『ギェァーッ!』

(機械刀炎斬(エンザン)、起動!)

 叫び声のような音と共に突き出したL型ZK(ズィーク)の槍型外殻が氷の壁を貫くが、身を(かが)めて槍型外殻を(かわ)した鋭時(えいじ)は起動した機械刀炎斬(エンザン)を氷の壁に突き刺す。


『ギエッ!?』

「ま、最後はこんなもんか……」

 氷の壁を貫いた炎の刃はL型ZK(ズィーク)の胸部動力核をも貫き、手応えを感じた鋭時(えいじ)は僅かに緊張を解いて機械刀炎斬(エンザン)をアーカイブロッドに戻した。


(いや、明日の手掛かり次第だ。気を抜くのは早過ぎる……)

「さて……【破威石(はいせき)】拾いながら待つか……【反響索敵(エコーサーチャー)】」

 無意識に発した言葉から気の緩みを自覚した鋭時(えいじ)は静かに首を横に振り、ZK(ズィーク)の崩れた位置に向かって素材の識別機能を付加した索敵術式を発動した。



「教授ーっ! ご無事でしたかーっ!」

「ああ、何事も無く終わったぜ……っと」

 しばらくしてシアラが弾むような声と共に鋭時(えいじ)に跳び掛かるが、鋭時(えいじ)は気さくに微笑みながら体の軸を逸らして跳んで来たシアラを(かわ)す。

「うわわぁ!?……とっと……いきなり避けないでくださいよぉ」

「しょうがないだろ……(おれ)の意思とは関係無しに動くんだから」

 抱き着こうと広げた両手が空を切ったまま着地したシアラが頬を膨らませて振り向くが、鋭時(えいじ)は頭を掻きながら小さくため息をついた。


「でも明日になればハグできるんですっ、あと少しの辛抱ですねっ!」

(おれ)の命が狙いならな……大体こんなのは九十里が半ばなんだ、見通しなんて立つ訳が無い」

 空を切った両手で抱き着く仕草をしたシアラが期待に満ちた笑みを浮かべるが、静かに首を横に振った鋭時(えいじ)(うつむ)いて小さく呟く。

「逆に言えば、手掛かりさえ見つかれば教授の記憶はすぐ戻るんですねっ!」

「大事な記憶は纏めて全部戻るだろうぜ、確信は無いけどな……」

 尚も期待に満ちた笑みを崩さないシアラに毒気を抜かれた鋭時(えいじ)は、複雑な表情で頭を掻きながら小さく頷いた。


「きっと本当ですよっ、教授の言葉なら信じられますっ!」

「いや待て、色々と待て。そんな理由でいいのかよ……」

「もちろんですっ! 教授とはたくさん約束しましたからっ!」

 期待に満ちた瞳を向けて来たシアラに鋭時(えいじ)は呆れた様子で聞き返すが、シアラは大きく頷いてから満面の笑みを浮かべる。

「そういう事かよ、まあ好きに……っ! 今さらだな」

「はいっ! いまさらですねっ!……うわわっ!?」

 観念して呟く途中で吹き出した鋭時(えいじ)に釣られてシアラも微笑むが、突然体が宙に浮いて大声を上げた。


「無事だったかシアラ!」

「むぎゅぎゅ……ぷはっ!……わぷっ!?」

 後ろから抱き着いて来たミサヲの豊満な胸の谷間に顔を埋めたシアラはどうにか顔を出すが、再度ミサヲの谷間に埋もれる。

「やっぱりシアラを抱くと落ち着くな~」

「ミサヲさんは……スキンシップは程々にしてくださいよ」

 しばらくシアラの頭を谷間に挟んで深呼吸したミサヲが満足した表情を浮かべ、自然と向かってしまう視線をどうにか逸らした鋭時(えいじ)は小さくため息をついた。


「固い事言うなよ、明日からは鋭時(えいじ)が抱くんだからさ」

「ちょっ!? 何言ってんですか、ミサヲさん!」

 シアラの頭を軽く撫でて悪戯じみた笑みを浮かべたミサヲに、鋭時(えいじ)は声を裏返して両手のひらを向ける。

「でも偽研修生を締め上げれば記憶が戻るんだろ?」

「思い出すと決まった訳では……それに【反響索敵(エコーサーチャー)】を使うタイミングも……」

 一瞬で真顔に戻ったミサヲが余裕の笑みを返すが、鋭時(えいじ)(うつむ)いてスーツの右袖に目を落とした。


「確かにあれを出合い頭に使う訳にはいかねえもんな」

「そのためにZK(ズィーク)の素早さで目と体を慣れさせて来たんですねっ!」

 複雑な表情で頭を掻くミサヲの隙を突いて谷間の抱擁から脱したシアラが、目を輝かせて鋭時(えいじ)を見詰める。

