第53話【手探りの覚悟】
ヒラネとセイハと共にP型ZKの駆除に来た鋭時とシアラ、
各々が配置に付き、作戦開始を待つばかりであった。
「時間ね、【爆音閃光】!」
右目に表示された時計を確認したヒラネは手にした魔法杖、ツィガレッテロアに意識を集中してから廃校の校門に向けて術式を放つ。
『ギギ!?』
激しい光と共に響いた爆音から間を置かずに金属製の門扉が内側に開き、複数のZKが飛び出て来た。
『ギギギー!』
周囲を確認していたZKが物陰に隠れたヒラネを見つけ出し、互いに手で合図をしながらヒラネに向かって走り出す。
(釣れたのはK型2体にL型1体……後はよろしくね、セイちゃん)
駆け寄って来たZKの数と種類を確認したヒラネが潜行魔法に半身を隠しながら引き付けるように廃校から離れ、ヒラネを追ったZKの後ろ姿を確認したセイハが開いたままの校門から廃校へと入って行った。
▼
「さてさて、と……」
背負っていたクロスジャルナーを校庭に沿った柵の近くに突き立てたセイハは、門柱近くに移動してからスライム体を伸ばし出す。
『ギギギー!』
ロープのように伸ばしたスライム体を校門の周囲に張り巡らせたセイハが門柱の陰に身を潜めると同時に、3体のZKがヒラネを追ったZKに加勢すべく校舎から駆け出して来た。
「かかったな!」
『『ギギッ!?』』
増援のZK3体のうち2体が校門を出た瞬間にセイハがロープ状のスライム体を引いて校門を閉め、先に出ていた2体のZKは門扉とスライム体に挟まれ身動きが出来なくなる。
「お前はこっちだ!」
『ギッ!?』
閉じた門扉にぶつかって止まった最後尾のK型ZKを背後から掴んだセイハは、スライム体で作った大きな腕でK型ZKを持ち上げてから振り回して校庭沿いの柵目掛けて投げ飛ばす。
『ギャッ!?』
スライム体の剛腕によって投げ飛ばされたK型ZKはセイハが事前に突き立てたクロスジャルナーに頭部から突っ込み、金属板に当たって2つに割れた頭部が勢い余って柵の隙間から飛び出すと同時に動きを止めた。
「そらよ!」
『『ギギ!?』』
スライム体を緩ませて門扉を開けたセイハは空いた勢いで同時に中に入って来たK型ZKとL型ZKをロープ状のスライム体で弾き、即座に閉じた門にL型ZKを貼り付かせる。
「てりゃ!」
『ギャッ!』
スライム体の腕で手前に引き寄せたK型ZKを捻るように投げ倒したセイハは、跳び上がると同時に鞘から抜いた短刀、ヘルファランを倒れたK型ZKの胸に突き立てた。
『ギギー!』
「食らうか!」
K型ZKの駆除を確認した一瞬の隙を突きL型ZKが槍状外殻を振り下ろすが、セイハはスライム体で作った白いタキシードの袖で受け流しつつスライム体の腕で掴んだL型ZKを投げ飛ばす。
『ギギャギャー!?』
「【振動感知】……こっちはオッケーだな」
天高く投げ飛ばされ校門の上を飛び越えたL型ZKが頭から地面に突き刺さって崩れ落ち、術式を使ってZKの駆除と周囲の安全を確認したセイハは張り巡らせたロープ状のスライム体を全て自分の元へと回収した。
▼
『ギギッ! ギギギッ!?』
「ここならいいわね、【星流茉貼】」
見失ったヒラネを探し続ける3体のZKの様子を確認したヒラネは潜行魔法から跳び出し、小さな紙片をツィガレッテロアの先端から撃ち出して3体全てのZKの胸部に貼り付ける。
「【遮光暗幕】」
『『ギッ!? ギギッ!』』
物陰に移動して潜行魔法に隠れると同時にツィガレッテロアから発動した術式によってヒラネを中心に暗闇が広がり、日差しを遮られたZK達が周囲を見回しつつ一斉に警戒音を発する。
周囲が暗闇に覆われると同時に潜行魔法から顔を出したヒラネは手のひらで目を覆う仕草をし、ZKの胸部に貼り付いた紙片が特殊な魔力フィルターを通してのみ見える光を発している事を確認した。
「【冴伏灼刺】」
潜行魔法を使って別の物陰へと移動したヒラネが逆さにしたツィガレッテロアの柄を握って仕込み針を取り出しながら術式を発動させ、僅かな振動で大きく揺れる魔力の薄刃を仕込み針の周囲を覆うように作り出してから最も近くにいるK型ZK目掛けて走り出す。
『ギッ!?』
正面から走って来たヒラネに気付いたK型ZKが慌てて鉤爪の付いた右腕を振り上げるが、ヒラネはK型ZKが鉤爪を振り下ろすより早く胸部の光る紙片を目印に外殻の隙間へと滑り込ませるように魔力の薄刃を突き立てた。
『ギ?』
少し離れた場所にいたもう1体のK型ZKとL型ZKが仲間の胸部に魔力の刃を突き立てるヒラネに気付くが、潜行魔法に足だけを沈めたヒラネは刃を突き立てたK型ZKを引き摺りながら近くの物陰に隠れる。
『ギギ? ギッ!』
物陰から僅かに体を覗かせるK型ZKに2体のZKが近付いた瞬間、潜行魔法で背後に回っていたヒラネがL型ZKの胸部で光る紙片目掛けて刃を降ろす。
『ギァッ!?』
『ギギッ!?』
悲鳴のような奇妙な音をたてたL型ZKに気付いた残りのK型ZKが振り向いた瞬間に潜行魔法で素早く近付いたヒラネが胸部の光に刃を突き立て、胸部動力核を破壊された3体全てのZKは【破威石】を除いて跡形もなく消え去った。
▼
『ギギッ、ギギギー!』
「お願いしますっ、マハレタ!」
校舎の屋根に上っていたシアラは、仲間を呼ぶ声のような音を立てながら廃校の中庭を走り回る体を閉じたままのI型ZKを確認しつつヒツジのぬいぐるみを腰に付けて結界のドレスを身に纏う。
「【糾引環穽】!」
ドレスの右袖を捲ったシアラは隠し手甲、トリニティシェードの内側に仕込んだ腕輪型術具、レストリクシオンに唇を付けてから術式を発動し、光を吸い込む程に圧縮された闇が佇む小さな魔力の輪を手のひらに作り出した。
『ギッ!?』
無言のままのシアラが意識を集中すると同時に闇の輪から飛び出した魔力の糸がI型ZKの首に巻き付き、I型ZKは衝撃波を繰り出す予備動作として体を左右に分ける事も出来ないまま輪に吸い込まれるように足が僅かに浮き上がる。
『ギッ!? ギッ!? ギッ!?』
「【空中浮揚】」
つま先立ちのまま魔力の糸から逃れようと抵抗するI型ZKを確認したシアラは闇の輪から魔力の糸をもう1本出し、糸を掴んで屋根から飛び降りながら発動した浮遊術式によりドレスの裾を翻しながら音も無く着地した。
「今ですっ!」
『ギギッ!?』
着地と同時にシアラは掴んだ糸に意識を集中し、吸い込む力が強まった闇の輪が首に巻き付いた魔力の糸を引いてI型ZKを宙へと吊り上げる。
『ギギッ!』
「解除っ!」
騒ぎに気付いて中庭に近付いたB型ZKが校舎の中から『火炎放尽』と呼ばれる火の玉をシアラ目掛けて放つが、攻撃に気付いたシアラは素早く術式を解除する。
『ギギャァア!?』
術式の解除と同時に落下したI型ZKに火の玉が当たり、盾にされたI型ZKが炎に包まれながら叫び声のような音を立てる。
『ギギッ!』
「【糾引環穽】!」
新たな火の玉を手に出現させたB型ZKに気付いたシアラは再度術式を発動し、作り出した闇の輪から伸ばした魔力の糸をB型ZKの手元へと飛ばす。
「させませんっ」
魔力の糸がB型ZKの手に絡まると同時にシアラは闇の輪から出したもう1本の魔力の糸を掴んで闇の輪を真上に投げ、B型ZKの手にあった火の玉は魔力の糸を伝って闇の輪へと吸い込まれた。
『ギギ!?』
「今ですっ!」
『グギェッ!?』
手元の炎が消え去り慌てるB型ZKを確認したシアラは再度手にした魔力の糸に意識を集中し、魔力の糸をB型ZKの首に巻き付けて闇の輪に引き上げさせる。
『グギゥッ!?』
「これで終わりですっ」