「なるほど……準備は万全って訳だな」

「どんなジゅう人が来ても(おく)れは取らないつもりだ」

 慎重にシアラを降ろしたミサヲが腕を組んで大きく頷き、鋭時(えいじ)も慎重な面持ちで頷きを返した。


「さすがは教授ですっ! 明日は絶対にみなさんと繁殖しましょうねっ!」

「ああ……お手柔らかに頼むよ。戻った記憶にあるのか分からんけどな……」

 感極まって近付いて来たシアラに曖昧に返事をした鋭時(えいじ)は、恥ずかしそうに頭を掻きながら小さくため息をつく。

「細かい事は気にすんなよ、大事なのは知識より体なんだからさ」

「そうですよっ! 心の優しい教授なんですっ、きっと体も優しく包んでくれるに違いありませんっ!」

 豪快に笑い飛ばしたミサヲが力こぶを作る仕草をしながら片目を(つむ)り、同意して大きく頷いたシアラも目を閉じて自分を抱きしめるように両腕を交差した。


「買い被り過ぎだ……(おれ)は人間を……」

「難しい顔しても始まんねえだろ、明日に備えるのが今の鋭時(えいじ)の役目だぜ」

 静かに首を横に振って(うつむ)いた鋭時(えいじ)に気付いたミサヲは、気を紛らせるように頭を掻いてから優しく微笑み掛ける。

「ミサちゃんの言う通りですっ! 今日は帰ってゆっくり休みましょうっ!」

「だから引っ張るなよ……」

「いいじゃねえか、減るもんじゃないんだし」

 ミサヲに同調して頷いたシアラは鋭時(えいじ)のスーツの袖を掴み、一行は戸惑う鋭時(えいじ)を挟む形で居住区に向かって歩き出した。



【ようこそ換金所へ、破威石はこちらにどうぞ】

「それじゃあ2人の【破威石(はいせき)】もここに載せてくれ」

 少女の姿をしたDMCCC(ディーエムシースリー)が表示する字幕を確認したミサヲは、ATM型の換金装置の前に立ってから振り向く。

「分かりました」

「はーいっ! 教授っ、だーくめさんにまた会えましたねっ!」

 換金装置の台座に2人がそれぞれ【破威石(はいせき)】を置き、シアラが鋭時(えいじ)の横顔を眺めながら微笑み掛けた。


「あのな……そんなに嬉しそうな顔でもしてたのか、(おれ)?」

「はいっ! リラックスした優しいステキな顔してますっ!」

 小さくため息をついて肩をすくめた鋭時(えいじ)が自分の顔を軽く撫でながら聞き返し、シアラは笑顔で頷きを返す。

「素敵な顔、ね……」

「記憶が戻ったら、わたしたちにもステキな顔を向けてくださいねっ」

 複雑な表情を浮かべた鋭時(えいじ)が困惑しながら頭を掻くが、シアラは気にする様子も無く顔を近付けて満面の笑みを浮かべた。



「何かいい事でもあったか、シアラ? 明日はたっぷり可愛がってもらうんだぞ。ほい、今日の取り分だ」

「だからまだ戻ると決まった訳では……取り敢えずありがとうございます」

 換金を終えたミサヲが悪戯じみた笑顔で紙幣を差し出し、乾いた笑みを返した鋭時(えいじ)は慎重に紙幣を受け取る。

「ありがとうございますっ、ミサちゃんっ! 明日もがんばりましょうねっ!」

「おう、また明日な」

 鋭時(えいじ)に続いて紙幣を受け取ったシアラが決意に満ちた表情で頷き、ミサヲは軽く手を振ってから換金所を後にした。



「さて、(おれ)達はどうするかな?」

「では教授っ、あのお庭に行きましょうっ!」

 ミサヲを見送った鋭時(えいじ)がそのまま出口を眺めながら頭を掻くと、シアラは即座に行先を提案する。

「庭園型バルコニーか……DD(ディバイ)ゲートをクリア出来たのも、あそこでの話し合いが突破口になったんだよな」

「そうですっ! 明日の事もきっと素敵な考えが浮かびますよっ!」

 顎に手を当てて考え事を呟いた鋭時(えいじ)に、シアラは目を輝かせながら満面の笑みを浮かべた。


「ああ、ここが正念場だ。徹底的に準備をするぞ」

 スーツの右袖に目を向けてからシアラに頷き返した鋭時(えいじ)は、決意に満ちた表情で力強く足を踏み出して換金所を後にした。

執筆に使っているソフトが立ち上がらない障害が起きたので、

しばらく更新を休みます。

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