意識を集中したシアラにより吸引力を増した闇の輪が校舎から引き摺り出されて宙に吊るされたB型ZKを強引に折り畳むように吸い込んで消え去り、術式解除と同時に【破威石】がガラクタと共に虚空から落ちて来た。
「【空間観測】……教授は大丈夫のようですね、みなさんお願いしますっ!」
周囲の安全を確認しながらぬいぐるみをヒツジからウサギに取り換えたシアラが高精度の探索術式を発動し、安堵のため息をつきつつスカートの裾をたくし上げてネコ、ヘビ、ウサギのぬいぐるみを取り出し、慎重に【破威石】の回収を始めた。
▼
『ギギギー!……ギギ?』
原形を留めた教室の中、足の代わりに広がった8枚の花弁型外殻を揺らしながら戻らない仲間を気に掛けるように歩き回っていたP型ZKが廊下を歩くZKの影に気付いて教室を飛び出す。
『ギギッ!?』
「あれは【知覚反射】で化けた俺だ、悪いが仲間は誰も来ねえぜ」
追っていたはずのZKが廊下の角を曲がった瞬間に消えて驚くような音を発したP型ZK に対し、術式を解除して物陰から姿を現した鋭時が無駄と理解しながらも人類の言葉が通じない相手に種明かしをしながら姿を現した。
『グギィー!』
「お得意の催眠術は対策済みだ、効かねえよ」
言葉は通じなくとも騙された事は理解したのか激昂に似た音を立てたP型ZKが赤い目を妖しく光らせるが、鋭時は気にせずアーカイブロッドに意識を集中する。
『ギギィーッ!』
「させるか、【凍結捌華】!」
意識を集中し続けて術式の発動を終えた鋭時は、突き出した腕に並ぶ小さな孔を広げて毒ガスを出す予備動作をしたP型ZK目掛けて50本にも及ぶ竹籤のような細い氷の束を投げ付けた。
『ギッ!?』
飛んで来た氷の束に反応したP型ZKが咄嗟に花弁型外殻の全てを前方に向けて氷の束を全て弾くが、弾かれたはずの氷の束は花弁型外殻に貼り付いたまま下へと引いてP型ZKを廊下の床面に釘付けにする。
「【瞬間移動】……自慢の外殻もこうなりゃ形無しだな」
(機械刀炎斬、起動!)
続けて術式を発動した鋭時はP型ZKの背後に瞬間移動し、アーカイブロッドに仕込んだ機械刀炎斬を起動して出現した炎の刃を無防備となったP型ZKの襟首に当たる部分に突き刺した。
『グギゥ……』
「終わったか……早いとこ【破威石】とマテリアルスケイルを拾って戻るか」
頸部バイパスを破壊され呻き声のような音と共に崩れたP型ZKを確認してから機械刀炎斬を停止した鋭時は2本に分割したアーカイブロッドを元に戻し、周辺に落ちたガラクタと黒い結晶に意識を向けながら次の術式を発動する準備をした。
▼
「教授っ、ご無事でしたかっ!?」
「俺の担当はP型だったからな、事前に対策しとけば安全に駆除出来る。もちろん慢心はしないけどさ」
【破威石】回収を終えて校舎を出た辺りでメイド姿のシアラと合流した鋭時は、暗い屋内で慣れた目に刺さる昼の日差しに軽く目を細めてから心配そうに見詰めて来たシアラにスーツの右袖から取り出した銛の先端と釣り針を組み合わせた形状の首飾りを見せて優しく微笑む。
「さすがはラコちゃんですっ、きっと教授を優しくリードしてくれますねっ」
「それは……掃除屋の先輩として、って意味だよな?」
釣り針型の首飾りの送り主を思い出したシアラが大きく頷いてから満面の笑みを浮かべ、鋭時は頬を指で掻きながら慎重に聞き返した。
「とーぜん繁殖の話ですよっ! わたし、教授とみなさんがどんな夜を過ごすのか興味ありますっ!」
「いや待て、色々と待て……俺にこの手の記憶は無いけど、さすがに色々おかしくないか?」
満面の笑みを保ったまま大きく頷いたシアラが丸く大きな目を見開いて見上げるように鋭時に迫り、思わず身を仰け反らせた鋭時は額に手を当てながら静かに首を横に振る。
「ほえ? みなさん教授が好きなんですから、仲良くするのが当然ですよっ!」
「まあ、仲が悪いよりはいいけどさ……」
「じゃあみなさんとご一緒していいんですねっ! あ、もちろん教授が2人きりの方がいいと言うのでしたら結界魔法でしっかりバックアップしますよっ!」
一旦小首を傾げてからすぐに満面の笑みを浮かべて頷いたシアラに疲れた様子で鋭時が呟くと、シアラは目を輝かせながら鋭時の顔を見詰めてから恥じらうように目を細めつつ悪戯じみた笑みを浮かべた。
「繁殖は最重要かつ最優先事項って、そういう意味だったのかよ……」
「どうかしましたかっ、教授っ?」
以前に聞いたジゅう人の習性を思い出して深くため息をついた鋭時に、シアラが無邪気な笑顔を浮かべて見上げながら聞き返す。
「いや、何でもない。ただ、誰とどう接すればいいか考えちまってな……」
「そうですねぇ……例えばチセりんの尻尾はふかふかですから顔を埋めたら気持ちいいでしょうし、スズにゃんの尻尾も撫でると手触りがいいですよっ!」
静かに首を横に振った鋭時が頭を掻いて言葉を濁しつつ誤魔化すと、人差し指を口元に当ててしばらく考えたシアラが尻尾を【証】に持つジゅう人を例に挙げた。
「尻尾か……人間に尻尾は無いし、確かに少し興味あるかな?」
「でしたら教授っ、どんな尻尾がお好み……ですかっ……?」
鋭時の呟きに反応したシアラが腰にネコのぬいぐるみを付けて着物姿に変わると同時に収納術式から取り出した結界操作の出来る術具、メモリーズホイールを猫の尻尾のように変化させるが、途中で顔を赤らめながら俯いて口ごもる。
「俺が興味あるのは知的好奇心の方向だ。シアラを恥ずかしい思いをさせてまで、そんなのを付けて欲しいなんて思わないよ」
「は、恥ずかしいだなんて……そんな事は……!」
呆れた様子で興味を持った理由を説明した鋭時が極力優しい笑顔を浮かべると、顔を赤くしたままのシアラは両手を腰の後ろに当てながら再度口ごもった。
「それに……本当はシアラも尻尾、生えてるんだろ?」
「な、何を根拠にですかっ、教授っ!?」
軽く深呼吸してから真剣な表情で聞き返した鋭時に、シアラは両手で腰の後ろを押さえたまま目を泳がせる。
「初対面でシアラは他のタイプサキュバスと違って何も生えてないと言ったけど、警察行った時にドクが国内にいるタイプサキュバスはシアラだけって言ったろ? つまりシアラは自分以外と比べようが無いって訳さ」
「でもどうして、それだけで……」
顎に手を当てて上を向いた鋭時が遠慮交じりに推理を披露すると、シアラは腰の後ろを押さえる両手の力を弱めながら躊躇いがちに呟いた。
「そりゃ、しきりにそこを押さえてりゃな……」
「あはは……こんな形でバレちゃうなんて……隠すつもりは無かったんですけど、なかなか言い出せなくて……」
僅かに顔を赤らめながらシアラの両手がある位置を指摘した鋭時に複雑な笑みを返したシアラは、片手で腰の後ろを押さえながらもう片方の手で気まずそうに頬を指で掻く。
「考えてみりゃ俺に拒絶回避が無ければ説明も不要だったし、後から説明するのも少し違う話だものな……」
「でしたら教授っ、今ここで見てみますかっ?」
手持無沙汰気味に頭を掻いた鋭時が冷静に状況の分析を呟くと、大きく見開いた丸い目を輝かせたシアラが腰を突き出しながらフリルをあしらったドレスのような着物の裾を両手で掴んでゆっくりとたくし上げ始めた。
「おーいシアラさん、ここはまだ危険だからいったん落ち着こうね~」
「そうでしたねっ。日も高いですし、ステ=イションに帰ってからですっ!」
予想していたかのように小さくため息をついた鋭時が呆れた様子でシアラに声を掛け、裾から手を離したシアラは正面に向き直しつつ耳まで赤く染めた顔で何度も細かく頷く。
「いや、そうじゃ無くて……隠してるのは何か事情があるからだろ? 必要な時に理由を話してくれればいいよ」
「ありがとうございますっ! わたしっ、教授に出逢えて最高に幸せですっ!」
「どうしてそこで幸せなんだよ……いや、初めて知り合った時からそうだったし、今さらだよな……そろそろ戻るか」
静かに首を横に振ってから頭を掻いた鋭時にシアラが満面の笑みを返し、呆れて疑問を呟きながらもひとり納得した鋭時は小さくため息をついてから駆除終了後の合流地点に向かって歩き出した。
▼
「よぉ王子様、シアラも無事だったか?」
「ええ、おかげさまでね」
既に合流地点に到着していたセイハが鋭時とシアラに気付いて自分の手を振り、鋭時もスーツの右袖から釣り針型の首飾りを取り出しながら右手を振って返す。
「それはよかったわ、術師冥利に尽きるわね」
「おっと!? ヒラ姉も戻ってたのか……ところで、王子様とシアラはどんな話をしてたんだい?」
潜行魔法から突然姿を現したヒラネに大袈裟に驚いたセイハは、誤魔化すように鋭時とシアラに話題を振った。
「それはもちろん、繁殖についてですっ!」
「おーいシアラさん、少し省略し過ぎだぞ~……とは言え、嘘と言えない辺りが、何ともね……」
自信に満ちた表情で鼻息荒く答えたシアラを見た鋭時が苦言を呈そうとするが、途中で声のトーンを落としながら言葉を濁らせる。
「あら? えーじ君は繁殖に抵抗があるのかしら?」
「記憶の限りでは、俺が人前で話題にする事は許されなかったんで……」
潜行魔法に入りながら軽く前に屈んだヒラネが見上げるように尋ねると、鋭時は気まずそうに頭を掻きながら人間の中における自分の立場を説明した。
「ふーん、人間って変わってるんだな。アタシは王子様がどういう繁殖したいのか聞きたいぜ?」
「今はもうセイハさんの言う通りなのかもな……記憶が戻って考えが纏まったら、みんなと話してみようか」
スライム体で作った巨大な手を頭の後ろで組んだセイハの悪戯じみた笑みに軽く頷き返した鋭時は、気恥ずかしそうに鼻の頭を指で掻いて自分を見詰める女性陣の顔を見渡した。
「ほえ? わたしは嬉しいですけど、突然どうしたんですかっ、教授っ?」
「さっきは色々あって言いそびれたけど、俺は記憶が戻った後もステ=イションに住み続ける事にしたんだ」
嬉しさの余り跳び上がろうとする脚のバネを堪えたシアラが慎重に真意を尋ね、期待と疑問に溢れたシアラの瞳から逃れてひと呼吸置いた鋭時が気恥ずかしそうに頭を掻きながら自身の決意を答えた。
「本当ですかっ、教授っ!?」
「そりゃまあ今さらかも知れないけど、ようやく決心が纏まったんだ」
鋭時の返答を合図に脚のバネを解放したシアラが小躍りして喜び、複雑な笑みを浮かべた鋭時は次第に笑みを決意に満ちたものへと変える。
「よかったな、シアラ!」
「はいっ、スズにゃんやチセりんにも話しますっ! きっと大喜びしますよっ!」
喜びを全く隠す様子も無く微笑んだセイハがシアラの頭を撫で、シアラは満面の笑みを浮かべながら大きく頷いた。
「スズナちゃんかぁ……」
「どうしたんですか、ヒラネさん?」
互いに笑い合うセイハとシアラを眺めていたヒラネが不意に遠い目をして呟き、ヒラネの呟きに気付いた鋭時が心配そうに声を掛ける。
「何でもないわ……えーじ君、いい機会だからウラちゃん……いえ、妹緒ウラホについて聞いてもらえるかしら?」
「ヒラ姉!? ウラ姉はもうアタシ達の敵じゃないかよ!」
慌てて笑顔を繕い問題の無い事を強調したヒラネがしばし考え込んでから神妙な顔付きでかつての仲間の名前を出し、慌てたセイハが大声で言葉を遮ろうとした。
「待ってくれ、セイハさん! その……ウラホって人はヒラネさんやセイハさんの仲間だったんだろ?」
「えーじ君の言う通りよ、ウラちゃんは乙鳥商店でセイちゃんやワタシとチームを組んでた掃除屋なの」
セイハの声を遮るように慌てて声を挟んだ鋭時の質問に対し、セイハに代わってヒラネが静かに頷いてから話題に上がったウラホの素性を答える。
「そうだな……タイプ野槌のウラ姉は大蛇みたいな尻尾を使った瞬発力でアタシやヒラ姉をサポートしてくれたんだ」
「なるほど……ミサヲさんが苦戦した訳だ……」
観念したように俯いたセイハが頭を掻いてウラホの得意な戦法を簡単に説明し、鋭時はステ=イションに向かう途中の出来事を思い出しながら納得して頷いた。
「そうだな……あの瞬発力が伝わったツインキャンサーはZKの外殻だって簡単に貫けるんだ」
「ミサちゃんもあの武器に全身を打たれて、ひどいアザでしたねぇ……」
鋭時の呟きに相槌を打ったセイハが頼もしかった仲間の勇姿を思い出して複雑な笑みを浮かべ、同じく苦戦したミサヲを思い出したシアラが悲しそうな顔で鋭時を見詰める。
「打たれた? アザ? 確かにツインキャンサーは打撃も出来るけど、あれ高振動カッターの付いた斬撃武器だぜ?」
「そうなのか? でも何故か刃の付いてない方ばかり使ってたぜ」
シアラの言葉に違和感を覚えたセイハがウラホの持つ得物の特徴を説明すると、上を向いて記憶を掘り起こした鋭時が自分の目撃した戦いを説明した。
「えーじ君やシアラちゃんの言ってる事が本当なら、ウラちゃんはまともに武器のメンテナンスを出来てないのかもしれないわ」
「鬼畜中抜きに身を落としたらステ=イションには入れないし、他の居住区だって難しいよな……」
3人の会話を聞いていたヒラネがウラホの置かれている状況を推測し、セイハが大きく頷いてから複雑な表情で頭を掻く。
「セイちゃん忘れたの? ウラちゃんはツインキャンサーの修理くらいなら自力で出来るし、半覚醒もしてるのよ?」
「ん? いったいどういう事だい、ヒラ姉?」
静かに首を横に振ったヒラネがウラホの情報を整理するが、理解の追い付かないセイハは素直に聞き返した。
「つまり……ウラホって人を覚醒させた人間の居住区にも入れず、修理やメンテの出来ない環境に置かれてる可能性があると?」
「えーじ君の言う通りね……どんな手を使ったのか想像もしたくないけど、駆除と言う手段で【破威石】を入手出来ないのだけは確かね……」
セイハに代わるようにウラホの置かれた状況を推測した鋭時に、ヒラネは複雑な表情で頷きながら小さくため息をつく。
「なんだって!? 誰がウラ姉をこんな目に遭わせてんだよ!」
「おそらく十善教ね。まだ確証は無いけど、状況証拠が揃い過ぎてるわ」
ようやく状況を理解して憤ったセイハが大声を上げると、静かに首を横に振ったヒラネが冷めた目で黒幕の正体を示唆した。
「この間ドクがアタシ達まで呼んだのは、そういう訳だったのか」
「そうね、セイちゃん。ドクなりに色々と調べてくれてたのよ。ワタシもあの後、再開発区で十善教信者が未覚醒の女性ジゅう人を探してる情報を聞いたわ」
釈然としない様子で腕を組んだセイハに同意するように頷いたヒラネは、ドクの情報を足掛かりに入手した新たな手掛かりをセイハに話す。
「いつの間にそんな情報を手に入れたんだよ……そういうところは抜け目ねえな。とりあえずその方向性でウラ姉の足取りを追うんだな?」
「その通りよ、セイちゃん。いくつか見当も付けといたわ」
感心しながらも呆れた様子でため息をついたセイハがひと呼吸置いてから調査の方針をヒラネに確認し、大きく頷いたヒラネは潜行魔法から取り出した携帯端末を手にしながら誇らし気に微笑んだ。
「あのさ……俺も協力させてもらっていいか?」
「おいおい、王子様は自分の記憶探しがあるだろ? ミサ姉やドクの相談無しには決められねえぜ」
2人の会話がひと段落するタイミングを見計らいつつ遠慮がちに話し掛けて来た鋭時に、セイハは困惑した表情で頭を掻いてから首を横に振る。
「もし俺が十善教の関係者だったんなら、ジゅう人に酷い事をさせたのは俺かもしれないって思ったんだ」
「今のえーじ君は十善教に狙われる身、何も悪くないわよ」
「ヒラ姉の言う通りだぜ、王子様は記憶探しに専念してくれよ」
深刻な表情で首を横に振った鋭時が改めて協力を申し出るが、ヒラネとセイハはそれぞれ優しく微笑んでから再度鋭時の申し出を断った。
「でも十善教を調べれば教授の記憶が戻るってマーくんが言ってましたよっ! ラコちゃん、シロちゃん、わたしからもお願いしますっ!」
「ありがとな、シアラ。ヒラネさん、セイハさん、結局俺も狙われてるんだから、こっちから打って出るのもいいんじゃないかって思ってるんだ」
鋭時の記憶が戻る可能性を持ち出して説得してからヒラネとセイハに頭を下げたシアラに礼を述べた鋭時は、真剣な面持ちで自身の置かれた立場を利用した協力を提案する。
「そういう事なら分かったわ、帰ったらミサヲお姉様にも話しておくわね」
「ありがとうございますっ、ラコちゃんっ!」
2人の説得に根負けしたヒラネが小さくため息をついて頷き、目を丸く見開いたシアラがヒラネの両手を掴んで感謝を全身で表現するかのように大きく振った。
「すいませんヒラネさん、色々と無理を言って……」
「気にしないで。その代わりウラちゃんとの決着はワタシに一任してもらえる? えーじ君には納得いかないものになるかもしれないけど……」
自分の事のように喜ぶシアラに乾いた笑みを浮かべた鋭時が頭を下げ、ようやくシアラの握手から解放されたヒラネが微笑みを返しつつも次第に顔を曇らせる。
「分かりました、決着がどんな形になったとしても俺は2人を受け入れますよ……でいいのかな? こういう時は何て言えば正解なんだ……?」
「何も言わずに抱きしめるのが正解に決まってるじゃないですかっ!」
真剣な眼差しで承諾しながらも途中で言葉を詰まらせた鋭時が気恥ずかしそうに頭を掻き、悪戯じみた笑みを浮かべたシアラが勢いよくヒラネに抱き着いた。
「おーいシアラさん、それが出来ないから苦労してんだろ……」
「最後まで締まらねえな、王子様は」
呆れて頭を掻いた鋭時が抱き合う2人を躊躇いがちに眺めながら小さくため息をつき、同じく2人を眺めていたセイハが豪快に笑い出す。
「でもそこがえーじ君の可愛いところなのよね」
「わかりますっ、ラコちゃんっ! ステ=イションに帰るまで、教授を眺めながら教授のステキな所をいっぱいおしゃべりしましょうっ!」
セイハの笑いに釣られて優しく微笑んだヒラネがシアラの頭を優しく撫で、瞳を輝かせて見上げたシアラはヒラネの横に回って手をつないだ。
「ワタシも賛成よ。でも居住区に着くまで、でいいのかしら? ちょっと遅いけどマキナ母さんのお店でお昼を一緒にしましょうよ」
「ナイスアイディアですっ、ラコちゃんっ! みなさんで教授を囲める日が今から待ち遠しくてたまりませんっ!」
賛同を示した上で優しく微笑んだヒラネに、シアラは興奮し切った様子で満面の笑みを返す。
「こうなったらシアラもヒラ姉も止まらないな、王子様も覚悟しといてくれよ」
「はぁ、好き勝手言ってくれちゃって。とりあえず今は……無事に帰るだけだ」
2人のやり取りを楽しそうに眺めていたセイハが悪戯じみた笑みを浮かべながら振り向き、セイハと目の合った鋭時は小さくため息をつきつつアーカイブロッドを収めたスーツの右袖に視線を落とした。
(まだ気持ちの整理なんて付いてないけど、ただ流されるだけの恩返しじゃない。俺が自分で決めたんだから、手探りでも納得してやるさ)
意気揚々と歩き出した女性陣の後ろ姿を眺めながら再度ため息をついた鋭時は、固く握った拳を開いて降り注ぐ日の光に目を細めながら未来へと向かう覚悟と共に歩み始めた。